第十二話 壊れた逃走

 遺体安置所を出た後、秋里先生とは別れ警視庁へと戻る準備をする。帰ったら絶対に上司に怒られるんだろうなと思いながら。


「どうした純、顔色が悪いぞ?まさかさっきの検死?」

「それ以上に恐ろしいことがこれから待ってるかもしれないんだ」

「フゥ~ン、まぁ私が知ったことじゃないが」


 いま目の前で悠々と歩いているに人物こそが諸悪の根源であるということなのは気づいているのだろうか?道の向こうからタクシーが近づきすかさず手を挙げて止めるホームズ。


「ん?」


 上着のポケットに入れていた携帯が鳴っている、まさかとは思うがもう呼び出しを食らうのか?


「・・・村上さんか・・・はいもしもし」

『おいっ!今までどこをほっつき歩いてんだっ!』


 受話器に耳を当てると村上さんの怒声が聞こえて来る。話によれば、ずっと電話を鳴らし続けていたようで病院の地下にいたせいで電波が届かなかったらしい。


「すみません、エミリーに検死に連れてこられまして」

『んで、何か収穫はあったんだろうなっ!』

「えぇ、帰ってから報告書を書き上げます」

『あぁ、とにかく今すぐに帰ってこいっ!』

「・・・あの説教はちょっと後回しに・・・」

『どうでもいいから早く帰ってこいっ、今こっちは大変なんだっ!』


 どうやら様子がおかしい、病院の入口の階段の向こうでホームズもタクシーを待たせてこっちを見ている。


『高橋 直樹が警視庁に電話をよこしたんだっ!』

「重要参考人がですかっ!」


 予想以上に大声が出てしまった、ホームズも事の大きさがわかったようでタクシーを道で停めさせたまま近づいてくる。


『んで、今話をしてるところなんだが・・・アァーッ!とにかくさっさと帰ってこいっ!』

「わかりましたっ・・・聞こえたなエミリー」

「あぁ、ならば急ごう」


 電話を切り急いでタクシーへと向かう、ったく・・・今日はついてない。


?????????????????????????????????????


「遅いっ!」

「そのセリフ聞いたような・・・んで村上さん、状況はどうなってるんです?」

「ちっとばっかし状況が特殊でな、ものすごく切羽詰まってる感じの話し方だった」


 現在俺とホームズは警視庁の通信指令センターにいる、周りを見ればたくさんの機会が立ち並んでいていかにもという感じの部屋だ。他の事件担当の刑事たちも集まっている、しかし心なしか他の刑事たちの視線が冷たい。


「もう通信は切れたのか」

「あぁ、場所を聞く間もなく切れたよ」


 となると相当慌てていたということになる、なんでだいったい何を慌てていたんだ。


「おい村上、こいつは?」

「倉橋、こいつは探偵課のエミリー=ホームズだ」


 こちらに向かって歩いてきた一人の刑事がいる。そして村上さんに倉橋と呼ばれた刑事は身長が高く、彫りの深い顔をしている、がその顔は少しきつくただでさえ細い目がより鋭くなっているように見えた。年齢は村上さんと同じくらいだろうか。


「お前まだ探偵課とつるんでるのか、こんな素人に頭下げて何になる?いい加減刑事としてのプライドを持て」

「プライド持ってるからこうやってるんだよ」


 お互いがにらみ合いをして周りの空気がピリッとする。しかしそんな空気を物ともせずに話しかけた人物がいた、まぁ大体予想は出来るが・・・


「龍一、さっきの会話の録音は取ってあるんだろう。それを聞かせてくれ」

「わかった。おいっ、録音を聞かせてくれっ」


 突如ホームズの参入により終わったにらみ合い、取り残された倉橋は次にホームズを睨み始めた。


「なに?」


 倉橋に睨まれていることにさすがに気づいたホームズが声をかけた。少し高圧的だが。


「ここは素人の出る幕じゃない、遊びでやってるんだったらここをd

「二つ訂正。一つ、これは遊びじゃなくて仕事だ、まぁ楽しんでるから遊びと同等であることに違いないけど。二つ、素人かどうかはこれからわかる」


 ホームズが倉橋にそう言い切った、その瞬間である。


「110番通報・・・重要参考人の番号ですっ!」

「今すぐスピーカーでつなげっ!」


 突如通信指令センターで鳴りだしたコールサイン、村上さんが指示を飛ばし局員がスピーカーへとつなげ対応をする。


「もしもし、高橋 直樹さんですか?」

『あぁっ!・・・ハァ・・・ハァ・・・い、今すぐ助けてくれっ!』


 スピーカーから聞こえてきた彼の声はひどく興奮しているようで息が切れている、それに何かに追われているようなそんな緊迫感のある声だ、だがこの周りの雑音は・・・


「今いる場所はわかりますか?」

『わからねぇよっ!・・・ハァ・・・逆探知とかできねぇのかっ!』

「今やっているところです、しかし電波状況が悪いようで特定が難しいです。他の場所に移動はできそうですか?」

『できねぇよっ!あいつらに見つかっちまうっ!』


 あいつら?一体誰のことだ。にしても場所が特定できないのはあんまりよくない・・・この音は店の宣伝とヘリの音?


「とにかく急いで対処しろ、捜査ドローンを5機飛ばして電波の発信源に近いところで待機させるんだ」

「了解っ!」


 倉橋が他の技術班に指示を飛ばす、その間隣でホームズはしきりに手を顎に当て考え込んでいた。その間しきりにスピーカーからは高橋 直樹の荒い息遣いが聞こえてきている・・・人混みの音と今度は電車?


「・・・地図・・・」

「ん、どうした?」

「地図だっ!今すぐ用意しろっ!」


 ホームズの怒号が通信指令センターに響き渡る。先に行動したのは村上さんだ、周りの人はあっけにとられ行動できずにいた、その中には俺も含まれる。


「おい、これかっ?」

「今特定できている地区だけをピックアップしろっ!」


 村上さんがテーブルの上に用意されたのは、交通課でよく使われる液晶シートだ。これは見た目がまるで薄っぺらなシートだが地面に広げて使うとテレビの液晶と同様の状態になる、タッチパネル式で拡大縮小も可能その上パソコンとも同期が可能であるという、最近になって導入された新機種だ。


「御徒町・・・」

「おい、特定できそうか?」

「うっさいっ!黙れっ!・・・そこっ!もっとスピーカーの音量上げろっ!」

「は、はいっ!」


 より大きくされた高橋 直樹の息遣いとその周りの雑音、その音を目を閉じながら懸命に聞いている・・・おいおいまさか・・・


「・・・わかったっ!高橋 直樹の位置はアメヤ横丁の入り口近くにあるドラック屋のあたりを走ってる!」

「おいっ、なんでそんなことがわかるんだ探偵課っ!」


 突っかかってきたのは向こうでドローン部隊の指揮をしていた倉橋だ、こっちの方に向かってずかずかと歩いてくる。


「いいか倉橋、絶対にドローンを高橋 直樹の近くに誘導させるなっ!上空でカメラのみで高橋の姿を追えっ!おそらく携帯を片手に走っているはずだ」

「そんなことを聞いてんじゃねぇっ!なんで場所がわかるかって聞いてんだよっ!」


 そんなことは御構い無しにと倉橋に指示を飛ばすホームズ、それに対してまた怒鳴り散らす倉橋とまるで戦争みたいな状況が通信センターで起きている。そして周りの局員は何も出来ずただただ呆然としているというとても緊急事態とは思えない光景だった。


「ホームズも倉橋も一旦そこで落ち着けっ。倉橋っ、お前はホームズの指示を聞けっ、とにかくまずやってみろ。バカにするのはその後だってできるだろう」

「そうだ、これでハズレだったら私をバカにするなりコケにするなり好きにしろ。ただこの状態だったら重要参考人は死ぬぞっ!」


 死ぬ、その言葉をホームズが言い放ち場の空気が張り詰める。そして何を思ったのか高橋 直樹とつながっている受話器のそばに駆け寄り。


『おいまだかっ、早く助けをよこせっ』

「もう少しお待ちっ・・・チョットあなたっ」

「私は探偵課のエミリー=ホームズ、これから指示することをよく聞け。でなければ死ぬ」


 受話器を奪い取った。


「いいか、とにかく今目の前にあるものをどんどんあげろ。そうすればある程度サポートはできる」

『くそぉっ、ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・スロットだっ、スロットって見えるっ!』

「そこの角を左に曲がれっ!」


 そして地図を使いながらホームズは出てくる情報を使い、高橋 直樹を誘導してゆく。そして


「第二ドローンが高橋 直樹の位置を特定しましたっ!」

「・・・そのまま追尾しろっ!」


 どうやらホームズの予想は当たったらしい、倉橋が若干悔しそうな表情を浮かべているがそんなことを気にしている暇はない、俺はといえば地図の上で高橋 直樹の逃走経路を探すのを手伝っていたわけなのだが、なぜホームズは高橋 直樹にドローンを近づけさせないようにと言ったのか、その理由がいまいちピンとこなかった。そして現在通信指令センターの画面に大きく映し出されたのはスマートフォンを片手に必死に人混みをかき分けて走る茶髪の男の姿だった。


「倉橋っ!なんで高橋 直樹にドローンを近づけてるっ!今すぐやめさせろっ!」

「・・・全警察車両に告げるっ!ドローンが追尾している人物を迅速に保護せよっ!」

「・・・っ!この馬鹿っ!私が言ってる意味がわからないのかっ!」


 確かに迅速に保護させればそれといって問題はない、だが彼女の選んでいる逃走経路、どうもわざと人混みの多いところを走らせ細い道を選ばせている。これでは逃走しようにもしにくいだろう、そしてホームズは俺に逃走経路の指示をまかしてブツブツ言いながらずっと地図をタップして角度を変えたりとするため俺が見にくい。


「どこだどこだどこだどこだ・・・」

『おいっ、次はどこに行けってんだよっ!』

「っ!すみませんっ・・・次に見える場所はっ」

『ハァ・・ハァ・・ハァ・・海鮮居酒屋が見えるっ!』

「ではそこを次の角を左・・・いや右に曲がってっ!」


 呼吸の間隔が短くなっている、それはそうだ何しろおおよそ15分間走りつづけているのだから無理もない。にしても警察の救助はいつ来るんだ遅すぎるにもほどがある。


「・・・倉橋っ、ここのビルにドローンを2機向かわせろっ。今すぐにだっ!」

「なんでだっ、今車両を向かわせているにもかかわらず人が多すぎて車両が入り込めないって連絡が多いんだっ!もっとわかりやすいところに逃走させろっ!」

「そんなことしたら死ぬぞっ、まだこいつが何に追われているのか気付かないのかっ。スナイパーだっ!」


 スナイパー、確かそんなことを以前会議室で話したような気がする。なるほどだからわざわざ人混みの多いところに逃げ込ませたりしたり、細い道を使ったわけか。確かに周りは建物で狙撃しにくいし、人が大勢いたら周りの人間も巻き込む可能性がある。


「重要参考人を中心に半径2キロ圏内、周辺を見渡せるほどの高さがあり狙撃するにあたって障害物が全くなく屋上等に上がるのになんら特別なセキュリティーが無い建物を絞った結果がここだっ。証拠だどうこう言っている内に重要参考人が死んでみろ、この事件の解決が大幅で遅れることになるぞっ!」


 ホームズが地図を広げたテーブルを思いっきり叩き、静寂と高橋 直樹の電話から聞こえる音声で通信指令センターが支配される。そしてその静寂をやぶったのは。


「・・・捜査ドローンを2機を次の場所に向かわせろ、すぐにだっ!」

「ッ・・・了解っ!」


 倉橋が再びドローン隊に指示を飛ばす。そして映像が2機は指定されたビルの方へ、残りの3機は高橋 直樹へと別れた。


「おい、純。そこらへんで高橋 直樹を休ませろ」

「えっ、あぁ・・・高橋 直樹さん、そこで止まって下さい」

『ハァッ!・・・何でだよっ!」

「いえ、その・・・あっ」


 ホームズが俺の手から受話器を奪い取る。


「最初に話したエミリー=ホームズだ。なんで岩崎 薫を殺した?」

『そんなの署に行ってからいくらでも話すって』

「認めるんだな」

『ぐっ!・・・ああ、俺が殺したんだ』

「その話をゆっくり聞くとしようか、お前はなんで追われてる?」


 通信指令センターに再び沈黙が訪れる、俺はその内容をメモしようとして手帳とペンを取り出す。


『・・・俺は裏で臓器の密売を行う組織の下っ端だ、主な仕入先は刑務所だったり病院だったりとそこに忍び込んで新鮮な死体を回収するのが仕事で中には10年近く潜って組織に死体を供給するやつだっている』

「それで、なんで岩崎 薫が関係する」

『・・・仕入先の病院に薫がいたんだ、そこに来る前から俺たちは付き合ってて・・・』

「そこは知ってる、その先が知りたい」

『・・・そこで死体調達するのを見られたんだ、そしたらその組織の人間が薫を始末しろって・・・』


 スピーカから聞こえてくる高橋 直樹の声は若干涙ぐんでいるように聞こえた、しかしそもそもの話がそんな組織に手を貸した彼に責任があるわけで同情の余地は無い。


「そして、岩崎 薫を解体したと。しかしなんで他の死体と一緒に処理した」

『・・・なんかやりきれなくて、わざと警察に見つかれば組織に仕返しができるなんて思って・・・』

「主な仕入先については署に帰ってから聞くが、その中に『元倉総合病院』は含むか?」

『あぁ、そこで薫と会っちまったんだ忘れるものか』


 そして、軽い尋問が終わり、残りは署で行うことになった。そして。


「こちらドローン1号機と2号機がビルに到着しましたっ!」

「よし、建物の周りをくまなく探してスナイパーと思しき人物を見つけろっ!」


 こちらでももう少しでスナイパーが見つかることだろう、ホームズもどこかホッとした表情をしている。スナイパーとしては見つかってしまって狙撃する意味がない。


「よし、警察車両も保護が可能のようだ、その方へ重要参考人あらため容疑者を向かわせろ」

「高橋 直樹、今から移動だ、スナイパーの方なら搜索がもう少しで完了する。お前を確保するぞ、今更逃げようとするな」

『もう逃げねぇって・・・薫の仇だ、なんでも話すさ』


 これはとんでもないことになった、ただの猟奇的殺人事件が組織を巻き込んだ犯罪だったとは、しかも話を聞く限りかなり規模は大きい。一斉検挙となったらとんでもないことになりそうだ。


「・・・!?倉橋刑事これをっ!」

「ん、なんだ」

「建物の周囲を搜索していたらこんなものが」

「!?」


 奥の方でなにやら問題が起こっているようだ、もう少しで解決しそうってのに今度は一体なんだ。


「おい、その画像をこっちにも見せろ」

「あっ、はいっ!」


 ドローンの映像が通信指令センターの液晶へと映し出される、そこには先ほど指定したビルの映像が映し出されその中の一室の窓が空いている。が


「・・・なんだこれは」

「おい、どういうことか説明しろ探偵課」

「・・・わからない・・・」


 そこには一台のビデオカメラ、そしてカメラの三脚に貼り出されている紙には。


 『YOU FELL FOR IT!!!!!』


 と赤いペンで書きなぐった文字が貼られていた


「『引っかかったな!!!!!』・・・まずいっ!」

「どうしたんだエミリーっ」

「奴は私がここにスナイパーを配置しているだろうと推理することを読んだっ!」

「つまり?」

「スナイパーは違うところにいたんだっ、高橋っ!今すぐ戻れっ!」


 しかし次の瞬間、3号機のドローンが捉えた映像には。


 頭から血を流し狙撃された高橋 直樹の姿が映されていた。


????????????????????????????????????


「・・・」

「エミリー仕方がなかった、あんなものがあるだなんて誰も予想はできなかったさ」


 現在、通信指令センターの外にあるベンチでホームズと俺が座っていた、その後高橋 直樹の死亡がその場で確認され俺たちは重要な情報源を失った。にしても犯人はどこから高橋 直樹を狙撃したんだ?


「・・・ヘリコプター・・・」

「なんだって?」

「奴はヘリコプターから狙撃したんだ。あのカメラがドローンの姿をカメラを確認したのと同時にな。上空だったら狙撃のポイントも場所も関係ない・・・」


 確かに高橋 直樹の携帯からはヘリコプターの音が聞こえていた。しかし隣のホームズはひどく落ち込んでいる、とにかくあんな啖呵を切っておいて失敗するんだったらとんでもない恥だろう、特にプライドの高い人間いとってはだ。


「・・・今回は私のミスだ、純すまない」

「俺に謝られても困る、とにかく中に戻ろう」

「・・・あぁ」


 さてこれからどうなることやら、誰にだってミスはあると思うがな。そう思いながら通信指令センターの扉を開けた。

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