第十話 壊れた理念
「・・・」
「・・・」
時間は午後の5時半を周り、多少は暗くなっているものの先程から降り止まない雨のせいで余計薄暗く感じた。
無人タクシーの中は静寂が支配しており、俺と隣で被害者のスマートフォンをいじるホームズの二人、俺としても真剣な顔をして画面を覗き込む彼女には話しかけずらい、俺はいよいよひどくなった雨空を眺め先ほどのことを思い出す。
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『薫さんの使っていたパソコンはこれですか?』
『えぇ、そうです』
そう聞くと彼女は被害者の使用していたパソコンを開き起動ボタンを押す、するとそこにはパスワード入力の文字が表示される。
『解けそうか?』
『先ほど言った通り生体認証では手が出せないが・・・これなら』
パスワード入力→1210・・・パスワード認証中・・・
・・・認証完了・・・
ようこそ、薫さん・・・起動中・・・
『家族の誕生日をパスワードに使う人間は他の電子機器も同様のパスワードを使う場合が多いが、どうやら彼女も例に漏れずだったらしい』
そう言うと彼女はパソコンをたたみ自分のカバンへと詰める。
『こちらのパソコンとスマートフォンは捜査の資料として預からせていただきます、事件解決次第元どおりにしてお返ししますのでよろしいですか?』
『えぇ、構いません』
『ありがとうございます。行くぞ、純』
『えっ、あぁ、すみません失礼しました。何かあればご連絡ください』
家を出るときに送ってくれた晴海さんの表情はやはり暗かったものの、その表情はあった頃に比べ少なからず明るくは感じた。
そして雨の中傘も差さないで無人タクシー見つけ出し乗り込んだと言うわけである。
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「・・・」
「・・・」
そして冒頭へと戻るわけであるが、相変わらず車内には静寂が満ちている、そして相変わらず隣でホームズはスマートフォンの画面とにらめっこしている。
「・・・なぁ」
「なんだ」
「いや、その・・・何か見つかったのか?」
「なにも」
「そうか・・・」
思わずため息が出てしまう、なんで刑事の俺がこいつに主導権を握られなきゃいけないんだ。
「・・・おい、純」
「ん、なんだエミリー」
「なぜため息をつく」
「?どうしたんだ急に」
「質問に答えろ」
「・・・はぁ、なんで刑事の俺がお前に主導権握られてるんだろうなと思ってな」
「そんな固い考え方をしてるのだったら、私と組むのはやめろ、それに私と組めたことを光栄に思え」
「どうしてだよ・・・・」
そう言い返すと彼女はスマートフォンを操作していた手を止め、こちらへと向き直る、その表情はどことなく鋭い。
「第一に型どおりの捜査でこの事件を解決できると思っている君の精神の惰弱さ、そんなことしてるのならばこの事件は100年経っても解決しない」
「おい・・・」
「第二に君の計画性のなさ、ただ人の作ったスケジュールに動いているだけでは、サラリーマンと同じ、刑事だと思うのなら考えて行動すべきだ」
「・・・」
「最後に・・・」
そう言うと手元のスマートフォンを操作し、その画面をこちらに向ける。
「言った通りだが、私抜きで事件を解決できると思うな」
6月22日 着信記録 12件
1〜22:42 高橋 直樹 着信あり
2〜22:44 高橋 直樹 着信あり
3〜22:52 高橋 直樹 着信あり
4〜22:56 高橋 直樹 着信あり
・
・
・
「・・・事件のあった前日?」
「そう、事件のあった前日被害者は誰かに連絡されている」
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「高橋 直樹、被害者との関係は恋人かぁ・・・」
「えぇ、他にも同名の宛先人からのメールを確認したところだとそのように思えます」
警視庁に戻った俺は先ほどのことを村上に話し、スマートフォンとパソコンは鑑識の方へと回した、当のホームズはというと定時を過ぎたということで先に帰宅している。
「何か知っているとすればこいつだと思うがなぁ・・・」
「そうは思いますが連絡が取れないとなると」
「う〜ん・・・」
被害者のスマートフォンから高橋 直樹の連絡先を割り出し、こちらでコンタクトをとろうと思ったのだが、自宅からも彼の携帯番号からも連絡できず、高橋 直樹を本件の重要参考人として捜査すると上では決まっているそうだ。
「村上さんはこれどう思います?」
「まぁ、少なからずこいつが犯人であろうとなかろうと何か重要なことを知っているということは確かなんだけどよ」
それは俺も感じていることだ、着信履歴は全て高橋 直樹のものだったしどう考えても12回も着信をよこすのは異常だとしか思えない。
「被害者のお袋さんはこのことを?」
「いえ、全く知らなかったようです」
「そうかぁ・・・」
なんか浮かばれねぇなぁ、とぼやいた後、村上さんは小便といって席を立った、一人残された俺はぼんやりと捜査資料で散らかった村上のデスクを眺める。
俺に何ができる?
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「はい、今日の検診はこれで終了だよ」
「いつもありがとうございます」
二日後、事件は重要参考人をあげることに必死になっているが結局何も進展はせず遺体の身元も分からずじまいだ。
そんな中、俺は非番だったため、足の充電も兼ねていつもの中央病院で定期検診を受けていた、目の前にいるのは俺の担当女医の早瀬 美穂だ。
「毎回思いますが、なんで足の検査で上半身を脱がされるんですか?」
「だってそれは、検査をスムーズに進めるためと個人的にあなたのガッチリした筋肉を見たいからじゃない」
「わかりました、今すぐあなたを強制わいせつ容疑で現行犯逮捕・・・」
「すみませんでした、申し訳ありませんでした、変態でした」
「はぁ・・・先生も結婚していい歳なんですから少しは自重してください」
彼女は見た目こそ化粧と長くウェーブのかかった髪のおかげで20代にも見えなくはないが実は30代半ばであり一児の母である、そんな人が患者相手にこんなことをしてるようでは先行きが心配だ。
「とにかく足に異常はないね、あとはメンテナンスをちゃんとすればよろしっ!」
「わかりました、それではまた2週間後に来ます」
診察室を出ようと上着を着て椅子から立とうと思った・・・が
『シセイチョウセイニハイリマス、ソノシセイデシバラクオマチクダサイ』
「はぁ・・・、これなんとかなりません?」
「まぁ、まだ君の本命は修理中だからねぇ・・・でも再来週の定期検診までには戻ってくるそうだよん」
「そうですか・・・」
この状態があと2週間も続くのか・・・、そろそろいい加減にしてもらいたいし捜査で歩き回るにも不便極まりない。
『シセイチョウセイガカンリョウシマシタ、ホコウカノウキョリ120キロメートルデス』
「まぁ、あとは無茶しないことだねそれで前のを壊しちゃったんだから。自重しなきゃいけないのは渡辺君も同じ」
「・・・わかりました」
お大事に、と医者の決まり文句を背中で聞いて俺は中央病院を後にした。
「さてと・・・」
日頃忙しい身だとこのような日に何をしたいのかがわからなくなる、時間はまだ昼近くで、昨日の雨のせいか湿っぽいものの雨は降りそうにない曇天だ、こんな日はリハビリがてらの散歩にはむかないしこのまま家に帰るとするのが一番だろう。
NAKANO区にある中央病院から家までは30分程度のところにある、散歩のつもりではないがリハビリにはいいだろう。
見慣れた並木道に食堂、ちょっと小洒落たカフェ、目の前を歩く若い夫婦、サラリーマンが携帯を片手に走っている、この光景を俺は自分の足で歩くはずだった、こんな機械仕掛けの足じゃなくて自分の足で・・・でも仕方がないことなのか?これは俺の罪の代償だ・・・しかたがない
しばらく下を向いて歩いていて、地面の上を眺めていると目の前から人が歩いて来る気配がある、とにかくぶつからないように体を避けないと、そう思い顔を上げて相手の進行方向に体をそらそうするが、どうもその相手は妙に見慣れた顔をしていた。
「・・・純ちゃん?」
「ん・・・舞か?」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「今日はいつもの検診?」
「あぁ」
「ということは今日は休みなのかぁ・・・お店くる?」
「飲むのは仕事がある日と決めてるって前言わなかったけ?」
「じゃあ今度の仕事の日にくるんだねっ、そうだ、ホームズさんも連れて来たらいいじゃん」
「なんでそうなるんだよ・・・」
並木道を並んで歩きながら、ふと彼女の方を見やるとジーンズにTシャツと質素な格好だ、まぁ俺も動きやすいようにとジャージを着ているので人のことは言えない、また彼女の手には今日店で使うのであろう調味料やらが詰まった買い物袋を手にしている。
「重そうだが、途中まで持とうか?」
「んっ?平気平気こんなのいつものことだから」
「だったらいいけど」
舞は元テニス部で腕っ節はそこそこある、だが彼女の女性らしい細く白い腕はあまり力強さを感じられないむしろか細く見える。
「・・・いや、やっぱ持たせてくれないか?」
「そんなに持ちたいならいいけど・・・重いよ?」
「あまり刑事をなめるなよっとっ」
舞から受け取った買い物袋は女性が持つにはやはり重い、中に入っているものはボトルの醤油や調理酒などの類だろう。
「そう言えばどうして今日はここまで来たんだ?店から遠いだろ」
「それはねぇ純ちゃん、ここの周辺にはおっ買い得に買える食材や調味料を取り扱う商店街がいっぱいあるんだゼェ〜、うちは食材と酒には困ってないけどその分産地直送だから金がかかんのよねぇ・・・だから遠出して安いものを手に入れて経費を安くっ、質を下げないでお客さんに最高の料理とお酒を提供するっ、この人に尽くすおもてなし精神はまさに主婦の鏡っ!・・・どう純ちゃん、わたしをお嫁に欲しい?」
「・・・そうだな、まずその公衆の場で大声を出す癖をやめたら考えなくもない」
一気に言いたいことをぶちまけたはいいが、人目を気にしない舞のしゃべりは人目をひくには十分な声量だ、しかし彼女は『それじゃあ無理だぁ〜』といって満面の笑みで歩いている、今年で俺も26だし結婚なんてことを軽々しく言える年ではなくなってきた、だがそのようなことを気安く言い合えるのは幼馴染同士のなせる技だろう。
「あっ、純ちゃんここまでいいよ」
「あぁ、わかったほらよっ」
「うん、ありがとぉっと、ハハハッやっぱ重〜いっ」
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
やっぱりあいつの笑顔を見るとなんかホッとする、今日は会えてよかったかもしれないな。あいつも辛いことがあったろうにやっぱり俺は弱い。
「純ちゃんっ!」
「・・・ん、なんだ?」
「・・・お店。来てね」
「あぁ、必ず行く。エミリーもつれてきてやるよ」
「うん、待ってる」
ホームズもか・・・そう考えると俺は少し疲れる気がするのは今抱えている俺のなにだろうか、たぶん最近眠れないのはそれが理由だろうと思いながら今日帰る道順にどこを散歩しようかと考えていた。
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「ふぅ〜・・・今日は純ちゃんに手伝ってもらっちゃったなぁ・・・」
今日の買い物も終わったし家に帰ったら母さんと仕込みをやってお店を開ける準備をしなきゃ・・・、今日もまた雨降るのかなぁ〜、梅雨に入ったってニュースで言ってたし純ちゃん大丈夫かなぁ・・・。
「えぇ〜っと、忘れ物はないよねぇ・・・お醤油のボトル二本とお酢の瓶が一本、お塩が一袋にお砂糖がふた袋・・・あれ?一袋足りない・・・」
うわぁ!どうしてないのぉっ!うぅ・・・もう少しでバスが・・・
「ん?貴方は『十勝』の・・・」
「あっ、ホームズさんっ!」
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「これでいいのか?」
「はいっ!本当にありがとうございましたっ!」
勢いでホームズさんにお砂糖を一袋お願いしちゃったけど、怒ってないかなぁ・・・
「すみませんこんなことをお願いして・・・」
「別に構わない、普段世話になってるし。確かこういうのを日本語で・・・『恩を仇で返す』って言うのか」
ん〜・・・怒ってるのかな?
「ホームズさんは、NAKANO区に住んでるんですか?」
「いや、通っている大学がここにあるだけだ」
帰るためにここのバスは利用させてもらっているってホームズさんは言ってるけど、今から帰るのかなぁ。
「じゃあ今日は大学があったんですね」
「あぁ、今日は午前中に終わってね」
「学部はどこなんです?」
「見てわからないか?」
見てって言われても。
「科学の方ですか?」
「そうでなくてはこんな格好はしない」
ホームズさん、どうして白衣着たままなんですか・・・
「あっ、バスが来ましたね」
「あぁ・・・」
いつもお店の戻る時のバスに乗り込むと白衣を着たままのホームズさんも乗ってきたけど、やっぱり白衣を着てるからなのか周りの人の目線が痛いです。
「お隣どうです?」
「・・・失礼します」
隣に座ったホームズさんは少し戸惑っているような感じだったけど、すぐにお店にいる時のように何か考え込んでいるように見えます。
「そういえば、ホームズさんのブロンドってとても綺麗ですね」
「・・・えっ、あぁどうも」
隣に座るホームズさんは来ている白衣のせいもあるけど、胸まで伸びた長いブロンドの髪が映えてとっても綺麗に見えます。
「なにか特別なことしてるんですかぁ?」
「いや・・・、自分で化学合成したシャンプー以外特別なことはしてない」
ホームズさん探偵じゃなくて、科学者になった方がいいんじゃないかなぁ?
「あっ、そういえばさっき純ちゃんに会ったんですよぉ」
「純に・・・あぁなるほど」
「なるほど?」
「おそらくだが、あの左足の定期検診だろうNAKANO区には大きな病院があるからな」
それに今日は彼が非番の日だしな、そう言ってホームズさんはまた考え込んでいるような顔をします。
たまに何も言ってないのに全てを分かりきったようなことを言うことがお店でもありますが、このようなことを言う時のホームズさんは少し怖いです・・・。
「そういえば、あの時の話は覚えてますか?」
「私の記憶力はいい」
「・・・すみませんお願いします、絶対自分からは言わないと思うので・・・」
「・・・一応、特別状況下緊急派遣探偵課の人間だが個人的な依頼も受け取ってはいる」
ポーンとバスの停車の音声が車内に鳴って、ホームズさんの方を見ると座席の横のボタンを押していました。
「ここで降りるんですか?」
「じゃなきゃボタンは押さない」
バスが停まって、前の出入り口が開いてまっすぐとホームズさんが料金所に向かいます。
「あのっ、ありg
「礼をしたいなら、今度店の商品を無料でいただこう。それにまだ解決できたわけではない」
どうもあいつの理念が邪魔だ、そう言ってバスから降りた姿は少しかっこよく見えました。
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