第九話 壊れた家庭
「それで、これからどうするんだ純?」
「これから、被害者の家族と会う予定だ、そのあとは戻って報告書作り」
先ほどの会議室での現場検証が終わり、何か諦めたかのような表情をした村上を見送った後、一緒にエレベーターに乗り込んだホームズと話をしているところだ。
「その被害者の家族に私も会いたい」
「・・・許可は取ってないぞ?」
「そんなこといつものことだ」
四階の会議室から一階の出入り口のあるエントラスへと着くがそのまま出口へと向かうホームズの肩を掴んで引き止める。
「・・・なんだ純?」
「ちゃんと正式な届け出を出せ、今日の件を見てわかっただろ?お前らが周りにどう思われてるかが」
「そんなことをしてる間に証拠はどんどん逃げてくぞ?」
「・・・それでもだ、少なからず周りの評価が変わればお前も少しは動きやすいと思うぞ?」
「・・・三十分待ってくれ」
「あぁ」
特別状況下緊急派遣探偵課は素人探偵の集まりであり、本来なら刑事と同伴して動くことはあまりない、それは刑事自身のプライドとして素人の力を借りて事件を解決させることが許せないらしい。
だが俺は村上にこう教わってる。
『迅速に事件を解決したいと思って、自分の力じゃどうしようもないと思ったら、恥をかいてでも素人に頭を下げろ』
と事件には必ず不幸になる人がいる、その人のために俺たちがどんな思いしても解決に導かなきゃいけない、それが村上という人間の流儀だ。
それでは正確に許可とはどのように取るのかというと、探偵課の人間の場合、同伴する刑事の名前と登録番号、そして日時と移動する時間帯、同伴理由等を書くことになる、それに伴い今回の被害者の聞き込みに同伴する場合、聞き取った内容とそこからの考察を報告書にまとめなくてはいけなく、それを同伴刑事に提出することになっている、おそらくだがこれが面倒くさいと思っているのだろう。
三十分後
「許可申請は出したぞ」
「なら、同伴を許す。で、どうするつもりなんだ?」
「純、聞き込みの経験は?」
「ん?村上さんと何回か行ったことがあるけど一人で行くのは初めてだ」
「ふぅ〜ん・・・」
「・・・なんだその顔」
「いや、渡辺 純刑事の聞き込みを是非拝見したいと思ってね」
なんとまぁ、いちいち嫌味な奴だこの女は、今彼女は乱れた髪を後ろにまとめポニーテールにしているが、ブロンドのポニーテールはなかなかに珍しい光景だ、まず警察ではあまり見れないな。
「被害者の家は、純?」
「ITABASI区の方だ、実家暮らしだったらしい」
「現場のSINZYUKU区とは離れてるんだな、看護師だったんだろう?」
「あぁ、でも勤め先の病院がSINZYUKU区だったらしい」
警視庁を出ると、午後三時の街はそこそこ人が多い、ふと空を見れば曇り空が広がり全体的に灰色だ、これは帰りに降られるかなと思いタクシーを拾う。
「どうやって行くんだ?純」
「そうだな・・・適当にタクシー拾って、被害者の家族に会おう」
「私は金は出さないぞ?」
「経費で落とすから心配するな」
そんな話をしているうちに、向こうの道路からタクシーと思しき車が向かってきて、とっさに手を挙げて停車させる。
するとタクシーは寸分たがわず、俺たちの前で静かに停まる車内には誰も乗っていない、これは無人タクシーで入力した住所の場所まで自動で運転するシステムだ、俺たちは中に乗り込み、電子音声の案内のもと、被害者の家族の住む住所を入力しタクシーをスタートさせる。
「時間はどのくらいかかる?」
「まぁ、四十分くらいじゃないか?」
「そうか・・・、純はこの事件についてどう思うんだ?」
「ん?なんというか、まぁ・・・捜査一課に所属して初めての事件がこれか、って感じだな」
「それだけか?」
「とにかく訳のわからないことが多すぎるし、妙な同僚とつるむことになるし、上司には嫌われるし、幸先が悪すぎて捜査一課になったことを少し後悔しつつある」
「上司に嫌われたのは私のせいじゃない、それは自分の蒔いた種だろう?」
確かにと、自嘲気味に笑いその後はほとんど会話がなく、俺は被害者の家族構成など書いてある資料に目を通し、エミリーは静かに窓の外を眺めていた。
そして、俺が予想したよりも高速道路を使ったためか十分ほど早く着いた。
タクシーの料金口に専用電子マネーのカードを差し込み支払いを済ますとポツポツと雨が降りだしはじめた外へと出る、すでにホームズは外に出ていて被害者の家を外から眺めていた。
「あまり大きくない家なんだな、純」
「そうだな、それじゃ聞き込みとしよう、約束の時間より早いけど」
事前にアポイントメントはとってあり、少しゆとりを持って出たのが裏目に出てしまった。
被害者の家族の家は一戸建てではあるがそこまで大きいという印象はなくどちらかといえばこじんまりとしているという感じだ、築20年は経ってはいそうな平屋で資料の内容によれば家は裕福というではなかったらしい。
「申し訳ありません、警視庁の渡辺 純です」
「同じく、特別状況下緊急派遣探偵課のエミリー=ホームズです」
『・・・どうぞ・・・』
玄関にあるインターホンを押し、被害者の母親と思しき人物が出るがその声は弱々しくとても活力を感じられない、それはそうだ大事な娘が殺されたのだから。
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「一昨日の6月23日に娘さんと連絡は取られましたか?」
「えぇ・・・あと一時間ほどで帰るということを電話で・・・」
「その時はいつも変わらない様子で話されたんですか?」
「えぇ・・・」
岩崎 晴海 57歳、被害者の岩崎 薫の母親で夫を15年前に亡くし、娘と二人暮らしだったのだが今回の事件で一人娘を亡くしてしまった。
「最近、娘さんと接していて何か変わったことはありましたか?」
「・・・いいえ・・・薫があの日仕事に行った日も私のこと気にかけてくれて・・・どうして・・・どうしてあの娘だったんですかぁ・・・っ」
「・・・」
被害者の家族に会うたびにこのようなことを言われる、しかし、どうしてなどと聞かれてもその答えは一生出ないし、言えるのだとしたら運が悪かったとしか言えない、こんなことを考えているのは結局は他人事と考えている自分がいるからか。
「・・・すみません」
「えぇ、大丈夫ですが少し休まれますか?」
「・・・はい・・・その・・・お茶を淹なおしますね・・・」
そう言って立ち上がった彼女は少しふらついていて、おそらく連絡が届いてからろくに睡眠をとっていないのだろう。
彼女が台所の方へと行ったの見て、隣で腕を組み黙っているホームズに声をかける。
「なぁ、どう思う?」
「君は・・・あの母親が犯人だと思っているのか?」
「いや、それはないと思うが・・・」
「だったら聞かないでまず自分で考えろ、まず仮説を組み立てるために必要な情報を聞き出すことから始めることだ、純」
「・・・あぁ」
となると被害者の人間関係か、母親のわかる範囲でどれほどの情報が聞き出せるか・・・
そう考え込んでいると台所の向こうから母親が盆の上に新しくお茶を淹れ、俺たちの前に置く、やはりその動作一つ一つに活力が感じられない。
「・・・どうぞ」
「ありがとうございます」
「どうも」
さて、人間関係だったらどこから質問したほうがいいだろうか、やはり最初は交友関係か。
しかし母親に被害者の固有関係を聞こうと口を開こうとした時に、隣のホームズが俺を遮って質問し始める。
「薫さんについての友人関係についてはどこまで把握されてますか?」
「・・・そこまでではないですが・・・薫は病院関係の人とは結構メールとかのやり取りはしてるのは見たことがあります・・・」
「では薫さんのメールに使っていたものを見せてください」
「えぇ・・・わかりました」
そう言ってまた部屋の奥へと消えていく、確かに人間の交友関係を調べるのならば携帯であったりスマートフォンやパソコンの方が早い、警察の情報捜査はまだ入っていないが俺たちが先に調べておくのもいいだろう。
「でもエミリー、もしロックがかけられてたらどうするんだ?」
「生体認証ならが手が出せないが、それ以外だったら解けなくもない」
母親が戻ってくる間、二人は黙って淹れなおされた茶に手をつけ今案内されているリビングの観察をする。
部屋自体はそれほど広くはなく、奥に積まれたダンボールとテーブルと椅子と、ちょっとした棚がある程度であまりものがない、そしてその棚の上にはおそらく遊園地で撮った写真なのだろうか、某有名なキャラクターと笑顔で写ってる被害者とその母親が写真立てに収められて飾られている、そしてふと見たレースのカーテンの向こうでは雨が降り始めているのがわかった。
そしてそこから二分後くらい、母親が被害者のスマートフォンやパソコンを手にし戻ってくる。
「これが全部です・・・」
「拝見させていただきます」
「まずはスマートフォンだな」
そう言って彼女が最初に手にしたのはピンクのケースカバーで覆われたスマートフォンだ、機種は八年も前のものだがなかなか綺麗だ、そしてスマートフォンを慣れた手つきでホームズは起動させた。
「やはり、パスワードがかけられてるか」
「すみません、私もそこまでは・・・」
「大丈夫だ問題ない、春海さん、薫さんの部屋を見せてください」
「え、えぇ・・・かまいませんけど・・・」
ホームズと春海が立ち上がり、俺も立ち上がろうとするが。
『シセイチョウセイニハイリマス、ソノジョウタイデシバラクオマチクダサイ』
「はぁ・・・先に言っててくれ・・・」
「わかった、ゆっくりしてろ」
本当にこの足はめんどくさい、いつま大事な場面でこうだ、しかし今は文句ばかり考えてもしょうがない、とにかく急がなくては。
『シセイチョウセイガカンリョウシマシタ、ホコウカノウキョリハオヨソ40キロメートルデス』
「・・・」
ホームズと母親の向かった方へと足を急がせる、そこは部屋の廊下を通った左端の部屋だ、着くと母親が立っており、ホームズはと言うと被害者の備え付けの勉強机の椅子に座り考え事をしていた。
「どうしたエミリー?」
「・・・薫さんはここで、この誕生日プレゼントに買ってもらったスマートフォンのパスワードを考えたはずだ」
「・・・どうしてこれが誕生日に買ったものだって・・・」
「それは春海さん、この機種は八年前の新作なのに状態はかなりいい、本体に傷はほとんどないし画面はとても綺麗だ、しかし古い機種にもかかわらず買い換えなかったのは誰かの贈り物である可能性が高い、となると自然と誕生日プレゼントだとわかる」
相も変わらずこいつの推理能力は舌を巻く、そしてホームズがまた辺りを見渡し、考え事を始め・・・もとい、推理を始める
「まずこの部屋に多いのは参考書や医学書の類しかしそれのほとんどが中古の品だ、それに加え・・・」
そう言って一つの参考書を手に取り中を見て。
「至る所にマーカーが引かれ、とても使い込まれている」
「その中にパスワードのヒントが?」
「いや」
そうすると次に見始めたのは本の背表紙に書かれている出版社名だ。
「・・・同じ内容であるにもかかわらず、ここまで出版社が違う参考書を揃えるということはすなわち薫さんが専門看護学校を卒業したことがわかる、その証拠に教科書の類があまり多くない・・・勉強熱心だったんだ・・・」
「・・・はい、いつも家に帰ってくると部屋に二時間は籠って勉強していました」
そう語る春海さんはとても悲しそうだった、そしてとホームズは続ける。
「こうも出版社の違う参考書の類からパスワードは考えない、なぜならこれほどある中から考えるのは面倒だからだ、そこで発想を変えるんだ」
そう言って、人差し指を上に突き立て、そこから答えをひねり出すかのようにグルグルと回す。
「どうしてここまで参考書を買い込んで勉強しなくてはならなかったのか、どうして八年も前の機種を大切に使い続けたのか、どうして普通の大学ではなく専門学校を選んだのかそれは・・・」
そして、上に突き立てた人差し指をそのまままっすぐ、肘を伸ばして。
「あなたを大切に思っていたから、それだけですよ」
「・・・はい」
「あなたのしている指輪はとても古いデザインでおそらく二十年前のモデル、でも薫さんのスマートフォンと同じようにとても状態はいい、おそらく旦那さんとは仲が良かったんだろう、そんな仲睦まじかった父親を亡くしておそらくそれが看護師を目指す理由にさせた」
「・・・はい」
「そして、未亡人になって家庭がきつくなり内職をし始めた母親を楽にさせようと勉強に励み、看護師になったんだろう」
「・・・なんで私が内職をしてるって・・・」
「あの部屋に積んであった段ボールは内職用の道具と材料でしょ?積まれたダンボールの届け先の日にちが一週間間隔なのは内職で定期的に材料が来るからだ」
あのダンボールはそういうことか、まだ彼女の話は終わらない。
「毎日春海さんのことを楽にさせようと考えていて、そんな母親がくれた大事なプレゼント」
「誕生日に渡したこのスマートフォン、一体どんな数字が入るかは・・・春海さんにはもうわかっているはずです」
「・・・はい・・・っ」
すでに春海さんの頬は涙で濡れている、そして受け取ったスマートフォンに打たれたパスワードそれは。
『1210』
「私の・・・誕生日だったんですね・・・っ」
打ち込むのと同時に開いたスマートフォンのオープン画面には仲良く幸せそうに笑う春海さんと薫さんそ姿だった。
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