第八話 壊れた人間性

「ん?なんだ会議はもう終わったのか?せっかく大学を早退したのに」


 乱れきった髪を見る限り相当走ってきたらしい、ワイシャツの第一ボタンはだらしなく開き、女性用のスーツの前ボタンは全部外れている。


「君は探偵課の・・・」

「此れは此れは、部下いびりで有名でいらっしゃる警視正の西宮 勝俊刑事ではございませんか」

「その格好は何かなホームズ君?ここは殺人捜査会議室だぞ?」

「はぁ〜、別に殺人現場ではないし、むしろ捜査が遅々として進まず困り果てている刑事やら、捜査官の顔しか浮かばないけど?」


 さて、西宮の怒りの対象がエミリーの方へと向き始めた、確かに会議室で服装を乱すのは感心できない、それに相変わらず人を煽るような態度も良くは思わない、しかしなんだろう、この少し・・・スカッ!としたこの感じは、俺は多分相当疲れているのだろう、上司にこんなことを思ってはいけないのにな。


「それで?捜査はどうなの?」

「遅刻をしてきた君に教えることは何もないと思うが?」

「一つ言うけど西宮 勝俊」


 相手をフルネームでよんだ後、一歩西宮に近づき、人差し指を突き出す。


「私抜きで事件が解決できると思わないことだ」

 

 そうはっきり宣言された後、あっけにとられた西宮は口をぽかんと開け、しばらくして、真面目な顔でホームズを睨みつける。


「・・・人に指をさす行為は警察としてではなく、人としてどうなのかな?」

「あいにく私は君たちの嫌う探偵課の人間で警察の上司に忠誠は誓っていない、それにその言葉を聞けば自分が人間だと言っているようだが・・・その認識は改めたほうがいいぞ?」


 まずい、とうとう西宮は人間ではないと言い出したこいつ。


「・・・なぜ私が人間ではないと?ホームズ君」

「ズボンに折り目が二つ、一つはクリップタイプのハンガー、一つは真ん中で折れていることから折りたたんでた、もしくは、かけるタイプのハンガーを使っている、けれどこの場合はどちらもハンガーだな」

「だから?」

「家庭で違うタイプのハンガーを二つ揃えるか?そしてその結婚指輪」

「結婚指輪がどうかしたかね?」


 確かに、西宮には左手の薬指に飾りっ気のない普通の結婚指輪がはまってる。


「結婚して、おそらく10年以上それは表面の汚れからわかる、しかしどうだろうか、薬指に全く指輪の痕が残っていない」

「これは途中で外しておいたんだよ、何が言いたいんだ、ホームズ君?」

「まぁ待て、途中で外しておいたのならば表面の汚れは無いはずだ、それは君の時計が綺麗に磨かれているのと同じように君の性格上、途中で外すなら磨くなりするはずだ」

「・・・」

「すなわち、どこかで結婚指輪をはずさなくてはならない状況があったということ」

 

 つまりと、彼女は続けるが隣にいる村上は今にも泣きそうな顔をしているし、俺はこの話の続きが聞きたくてうずうずしている。


「さて、話を戻そう、君の家で使っているハンガーはかけておくタイプの方だ、それは裾を見ればよくわかる、ではクリップタイプのハンガーは主にどこにあるのかそれは」


 人差し指を唇にあて、意味ありげな笑みを浮かべ彼女はその答えを告げる。 


「ホテルのクローゼット」

「出張に行ったんだ」

「それはない、その折り目は昨日のだからな」


 結論コンクルージョン、と彼女は続ける。


「昨日彼は、家に帰ることはなくホテルへと向かい、そこで結婚指輪を外さなくてはならない状態にあった、すなわち自然と誰かに会っていたということになる、そして朝までその人物と過ごしたと、それは彼の目のクマの状態から相当夜更かししたことがわかる」


 だんだんと西宮の体が縮こまってゆくのを感じており、俺はその姿を見て吹き出しそうになるのを頑張ってこらえる。


「自分の妻以外に繁殖相手を求めるとか、人じゃなくてそれは獣というべきではないかな?」


 まだ続けるか?とホームズは目で言うが、西宮にはその話を気力はもうない、しばらくして、顔を伏せていた西宮はエミリーを憎しみのこもった目で睨みつける。


「素晴らしい愚眼だなホームズ君、その憶測で周りが傷つかないことを祈ろう」

「素晴らしい愚口だな西宮君、その発言で周りが退職届けを出さないのを祈ろう」


 そう言い残して、西宮は会議室の扉を荒々しく開け、ずかずかと出て行った。


「はぁ〜〜〜っ!お前はなんで俺の胆を冷やすような真似しかできないんだっ!」

「龍一が何も言わないで黙ってるからだよ」


 何が怖いってこの後の報復が一番怖い、少なくとも彼女は探偵課の人間だから、捜査一課の人間の階級はあまり関係しない、しかし、それに協力をされる刑事には大いに関係があるのだろうと思う。


「とにかく、こうして大学を抜け出したんだから会議で何かわかったことはあったのか?」

「いいや、わかったことと言ってもまだ捜査初期段階だし、それにお前さっきあそこで早退したとか言ってなかったか?」

「細かいことは気にするな、純」


 昨日までお互い、ぎくしゃくしていたはずのに、まるで打ち解けたかのように会話する二人に村上はつい首をかしげる。


「お前ら二人、昨日まで仲が悪かったのに、どういう風の吹き回しだ?」

「あぁ、村上さんこれは・・・」

「純と夜を共に過ごした」


 ・・・えっ


「おっ、おまっ」

「ちっ、違いますっ!お前、日本語を間違えてるっ!」

「じゃあ・・・純と『情』を交わしたんだ」

「何ーっ!」

「エミリーっ!それを言うなら、『盃』を交わしただっ!」


 その後、困惑する村上に今日の深夜に何が起こったかを説明しようやく理解をしてもらう、その間ホームズは勘違いをする言葉の間違いをしたが、おそらくこれはわざとだ。


「なんだ、そういうことか・・・」

「えぇ、決して変な関係ではありません」

「そう、決して変態な関係じゃない」

「いいからお前は黙ってろっ!」


 本当になんだこいつ、昨日までそんな雰囲気じゃなかった、居酒屋でたまたま会って、そこで少し話をした後、そこの料金を自分が持っただけなのに。


「さて、事件の方に話を戻そう」


 そう言って、ホームズは会議室の中央へと向かい、先ほど安藤が操作していたテーブルの液晶に手を触れ犯罪現場のバーチャルを起動させる。


「お前っ、そのデータは・・・ハァ〜、また安藤からくすねたのか・・・」

「素晴らしい推理だ、龍一」


 また、ということはこれがきっと初めてではないのだろう、会議終了後に出て行った安藤の懐から盗み出したのか。


「それでは、昨日は表面から確認が取れなかった現場を内部から観察しよう」


 そう言って彼女は映像で映し出された立体バーチャルの中に足を踏み入れる、当然ながら映像なので触れることはできない。


「まず、この一番綺麗なこの女性の死体から行くか」


 彼女は現場でいうなら、ちょうど奥あたりにある女性の死体へと歩み寄る、確かにその女性の死体は以前説明したように一番綺麗であったが無残な姿をしていることには変わりない、その証拠に身元を特定するのに使った手段は髪から検出されたDNAであったと資料に書いてあった。


「以前はこの人物の職業を主婦といったが・・・どうやらこの人は看護師みたいだ」

「そうだ、名前は岩崎 薫、26歳で元蔵総合病院に務める看護師だったということだ」


 村上が、かがみこんで死体を覗き込むホームズのそばにより、先ほどの会議の内容を彼女に伝える、そしてそれを俺は後ろから見ているが一体どう見たらその結論に至るかがわからない。


「龍一、この死体の鑑識結果については?」

「いや、まだほとんど証拠が上がっていないに等しい、少なからず身元が一人割れただけだ」

「・・・遅いな」


 ホームズがそうボソリとつぶやき、立ち上がりまた違う死体へと足を運ぶ。


「純、私が言ったことを覚えているか?」

「確か、職業と人数と殺害場所、あと確か腕がないとか言ってたよな?」

「そう、その腕だ」


 確かに考えれば不思議な話だ、死体があまりに無残だから腕の二、三本なんて考えてしまうが。


「全員、左腕が欠損しているが・・・その目的がわからない、指紋を残したくないのならば両腕をもぐなり、両脚をもぐしかない、でも時間があったはずなのに」

「殺人の記念に持って帰ったんじゃないのか?」

「なぜそう思う、龍一」

「だって考えてもみろ、こんな猟奇的殺人事件、どう考えたって頭のいかれた殺人鬼だ、そいつの考えることなんざ大抵いかれてることだよ」

「・・・その意見には同意だな、確かにまともの人間がすることじゃない」


 それについては俺も同意見だ、殺人なんてすること自体いかれた行為だが、それに意味がなければ余計、犯人の足取りを追うのに困難を極める。


「でも、犯人は頭がいい」

「「頭がいい?」」

「ここの血だまりを見てみろ」


 ホームズに言われ肉片の転がる血だまりを覗き込む二人、いたって何にも変わりはない血だまりだが、村上がその異変に気付く。


「この変な丸い跡はなんだ?」

「そう、問題はこの丸い跡だ」


 言われてみて、そこを凝視すると確かに壁のそばの血だまりに直径2センチほどの丸い跡ががある、そしてホームズがそのまま反対側の壁に向かい指をさすと確かにそこにも同じような跡がある。


「おそらくだが、ここの通路にホログラムで作った壁で死体を隠していたんだろう」

 

 だとしたら、そのホログラム装置はどこに消えたのかという疑問が残る、その質問をホームズにするが、おそらく自立装置が付いていたのだろうと、ただ根拠はないと言われた。


「となるとなぜ犯人は死体を隠す必要があったかだ・・・」

「そんなの犯人が逃げられるようにするために決まってるだろう」

「純、だとしたらなぜホログラムまで使って死体を隠す必要があった?仮にも見つかったのは死後から3〜5時間後だろう、そんな人目のつかない場所に遺棄をしたのにもかかわらず手が込み過ぎてる」


 すると結ばれる結論は二つと二本の指を立て彼女は答える、まず一つ目。


 ・犯人は極度の心配性だった


「しかしこれはない」

「なんでだ?」

「龍一、心配性の人間は計算高い、仮にホログラムを使おうとしてもデメリットが大きい、現に目撃者が現れ死体は見つかってしまってる」


 そこで二つ目と彼女は続ける。


 ・犯人は死体を誰かに発見して欲しかった


「はぁ?」

「純、ホログラムを使ってのデメリットは?」

「えっ・・・、例えば発見された装置で身元がバレるとか、異変に気付いた人が近づけばすぐにバレるし、確かに発見は遅らせられるがその分ホログラムを使うのにコストが高いとかか?」

「その中で一つ正解がある、それは異変に気付いた人間が近づいたいたらバレるということだ」


 一体どういうことなんだ、犯人は死体を隠しておきながら見つけて欲しかっただって?なんでそんなことを・・・

 

「その答えは、犯人が誰かに追われていたからだろう」

「誰かに追われていた?」

「純、例えば君が誰かを尾行もしくはストーキングする時はどうする?」

「ストーキングはしねぇよっ!尾行するんだったら距離をとって、相手の行動を観察するな」

「さて、先ほどの君の意見にあった通り、犯人を尾行する時遠くからの観察を行うとしよう、だとしたら、近づいてもわからないホログラム、遠くからの傍観者からカモフラージュするのは簡単ではないか?」


 ・・・確かにそうだ、ホログラムは近くに行けば、ばれやすいが遠目から見たならば全くわからないに等しい、となると。


「なんで犯人は追われなきゃいけねぇんだ?」

「龍一、その答えを早く知りたければ鑑識のところに行って・・・」


 そう言って前のスクリーンを操作し先ほどバーチャルを消すと、現場のデータが入ったカードを村上に渡し。


「これを安藤に返すのと同時に、『さっさと身元を割り出せ』と言って?」

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