第三十六話 卒業式を面倒なイベントと言うと薄情者っていう風潮はどうかと思う
「んじゃ、アースさんの準備ができしだい、僕は元の世界、日本に戻るよ。短い間でしたけど、お世話になりました」
取りあえず礼儀として、僕は四人の少女に頭を下げた
奴はアースさんのもとで、異空間が繋がるところが見たいらしく、この場にはいない。全員周りの目なんか気にしないで、言いたいことを言いあえっていう、奴なりの計らいなのかもしれないな。正直迷惑でしかないけど
まぁ仮に奴がいたら、勝手に二人で話をまとめて、特に話をすることもなく帰るだろうから、僕の行動が読まれたともいえるな
「本当に帰るんですね。なんか意外です」
ヒイロちゃんが、キョトンとした顔で、袖を引くような言葉をかけてきた
「僕がいなくなるのが寂しいのかい」
「あ、いえ、そういうわけでは決してないのですけど、なんだか実感がわかなくて」
「あー、ヒイロの言うことわかる気がする。元々、急に転がり込んでいきなりカズヒトさんの子供を名乗っているだけの人だったからね」
自己紹介の時、建前で名乗ったかもしれないけど、そんな自慢げだったとは思えないんだけどな
「なんか、嵐が過ぎ去ったって感じ。来てるときは色々大変だけど、いざ去るってときはなんかあっけないよね」
人と人の別れなんてこんなものだ、そんなに劇的でもなければロマンチックでもない。もしかしたらもう二度と会えないような別れでも、明日になればまた会えるんだし、と思ってしまうほどあっけないものだ
「静かになりますが、同時に清々しますね。私を困らす誰かさんがいなくなるので」
「またまたぁ、実はリョウガ君に揶揄われるのが楽しかったりするんでしょぉ。屋敷内でハズキちゃんは誰も逆らえないポジションですからねぇ」
あぁ、実際家事は誰かがたまには手伝うけど、ほとんど全部ハズキちゃんだし、買い物の時財布のひもを握っているのもハズキちゃんだからね
「そ、そんなことありませんよ。それに、私ってそういう扱いだったんですか」
「別に悪い扱いって訳ではないでしょ。まるで奴の奥さんみたいだったよ」
僕の不用意な発言に一瞬場の空気が凍る。いつもなら、そこから誰かが無理やりにでも別の話題だったり、軽い冗談でも交えたりするのだが、どうも動きが鈍い。これは僕が動いた方が良いのかな
「あの、最後だから少し聞いても良いですが」
「もちろん何でも聞いてよ、彼女はいないしパンツはトランクス派だよ」
シリアスな空気を、一人だけ崩そうとしたせいか、僕が異常に滑った感じになってしまう。まぁ今のボケは、どんな場面で言っても滑りそうなボケだと思うけど
「リョウガさんのお母様に、カズヒトさんの奥さんに、私たちは勝つことができますか」
「勝つ、とは?」
どういう意味で言ったのかはわかっているが、それでも聞かずにはいられない。今まで本気で、こんな攻撃的なことは言ってこなかったからな。正直戸惑っている
「私たちがカズヒトさんのことを愛しているのはご存知ですよね」
「まぁね、知りたくない話だったけど」
「私たちに気を遣っているのか、思いだすのが辛いからなのかわかりませんが、私たちの前で露骨に奥さんのことを話すことはありませんでしたし、それを匂わせるような発言も、覚えている限り十回もありません。ですがリョウガさんが来てから、いやでも意識せざるはありません、私たちの恋した男が他の女性と結ばれて、私たちと同じ年くらいのお子さんがいるっていう現実を」
いや、そんなこと僕に愚痴られても、ねぇ
「目は口程に物を言う、だっけ?そっちの国では、今のリョウガみたいな表情のこと、ひしひしと伝わってくるよ、めんどくさいって感情が。うだうだ遠回しになっちゃったけど、要するにあたしたちが言いたいことは、このままカズヒトさんも帰っちゃうんじゃないかって不安なのよ。あたしたちじゃ、カズヒトさんを繋ぎとめるには力不足なんじゃないかなってね」
その質問には、どこか確信めいたものがあった
奴が担保の話を持ち掛けた時の策は、日本に戻るタイミングをある程度自分で操作しつつ、自分をアースさんにとってもこの国にとっても、重要な場所に位置付けるっていう考えだったはず。つまり当分はこっちにいるっていうことだ
それに、奴第一主義の四人だ、過去にどんなことがあろうと、奴が自分たちのことを見捨てるという考えを抱くことはないだろう
「もしかして、昨夜の僕と奴の話聞いてたな」
「うわっ、鋭い」
「盗み聞きとは趣味の悪い。奴はいったいどういう教育をしてたんだか」
「言っちゃあれだけど、リョウガもカズヒトさんも嬉々として盗み聞きしそうなイメージなんだけど」
「因みにこれは僕の持論。盗み聞きは、どうやるよりもやった後聞いた情報を、盗み聞きしたことがばれないように生かすかが大事。ふとした発言で盗み聞きがばれて信用が無くなる、盗み聞きあるあるだね」
「イメージ通りだったよ」
「まぁ、昨日の話を聞いていたんなら話は早い。一旦ちょっと帰るかぁ、程度だよ。大体七年前にいなくなった奴が今更帰ってきたところで居場所なんてないよ」
てか、多分そろそろ、榊和仁は死んだことにされそうだしな。確か行方不明から七年だよね、死亡届を出すのって
「それは、カズヒトさんからしてみれば歓迎できないことかもしれませんが…なんと言いますか」
「好きな奴の不幸を喜ぶのに抵抗を感じると」
流石ヒイロちゃん、ピュアだねぇ。僕みたいに、好きなやつの不幸でも嫌いなやつの不幸でも、自分の利になるんだったらゲラゲラ笑えるようじゃないと、人生楽しくないよ
「まっ、良いんじゃない?そっちはそっちであいつの帰りを待っていれば。日本に居場所がない代わりに、ここにはあんたらの隣っていう居場所があるんだし、ご自由に物理的にでも精神的にでも、繋ぎとめておけば」
僕は締めるように、さらに言葉をつづけた。これで良いんだよな
「だから僕の母さんに勝っているかっていう質問は、勝負にすらなっていないっていうのが僕の見解かな。形としては、母さんとあんたらであいつの取り合いをして、それに勝ったわけではなく、あいつが追い出されたみたいな形だからね。まぁでも、あいつが本心で何をどう考えているかなんて知らないけど、僕と母さんの前からいなくなったのは、本気で後悔しているみたいだからね。あいつ、同じ失敗を繰り返すほど頭悪く無いから、多分一生あんたらの側にはいると思うよ。ハハハ、全員行き遅れ決定じゃん」
こっちの世界では何歳からが行き遅れなのかは知らないけど
僕の茶化すような笑いは、どうやら場を和ませるような効果もなく空しく響いた
「ねぇねぇ、私からもリョウガさんに質問いいかなぁ」
びよーんと手を高く伸ばして、気の抜けた声で尋ねられた
ホシロさんかぁ、他の三人と違って、質問内容が予想できないからなぁ
「この四人の中でぇ、付き合うなら誰が良いですかぁ」
ほらね、やっぱりよくわからないところから変な質問が飛んできたよ
「えっと、それはどういった意図での質問で」
「なんとなーく気になっただけぇ。強いて言うならぁ、私たちがカズヒトさんばっかり気にかけているからぁ、一応リョウガさんにも触れといておこうかなぁって思ってねぇ」
「お気遣いどーも」
そんなお情けで無理矢理話を振られても気まずいだけなんだけど
ただ、無駄に繊細で察しの良いホシロさんのことだ、僕の何かを察してこんな話を振ったのだろう
「それにぃ、一週間くらいでみんなと何だかんだ仲良くなっていたからぁ、そういう特別な感情を抱いた人でもいたのかなぁって思ってねぇ」
そう言われて、僕は異世界に来てからの生活を振り返る
ヒアイに肩を借りたついでに女の子の柔肌を堪能したり、ヒアイのおっぱい眺めたり、メイド姿のハズキちゃんに見惚れたり、ホシロさんが横になったベットでゴロゴロしたり、そういえばヒアイの下着姿とか見たな、他にも…
「待って、今ここでの生活振り返ったけど、僕ってかなりの変態なのかもしれん」
「…あぁ、ね」
ヒアイも察したのか、僕と目を合わせずに遠くの方を見ている
「お、お姉ちゃん、リョウガさんと何があったんですか。以前下着を見られたと言っていましたが、まさかそれ以上のことがあったんですか」
「リョウガは、思慮深くて疑り深い面倒な人だけど、割と性欲には忠実なんだよね」
「いや、待ってほしい、それは男なら誰でもそうだから」
むしろスタイル抜群の美少女三人と、発展途上ではあるが僕に従順な美少女の四人だぞ、性欲が刺激されるのは当たり前だろ
ハズキちゃんや、話を切り出したホシロさんでさえ、若干引いたような目で見ている。まぁいいよ、どうせもう会うことは無いんだろうし
「それで、付き合うなら誰が良いって話だよね」
しかしまぁ、ついで程度に尋ねられたが、多分奴にアプローチをかけるための参考になるんだろうな。何の保証にもならない僕なりの見解により、奴が日本に戻ってしまう、という不安を多少は解消できたのだろうな
「別に特にこれと言った好みみたいなものはないつもりだけど、あれだ、一緒にいて落ち着ける人が良いな」
「ほへぇ、つまらない回答ですねぇ」
聞いといてそれは酷くない
「僕みたいに思慮深いミステリアスなイケメンは、どんな時でもあれこれ考えちゃうんだよ。そう言う人は、何も考えないでぼーっと日がな一日、縁側でお茶を飲むようなのんびりとした生活に憧れるもんなんだよ」
「リョウガさんがミステリアスなイケメンかどうかは脇において、のんびりした人が好き…なのですか」
「まぁね、でもぶっちゃけちゃうと美人だったら、ある程度反りが合わなくても良いかなって思うな」
「「「「うわぁ…」」」」
引くな引くな、別にそこまで酷い面食いって訳じゃないから。男なら美人と付き合いたいって思うのは、腹減ったとか今日なんだか眠いとか、それらと同じレベルの問題だから
「だけど自分の好みと、提示された選択肢の中から選ぶのって、結構違うと思うんだよね」
「そうなんですか。てっきりホシロさんを選ばれるのかと思いましたけど」
名前の挙がったホシロさんは、いやぁと照れたように頭を掻いた
「僕もそうなんじゃないかって思ってたけど、美人でスタイル良くて自分好みのキャラクターのホシロさんと、一週間同じ屋根の下で暮らしたって、結局恋慕のような感情はなかったから、案外違うんじゃないのかなって思ってね」
もちろん、ホシロさんのことは普通に好きだよ
「だからまぁ、ロマンチックで似合わないようなことを言うけど、僕はハズキちゃんにもヒアイにもヒイロちゃんにもホシロさんにも、運命的なものを感じなかったってこと」
自分で言っていて、少し恥ずかしくなった
ほんのりと染まる頬を誤魔化すように、さらに言葉を続ける
「まっ、長い間一緒にいれば、意見は大きく変わるかもしれないけどね。気にならなかった人のふとした瞬間にときめく、なんてラブコメは掃いて捨てるほどあるからね」
人間の感情はよくわからないものだ。なんで世の中に、あんなに結婚している人がいるのか不思議なレベル。今は少子化とか言って、子供の数だったり、そもそも結婚する人の数自体が減っているらしいけど、僕から言わせれば、昔みたいに無理やり一緒にさせられたりしないかぎり、減っていくのは順当と言える。それほど人の感情は複雑怪奇だ
まぁそれはどうでもいいんだけどね
「長い間…ですか」
「いや、僕の戯言をそんなに真剣に吟味しなくていいよ。僕なんて初恋もまだだし」
「あの、リョウガさん」
僕の発言の何がそんなに気になるのか、ハズキちゃんは、いやハズキちゃんだけじゃなく、ヒアイからもホシロさんからもヒイロちゃんからも真剣な眼差しを向けられた
「なん…でしょうか」
何かを問い詰められている気分だ。少し声が裏返ってしまったよ
「私たちは長らくカズヒトさんと一緒に過ごしていました、ですけどカズヒトさんは、私たちにそういう恋慕のような感情を抱かれていません。勿論、大切にされてはいるんですけど」
「まぁ、それは完全に家族とか娘とかに対しての感情だろうね。脈ナシ、どころか女として見られていないすらある……この際だから僕もちょっと聞くけど」
そう口にして、少し悩んだ。…まぁ良いか
「本気であいつのこと好きなの?何があったかは大体予想できるけど詳しく知らないから、確証は持てないけど、あいつに助けられたことを、あいつに守られていることを『恋』と勘違いしているだけなんじゃないの」
いつだか、あいつが悩んでいたことを聞いてみた
「別に歳の差婚や恩義から始まる恋とかを否定するつもりはないけどさ、四人の言動って小さい女の子が、将来パパと結婚するー、て言っているのと大差ないように感じるんだよね。正直見ていて痛々しい。もしさ、あいつに対して助けられた恩義で好きと言っているんならさ、感謝の気持ちを恋愛感情と勘違いしているならさ…」
僕の言葉がどこかに刺さったのか、下唇をかむハズキちゃん、少し暗い顔をするホシロさん、お互いの手をギュッと握り合うヒアイとヒイロちゃん
「ちゃんと両方伝えきりなよ」
「え…」
「前あいつが言ってたんだけどさ、自分は命の選別をしただの、自分に都合のいい人間だけ残して他を切り捨てただの、助けたことを恩に着せてこき使っているだの、まぁ過ぎたことをねちねちと悩んでたよ。それってあいつにさ、あんたらの気持ちが正しく伝わってないってことなんじゃないの」
少なくとも、あの時のあいつは、自分に引け目を感じるから家事や研究の手伝いをしている、という認識だった
「女として見てもらいたいんだったらさ、まずは感謝の気持ちを伝えきって、何のしがらみもなくなってから、真っ新な状態でアプローチをかけなよ。じゃないと一生、子ども扱いだよ」
言うだけ言ったら満足したので、僕は奴とアースさんのいる方へ向かった
「「「「ありがとうございました」」」」
何に対してのお礼なのかはわからいが、小学生のような、わざとらしく揃った声だった
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