第三十五話 優しさとか信用とか、正直鵜呑みできない

「私が、優しい?その目は節穴なのかな、それとも三歩歩いたら忘れちゃう鶏なのかな」

「鶏が三歩歩いたらモノを忘れるって迷信ですよ。意外と学習能力あるんですよ、鶏って。そもそも、鶏は芸がなく人間に従わないからそんな風に言われるようになったのであって…」

「いや、そこで話広げなくていいから」

今必要ないから、慣用句の成り立ちとか。そもそも慣用句なのか、それ

「アースさんが優しいねぇ」

「ええ、かなり歪な形をしていますけどね」

「まぁ僕もそうなんじゃないかなって思っていたけど、一応聞くよ。優しい神が人を刀で突き刺す?」

「刺すと思いますよ、誰だって自分の住んでいる場所を守るためだったら、多少の暴力くらい行使しますよ」

「優しくないじゃん」

「何が大切なのかを、アースさんなりに判断した結果ですよ。誰彼構わず優しくするのが『優しさ』ではありませんからね」

「そんなものかね」

「分かりやすく例えるなら、強くて心優しい勇者だって、魔王に優しくして世界征服の手伝いはしないでしょ、寧ろ魔王を倒すじゃないですか」

それとこれとは少し違う気がするけど、まぁ分かりやすくはある

「それにアースさんはの時、私にちょっとお仕置きをしようとしたんですよね」

「あの時はね、でも今は…」

「別に今のことはまだいいです、この後触れますから。いやぁそれにしてもこの年でお仕置きされるとは思ってもいませんでしたよ。恥ずかしい半面、懐かしくもありますね」

ハズキちゃんやホシロさんが涙ながらに看ていたのに、何事も無いように笑っていやがる

「まぁそれは置いといて、殺す力を持ってお仕置き程度で済まそうという心がけ、いやぁ優しいですね。因みに、なんであの時はお仕置き程度で済まそうと思ったんですか、もしあの時殺意を持っていれば、こんな面倒な状況に陥らんかったと思いますよ」

離れているハズキちゃんとヒアイが、動揺したかのようにズズっと足を擦った

「別に、あの時はあんたがこんな面倒な人間だって思わなかったし、こんな面倒な息子がいるなんて思わなかっただけ」

「ねぇ、割とまじめにこいつと同列に扱うのはやめてくれる」

「そういうところが面倒って思われているんじゃないですか、それにもし違う扱いになるとしたら、私の方が上だと思いますよ」

うっわ、感じ悪い。でも実際そうだと思うから反論できない

アースさんも特に訂正するつもりもないらしく、僕の方を見むきもしないで言葉を続ける

「ちょっと脅せばもう来なくなると思ってね。下手に殺すと余計に人間が来るだろうし」

「まぁ、ヒアイさんとヒイロさんを拉致っている時点で、誰かしらが来るのは確定事項なんですけどね」

「本当はすぐ返すつもりだったんだけどね」

離れているヒアイとヒイロちゃんを、アースさんは恨めしそうに睨んだ。睨まれた方も、むきになってなのかそれとも本気なのか、睨み返してきた。おぉ怖い怖い

「大方、その二人にこの森にもう来ないようにと説得しようとしたんじゃないですか。それで、お互い地雷を踏みぬいたって感じですね」

「見てきたかのように言うね、事実なんだけど」

「何なら会話の内容も予想できてますけど、聞きたいですか」

「多分あっているから話さなくていいよ」

そこから僕が登場し、色々あって、ごちゃごちゃしすぎて今に至る

「でもさ、所詮は私があんたらを殺せるのに殺していない、と言うたったそれだけの根拠で私が優しい、まだ手を結べる可能性がある、と断じているだけでしょ」

刀を肩に担いで目を細めた

「甘いよ」

「世の中は甘いくらいが良いと思いますよ」

「あんたは私ほどじゃないにせよ、それなりに生きているんでしょ、ならわかるんじゃないの、そんなに甘くないことくらい」

「世の中を厳しくしているのは、世の中に生きる我々だと思いますけどね」

それは分かる、みんなで甘くしようと思えばもっと緩い世の中ができると思うんだよね。こんないい考えを、どうして世の中はダメ人間の発想、と切って捨てるのだろうか

「それに、別に私はそれだけであなたを歪に優しい方だと断じたわけではありませんよ。さっき、あなたの昔の話を聞いたとき、確かにご自身のせいにして傷つくことを避けたと思いました、ですがそれだけではありませんよね、あなたはご自身の見込んだ英雄の悪評を、悪口を言いたくなかっただけなんじゃないですか」

「私が気を遣ったってこと」

「仮にそうじゃなくても、失敗の原因をご自身の中から探そうとする方が、優しくないわけありませんよ」

「……」

優しく微笑んだ奴に、アースさんは黙った。無茶苦茶な理屈だが、奴の狙いはどこにあるのかがやっとわかった

それからどれくらい経ったのか正確にはわからないが、五分か十分ほどの沈黙の後

「…私は、何度もあんたたちを殺そうとしたし、殺しかけた、生き物としてのステージも違うしいつまでたってもあんたたちのことが信用できない。それなのに、なんであんたたちは私のことを信じてくれるの」

昨日僕が使ったプラシーボ効果に、信頼と言うスパイスが加わっている

殺そうとした相手から、自分のことを優しいと断じられるというのは、根拠を持って信頼されるのは、結構心にくるものがあるはずだ

奴の意図を汲んだ僕は、畳みかけるように言葉を紡いだ

「別に信じているわけじゃないよ、僕もあいつもアースさんを利用しようとしているだけ」

昨日の今日で悪いが、確かにそこには友情などの情はない。あるのはどこまで行っても自分本位な醜い意思と、アースさんの力に対する信頼だけ

信用はしていない、だけど信頼はしている

「僕たちの国ではこういう関係を、ビジネスパートナーっていうんだよ」

「ビジネスパートナー?」

「お互いに利を与え合う関係、利がある限り裏切らない関係、互いに利を搾り合う関係」

ニヒルに笑った

「きっとリョウガ、さっきから良いとこなしだったから、最後のキメだけ取ったよ。浅ましい」

「お姉ちゃん、聞こえますよ」

うんガッツリ聞こえているし、別にそう思われても仕方ないから良いんだけどね

「僕が信用できないなら別にそれでいい、奴が信用できないなら別にそれで構わない、だけど僕たち人間の強かさや意地汚さは信頼してほしい」

僕みたいな胡散臭い人間の口から出る言葉が信用されなくて当たり前だ、だけど胡散臭い男には胡散臭いなりの誘い文句はある。はぁ、どうせなら昨日の時点で言っておけば、もしかしたらこんなに拗れないで済んだのかもしれないな

「ふふ、なんですかその誘い文句、そんなんで靡くと思っているんですか」

アースさんは、日本刀を地面に突き刺した

「仕方ない、利用させてあげましょう、ただし私があなたたちを利用しつくして捨てるかもしれないけどね」

そう言って笑ったアースさんは、なんだかとても可愛く見えた

ここで初めて、僕はアースさんと手を結べた気がした。なんだか、無駄に長くなってしまったが、人と人が結ぶのはこれくらいかかるのだろう。作者が下手なだけでは決してない

僕たちが和解したのを察し、全員一か所に集まった

あくまで和解したのは僕と奴とアースさんであるため、四人から、特にハズキちゃんは未だ疑惑の目を向けている

「本当に、この女を信じるんですか」

「信じはしないよ、力を信頼しているだけ。向こうも僕たちのことをそう捉えていると思うよ」

と言っても、やるのは僕じゃないんだけどね

「ええ、昨日提案した通り、まずアースさんに凌雅を日本に送り返してもらい、この件をうまく脚色して国の方に報告する、報告ついでにこの森に人が入らないように制約を設けてきます」

さっき聞いた展望だ。アースさんはこれを本当に実行できるかを疑っていたが

「それだけやってもらえれば十分かな、その後多少は注文を出すかもしれないけど、それらが終わったあんたをリョウガと同じ世界に送るためのゲートを開いてあげるよ。まぁ、国を騙すなんて大掛かりなことができたら、だけど」

まるで、できるものならやってごらん、と言っているようだ。さっきの展望を語る時も、僕がさっき脅したときも触れなかったけど、これ失敗したら芋づる式にアースさんの存在や異世界間を繋げる魔法のことも、国の方にばれると思うんだけどな、挑発的なこと言っているけど、そこんとこ理解しているのか。まぁ理解したうえで挑発しているってことで黙っておくか

「随分と、ぬるい条件ですね。先ほどまでカズヒトさんやリョウガさんが手を焼いていた方とは思えません」

「ならもう一度、面倒なことを言おうか」

和解する気配のない二人に僕は思わず笑みが零れ、奴も呆れたように肩を竦めた

「ハズキさん、お気持ちは分かりますがどうか堪えてください。後でおいしいものでも買ってあげますから」

「別に物が欲しいわけでは…ないです」

ハズキちゃんは頬を染め、恥ずかしそうに手をもじもじさせた

「まぁ凌雅ともそこそこ仲良くできるんですから、大抵の方たちと仲良くできると思いますよ。勿論、アースさんとも」

そんな僕を仲良くする難易度マックスのような扱いしなくても

「あなたの場合、仲良くするのが難しいんじゃなくて、良好な関係を維持するのが難しいんですよね」

心を読むな

「私は別に、人間たちと仲良くならなくていいんだけどね」

「そう思っても表面上は仲良くしなくちゃいけないことが多いから、人間って不便だよねぇ」

学校とか、委員会とか、部活動とか。そういえば今更ながら、今の僕って学校でどういう扱いになっているんだろう、学校側が病欠って誤魔化しているのかな。まぁこの際どうでもいいけど

「私人間じゃなくてよかったよ」

「そっちの世界は大変なんだねぇ」

種族が違うアースさんと、世界が違うホシロさん。これほど他人事、という表現が似合う関係性は珍しいな

「アハハ…」

そして元社会人の奴は、何かを思い出して、疲れたように笑った

さて、さっきまでのちょっと緊張した空気が緩んで、和やかとはいかないまでも、もうこの後アースさんが刀を取り出して切りかかることもないだろう、そう思わせるほどには緩やかな空気だ

「さてと、大分予定が狂ったけどアースさん、僕を帰すための異空間転移魔法、ゲートの魔法の準備をお願いできるかな」

「それは、お互い契約成立ってことでいいのね」

「僕たちは最初からこの契約を結びたかったんだけど、うだうだごねてたのはアースさんだよ」

「うだうだごねるような提案をしてきた方にも非があると思う」

静かに火花がぶつかり合う。こんなしょうもないことで揉める自分が、少しだけ嫌になった

人間、異世界に行こうと死にかけようと、変わらないところは変わらないというわけか

「私が言いたいのは、これはリョウガとカズヒトの問題でしょ、なら話し合いの一つでもあった方が良いんじゃないのってこと」

「心配していただきありがとうございます、しかしそれは昨日散々しましたからね、もう十分ですよ。どうぞ凌雅を、私の愚息をよろしくお願いします」

「ふーん、あっそー。まぁ別に独断だろうが話し合いの末たどり着いた回答だろうが、私はどっちでも良いんだけどね」

そう言いながらも、ちゃんと心配するあたり、アースさんってかなりいい人。人じゃないけど

「じゃあこれにサインをしてよ。一応、こういう風に形があった方が便利でしょ」

一枚の和紙のような紙が、空から舞い降りてアースさんの手に収まった。僕以外、特に驚いた様子が見えないため、使える人は使える類の魔法ってところか

「用意が良いですね。…誓約書ですか、拝見させてもらいますね」

手渡された紙に目を通し、特に問題なかったのかバケツリレーの如く僕に渡してきた

「すっげ、あいつの言ったことが一字一句記されている。それに同意したアースさんの反応もだ、昨日の段階でここまでこぎつければよかったのに」

「がっつく男は嫌われますよ。肉食、されどがっつかず、モテる男とはそういうものです。引くときと食いつくときを見極めなければ、いつまでたっても彼女いない=年齢ですよ」

「黙っとけや」

そんな暴言とともに、僕は紙を奴に返した。そしてそのままハズキちゃんたちにも回され、全員が目を通したところで、再びアースさんの手に戻った

「んじゃ、サインするね」

刀を取り出したときのように、空間に穴あき、そこからはねペンを取り出した

「なんか、便利すぎてドラえもんの四次元ポケットみたいだな」

「まぁ、ドラえもんで何が一番すごいって、あのポケットですもんね」

「もしもボックスだろ、一番は」

「あれはなしですよ、何でもありですから」

なぜかドラえもん話に花が咲いてしまったが、下手にシリアスな話するよりも、中途半端にふざけた方が肩が軽い

「そんじゃ、私は今からゲートを繋げるから、リョウガはその間に別れの挨拶でもしてたら」

そう言ってアースさんは、少し離れた場所で、何かを溜めるように手をかざした

その様子を少し眺めた後、僕は奴の方、そしてハズキちゃんやヒアイ、ヒイロちゃんにホシロさんの方を向いた

一応形だけでも別れを惜しんどくか

真っ先にそう考えてしまった自分が、心底嫌になる

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