第三十四話 自分のことは他人の方がよくわかる

僕はどういうわけか、人を怒らせやすい。まぁどういうわけもなにも、何となく自分の言動を顧みれば、別に意外でもないのだけど

一言多いというか、挑発したりするのが好きというか、人を食ったような喋り方というか、これらが主に怒られる要因である

自分でもそれが悪いとは思っているが、如何せん、意識して直せるものでもないのだ

あれ、これ言ったら相手嫌な気持ちになるのかな、みたいなことは確かにたまには考えるが、逆に言えば、そう考えないものに対しては口が軽い、僕は人よりそれが多いのだ

そして何より、悪いと思いつつ別にいいかなって思ってしまうところが、僕の最も悪いところだ。俗に言う、反省はしているが後悔はしていない、と言うやつだ

だけど、どんな言葉を使ったって、それじゃダメなんだろうな

特に今回みたいに、失敗できないような盤面では、僕のこの性分は邪魔でしかない

「これは、ちょっと不味いね」

「ちょっとどころではないでしょ」

考え得る限り最悪、とまではいかないが、神様に殺意を抱かせてしまったのは失態だ

「あんたがちゃんとフォローしないから」

「あなたならうまくやると思ったからですよ。そしたらあんな挑発するようなこと言って…」

「あんたの負の遺伝子継いでいるんだから、なんとなく予想できるだろ」

「なんでしょう、遂に再開して初めて継いでいる的な発言をしてもらえて、すごくうれしいです」

「あぁ、生まれ変わりたい」

「そう言わなくても、下手したら本当に生まれ変わっちゃいますよ」

「僕、生まれ変わったら美少女が良いな、ヒイロちゃんみたいな愛され系女子ってやつになりたい。んでもって、色々な人にもてはやされたい」

「だったら私は、ホシロさんみたいなのんびりな女性になりたいですね、余裕のある女性って良いと思いません?」

「おっさんがそう言うとキモイな、中年の変身願望ほど見苦しいものはないぞ」

「いつだって違う自分になることを夢見て努力する、素敵な事じゃないですか」

「歳考えてもう落ち着けよ」

「息子に落ち着けと言われるとは、時間の流れを感じますね」

お互いに責任の押し付け合いから、よくわからないところに話が飛び立とうとしたところで

「ねぇ、随分余裕そうだね」

アースさんが僕たちの目の前に立った

「あいつに同意するのは嫌だけど、なんでリョウガもカズヒトさんも余裕なの、なんで逃げないの。殺意を持った相手は、まともに相手したらダメなんだよ」

少し離れたところからヒアイから声が飛んできた。てか、その知識の出所に闇を感じるな

僕たちを殺す宣言のすぐ後、四人には急いでその場を離れてもらった。しかし、完全に姿をくらませるのではなく、お互いに姿が確認できるくらいの距離だ、そもそもアースさんの目的は僕たちである以上、彼女たちにはあまり被害は及ばないだろう

「逃げてください二人とも。次は死ぬかもしれませんよ」

「と、ハズキちゃんは言っておりますが、どうする」

「ここで逃げるのはあまりよろしくないですよ」

「だろうね」

「へぇ、それまた何で」

お前、自分がやる側だからって、余裕ぶっこいているな

「だってアースさん、距離とか関係なく移動できるでしょ、だったらどこに逃げったって同じじゃん、疲れることは極力したくないんだよ。むしろ、下手に逃げて奇襲とかされるの嫌だし」

「なるほどねー」

「それに、まだあなたを説得するつもりはありますからね」

「二回近く失敗しているのに?」

「私の国には三度目の正直っていう言葉がありましてね」

「二度あることは三度あるっていう言葉もあるね」

「あなたはどっちの味方なんですか」

僕は僕の味方だよ

「とりあえず、さっきみたいにのんびり雑談交じりの説得はできなさそうだね」

「そのようですね」

奴がそう言ったと同時に、僕たちは、勢い良くその場にしゃがんだ

と、ほぼ同時に、ブォッと、頭の上に何かが通った

「あれ、二人まとめての首切り、いけたと思ったんだけどな」

いつの間にか日本刀を手にしていたアースさんが、小首をかしげて怖いことを呟いていた

「いやぁ、漫画みたいに殺気って案外わかるものだな」

「そうですね、あなたが気付いたことに気付かなかったら危なかったですよ。私のお気に入りの髪型が崩れてしまうところでした」

いっそ散切り頭にしてもらえよ、もしくは禿げろ、おっさんらしく禿げろ、あ、駄目、遺伝子的にそれじゃあ僕も禿げることになるからそれはダメ

下らないことを考えながら、大股に何歩か走った、その動き方は跳ぶと表現してもいいくらいだ

奴も僕の意図を汲んで、逆の方向に動いた

僕と奴を線で結び、その中央にアースさんがいる

「さてさて、これから凌雅君の第三回説得を開始しようと思います」

「どうぞどうぞ、始められるものならね」

大振りに刀を振り回しながら、突っ込んできた。やっぱり僕の方に来たか。煽るようなことを言った方からくるなんて、単純すぎて笑えるな

昨日観察しただけだが、アースさんが不思議パワーを使って木々を操る時、手と連動させて動かしていた。両手で柄を握っている今、手に注意を向けていれば木を使った奇襲をされることは無い、と思う

不思議パワーさえなければ、女子小学生とさして変わらない相手だ、それこそじゃれてくる子供をあやすように刀を避ける。正直、以前体育の授業でやったサッカーのほうがまだ緊迫感があって疲れたよ。殺す意思に体がついていっていない

「アースさん、あなたが私たちを殺すのは、ご自身の生活が崩れるのが嫌だからですよね。でしたら、私たちと手を組むのは、悪い話じゃないはずですよ」

「だーかーらー、手を組むのも嫌なの」

「何で嫌なんですか、確かに散々挑発はしましたが、別に悪いようにはしませんよ」

「あんたらがムカつく、それ以外に理由は必要?」

取り付く島もないな。さて、こっからどう説得するのか、人生の先輩の手腕を見せてもらおうじゃないか

「ムカつく、ですか、具体的には」

「私が本気で殺そうとしているのに余裕綽々なところ、変な口車に乗せて無理矢理思い通りに事を運ぼうとするところ、薄気味悪い笑みを浮かべて本音を喋らないところ」

「カズヒトさんは薄気味悪くなんかありません」

「そうよ、リョウガはともかくカズヒトさんのどこが薄気味悪いのよ、イケメンのナイスガイじゃない」

「渋さが素敵だよねぇ」

「あなたたち、もう少し危機感を持ちなさい。それにカズヒトさんがイケメンで素敵なのは周知の事実よ」

いやぁ愛されてますなぁ、羨ましくてアースさんの攻撃を奴に誘導してやろうかと思ったよ。あぁ僕も女の子たちから、僕を馬鹿にする言葉のフォローを入れてもらいたい

「…そういうところもムカつく」

「どういうところですか?」

「そんな何考えているかわからないのに、慕われているところ」

思いっ切り刀を地面に振り下ろして、奴の方を振り返り、今までに聞いたことの無いほどの語気で、叫びにも似た声を上げた

「なんであんたは当たり前のように中心にいるの、私は神様なんだよ、なんで私以上に性格の悪いあんたたちがそんなに楽しそうに笑っているの」

あー、そういう感じか

「私はこの国の人に頼られて、いろんな願いを叶えてきた、力になれるような英雄を連れてきたりもした。だけど感謝の言葉もなく、どころかその英雄が率先してこの森を焼き払おうとさえ考えた。その時は、私のどこかが悪かったんだと思って納得したけど、そう納得した以上、私以下の奴が幸せなのが我慢できないの」

何そのトンデモ理論、とは思ったが理解できない話ではない

僕もこういう性格であるから、そこそこ虐めと言うか揶揄いというか、まぁそういう類の対象にされたことがないわけでもない、だけどその時僕をその対象にしたやつらが、幸せそうに笑っているのを見ると、何か納得できない妙な感覚に陥る。そういう経験がない人は、授業を真面目に受けないで遊んでいる奴が、ちゃんと授業を受けている自分より成績が良い、みたいなことを思い浮かべてもらえればわかると思う

人ならだれでも感じる、嫉妬と憎悪が混ざったような感情だ

「なんなのそれ、そんなのただの八つ当たりじゃない」

「カズヒトさんもリョウガさんも関係ないじゃないですか」

いやぁ、アハハ、目に見えてアースさん嫌われているな。僕はアースさんのこと、結構好きなんだけどね、あ、ロリコンじゃないよ

それにしても、どっかで聞いたことのあるような話だな

「なぁ、さっきの話って」

「ええ、絵本にあった話ですね。アースさんという神様がいる以上、あの話は真実と思っていいと思いますよ」

まぁ何の役にも立たなそうですけど、とアースさんの過去に少々辛辣なコメントを添えた

「へー、あんたら人間が私に何をしたのか、本になって残っているんだ。光栄だね」

「いえいえ、神様であるアースさんのことを考えれば当然ですよ」

余裕綽々の態度が気に入らないとか言われていたが、どうやら奴は改める気はないらしい、肩を竦めて笑っていやがる。今でこそ異世界でそれなりに働いているが、こいつ日本でどんな風に働いていたんだろ。少し気になるな

「それにしても、まぁ気持ちは分かりますよ。要するに、私を認めてしまったら、過去に、神である自分が下々の存在である人間の本質を見抜けず、あっさり使い捨てられ、自分の住んでいる森にまで侵攻されかけたおまぬけな神様ってことになる、それが嫌ってことですよね」

火に油を注ぐようなことを

後ろ姿からでもわかる、これ背中をちょっとでも押したら、奴に向かって切りかかるやつだ。背中から怒りの様子が分かるって稀だぞ

とりあえず、刀を持っている方の腕の手首をつかみ、動きを制限した。大怪我しているのに危なっかしい真似を、それとも僕がこうするのを分かった上で挑発したのかな、それならこの先があるってことか

「先ほどの話を聞く限り、あなたは自身が悪いということにして自身を守ろうとしています。別にそれが悪いとは言いませんが、それじゃあ長続きしませんよ」

「…うるさい」

「特に、ご自身で自覚しているように、あなたより性格面や人間性などで下の存在が現れたら、あっけなくあなたの支えは崩れてなくなりますよ。そして崩れたら否応なしに突き付けられます、神でありながら人間に騙され利用され使い捨てられたっていう現実が」

「うるさい」

静かに、だけどはっきりとした、そして何より背筋がゾッとする声だった

おいおい、ここまで怒らせといて逆転の目はあるのか

「まぁまぁそう怒らないでくださいよ。昨日から気にはなってたんですけど、さっきの話で確信しました」

奴は僕に手向けて手を挙げた

それが何を意味するのか咄嗟にはわからなかったが、その時の奴の目が、子供のころ友達と家で遊んだ時、離れたところからそれを眺めていた時の目に似ていた。生ぬるい、純粋な子供を見守るような目だ。そこまで思いだして、やっと奴が意図することが分かった

僕はそっと、つかんでいるアースさんの手首を放した

「アースさんっていい人、じゃなくて、いい神ですよね」

自由になったその腕で奴に斬りかかると思ったが、不審な顔で奴を見るだけだ

「……」

「絵本に記されている通りなら、あなたはその英雄を殺していませんよね。見たことの無い技術で森を守り人間たちを撃退、その英雄に呪いをかけ、あなたは森に害を与えるとき以外人前に現れないようになった」

「まぁ、概ねあっているよ。あの時の誰かが記したのか、殺せばよかったな」

当時の人たちのことを思い出しているのか、ボソッと怖い言葉が聞こえた

「殺せますか、あなたに」

「どういう意味」

「あなたは昨日と今日、合わせて四回近く私たちに殺意を持っています、その日本刀や神通力と言った凶器もある。なのに何で私たちは誰一人死んでいないのでしょうね」

「似たようなこと、昨日リョウガに言われたよ」

僕を横目で見て、鼻で笑った

「ええ、そこから凌雅は、あなたが人肌を恋しがっているという予想を立て、あなたを説得しようとしましたね。忘れかけていましたが、それは成功したんですよね」

「人の友情成立を成功とか言うのやめてくれる。僕が計算した結果友達になりたがったみたいじゃないか」

その通りだけど

「私を突き刺したとき、あれは本気で死ぬかと思いましたけど、こうして無事に生きてます」

刺された時点で無事ではないと思うんだけど

「話を聞いた限りですけど、ヒアイさんとヒイロさん、きつい拘束を施しただけで命の危機になるようなことはしていないそうですね。凌雅とのやり取りもそうです、いくら凌雅がパッと見小学生に大人気なく襲い掛かったとしても、力があるあなたがあんな風に抑え込まれるはずがありません。そして今もそうです」

「…なんか、昨日僕が言ったことを録音された気分」

面白くない。オリジナリティ出せよな、どうせこの後、本当は心優しいんだし僕たちと協力してアースさんの力を正しく使おう、みたいな感じに持っていくんだろ。カーッ、つまらん

と、顔に出ていたのか、奴は一瞬僕の顔を見て、フッと鼻で笑った

「アースさんって、優しい神様ですが、その優しさが歪ですよね」

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