第三十三話 旅先で一番危険なのって道中な気がする

「いやぁ、寝坊しちゃったね。それなりに朝は強いつもりはあったけど、いざ寝坊すると凹むよね」

「その割には楽しそうですね」

「走っているおっさんってなんか滑稽で面白くない?」

「それはそれは、喜んでいただけて何よりですよ」

「それはカズヒトさんへの暴言と受け取ってよろしいですか」

「どうだろうね、僕が言ったのはあくまで感想だからね、ハズキちゃんがそれを暴言だと思ったんなら、そう思わせてしまった僕に落ち度があるから謝るよ」

「政治家みたいなこと言いますね」

「知らないだろうけど、今の政治家ってもっと酷いこと言っているよ」

「へぇ、どこの世界でも偉い人ってクズなんだねぇ」

「なんだろう、穏やかな笑顔で酷いこと言われるのって、なんか来るものがあるな」

「わぁ、変態ですねぇ、マゾでしたっけーそういう特殊性癖のことはぁ」

「まぁ、もうマゾが特殊性癖って呼ばれる時代じゃなくなってきているけどね」

「え、そうなんですか。日本はどこに行こうとしているんですか」

「とりあえずヒイロ、あんたはリョウガから距離を取って、お姉ちゃんの側に来なさい」

「ちゃっかり否定しなかったですね…」

「ホシロさんの罵倒に、何かを感じてしまったのは事実だからね」

昨夜色々あってか、僕たちの会話に少々遠慮がない

ハズキちゃんやホシロさんは、僕のことを奴の息子、という色眼鏡で見ていたのをやめ、多少遠慮なく僕に言葉をぶつけてきた。そして僕も、そうされるから多少変な事喋っても問題ないと思い、遠慮がなくなる

アースさんのいる森を、少し楽しくおしゃべりしながら走り抜けていく。まぁ、走り抜けると言っても、怪我している奴がいるため、それに合わせ、その合わせた中での最高速だが

「それにしても、帰る準備に手間取りましたね。何をそんなに持って帰るんですか」

僕の背中で揺れている鞄を見ながら、奴はため息交じりに尋ねた

「まぁ折角だからね、色々持って帰らせてもらうよ」

異世界に言っていた、なんていう荒唐無稽な話を信じてもらうには、それなりの証拠品が必要だしね

「あと帰る前に記念写真を取れば完璧」

「家族写真って久しぶりですよ、何年ぶりでしょうね」

「そうでもないさ、僕は結構家族写真撮っているよ。母さんが写真好きで、良く撮っているからね。と言っても、中学後半からはあまり撮らなくなったけど」

楽しそうに笑う僕とは裏腹に、奴の表情が一瞬強張った

「本当にカズヒトさんをいじめるのが好きなんですね。今更、お父様なのだから、と言うつもりはありませんが、少々粘着質なのではありませんか」

「じゃあハズキちゃんは、自分を売った両親のことを許せるの」

「それとこれとは違うと思いますけど」

「ムカつく奴の話ってことなら一緒だと思うけど」

「ならその話題には、リョウガさんも入りますけどよろしいでしょうか」

言うようになったねぇ、嬉しいよ

「二人ともそれくらいにしてください。遠慮がなくなったことはいいことですが、喧嘩しろってことではありませんよ。無理して仲良くする必要もありませんが、こんな時まで喧嘩しないでくださいよ」

苦笑いで、そんなありきたりな仲裁をしてきた。面白くない

「カズヒトさんがそういうなら。申し訳ありませんリョウガさん、あまり品のいい言葉ではありませんでしたね」

言った内容に対してではなく、言葉遣いに対しての謝罪。いや別にいいんだけどね

っと、そんなこんなでそろそろアースさんと昨日別れた場所だ

太陽はもう真上に上って、少し傾いている

別に時間を取り決めているわけではないから、焦って走る必要はなかったのだが、現代人の性、寝坊しちゃうとなんかめっちゃ慌てる

「昨日みたいに待ち構えているわけではないのね」

「そんなに暇じゃないんじゃないかなぁ」

流れてくる汗をぬぐいながら、全員であたりを見渡した

「アースさん、約束通り来たよ。いるんでしょ…」

僕が周りに呼びかけると同時に、首に冷たいものが当たった

「いるなら返事してくださいよ。言葉のキャッチボールをスルーされるのは、結構辛いことなんですから」

少し首を動かして、その当たっている冷たいものを確認し、苦笑いで肩を竦めながら文句を言った。ちょっと切れたかな

「びっくりするかなーって思ってね。淡白な反応でがっかりだけど」

「昨日、日本刀を確認する前にやられたら、多少は面白い反応ができたかもしれないけど、別に予想できないことでもなかったからね」

僕の首には昨日の日本刀が当てられている

「昨日あんたたちが帰った後冷静になって考えてみたら、思った以上にそっちに都合のいい展開にされちゃったからね、意趣返しができればなぁって思ったけど、失敗しちゃった」

意趣返しね、まぁ口八丁だけでここまで事を運んだ奴に意趣返しがしたいっていうんだったら、もう達成できていると思うけど

奴は日本刀を突きつけられている僕を見て、目を丸くしている。うん、中々面白い表情だ

「あまり、私の息子をいじめないでほしいのですが」

「いじめているように見える?」

「その発言がいじめをしている人の言葉ですね、別にちょっと斬るくらいならいいですけど、殺されると流石に私も笑えないので。昨日あなたに刺された身としてはね」

刺されなくても僕の身を案じてほしいものだ、後ちょっと斬ることを許可するなよ、僕の身だぞ

「まぁいいや、それにしても昨日の今日でよく来たね、暇だったの」

僕の首に突き付けていた日本刀は、スッと離れていき、何もない空間に穴が開いて、そこに放り込まれた。多分高価なものなのだろうから、もうちょっと丁寧に扱えよ

「僕は割と暇かな、だから友達のもとに遊びにいたんじゃん。この後どうする、どっかに遊びに行く?」

「高校生ががパッと見小学生を遊びに誘う事案が発生しました」

「事案言うな」

良いんだよ、どうせ中身ババアなんだから

「フンッ」

アースさんから蹴りが飛んできた

「痛いんですけど、なんで僕蹴られたんですか」

「いや、蹴っていい気がして」

サイコパスかよ。確かにタイミングはばっちりだったけど

「それで今日は、アースさんは僕を日本に戻してくれるってことでいいのかな。ついでにこいつの今後についての話し合いってことで」

冗談のキャッチボールをするのも悪くはないが、比喩抜きで日が暮れてしまう気がするため、率先して本題を切り出した

アースさんは、軽やかなステップで僕の側から奴の近くに移動した

「そうだね、まずはあんたの展望を聞きたいな。どういう風に私の環境を整えてくれるのか」

「別に大したプランってわけではありませんが、まず王都のほうに行って、この森についてのあることないことを報告します。それで、ある程度はこの町の権限を私に移すことができると思いますから、それを使ってこの森の立ち入りを制限します、もし森の木々についての注文があるとするならば庭師を何人か派遣しますし、外観をいじりたいというのなら、その手に詳しいものを派遣しますよ」

要するに奴は、国からはこの町の権限、どころかその気になれば異世界研究に携わる全権を手に入れ、アースさんの代理人として働く魂胆か

これで奴は、アースさんにとってもこの国にとっても重要人物として、重宝しなければいけなくなる。抜け目ないやつだなぁ、いや、昨日の段階でそこにたどり着いた僕も似たようなものか。実は有能な凌雅君だ

「こういう展望なんだけど、如何でしょうか」

「ざっくりいうことで、あたかも簡単にできるように言っているよね」

図星なのか、楽しそうに笑い

「どうでしょうね」

と、昨日僕が尋ねた時のようにはぐらかす

「まぁそう捉えられるととても悲しいですが、一応勝算があってこの提案をしているので、あなたが信じてくれないのでしたら、私がこの後どんな提案をしても無駄に終わりますね」

詳しく話せっていう意図の反論を、信じられていないあなたが悪い、みたいな形に持っていったな。性格わるっ

アースさんも少し渋い顔をしたが、何か反論するすべを思いついたのか、ニヤッと意地の悪い顔を浮かべた

「そうだね、私はあんたたちが信用できないから、この取り決めはなかったことにしようかな」

「え、あんたたちって、もしかして僕ってこいつと同列の扱いなの」

「どちらかと言うと、リョウガの方が信用ない」

マジかよ、いや知ってたけど

それにしても、アースさんは面倒な手を取ったな。約束の反故ではなく、条件の不成立を主張して、この取り決め自体を無かったことにするのか。子供みたいだが、実際やられると面倒なやつだ

「ふざけないで、あなたは昨日カズヒトさんの担保の提案を飲んだじゃない、いきなりそんなことがまかり通ると思っているの」

「何で神様である私が、人間のあなたたちの口約束を大人しく守らなければならないのよ」

喰ってかかったハズキちゃんは、悔しそうに押し黙った

そりゃそうだ、所詮僕たちはアースさんの、神様たる余裕に付け込んでいただけの話だ、絶対的な力を持つものが、余裕も油断もなくなったら、僕たちなんかに太刀打ちする手段はない

さて、アースさんがそう来ることも予想済みなので、一応手は二つほど用意してある。だけどどっちも気が進まないんだよな。できれば使いたくないから、奴が上手く言くるめてくれれば嬉しいんだけど

お伺いを立てるような目で奴の方を見ると、向こうもこっちを見ていた。僕にどうにかしろと

(自分でやれよ)

(私がやると角が立つんですよ、成功したらこれっきりのあなたがやった方が、後腐れないでしょ)

(要するに鉄砲玉ってこと、嫌だよ)

(そこを何とか、ちゃんとフォローしますから)

表情と思考のトレースで、割と意思疎通ができるもんだな

しかし、確かにいなくなる僕が矢面に立てば、奴やハズキちゃんやヒアイ、ヒイロちゃんにホシロさんはアースさんと面倒な展開にならなくて済む

チッ、普段なら絶対奴の言うことなんか聞かないが、アースさんの機嫌を損ねたら僕は日本に戻ることができないし、また来た道を歩いて屋敷に戻らないといけないからなぁ、それは面倒だ

内心、ものすごく面倒で覇気がないが、それを悟られないよう少し頬を緩めた

「確かに、僕やこいつが信用できないのは分からなくもないけど、信用しないということは、信用した結果得られるメリットを放棄することに繋がるよ」

アースさんは少し目を細めた

「さっきこいつがざっくりと説明したプラン、それを棒に振るってこと」

「別に、あんたたちが来る前に戻るだけじゃない」

「それがそうでもないんだな。さっきもこいつが言ったように、この後王都の方に報告がある、そして僕たちに協力してくれない以上、僕たちはあんたを庇う必要がないわけだ」

「あんたたちに庇われる必要もないんだけど」

そりゃ神様だもん、僕なんかが思いつくような難題は、鼻歌交じりで解決するだろう

「異世界に繋がるゲートを発生させるのは、この世界にとって喉から手が出るほど欲しい魔法だ。もし僕たちが、今回あったことを全部国の方に報告したらどうなると思う」

答えは簡単だ

「第二第三の僕たちが現れるってことだ」

「それのどこが問題なの、追い払えばいいし居留守だって使えばいい」

「一つ付け加えておくけど、僕とこいつは異世界人だから、帰るためにある程度は下手に出てたけど、こっちの世界の人たちはどんな手を使っても、アースさんにゲートの魔法を使わせようとするよ」

中には過激な人たちがいるかもね

「そりゃ排除するだけなら簡単だけど、知っての通り人間って言うのは諦めが悪いうえ狡猾だ、使える人間の一人は二人くらい確保しておかないと、

「それは、脅しているんですか」

「警告しているの、ここでこいつらと手を結んでおいた方が得策だって」

「勝手にこの森に押し寄せておいて、身勝手な言い分」

「ホントね、だけどこっちも必死なんだよ。僕も奴も急にこの森に送られてきたからね」

どっかの誰かさんのせいで

「まっ、友達としてアースさんに負担がかからないように微力ながらも配慮はするつもりですけど、具体的でない僕の言葉なんて、それこそ信用できないでしょ」

僕は笑顔を浮かべて

「信用できないこいつの展望と、信用できない僕の微力な配慮、好きな方を選びなよ」

「何その選びたくない二択」

「因みに、選ばないや第三の選択肢なんてものはないから、ゆっくり考えていいよ」

満面の笑みのまま、僕は奴の方を見て、顎でクイっと合図をする。お前も協力しろ

しかしやつは静かに首を横に振り、肩を竦めた。どういうことだ

「そうだ、あんたたちを殺しちゃえばこんな風に悩まなくても済むんだ」

「へ?」

アースさんの口から出たのは、僕たちが恐れていた展開だった








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