第三十二話 男のやるパジャマパーティはパジャマパーティじゃない
「二人とももう行った?」
「はい、行きました。今は無人です」
乱雑に物が置かれた研究室の隣の物置部屋から、暗闇に紛れて蠢く影が四つ
「ならいい加減降りなさいよ、ヒアイ、ヒイロ」
「重いよぉ」
物置部屋というだけあって、物を置くための機能しか備えていないような小部屋であり、そこに大小さまざまな道具や、なにかの資料、余ったいすや机などが置かれているため、二人もいっぺんに入れば足の踏み場もない
それを四人で入ったのだ、ぎゅうぎゅうの団子状態になってしまっている。チャレンジ精神にあふれすぎだろ
「リョウガがカズヒトさんの目をじっと見てたから、何かあるなって思ったけど、盗み聞きできてよかった。ちょっと狭いけど」
「全く、ちょっとどころじゃないわよ。だから盗み聞きは難しいって言ったじゃない」
「でもちゃんと聞けたじゃん、結果オーライよ」
「あなたは私の背中に乗って、中の様子を伺ってただけだったじゃない」
「あたしだってバランス取るの大変だったのよ。気づかれないように気を遣ったりもしなくちゃだし」
隣の部屋にはすでに目当ての人物たちはいないのだが、雰囲気に流されるまま、二人は静かに喧嘩している
「二人とも重かったよぉ」
「すいませんホシロさん、変なところ踏まなかったですか」
「おっぱいのところをぎゅーって押されたぁ」
「……柔らかかったです」
疲れた表情をしたホシロさんをに、静かに微笑むヒイロちゃん
どうやら隣の部屋から、僕と奴の会話を盗み聞きや盗み見していたらしい
全く気が付かずに、みんなが寝静まったなんて描写した自分が恥ずかしいよ
「それにしても、あれがあれくらいの歳の親子なのかな。ちょっとピリピリしてたけど」
「私たちがあれこれ言える領域ではないわよ。カズヒトさんにはカズヒトさんの、リョウガさんにはリョウガさんの、譲れない一線があるのよ」
理解しているようで何よりだ。喧嘩を理解するって、実は結構稀有なことなんだよね
小学生のころ出しゃばりな奴に、喧嘩しちゃったの?駄目じゃない、ほら握手して、これで仲直り。みたいなことを言われたのを思い出すな
「…ユウキ、さん?でしたっけ、カズヒトさんの、その…」
ヒイロちゃんが非常に言いにくそうに、僕と奴の会話で出てきた、重要人物の名前を挙げた。他の三人も渋い顔をしている
そりゃそうか、好きな奴の恋人、どころか妻の話だもんな。てか、そういう気まずい相手として僕の母さんを扱わないでほしい、ドロドロした恋愛劇を身内で見たくないよ
「奥…さん」
口に出した責任を感じたのか、絞り出すような声で続けた
「なんだろう、偶にビロードさんがカズヒトさんを誘惑するけど、それとは比にならないくらいの嫉妬や羨望の感情があふれてくる。あたしどうしよ、どうすればいい、どないしよう」
「おお、落ち着きなさいヒアイ、まだ負けたわけじゃないわよ。私たちには若さという武器がある」
そういう問題ではないだろ
「大丈夫だよぉ、カズヒトさんはとっても優しいからー、夫婦にはなれなくても愛人にはなれるかもしれないよぉ」
浮気の推奨はやめろ。若干崩壊しているところがあるけど、完全に僕の家庭が崩壊するから、行方不明になっていた夫が、美少女の愛人連れて帰ってきたとか、どう頑張ってもフォローできないから
「うぅ、でも私は、好きな人のお嫁さんに、なりたいです。愛人じゃなくて、ちゃんとした、一生を誓い合えるような、そんな夫婦に」
「「「………」」」
年を重ねるごとに忘れていく、無垢な願いを前に三人は一斉に黙り
「「「そんなの私だってそうよ」」」
同時に言い放った
「カズヒトさんとずっと一緒にいたいし、お世話になった恩も返したいし、カズヒトさんにあたしのことを好きになってもらいたい」
子供が駄々をこねるように、ヒアイは自分の願望を喚いている。夜中にそんな騒いだら迷惑だが、それを窘めることのできる人は、その場にいなかった。思いは同じだからだ
「でも、もし本当に私たちを愛人にしようとしたら、多分私は今のままカズヒトさんを愛することができないかもしれないわね」
「まぁそうですねー」
ジレンマだな。奴に愛してもらいたい、だけど妻のいる身である奴から愛されるということは、平気で不貞を働く男の証明になってしまう
四人揃って、面倒な人を好きになったねぇ
「あの、カズヒトさんとリョウガさんがお話されていた内容なのですが、カズヒトさんが元の世界に帰るってことなのでしょうか」
深夜のテンションなのか、妙に色めき立つ話題を、ヒイロちゃんが修正するかのように話題を変えた
「どうなんだろうねー、さっきの話だとぉ、一回くらいは帰っておこうって感じに聞こえたけどー」
「そもそも、カズヒトさんに戻る意思はあるのでしょうか」
「もし、カズヒトさんを刺した小娘が、この世界とリョウガさんたちの世界を繋げることができるのだとしたら、戻るとは思います」
ハズキちゃんの、その突きつけるように言い放った、がすぐさまヒアイがそれに言葉を続ける
「でも、あたしたちを見捨てるような人じゃない」
「ええ、その通りよ。私たちをあの暗闇の奥底から引きずり上げてくれた人が、簡単に私たちを見捨てるわけがないわ」
奴にとっては苦渋、とまではいかないがそれなりに悩ましい問題であったが、彼女たちはあっさりと奴を信じた。悩んでいるところを見ていたはずなのに、なんでそこまで信じることができるのだろう
心の清らかさが僕には足りないのかな
「私もカズヒトさんは見捨てないと思います、ですが見捨てない場合、どのような形になるのでしょうか」
「形ってぇ?」
「私たちもカズヒトさんについて行くのか、それともこの屋敷で待つのか」
「流石について行けないんじゃないの。てかついて行ってもやることないでしょ」
「ですがお姉ちゃん、異世界に留学できるんですよ。異世界研究家の助手として、行ってみたくはありませんか」
ヒイロちゃんは小さく拳を作り、フンッと可愛い意気込みを入れた
「まぁ気持ちは分かるけど、カズヒトさんに迷惑がかかる行為はもっての外よ。リョウガさんならともかく」
ハズキちゃんや、僕ならともかくってどういうこと。なんで僕になら迷惑かけて良い、みたいなことになっているの
「でも行けるなら行ってみたいよねぇ、異世界」
「それは、そうですね」
思うところがあるのか、静かに同意した。どうでもいいんだけど、僕と奴は別として、ハズキちゃんってホシロさんには敬語だよね、年上だからということもあるのだろうが、やけに気を遣っているって感じがする、ホシロさんはそういうのを嫌がりそうなものだけど
まぁいいや
「授業で色々聞いて、カズヒトさんの手伝いで、異世界の文化に触れてきたつもりだけど、いざ本当に行けるかもしれないと思うと、ちょっと心の準備がいるよね」
「そうですね、特にお姉ちゃんなんてテストで悪い点ばかり取ってますからね、ちょっとどころか結構準備が要りますね」
「うるさいな、わかってるよそれくらい」
ヒイロちゃんはくすくすと笑い、ヒアイは口をとがらせてそっぽを向いた
「話を戻すけど、当面の課題はリョウガさんをもとの世界に戻してもらう代わりに、環境を整えるカズヒトさんの手伝い、それが済んだらカズヒトさんが異世界に行くのを見送る。そしてその間、この屋敷をしっかり守る」
「なんだか奥さんみたいですね」
「夫の仕事を手伝い、遠くに仕事に行っている間はしっかり家を守る。四人はちょっと多いけどね」
「それにぃ、遠くに仕事じゃなくてぇ、遠くにいる本当の奥さんに会いに行くんだもんねぇ」
「そう考えるとあたしたちって、都合のいい女みたい」
「こら、やめなさい。カズヒトさんはそんなこと考える人じゃないわよ」
「知っているよ、そう見えるなーってだけ」
穿った見方をすれば、てか本人が気にしている見方をすれば、家事スキルや魔法の技術、生活や仕事に行かせる能力を持つ美少女四人を、救出という体で買い取り手懐け心酔させ、都合のいい女へ育て上げたっていうことになる
別にこの世界では違法なことをしていないのに、なんかとても悪いことをしたかのように見えるな
しかしその当人たちは、キャッキャッと楽しそうにしている
「でもどうせなら、多少はあたしたちに手を出してもいいと思わない?リョウガなんて、あたしのおっぱい揉んだり、ガン見したりしてるのに。多分隙を見せたら襲われるまであると思う」
「それはリョウガさんに問題があるのでは」
「わ、私には、そういうのはまだ早いので、もっと普通に手を繋いだり、キスしたりの方が」
「私はぁ、カズヒトさんがしてくれることだったらなんでもいいなぁ。特殊性癖でも受け入れるよぉ」
「胸の小さい女の子、確かロリだっけ、異世界文化学でやったのって、そのロリが好きだったらどうする」
「ヒイロちゃん以外全滅じゃないですかー」
「わ、私だって、もっと大きくなりますよ」
夜だからか、話がちょっと下世話な方にシフトしていったな。え、女の子って好きな人がいるとこんなノリなの
「リョウガが帰ったら、聞いてみる?」
「性癖を?以前好みの女性を尋ねた時みたいに、普通に誤魔化されて終わりだと思うわよ」
「確かにそうなるかもだけど、奥さんのことを聞けば、もしかしたら答えてくれるかもよ」
「今までなんとなく避けてきましたからねー。いい機会かもしれませんねー」
いやでも、結婚相手=その手のタイプの女性っていうのは安易な発想だと思うけどな。結婚相手と恋人は違うってよく言うし
「でも、本当にどんな人なんでしょう、ユウキさんという方は。その、馬鹿にしているわけではないのですが、カズヒトさんって、異世界人ってことを差し引いても変わった方じゃないですか。そんな人の心を射止めた人って、どんな人なのでしょう」
いやいやヒイロちゃん、人の母親をそんな変人みたいに言わないでもらえる?確かにちょっと変わったところはあるけど、どこにでもいる普通のシングルマザーだよ
「やはり、家事が完璧でカズヒトさんが一日の仕事を終えて、ゆっくり癒すことができる、しっかりとした人なのかしら」
「いやいや、案外溌溂とした元気な人かもしれないよ。カズヒトさんって、意外とそういうエネルギーに溢れている人に弱いところがあるし」
「もしかしたらぁ、おっとり系かもしれないよぉ。いつもは色々難しいことを考えているカズヒトさんでもー、その人を前にしたらー、何も考えずにのんびりしちゃう感じかもよぉ」
「あの、皆さん。予想というよりも、カズヒトさんのパートナーが自分だったら、みたいな妄想になっていますよ」
「知ってるよ。ノリが悪いなぁヒイロ、こういうのは言ったもん勝ちなんだよ、ほら言ってみな、あんたがカズヒトさんのパートナーだったらどんなことがしたいのか」
もし好きな子と付き合えたら、みたいな妄想は男子ではよくやったが、女子でもやるんだな
「どんなことって、普通に一緒のソファに座って、お互いに凭れかかって体温を感じ合うような、そんな穏やかな日々が送れたらなって思います」
「おおぉ、我が妹ながらすごい乙女チックだな」
「い、良いじゃないですか。乙女なんですから」
むぅ、と小さく頬を膨らまし、睨むようにヒアイを見るがまるで僕みたいに、それをなんともないようにいなし、話を再開させた
「まぁどんな妄想膨らませたって、あたしたちが会うことがあるのかわからないんだけどね」
「会ってみたい、とは思うんだけどね」
「うーん、どうだろう。あたしはやっぱり、カズヒトさんの奥さんを前にして冷静でいられる自信はないな」
「…私も、そうかもしれないわね」
「とりあえずー、目の前でイチャイチャはしないでほしいねー」
一同はうんうんと頷いたが、どの口がそんなことを言うのだろう。一週間くらいしか一緒に生活していないけど、君たちものすごい頻度で奴とイチャイチャしてるよ
「さてと、ではそろそろ休もうかしら。とりあえず明日は、カズヒトさんとリョウガさんとまたあの森に行き、リョウガさんを元の世界に戻してもらい、あの小娘に顎で使われるカズヒトさんの負担を減らすよう努力する、家の仕事は全部私たちの仕事だと思っていいわ」
なんか僕がついでみたいに扱われているが、まぁ今に始まったことじゃないし、奴のついでっていう印象しか与えられなかった僕の落ち度だ、文句を言うのは筋違いだろう
「なんか、あまりしっくりこないな。別に特別な感情があるわけでもないんだけど、リョウガがいなくなるのが上手く想像できない」
「私もそれは思います。なんか帰ってもすぐ会えちゃいそうな気がしますね」
四人は穏やかに笑い合った
人と人との別れで、そういう感情が生まれるときは大体二パターンだ。本心で別にどうでもいいと思っている相手なのか、別れるという現実をうまく処理できていないのか
前者だったら寂しいけど、後者はちょっと重いな。因みに僕は前者、どちらかというと戻った後、母さんになんて説明しようか悩んでいる
こんな感じで、僕の人生史上最も長い一日は過ぎて行った。全員に肉体的にも精神的にも色々あり、正直後半まともじゃなかったと思う。しかし、きっと僕は何度今日をやり直しても同じように過ごすと思う。死にかけたし殺しかけたし殺されかけたし見殺しにしかけたけど、今日の行動に後悔はない、と思う。言い切れないあたり僕らしいな
因みに、翌日全員寝坊した
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