第三十一話 家族愛が深いことはコンプレックスではない

「楽しかったですね、本音をぶつけ合おうの会」

「うるせーよ」

「いやぁリョウガって意外と寂しがりなんですね。いや、意外でもなかったか、そういえば昔からそういう、よく言えば可愛らしいところが結構ありましたからね」

「良く言えてねーよ、その評価」

「なら悪く言いましょか。面倒くさい寂しがり屋って」

僕は聞こえるくらいの大きさで、チッと舌打ちをした

ハズキちゃんたちはこの場にはいない。一通り話し合い、一通り僕に文句を言って、一通り僕の新たな一面を揶揄った後、全員が満足、とまではいかなくても、始まる前よりかはみんな清々しそうな顔をしていた

そして時間は誰もが寝静まる真夜中。そろそろ日付が変わりそうだ

「それで、わざわざみんなに気付かれないように私を残して、何かお話があるのでしょ。怪我人に時間をくれっていうあたり、人使いが荒いですね」

口さえ動けば問題ないからね

「本音をぶつけ合おうの会、第二幕と行こうじゃないか」

「今度はどんな側面を見せてくれるんでしょうね」

僕の言葉を予想していたのか、サラッと嫌味ったらしく返された

「どうだろうね、面白いものを見せてくれるのはそっちかもしれないよ」

僕と奴は不敵に笑い合った。認めたくはないが、親子というのは似てほしくないところばかり似るようだ。いやでもそれは、家族としての遺伝子より、家族としての習慣が生み出すものって聞いたことがあるな。少なくとも遺伝子のおかげで似ているって言われるよりも、生活が似ているおかげで似ているって言われた方が、まだ信憑性はある

だから僕とこいつは、七年の空白があるからそんなに似ないと思うんだけどな

「その話、長くなります?」

「あ、口に出してた?ごめんね、別にわざとじゃないんだよ。嫌味みたいになっちゃったね」

「…それがツンデレって思うと、まぁ許せないこともないですね」

「本気で気持ち悪いこと言わないで、お願いします」

「お願いするほどですか」

いやいやマジで、鳥肌立ったもん。ゾワーって来たもん

いやぁ、本気で寒気がした。早く要件済まして、とっとと寝よ

「なぁ、あんたが森でアースさんと話し合ったとき、あんたは自身を担保にしたよな」

「そうですね。あなたを日本に戻すために、と恩着せがましく言うつもりはありあせんよ。私が勝手に自信を担保にして、日本に繋がるゲートを開いてもらうだけですよ」

そういう発言が恩着せがましくなるとはわからないのかね、わかってて言ってそうだな

「それがどういうことか、僕にわからないとでも思っているの」

目を逸らさず、奴の瞳の奥の奥まで見通すように、力強い視線をぶつけた

「何のことでしょう…と、とぼけてもよろしいでしょうか」

「よろしくないね」

自分がとぼけて相手をおちょくるのは楽しいからいいけど、とぼけられるのはムカつくからダメ

「流石にバレましたよね。まぁ別段隠すつもりもなかったのでいいですけど」

「あんたがアースさんの好む環境を作るまで働くってことは、あんたはそれまで日本に帰らないってことだよな」

「口約束ですが、そういう契約を結びましたからね」

「つまり帰るタイミングをある程度は自由にできる…あんた本当に帰るつもりあるのか」

やろうと思えば、いつまでもダラダラとこっちの世界で暮らすことができる。僕にだけ帰らして、僕が来る以前のように、自身を好いている美少女たちに囲まれて、キャッキャウフフと楽しく過ごすことができる

奴は答えない。固まった笑顔に向けて、僕は言葉をつづけた

「再会して時に言っていたよな、手の届く大切なものと手の届かない大切なものだったら、手の届く大切なものの方を守るって」

この世界から日本に帰れない以上、この世界の大切なものを守るって

「だけど今は、両方とも手が届く位置にある」

「私はあなたも彼女たちも、両方大事って言ったような気がしますがね」

勿論僕も覚えているよ

「だけどさ、あんたはこっちを、彼女たちを取ったんだな」

アースさんとのやり取り、隣で見ていたからよくわかるが、アースさんは本心でこいつを顎で使い、自分の住みよい環境を作りたいと思っているわけではない。話の流れで、なんとなくその約束をしただけだ。僕も少し協力したし

つまり、別にあの条件でなくても良かったということだ

「勘違いしないでください。リョウガがそういう風にとらえる気持ち、わからないことはありません。ですが私は両方諦めたりはしません、信じてください」

そこで一旦区切り、見たこともない真面目な顔を作り、両手を僕の方に置いた

「私は絶対に、あなたもハズキさんもヒアイさんもホシロさんもヒイロさんも、全員が幸せになるような選択をして見せます」

ギリッとつい歯ぎしりをしてしまった

僕は肩に置かれた両手を乱暴に振り払い、蔑むような視線を奴にぶつけた

「ど、どうかしましたか」

「いや、とぼけているんじゃなくて戸惑っているなって思ってね」

「それはまぁ、自画自賛するつもりはありませんが、良いセリフを言ったつもりなのにそんな目を向けられ、乱暴に手を払われたら、多少は動揺しますよ」

つまり僕が何に対して怒っているのか、わかっていないということか

「…なぁ、あんたが幸せにしたい人間って何人いるんだよ」

「は?」

戸惑いと困惑が混ざり合った

自分でもなんでこんな回りくどい話し方をしているのかはわからない。ズバッと本音を言ってしまえば済む話だ

しかしなぜだろう、奴自身の頭で考えて、僕の憤りにたどり着いてほしいと願ってしまった

それは奴を思ってのことなのか、それとも先に言い当てられた僕の面倒な性分からなのか、はたまた別の何かを思ってのことなのか、僕にはよくわからない

何でこんな非効率的なことやっているんだろう

「それはもちろん、あなたと彼女たち四人ですよ。子供の幸せを願わない親がどこに居ますか」

そりゃありがたい。だけど僕が聞きたいのはそんな言葉ではない

「七年前、あんたがいなくなってから、そりゃまぁ色々あったよ」

「…そのことに関しては、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

別に謝ってほしいわけではない、どんな言葉を並べられたって、喪失感を抱いたまま、苦労に苦労を重ねた七年間はなくならないのだから

「別にもう謝らなくていいよ。事故みたいなものなんだし。それに見ての通り、父親がいなくても子は育つんだ」

「ええ、もし私がいなくなったことであなたがそんな風に育ってしまったというのなら、申し訳ない気持ちでいっぱいになりますが」

一言多いな

「案外ね、親なんて一人いれば十分なんだよ」

こいつにはすでに一回言っているが、それでも声を大にして言おう

「僕の家族は、母さんだけだ」

「あぁなるほど、あなたが気にしていたことはそれですか」

僕の憤りの理由を理解し、ふむふむと何度か頷いた

伝わってくれてよかった、が

「僕の母さんを、それだなんて言うなよ」

「そうでしたね。申し訳ありません」

てか他人事みたいに謝っているけど、あんたの嫁だぞ

「しかしまぁ、家族愛が深いことはいいことですね。中身に多少問題がありますが、良い子に育ってくれてうれしいですよ」

知って様な口をきくなや

「それに、そういうのってもっと早く言うべきじゃないの」

「でも会った直後とかに言うとあなたは絶対、知ったような口をきくなよって思うじゃないですか」

別に言い当てられて困ることでもないのだが、図星をつかれるのは嫌な気分になるものだ

僕はそんな感情を隠そうともせずに深いため息をついた

「話を戻すけど、あんたは母さんに会いたいとは思わないの。あんたのあの約束は穿った見方をすれば、僕をダシにして面倒事から逃げているように見えるんだけど。もしそうなら…」

「もしそうなら、どうします」

ニコニコとそんなことを尋ねてきやがった

「何でそんな楽しそうなんだよ」

「さぁ、どうしてでしょうね」

こいつ全力で惚けるつもりだ。僕の言葉をのらりくらりと躱し続けるつもりだ。逃げ続けるのかという質問にも答えないつもりだし、母さんのことをどう思っているのかも言わないつもりだ

いやはや、嫌な人間もいたものだ。人のこと言えないけど

だがこういう奴が相手の時は、相手の意表を突くような発言をすればボロが出る

「もしあんたが逃げ続けるなら、その手伝いをしようかなって思ってね」

「手伝い…ですか?」

そう、手伝い。お手伝いだ

「小学校の宿題よろしく、お家の人のお手伝いってね」

楽しそうな奴に対抗するように、僕も楽しげに笑った

「どんな手段を取るかはわからないけど、本当に逃げ続ける気なら僕とあんたはもう会うことは無いんだから、最後くらい親孝行でもしてあげるよ」

何がそんなに楽しいのか問いたくなるような目で、奴は僕を見つめている。僕の発言の真意を測ろうとしているのだろうな

「私を母さんに会わせようとは思わないのですか。アースさんの協力があれば、自由にこっちとあっちを行き来できるようになるかもしれませんよ」

「どうせ会う気はないんだろ。再開してすぐの時は、異世界を転移する魔法が発展途上だったからどうとでも言えたんだろうけど、いざそれを目の前にすると怖気づいたんだろ」

大した父親だ

「おや、いつ私がそんなことを言いましたか。狭い視野は失敗のもとですよ」

「少なくとも、あんたが僕にそんな挑発的な態度をとるってことは、誘導したい着地点があるってことだろ。それがどこだか知らないけど、僕の意思を固めちゃえばあんたの思い通りにはならないかなぁって思ってね」

「もし私が本当に会いたくないって思っていたら」

「母さんには悪いけど、あんたの手伝いをするだけだよ。一番僕に実害が少なそうだし」

もし本当に奴が怖気づいたのなら、僕が普通に日本に戻って今までと同じ生活を送るだけだ

さて、ここまでのブラフで、というか思い付きのはったりで揺さぶってみたが、ボロ出してくれないかな

「…あなた視点、何がベストなのか」

少しの沈黙の後、奴は言葉を紡いだ

「あなたは母さん、榊優紀さんを自分のこと以上に気にかけている。マザコン、と言ってしまえばそれまでですが、女手一人であなたを育てたのだから恩を感じるのは当たり前。その人にベストになる形で、ことを治めたいと思っている」

考えを整理するように、自身の推論を口にする。僕に聞かせる必要があるのか、それとも無意識なのかはわからないが、割とでかい声だ

「じゃあそのベストは何か、私と凌雅が二人で戻ってくること…本当にそうか?」

おや、雲行きが怪しくなったぞ

「今までどこに居たのかもわからない男が今更家族面して戻ってくるのは、本当にベストなのか。ただの迷惑になるんじゃないのか」

そんな情けない思考を僕視点、なんて言いながら喋るなよ、と言いたいところだったが、それは僕も考えていたことだ

奴の言う通り、異世界の方では自分の身が一番だし、日本でもほとんどそうだ。だけど、マザコンなのかもしれないけど、その次に大事なのは母さんの意思だ

母さんの目の前に、奴を連れてくることは母さんの望むところなのだろうか

今まで大変な思いをしてきたが、決して楽しくなかったわけではない。その生活の均衡を、崩していいものなのだろうか

「考えはまとまったのかよ」

自分の思考から逃げるように、奴に刺々しく言葉をぶつけた

「あなたが私の手伝いをしてくれる意図を考えてみたのですが、私を揺さぶるためのはったりってことが最有力候補ですね、次点で私と優紀さんを会わせることがデメリットになると判断しての行動」

マジかよこいつ。いやまぁ考えればそこに至るのか、今回は特に着地地点を用意していなかったから、思考の誘導とかもしていないし

「大体合ってるよ、多少は態度を変えてくれれば儲けものって感じだけどね」

「それ矛盾していませんか。あなたは私を母さんに、優紀さんに会わせたいんですか会わせたくないんですか」

「そんなもの決まっている。僕が得になればどっちでもいい」

家族で楽しく過ごす、今のところ僕の得はそれだけだ

「割とさっきまで、あんたを会わせるのがベストだと思っていたよ。どんな結果になろうと、けじめはしっかりつけるべきだ。だけど、あんたがさっき至った思考通り、会せるのが本当にベストなのか疑わしくなってね」

「さっきまで憤ってたのに簡単に手のひらを返しますね。私の情けなさが伝染でもしましたか」

「かもね」

これが小説や漫画とかだったら、キャラがブレブレって言われるんだろうな。だけど実際の人間なんてこんなものだ

「幸せになるためになりふりを構わない、僕は生まれてこの方ずっとそんな奴だったよ」

徹頭徹尾自分の利のため、自分の幸福のために

「…真理ですね。ですが、私はもうそんな風には考えられませんよ」

その言葉はまるで、若いって良いなって言っているように思えた

「やっぱり会うべき、なんですかね。優紀さんと、面と向かって話し合うべきなんですかね」

「知らないよ。どっちが母さんにとっていいのか、もう僕にもわからん。ただあんたが僕とあの四人ばかりに気にかけていたのが気に食わなかったから、回りくどく責めさせてもらっただけ」

「そんな一時の感情で、私の心をかき乱さないでくれませんか」

「あんたがムカつくこと言うのが悪い」

いつの間にか、さっきまでのニコニコしていた顔が、余裕のない物へと変わっていた

「…これって今答えを出さなきゃいけないものでもないんですよね」

「おいおい、そんな情けないこというなよ。今決めろ、今ここで母さんと対面してけじめをつけるか、二度と日本に関わらないか、どっちかを選べ」

「二度と日本に、ですか」

当たり前だ、逃げるんならちゃんと逃げ切れよ

「まぁ、そう悩んでいる時点であんたの気概が透けて見えるよ」

「本当に、あなたはどっちなんですか。綺麗に収まりそうだったものをひっかきまわして、私に選択肢を与えて悩ませて、やたら挑発して思考を誘導しかけたり。私がどうすれば、あなたは満足なんですか」

珍しく、少し苛立ちを含んだ声を放った

少し驚いたが、なんだかそれが嬉しかった。こいつがいなくなる前、馬鹿やって怒られることはあっても、僕の言葉で揺さぶられることは無かった。どんなゲームでも、僕の考えを綺麗に読み取り、いくら挑発やはったりをかましても全く動じなかったのに

性格が悪いし、歪んでいるし、歪なのかもしれないけど、今初めて父親の背中を少し超えた気がした

「っ、すいません、取り乱してしまって」

「面白いものが見れたから構わないよ」

「性格が悪いですね」

「誰に似たんだろうね」

僕と奴はしばらく睨み合い、お互い小さくため息をついた

「けじめ、をつけるかどうかは別として、やはり色々思うところがあるので優紀に会おうかと思います。子育てについてとか、リョウガの今までのこととか、色々聞きたくなりましたよ」

「ふーん、あっそ」

ツッコミたいところはあるが、まぁ黙っててやろう

「ですがアースさんにああいった手前、あなたが日本に戻ってすぐってことは難しいと思います」

「それはつまり、行けたら行くってことか」

「そんなほぼ100%行かない人の言い分ではありません」

「それを信じろと」

「信じて信じられなければ、人は何もできませんよ」

「自身を担保にした人のセリフかねぇ、それ」

「もとを正せばあなたのせいでもあるんですよ、昼間のあれは」

「でもあんたを信じられない僕の気持ち、わからなくはないでしょ」

こちとらあんたの「いってきます」の言葉を、長い間信じていたんだから、そして裏切られたんだから

「なら担保という形ではありませんが、明日全員がそろった場でこの会合のことを話しましょう。みんなに協力してもらおうと思います」

なるほど、そうすれば意図的に作業を遅らせることも難しくなるわけか

だけど全員って言っても、ハズキちゃんとはい、ヒイロちゃんとホシロさんでしょ、後はもしかしたらビロードさんが来るかもしれないけど、結局どれも奴陣営の人間じゃん

だけどそんなこと言い出したら、本当に僕は何もできなくなってしまう。騙されたときのフォローができるようにしておくが、信じてみようかな





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る