第三十話 言葉っていう漢字って考えてみるとかなりお洒落
「私からは以上です。またこれから思うことがあれば随時発言していきます」
見た目とは裏腹にヒイロちゃんは、社会人を思わせるような毅然とした態度で、ぺこりと頭を下げた
「ハズキさん、リョウガさんとの話に横やりを入れて申し訳ありませんでした」
「い、いえ」
普段の大人しい態度から想像できなかったのか、ヒイロちゃんが僕を言い負かしたことに驚きを隠せないハズキちゃんは、少し戸惑った表情を浮かべた
しかしそれもつかの間「ゴホン」と咳払いをして、元のキリッとした表情に戻った
「とても参考になったわ。ありがとう、ヒアイ」
今さらながら、敬語を使わないハズキちゃんってなんか違和感
「はいはーい、次私がしゃべっていいかなぁ」
シリアス、かどうかは分からないが、さっきまでそこそこ重く喋っていた僕とハズキちゃんとヒイロちゃんの会話を、聞いていなかったんじゃないかと思うくらいの軽い調子でホシロさんが手を挙げた
別に誰が議長をやっているわけでもないので、全員の反対意見がないことを肯定とみなし、立ち上がって発言を始めた
「私はぁ本音で話すというよりもぉ、皆さんに不満を言いますねぇ」
不満?まぁ不満って言ってしまえば本音みたいなものだから、別にこの場に相応しくないことは無いのか
「前々から思っていたんですけどぉ、皆さん喧嘩しすぎじゃないですかぁ」
「喧嘩のしすぎ?」
うーん、あまり身に覚えがないな。そりゃ確かにあいつのことは目の敵にしているし、こっちの世界にきてすぐの頃、ハズキちゃんとヒアイの二人と揉めたけど、喧嘩って呼べるようなものじゃ無い気がするけどな。あれは僕が勝手に地雷を踏みぬいただけだし
「そうですよぉ。しかも毎回その喧嘩の仕方が陰湿ですぅ」
「河原で殴り合うのをご所望で」
河原で殴り合いー?と、何言っているんだろうこの人的な視線を浴びせられたが、僕が日本のことを何の説明もなしに話すと、誰からも大体こんな目が向けられるので別に気にしない
「リョウガ君はいつも何か難しいこと考えてぇ、難しいこと言ってぇ、仲良くするつもりがないから自分の気持ちを理解してもらおうともしないしぃ。なんだか、楽しくないですー」
楽しくないと仰られても
「それは、ごめん。今後気をつけるよ」
「それぇ、それがダメなのぉ」
どれ?
「その形だけのごめんなさいはもうたくさんですー、普段からもっとぉ、いえこの話し合いの場くらいではちゃんと思っていることを言ってくださいー。そんな風にしか喧嘩できないから全員不満が溜まるんですぅ」
いやいや、さっきしたから今日はいいじゃん。適当に、ハイハイごめんなさい、って言っておくと便利だよ
まぁ僕が言いだした本音をぶつけ合う会で、そんな対応されたら癪か
「いやでも、僕としてはそんな険悪にしているつもりはないし、別にそんなに仲が悪いわけでもないよ」
他人と生活するには、最低条件として仲が良くないといけないからな。こちとら一週間以上休んではいても、立派な高校生だ、うまく過ごす手段くらい把握している
ねぇ、と周りから意見を求めるように促してみたが
「「「………」」」
おや、あまり反応が芳しくないぞ。いやまぁ、別に良いんだけどね…あぁ、確かこの考えがハズキちゃん嫌なんだっけ、改める気はないけど
しかし、周りからの賛同を得られなかった以上、僕が頑張って弁明しないといけないのか
「僕って一人っ子で、どっかの誰かさんが七年前にいなくなってから、母親と二人暮らしなんだよ。だからさ、友達ではないんだけど距離が近い人との関係って、ちょっと難しいんだよ。多分陰湿な喧嘩をしているように見えたのは、そのせいじゃないかな」
ちょっと苦しい言い訳かなって思ったが、筋は通っていると思うし押し切れるだろう。そもそも、そんな内面の人間関係まで管理されたら堪ったものではない、納得されなくても僕からはこれ以上補足するつもりはない
「うーん、そう言われればそういう風にも見えるけどぉ、なにか違う気もするんだよねぇ」
「私は喧嘩、いいと思うよ」
今度はヒアイが口を挟んできた。姉妹揃って威勢がいいことで
「どういう意味ー?」
「ホシロさんが嫌っているのは陰湿な喧嘩でしょ、今回みたいに意見をぶつけ合うことを喧嘩と捉えているわけではないんでしょ」
「そうだよぉ」
「でも喧嘩って言うのは基本的に意見のぶつけ合いじゃない」
「あー」
だらしなく口を大きく開けて、ヒアイの言うことに納得したようだ。馬鹿っぽく見えるから、その大きな口を閉じなさい
「確かに陰湿な喧嘩。自分の意見をぶつけようともしないで、それでも自分の思い通りに事を運ぼうとすれば、そんな喧嘩に繋がるかもしれないわね」
こちらを向いて言わないでほしいな、少し耳が痛いから。でもベストな形だと思うよ、誰とも揉めずに自分の意見を通すって、会議とかの理想的な形じゃん
「そうだねぇ、わかったー。じゃあ楽しく喧嘩しよー。今はみんな少し怖いけどぉ、もっともっと仲良くなってぇ、笑って意見をぶつけ合えるようになろうよー」
笑って楽しく喧嘩、か難しいことをおっしゃる。喧嘩するつもりのない、本音をぶつける会ですら若干険悪な雰囲気が生まれつつあるのに
まぁ一番非協力的な奴が何を言っているんだかって感じだけど
「今のところ出た不満は、もっと凌雅は他の人たちに心を開くべき、私の息子という色眼鏡で見ないでほしい、変な企みなんかしないでちゃんとぶつかり合ってほしい、この三つですね」
「ずっと傍観しているんじゃなかったんだな。てっきり今日はもう喋らないのかと思ってたよ」
「若い人たちに任せようとは思っていたんですけど、思った以上にグダグダになってしまいましたからね。せめてまとめくらいは私がやりますよ」
僕の嫌味を涼しい顔で受け流し
「それにしても凌雅に対する不満ばかりですね。てっきり好かれていると思っていたんですけど」
「僕ハズキちゃんには面と向かって嫌いって言われたんだけど」
僕だって自分が好かれているとは思ってないよ
「でもまぁ似合わないこと言うけど、不満があるって別に嫌われているってことじゃないけどね、好きだからこその不満だって世の中にはごまんとある」
「本当に似合いませんね。裏がある時には言いそうですけど」
ほっとけ
「しかし雨降って地固まる。何なら一人一つずつくらい不満出してもらいますか」
奴の言葉通りに事が運ぶのは癪だが、妥当と言えば妥当だ
あくまでこれは本音をぶつけ合う会、別に解決までこぎつける必要はないのだから。てか別に、最速で明日には日本に戻れるかもしれないんだし、聞くだけ聞いてさようならで良いだろ
話を聞くだけの簡単なお仕事です
「じゃあまだ言ってないのは、ヒアイとヒイロちゃん姉妹か」
「あー、そうなるね」
「えっ…」
隣同士座っている二人の方を向いた
ヒアイはともかく、ヒイロちゃんは分かりやすく戸惑っている
「えっと、私はもう十分喋ったと言いますか、特に不満はありませんし」
「遠慮しなくていい、と言っても仕方ないか」
さっき僕を言い負かした奴が遠慮しているとも思いにくい
「またさっきみたいに喋りたくなったら喋ってよ」
「うぅ…ごめんなさい」
…不満あったな、なんかしょんぼりされると僕が悪いみたいになるの、何とかしてほしい。つい謝りたくなっちゃうから
「じゃああたしか。あたしも不満や本音なんてって思ってたよ、さっきまで」
神様相手に一歩も引かず、自分の考えをぶちまけた人だもんな。こんな会合が無くても好き勝手ぶつけるか
「この変な会が、あたしは不満かな」
「と、言いますと」
「だってさ、こんな馬鹿みたいに集まって、強制されたりしなくちゃ本音が言い合えないのっておかしいじゃん」
おかしい…かな?例え友達でも、多少の不満や本音は黙っているもんじゃないの?
「そりゃ私たちの間には遠慮はないかもしれないけど、ヒイロもハズキもホシロさんも、リョウガ相手にイマイチ踏み込めていないんじゃないの」
「そう、ですか。ですが、カズヒトさんのお子さんに、無礼なふるまいは避けるべきでは」
「面と向かって嫌いって言うのは無礼な振る舞いじゃないの」
「根に持つ男は、モテませんよ」
「中年は黙ってろ」
だがまぁ確かに根に持ちすぎたな、自重しよう
「三人ともそれを気にしすぎ。確かにカズヒトさんにはあたしたちがどんなになっても返しきれない恩はあるけど、リョウガには特にないじゃない」
それは、さっきの話と通じるところがあるな。僕は僕であって、奴の息子として扱うのは気持ちが良いものではない
ヒイロちゃんは、それを個性と言ったが、僕からしてみればレッテルだ
「リョウガ本人もカズヒトさんの息子って扱われるのが嫌なんだし、もし息子であるリョウガにも尊敬の念や恩を感じているんだったら、それを汲み取って普段から本音でぶつかるべきなんじゃないの」
「ヒアイの言うことにも一理ありますし、さっきヒイロが言ってくれたことも、同意すべき個所があります。どちらが正しいのか、この際置いておくとして、その本音でぶつかろうとしている相手が、のらりくらりとかわし続けて居るんですよ」
「そこも問題なのよリョウガ」
さっきまで矛先を三人に向けていたが、次は僕に向けられた
てか、内容的にさっきと同じっぽいからスキップしたいんだけど
「リョウガがさっき言ったように、あんたがあたしたちと仲良くする気がないのは、まぁなんとなくわかってた。ならその理由を話しても、良いんじゃないかな」
「それはあんたらが僕のことを…」
「それは不満であって理由ではない、大方前から不満に思っていたことを、調度いい流れだと思ってぶちまけたんでしょ」
そうなのかな、そう言われればそんな気がしてきたのだが
僕がこいつらと仲良くしない、別に仲良くしないわけじゃないか、親しくならない理由か
いくつか思いつくが、納得してもらえるか微妙なところだ
「あたしたちを納得させるために、変な小細工するのやめてよね。今は本音をぶつけ合おうっていう会なんだから」
先読みされてしまった。いやまぁ特に小細工の方も思いつかなかったから、別に良いんだけど
「………」
たっぷり十分ほど考えた後、言いにくそうに言葉を紡いだ
「別にこの世界を馬鹿にしているわけじゃないってことを念頭に置いて聞いてほしい。僕はこいつと違って、この世界で死ぬつもりはない。ちゃんと元の世界に戻って、普通の生活を送りたい」
僕の言葉に一番の動揺を見せたのは、意外にも奴だった。さっきまで楽しそうに傍観していたのに、咄嗟に何かを取り繕うように、歯を見せて笑った。動揺を隠す様が隠せてないとは、中々間抜けな話だ
まぁそれはいいとして
「だから、ここの人たちと仲良くすると、なんか日本に戻る意思が弱まっていく気がしてね…いや、違うな、たとえ意思が弱まらなくても、なんだか戻れなくなる気がしてね。悪いけどこれが僕の本心だよ。嘘をついたり小細工を弄したりしていたけど、本当の僕はこんなにも希薄で優柔不断で情けないんだよ」
僕は肩を竦めた。自分で言って悲しくなってきたな
「そういうことで何かを狙っているとかは…」
「あるかもしれないしないかもしれない。ここで僕がいくら否定したって、嘘だって断じられてしまった以上、それを覆すことは僕にはできないからね」
「あなたはまたそういうことを…」
「アハハハ、話し合いの場で一番最悪のケースって知ってる?キーパーソンの言葉を信じられなくなった時だよ」
「楽しそうだねぇ、きーぱーそん」
結構楽しいよ。僕がキーパーソンなのかは置いといて、人が右往左往する様って面白くない?
「わかった、あたしは信じるよ」
ヒアイは目に力を込めて僕を見据えた
「へぇ、その根拠は?」
「そんなものないわよ。ただリョウガが信じてほしそうにしていたから信じるだけ」
「僕が…信じてほしそうにしていた?」
は?なんでそうなるの
「そうなんですか?でしたらあんな不信感を煽るようなことを言わないのでは」
「普通騙すなら不信感を抱かせないでしょ」
「あ…」
「それができないリョウガでもないし」
意外にも評価が高いな。少しうれしい
だけどその評価の高さが裏目に出た
「実は構ってちゃんだったんですねぇ」
「構ってちゃんなんて言葉がここにあるのかよ」
いやそこじゃない
僕って、実は誰かに信用されたい奴だったのか。そのためにわざと煽って、信じてもらわなくても気にしませんよ、みたいな強がりをしている、めんどくさいやつだったのか
いやでも、そう言われるとなんか心当たりがあるな
「確かなんでしたっけ、こういうの」
ヒイロちゃんが僕を見ながら頭に手を当て、何かを思い出そうとしている。絶対碌なものじゃないから思いださなくていいよ
「思いだしました、ツンデレです。ツンデレの構ってちゃんです」
「なんかだ、そー言われると可愛く見えてくるねー」
可愛くって…男子高校生に対して、随分な評価だな
抗議しようと口を開けかけたところで
「じゃあリョウガさんは本心で、ご自身のことを希薄で優柔不断であり、情けなく思っているということですか。しかもそれを嘘っぽく言いつつも、その言葉を信じてほしいと思っている、ということですか」
やめて、声出しで確認しないで。僕のクールなナイスガイのイメージが崩れてしまう
「…面倒くさい」
「ハズキちゃん、今の聞こえたから」
「失礼しました」
だがその謝罪の言葉には、僕に対する呆れがまじまじと感じられた
そんな下らない感情のために私たちは右往左往していたのか、馬鹿々々しい、そう言われた気がした
いやはや、申し訳ないッス
羞恥と罪悪感で僕はその場の誰とも目を合わせられなかった
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