第二十九話 どっちでもいい、という奴に限って細かいことを気にする
帰りの道中は特筆するようなことは無く、これ以上の怪我をすることもなく、全員生きて屋敷に帰宅した後のことである
いつの間にか眠っていた奴をリアカーからソファへと運び、各々やるべきことに専念した
ハズキちゃんは素早く着替えそそくさと夕飯の準備に取り掛かり、ホシロさんは奴の怪我が悪化していないかの確認及び奴の体を堪能、ヒアイとヒイロちゃんはお互いアースさんから負った怪我の手当て。どんな劇的な物語だろうと、駄作だろうと、その背景には生活がある、そんな当たり前のことが頭によぎった
因みに僕はというと、いつまでも制服のままでは息苦しいため、部屋着という名の寝間着に着替えた。そしてそのままベットに倒れ込み、天井を仰いだ
「あぁー、僕生きててよかった」
こっちの世界にいる間は、僕の緊張の糸は切れないと思っていたが、割と簡単に、あっけなくと言ってもいいくらい簡単に切れてしまった
「やばっ、ちょっと泣きそう」
いくら頭の中で予想を立てて、それ通りに事が進んでも、何の保証もない状態で命を危険にさらすのは本当に怖かった
改めて思うけど、僕って実は馬鹿な奴なんじゃないか。学校の成績はそんなに悪くはないはずだし、物事を先まで考えたり、どうすれば自分に利があるのかを考えるのは得意なはず
「つまり僕は、平和ボケをしていたってことなのかな」
僕の考え方には、基本的に自分の身が害されることが前提にない。当たり前だ、日本にはかなりごちゃごちゃしている法律がある、ごちゃごちゃしていると言えば聞こえが悪いが、それはつまり、詳しいところまでがっちり定められているということだ。人がルールを守るのではなく、ルールが人を守るってやつだ。それに法律が無くても、日本には世間の目という恐ろしい監視カメラがある。どんな最新鋭のカメラよりも断然厳しく、性能のいいカメラが、日本中に蔓延っている
そんな社会の中で、自身の身が危なくなることを想像して過ごす方が難しい。これが平和ボケした国家、日本の弊害か
以前ハズキちゃんとヒアイと揉めた時、もう心配をかけることはしない、的な約束を交わしたが、今更になってやっとその約束の意味が分かった気がする
「ここまでの経験を経ないと分からないとは、日本の平和さヤバいな」
自分の中で、もう責任の所在は日本へ向けられた。僕は悪くない、社会が悪い
「不安な思い、させたんだろうな」
腕で目を覆い、視界が真っ暗になると、今日のことで心配をかけたであろう人たちの顔が浮かんでくる
この後、飯の後か前かは知らないけど、改めて話し合うんだ。この軽い頭を下げるだけで済むかはわからないが、本気でごめんなさいするか
誰かに本気で想いを伝えるなんて、久しぶりな気がするな
「はぁ、面倒だな」
少し緊張するかと思ったが、意外にも体は落ち着いている
思ったことを口にするのは確かにストレスになるかもしれないが、それ以上にさっき、大きな緊張から解き放たれたことの方が大きい
「なんか、今ならぐっすり眠れる気がする…」
こっちに来てから眠りは浅かったからな
自分なりの冗談のつもりでの発言だったし、寝る気なんて一切なかったが、いつの間にか眠ってしまったらしい
気が付いたら、だらしなく涎をたらし、頭の中がボーっとしている。何かを考えることすら億劫だ。二度寝をしそうになったが、ドアをノックする音がそれを妨げる
不機嫌な声で、うるせーとつぶやいたが、ノックの主はそこから離れるつもりはないらしい。まぁつぶやいただけだから、普通に耳に届いていないんだろうけどね
「凌雅、起きてますか」
そう聞いてきたが、僕が答える前に扉は開かれた
「起きてましたか」
「別に寝てないけど」
「結構大きな鼾でしたよ。昔はもう少し小さかった気がするんですけどね」
「七年も経てば鼾くらいでかくなるよ」
適当に返したが、自分で自分の鼾を聞く機会なんてないからわからんよ
「それで何の用だよ。てかお前歩けるの」
「壁づたいでしたら何とか。まぁ足を怪我したわけじゃありませんからね」
「あっそ。それはよかったねー」
「食事の準備ができたそうなので呼びに来ましたよ」
そりゃどうも、頼んでないことありがとう
「そんなことだったら、他の四人が動きそうなものだけどね。てか、ハズキちゃんあたり必死になって、お前が動くのを止めそうだけど」
「ハズキさんを何だと思っているんですか。少し愛が重いところはありますが、ありますが…」
そこで言葉がだんだん弱くなっていき
「なんかもし結婚したら、ちょっとした風邪で無理矢理有給使わされそうですね」
そこはフォローしてやれよ。お前が諦めたら誰がハズキちゃんをフォローするんだよ
「じゃあなんでここにいるんだよ。寝起きにおっさんの顔とか勘弁してほしいんだけど」
「私も起こすのなら、愛くるしい寝顔を浮かべ、可愛らしい寝息を立てる彼女たちの方が良いんですけどね。別に特にこれといった用があるわけではありませんよ、ただこの後の話し合いで、あなたのスタンスを聞いておきたいと思ったんですよ」
「僕のスタンス?」
「ええ。あまり分かったような口は利きたくないのですが、あの四人についてはなんとなく誰がどういう立場で、何を聞きたいのか、何を言いたいのかが大体予想できているんですよ」
「それで不安材料である僕の立ち位置を聞いておきたいと」
奴は首を縦に振った
「今朝のように急に席を立たれても困りますからね」
フンッと鼻で笑った。そういえば、チャラ族について話がついたこと、報告してないな。まぁいっか
「立場もなにも特にないよ。僕は思ったことを言うし、気に食わないものにはかみつく。好きにやらせてもらうよ」
「…別にあなたを信用していなわけではないのですが、彼女たちを悲しませるようなことだけはしないでください。これ以上、心配かけたくないです」
それには僕も同意見だ。調度謝りたいと思っていたし
しかし
「知らないよ、そんなこと。さっきも言ったように好きなようにやる、誰が悲しもうと僕の知ったことではない」
「あなたがどう思っているのかはわかりませんが、私はあなたのことを愛してます、だけど同じくらい四人のことを、ハズキさん、ヒアイさん、ヒイロさん、ホシロさんのことを愛しています」
「……あっそ、いい年なのにお盛んなことで。そんな下らないことを言いに、わざわざ怪我した身体引きずってきたの」
「下らないこと、なんかじゃありませんよ。愛している人を悲しませたくない、当たり前であり人間の根本的な感情ですよ」
「言っておくけど僕視点、愛している人を見捨てて美少女ハーレム創った人でなしだけどな、お前」
「わかっています。私にどんな事情があろうと、あなたは私のことをそう見るのは当たり前です。ですが、その憤りを彼女たちにぶつけるのはやめてください、彼女たちの不安を煽るのはやめてください。これは二人の問題ですよ」
「…チッ。わかったよ、善処してやるよ。怒る気にもなれない」
二人の問題って何だよ。七人の問題だろ
だからあの時お前はあんな提案できたんだろ
僕の表情から何かを読み取ったのか、壁に手をつきながら半回転し、僕に背中を見せた
「これ以上遅くなると心配かけますから、先にテーブルの方に行ってますね」
「わかった。階段で詰まるのも鬱陶しいから、僕は少し待ってから向かうよ」
奴はそのまま廊下を歩きだした。その背中は、少し頼りなく見えた
食事の風景は特に変わることもなかった、ということにしておくので割愛させていただく。怪我をしたから、という理由で、中年モテモテ食べさせ合いが行われたが、僕の精神衛生上あまりよろしくないので、特に変わったことがないということにしておく
てかもう面倒だから、食事の後の風呂全員の入浴も割愛しよう。四人の着替え、入浴、風呂上がりの色っぽさ、水が滴る髪の艶めかさならまだしも、語り手が僕である以上、貧相な高校生の体の描写しかないから、別にカットで良いよね
「さて、私のいた世界のとある国では『会議は踊る、されど回らず』なんて言葉がありましてね、まぁ聡明な皆様には意味を説明しなくても、どういう意図が含まれているかはわかると思いますが博識ぶって説明させていただきます。これは会議そっちのけで舞踏会や晩餐会を行い続け、全然議事が進まなかった時の会議を記し、名言になったものです」
何が言いたいんだよ
「そう面白い目で見ないでくださいよ。別に知識自慢がしたいわけではありませんよ、この話し合いはそうならないように気をつけましょうってことですよ」
「最初からそう言えばよくない?」
それもそうですね、明らかに次に活かす気のない返事をしながら自身の所定の席に着いた
依然として大量の書類が積まれている机の椅子に、優雅に腰を落とした
場所は奴の研究室
風呂上がりのラフな格好に、この堅苦しい研究室は似合わないが、ホシロさんの胸元が少しはだけたパジャマや、淡い水色の可愛らしいパジャマに身を包むヒイロちゃん、部屋着のようなスウェット姿でダラダラと机に頬を乗せているヒアイ、サイズが少し小さいのか胸元のボタンが苦しそうにしているハズキちゃん
なんか、良いな。似合わないもの+美少女=魅力、みたいな等式が僕の頭の中で出来上がった
「なんか身の危険を感じたんだけど」
「ごめんねぇ、私初めてはカズヒトさんって決めてますからぁ、リョウガ君の熱いもい受け止めてあげられないんだぁ」
女性は視線に敏感ってマジなんだ
ガバッと身を起こし、胸を隠すように自分の体を抱くヒアイさんを見ながら、少しため息をついた
「落ち着きなさい二人とも、リョウガさんもそんなつもりで見ていたわけではないのでしょ」
「そりゃもちろん」
迷わず即答した
「なら自意識過剰よ。会議を躍らせないでくださいね」
「絶対いやらしいこと考えてたと思うんだけどな。前科あるし」
前科とか言うなよ、思い当たる節はあるがどちらも不可抗力だ
「仮にも私とお姉ちゃんの命の恩人なんだし、それくらいで良いじゃないですか」
ヒイロちゃんの仲裁により、渋々とヒアイは引き下がった。これでやっと静かになったな
「それで、こいつは会議って言い方したけど、要は本音で意見をぶつけ合おうぜっていう会だよね」
「はい、そのつもりです」
ならまずは僕から行かせてもらおう
「みんな、今日はすまなかった。朝に不快な思いさせるわ、心配かけるわ、今日は散々なことをしたよ」
僕の急な謝罪に、一同目を丸くする
が、それはあくまで僕が急に謝罪の言葉を口にしたからであり、すぐに「それで?」みたいな顔をした。絶対何か企んでいるって思っているんだろうな
「悪いけど何も企んでないよ。本当に申し訳なく思っている」
「………」
なんかその目、今日二回目だな、一回目は誰からだっけ。チャラ族かアースさん、アースさんかな。信用できるかよ、みたいな感じの目
「ま、別に信用してもしなくてもどっちでもいいよ」
僕の持論、自分に不利益をもたらさなければ、信用しようとされまいとどっちでもいい
「因みに詐欺のテクニックであたかも、信用してくれなくても私には何の問題もありませんよ、という態度を取って、逆に信用を得るって言うのがある」
「あんたは信用されたいのか疑われたいのかどっちなのよ」
「だからどっちでもいいって言ってるじゃん」
めんどくさそうに答えたが、納得はしてくれなさそうで
「リョウガさん、私はあまり他人に説教できるような人間ではありませんが、これだけは言わせてください。あなたのその考え、間違っていますよ」
言われんでも知ってる
「そんな面倒な人を見る目をしないでください、今回は本音を言い合うんですよね」
「別にそんな目をしてないよ。それにハズキちゃんが色々不満を抱えているのは、今日森に行く前から知ってたからね」
「では遠慮なくいかせてもらいます。リョウガさん、あなたは私たちに信頼されたいとか思わないのですか」
「僕も本音で答えるけど、そうだね信頼とかは要らないかな。ほどほどに仲が良くて、ほどほどに快適だったらそれで良いよ」
「そんなの、悲しいです、寂しいです。あなたが、哀れです」
僕が哀れ、か
「人と人は信頼して、協力して、助け合わないと生きていけないんです。仮に生きていけたとしても、そんな人生虚しいだけです」
「その論には思うところはあるけど、ハズキちゃんがそういえるのは、普段の僕を知らないからそう言えるんだよね」
本音の会なんだし、多少傷つけること言っても構わないだろう
「嫌な言い方すると、僕は君たちと信頼し合った友情を育んだり、一緒に生きていくつもりは毛頭ないってこと。もし僕が君たちと仲良くしようとしたときは、そこには友情や愛情ではなく、打算と企みがあるってこと」
誰彼かまわずこんな態度取ってたら、普通にぼっちだ。生憎と、信頼のおける相手には結構オープンなんだよ、僕は。確かに友達は少ないけど
「……信頼し合おうと思っていたのは、私たちだけだったんですね」
「何言ってんだよ、端から信用してなかったのお前たちだろ」
僕の吐き捨てるような言葉に、四人が眉を顰める
「だってお前ら僕のことを、榊和仁の息子って風にしか見ていなかったじゃん。まぁ別に良いよ、不本意だけど事実だし、ここでの自身の証明はそれしかないからね。だけど、それで自分たちとは仲を深めようって、むしが良い話じゃないか」
「それの何がいけないんですか」
割って入ったのはヒイロちゃんだった
「どうしてカズヒトさんの息子として見るのが、信用していないことに繋がるんですか。確かに私も最初は、言い方が悪いですけど、劣化版カズヒトさんくらいにしか見ていませんでした。ですが、紛れもなくあなたはカズヒトさんの息子です、あなたがいくら否定したところでカズヒトさんの息子であることには変わりはありません」
年下の女の子に好き勝手言われているが、驚くほど冷静に聞いている自分がいる
「ですがそれだけがあなたの全てではありません、カズヒトさんより持っているものも足りないものもたくさんあります」
「じゃあもし僕がこいつの息子じゃなかったとして、僕とヒイロちゃんは仲良くなれたと思う」
「残念ですがわかりません。カズヒトさんの息子であることを含めて、あなたの個性なんですから、その要素がなくなったらリョウガさんはリョウガさんでなくなります」
使い古された言葉だな、だけどそれが真理だ
僕は奴のことを蛇蝎のごとく嫌っている、しかし、今の自分はそこそこ好きだ。自分で言うのも憚られるが、様々な対人ゲームで培った相手の動きや心理を読む技術、それを踏まえて罠を張る狡猾さ、勝つために裏切ることも辞さない性格の悪さ、責任転嫁をするつもりはないが、奴がいなかったらこうはなっていなかったし、奴がいなくなっていなかったらもっと違う人間になっていたと思う。僕という人間の要素に、奴は大部分締めている
僕が僕であるためには、今までのどんな些細なものでも欠けちゃいけない
「もし、カズヒトさんの息子さんって見方が不本意なものでしたら、謝ります。ですが、私たちは、少なくとも私は、あなたをそう見ることをやめません」
ヒイロちゃんがそう言い切った
返す言葉を探したが、どうにも出てこない。こっちの世界に来てから、貴族や研究者様、神様と色々言葉を交わし、言葉に詰まることは何度かあったが、言葉が出てこないのは初めてかもしれない
要するに、小学生と言われても通じるような女の子に、言い負かされたのだ
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