第二十八話 計画は立てているときが一番楽しい
担保を簡単に説明すると、お金の貸し借りなどにおいて、借りる側が貸す側に対して、返済できなかった時のために、あらかじめその補填を確保することである。少し違うが、乱暴で分かりやすく言うなら、任意の人質である。『走れメロス』で例えるなら、セリヌンティウスである
「あなたが私の望む環境を作る、ね。できるの?」
「さぁ?わかりません。ですがそのための私という担保なのです。あなたが望む環境ができるまで、私のことを好きに使ってくれてかまいませんよ」
奴の真意を測ろうとするアースさんと、余裕そうに笑う奴。そこに生まれた静寂は、女の子の悲痛に満ちた声で破られた
「ま、待ってください。そんな、なんでみすみす奴隷になるような、もっと他にやりようは」
「あるかもしれませんが、私なりの打算でこれを提案しているのです、ここは一つ大人に任せてくださいよ」
打算、そんなものがさっきの提案にあったのか
僕を送り返す代わりに奴がアースさんのために働く、それ自体はまぁ納得できないものではない、金などを欲しない相手に何かを頼むとなると、働きで報酬を支払う。改めて思うと、国によって差はあるが、国単位で価値観を共有できるお金って偉大だな。アースさんも、偉大なるお金様に屈してくれれば楽だったのに
奴がアースさんの下で働くメリット…
「それでも、リョウガのためにカズヒトさんが奴隷になる理由なんて」
「凌雅は私の息子、それ以外に理由はいりませんよ。安心してください、もしこれが凌雅ではなくあなた方でも、同じように動いていましたから」
それで何を安心しろというのだ
「それにあくまで奴隷になるのではなく、アースさんのために環境づくりをするだけであって、皆さんが不安に思うようなことはありませんよ。多分」
「でもぉ、みんなで楽しくワイワイやる時間は減るんですよねぇ」
「まぁ、そうなりますね。ですがアースさんを見つけた時点で、報告等の仕事で何日かはまた王都のほうに向かうつもりでしたし、そこでうまく仕込みをすることができれば、思っている以上に早く終わると思いますよ」
「ですが、あの、カズヒトさんを刺して、私とお姉ちゃんを痛めつけた人のもとで働くのは、やっぱり危険じゃないですか」
「確かに危険かもしれません、ですが信じなければ始まりません。私の息子の友達を、信じてみることにしますよ」
恥ずかしげもなくそんなことを言っている奴が、なんだか直視できなくなり、隣にいたアースさんを横目で見た
彼女はなぜか不機嫌そうに、ぷくっと頬をふくらまし、唇を突き出している
「…あのさぁ、盛り上がっているところ悪いんだけど、私がまだその条件で良いって言ったわけじゃないよ」
どうやら、自分が関わる話なのに蔑ろにされている気分にでもなったらしい、要するに拗ねたのだ。さっきから思っていたけど、少し幼すぎる気がするな
「おや、駄目でしたか?自画自賛するつもりはありませんが、中々平等でいい条件だと思いますよ」
「別にダメとも言っていない。私が決めていないのに、もうその気になっているあなたたちが気に食わなかっただけ」
「おやおや、それは申し訳ありませんでした」
わざとらしく肩を竦め、苦笑いのような笑みを浮かべた
「ねぇ、あの人の提案どう思う?」
余裕綽々と言った奴の表情が不快だったのか、少し苛立った声で僕に尋ねてきた。相変わらず心が狭いことで
「僕としては一向に構わない提案だね。奴がどういう腹積もりなのかはいまいちわからないけど、僕にデメリットはなさそうだ」
「じゃあ友達として、どう思う?」
「友達として…」
そこで少し言葉が詰まってしまった
ズルい聞き方だ。もしそこでさっき言ったことと違う考えが出てしまったら、一瞬喋っていいものなのかと止まってしまう。つまりアースさん視点、僕は喋っていいのかわからない感想を抱いたということになる
まぁ、そこまで考えて尋ねた質問かはわからないが
なんにしても、詰まってしまったのは事実であり、ここでさっきと同じことを言ったら心象は悪くなる
「友達としては、さっき言っていた打算ってやつを、奴にとってのメリットをはっきりさせるまでは、首を縦に振るのはお勧めしないよ。やっぱりその提案は、僕に利がありすぎて怖い」
「あなたはどっちの味方なんですか。人の、それも親の善意を受け取れないとは、寂しい半生を送らせてしまったみたいで、とても悲しいですよ」
「注意深いだけだよ。あと、別にあんたは親だと思ってないから」
ついでに僕は、正義の味方さ
「では癪ですが、あなたの言う打算って言うのを教えてください。あなたが私の担保になることで、あなたにどんなメリットがあるのか教えてください」
癪なのかよ、別にいいけど
もし僕が奴の立場だったら、奴にとって理想的な形は、悔しいが僕の安全っていうことかな。僕を安全に確実に日本に帰す、あの時の奴の言葉が本心であればそれだろう。だがそれは打算的という感じではない
ならば次点で、あの四人の安全。だけど奴の提示した話ではそれに触れられているところはない、ホシロさんも言っていたように、彼女たちと触れ合う時間が減ってしまう
アースさんのもとで、アースさんのために働くメリット。アースさんの望む環境ができるまで、こっちの世界で働く利点……あるじゃないか、とんでもなく大きいのが
僕はたどり着いた考えに舌打ちをし、露骨に不機嫌な眼で奴を見た
僕が気が付いたことに気が付いたのか、奴はどこか申し訳なさそうな顔をした。そんな顔するなら、端からこんな提案するなよ
ムカつくから、この思惑ごとぶっ壊してやろうかと思ったが、そうすれば僕の日本に帰還という交換条件も流れてしまう
つまり僕は、奴が提案した時点で奴に反抗することが許されていなかったのか。どんなにムカつこうと、どんなに腹立つ思惑があろうと、アースさんから主導権を奪ったように、僕から反抗する権利を奪っていた
奴のことだから、ちゃんとそこまで考えていたんだろうな
「アースさん、この条件はやめませんか。とてつもなく嫌な予感がします」
僕は嫌そうな顔のまま、悔しさをにじませたまま、アースさんに提案した
「嫌な予感?」
「たぶんこれ、僕が面倒な目に遭う予感がプンプンしますよ。僕がこれよりいい条件出しますから、考え直しませんか」
「うーん、そうだな…」
顎に手を当て、考える素振りを見せた、が、内心そこまで深く考えていないだろうな
「決めたよ、決めた。決心したよ」
僕の方をニヤッとみて、大きな声で手を叩いた
「あなたのその条件、呑むよ。リョウガを送り返したら、私が望む環境ができるように尽力してもらうよ」
僕の予想通り、奴の出した条件をのんだ
これで満足だろ、視線で語ったが、苦笑いが返されてしまった。あなたどれだけ信用されてないんですか、親として悲しいですよ。そう語っている気がしたので
「うるせぇ」
と、小声で漏らした
「ではアースさん、今後のことを話し合いたいのですが、もうだいぶいい時間でしょう。今日は一旦お開きってことでいいですか?」
「私は別にこのまま話し合ってもいいけど?」
キョトンとした顔で、このまま話し合うことを提案した。この子神様の癖に人間のことよくわかっていないのかな、いや、これ多分今まで周りは自分に合わせるものだって思っていたって感じか、そりゃちょっと馬鹿にされただけであんなにも怒るわな
「私たちがそうも言ってられないのですよ。大丈夫ですよ、まずは凌雅を送り返すことが先ですから、ちゃんと明日も来ますよ」
「友達風に言うなら、明日もまた遊ぼうぜってことだ」
「友達…友達ねぇ」
何度か反復させ、仕方ないといった風に息をついた
「じゃあ待っているよ、友達を」
「約束だね、安心してよ僕は生まれて一度も約束を破ったことがない」
「さっき、約束した相手を裏切ることに抵抗がないみたいなこと言ってなかったっけ」
「おいおい、そんな奴いるのかよ。世の中怖いなぁ」
僕は横目で奴の方をチラッと見た
「何で、あたかもそれが私みたいに見たんですか。あなたのことですよね」
「と、意味不明な発言をしています」
「意味不明は凌雅のことでしょ」
「でも実際裏切ることに抵抗ないでしょ?」
「…時と場合によりますね。人間みんな、そんな上品にできていませんよ」
「まぁ僕は上品にできているけどね」
「育て方、どこで間違えたんでしょうね」
本気でしんみりした声でつぶやかれた。おいやめろよ、このいたたまれない空気。なんで僕が悪いみたいになってんだよ、なんでお前が泣きそうなんだよ、なんでヒイロちゃんは奴の背中に手を置き優しく励ましてんだよ、なんで「カズヒトさんのせいではありませんよ」「そうそう、生まれ持ったやつだよきっと」「私たちはぁ、ちゃんとまっすぐに育ってますよぉ」口々に慰めてんだよ
まぁ茶番はさておき
「流石に友達との約束を破るほどのクズでは…あるかもしれないけど、絶対明日くるよ」
アースさんの答え思聞かずにリアカーのほうに歩きだした
女の子三人が推している中、僕だけ重労働しないってのも心地が悪いからね
「あ、ちょっと待って」
どう手伝ったらいいものかと悩んでいたところに、アースさんから待ったの声がかかった
まだ何かあったかな、考えを巡らせながら少しおどけて尋ねた
「どうしたんですか、まだ今のうちに言っておきたいことでもありました?」
「うん、いい加減そのニホントウ返して」
チィィ
すっかり手に持っていることを忘れていた刀、それの返還の要求だった
「いやはや、てっきりまだ帰ってほしくないわ、みたいなやつかと思っちゃったよ」
「いやそういう問答でさりげなく持って帰られたくないから、黙って渡して」
ちぇー
口を尖らせながら、渋々渡した。流石にこの段階で攻撃に打って出るとは思えないし、むしろ僕が刀を持っていることにより、対抗する意思アリって思われたくないから、返すのは妥当なんだけど、やはり日本刀は男のロマンだからなぁ
「諦めてください、大体あんなの持ってどうやって帰るつもりだったんですか。鞘もないのに」
「男は心に鞘を持っているものなんだよ、常に心に一本の刀を帯刀しているものなの」
「じゃあいらないじゃないですか」
あれ、本当だ
そんなバカなやり取りの後、僕たちは森を抜けるため歩き出した。四人でリアカーを引きながらだから、どうしても締まらないけど
かなり頑張っていたのか、アースさんの姿が見えなくなった辺りで、リアカーの中で奴は力尽きたように倒れた
「カズヒトさん、大丈夫ですか」
大丈夫じゃないから倒れたんでしょ
「大丈夫、とはあまり言い難いですね。だいぶ無理してましたから」
「そこで寝ていてください、ヒイロ」
「はい、カズヒトさん、頭失礼しますね」
一言入れて、ヒイロちゃんは奴の頭を自分の膝に乗せた。要するに膝枕だ、羨ましい
「ヒイロちゃんの膝の心地はどうだい」
「ええ、とてもスベスベで柔らかくて落ち着けます」
僕の悪意ある質問に対し、どういう心境で答えたのかわからないが、セクハラじみた回答がされた
「ヒイロさんの枕があれば売れますね」
さらに追加された誉め言葉に、当のヒイロちゃんは耳まで真っ赤にした。羞恥であわあわとしているが、奴の頭を落とすわけにもいかないため、手だけぶんぶんと動かして何かをアピールした。なんかめっちゃ可愛いな、しばらく眺めてたい
「そういえばぁリョウガ君、あの神様とすごく仲良かったねぇ。よく友達になれたよねぇ」
「まぁ、色々あってね」
「剣を相手の首筋にあてて迫れば、誰でも友達になるよね」
「棘のある言い方するね。ヒアイは見てたからわかるでしょ、僕だって好きであんなことやったわけじゃないよ。それにあんな荒っぽい手を使わなくても、多分友達になれたと思う」
ハズキちゃんとホシロさんは、僕の指す荒っぽいことを生で見ていないので、イマイチしっくりときていないようだ
「それはつまり、あの女とそりが合ったということでしょうか」
言葉に圧があるな
そりゃまぁ、ハズキちゃんにとってはアースさんは、大切な人を奪いかけた奴であり、僕と奴にどれだけ有益な存在であろうと、絶対に許すことのできない存在なのだろうな。ここに来る前に言われた、僕のこと嫌い発言の時よりも圧がある声色だ
「別にそんなことではないよ、まぁ冗談抜きでいい友達になれそうな気はするけど」
ハズキちゃんとヒアイの視線が鋭くなる
「でもあの時は、一応根拠、というタネは仕込んであったよ」
若干ピンチになってたあの時、一応僕なりに算段は立ててた
「プラシーボ効果って知ってる?」
「ぷら、何?」
「プラシーボ効果、一種の自己暗示みたいなやつだよ。ざっくり説明すると、偽物の薬をよく効く薬だと紹介して飲ませると、信じて飲んだ側が思い込みの力により、本当に病気を治してしまうこと。今回のことに当てはめると、僕がしつこく友達について、本当は友達を欲しがっているんじゃないか、という根拠を喋り続けたことにより、アースさん自身が自分は友達を欲しがっているのではないかと思いこんだってこと」
「それは厳密には、プラシーボとは少し違いますね」
「怪我人は黙って寝てろ」
横やりを入れられたが、まぁ気にせず話を続ける
「そしてその思い込みの背を押したのが、まぁ自慢げに話すのは憚られますが、ちょっと荒っぽい行動だね。最初はそのつもりはなかったのですが、本心を誤魔化すにはなかなかいいシチュエーションだったので、そっちにシフトさせた」
「本心を、誤魔化す?」
「だって見た感じプライドが高いって感じはしなかったけど、相手の言う通りに行動するのは、たとえ自身に利があっても嫌だって感じだったからね、僕がどれだけ言っても、むきになって友達にはならないと思ったんだよ。でもこれが、脅されていたなら話は違う。僕に言われたからではなく、死にたくないから仕方なく、僕の誘いに乗ったって感じ」
「でも、リョウガなんかに脅されて屈したって言うのは、向こうからしてみれば屈辱じゃないの」
僕なんかにって、いやまぁ良いけど
「どうだろうね、僕の予想通りだったらアースさん視点、僕は脅しに屈したと思っている馬鹿な男って感じだからね。あまり屈辱って感じはしないんじゃないかな」
僕が最後の質問に答え終わったあたりで、森の入り口が見えてきた
太陽はそろそろ沈みきり、月や星々がその姿を現す。まさに昼と夜の間といった感じだ
それにしても、なんか、今日は濃い一日だったな
ゆっくりと沈んでいく夕日を見ながら、しみじみとそんなことを思っていたら
「リョウガさん、あなたが森に来る前に話したことを覚えていますか」
と、ハズキちゃんが真剣な面持ちで尋ねてきた
一段落ついたら、全員でゆっくりしっかり話し合える場を設けようって話だったな
どうやら僕の濃い一日は、まだまだ終わりそうにないな
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