第二十七話 友達と親が会話しているときはなぜか胃が痛くなる
「彼女が凌雅の新しいお友達ですか、お父さんにも紹介していただけませんか」
頭の中を渦巻く疑問や文句が外に出る前に、憎たらしい笑みを浮かべて尋ねてきた。その笑い方、本当に腹立つな、もっと爽やかに笑えよな
「あなたに言われたくないと思うけどね」
「神様ってのは読心術も使えるんですか」
「なんとなく思っていることが予想できただけ」
あらぁ、そんな分かりやすい顔してたか
僕は頬を何度かぐにぐにと捏ねて、普段のきりっとしたクールフェイスを浮かべた
「子供の交友関係に、親が口出しって如何なものかね」
「あなただって、皆さんに私との関係を尋ねまわったらしいじゃないですか。お相子ですよ」
いつの話だよ。僕が来たばかりの頃、一週間も前の話じゃん
「はぁ」と、わざとらしく大きなため息をついたものの、僕としては救われたタイミングだ。丁度手詰まり感はあったし。手伝ってもらう気はないけど、多少の緩和剤として使わせてもらうよ
「一応みんな面識があるんだよね、ここに祀られている神様のアースさん。少しお茶目なところはあるけど、話してみたら結構良い子なんだよ」
「お茶目、ねえ」
先ほどそのお茶目な良い子から、がちがちに拘束されたヒアイからは、そんな失笑というか呆れというか、少なくとも好意的ではない声が漏れた。まぁあれだけのこと、若干殺されかけたことを、お茶目の一言で片づけられるのには、何か思うところがあったのだろうな
「えっと、アースさん、ここにいるのが、まぁ今お世話になっている人たちですね」
紹介文を迷ったが、日本人の得意技である、どうとでもとれる言葉、で対応した
「先ほどぶりですね」
「その節はどーも」
奴の腹は、怪我の意味でも考えの意味でもよくわからないが、少女四人は今にも襲い掛かりそうな気迫が漏れている。怖い怖い
「リョウガさん、ヒアイとヒイロを逃がしてくれたのはありがとうございます。ですが、なぜカズヒトさんを刺した神と、そんなに仲がよさそうなのですか」
「僕視点、まずそっちが何でここにいるかの方が知りたいんだけど。四人はともかく、あんたはなんなの、腹に穴をあけて森林浴って、自殺志願者なの?ここは富士の樹海じゃないよ」
答えにくい質問は、そこそこ重要そうな質問で返す。これが結構効くんだよ
「フジノジュカイ…?」
唐突に出てきた固有名詞に疑問符を浮かべるハズキちゃんだが、特に説明をすることもなく、僕は奴を睨みつけた
「ご心配ありがとうございます。ですがご安心を、見ての通りできるかぎり負担のかからない移動方法を採用させていただきました」
別に心配しているわけではないし、移動方法についてはどうでもいい。なんでここまで来たかについて聞きたいのだが。二人が止めててくれたんじゃないの
僕は説明を求めるようにホシロさんの方を見た。間延びした穏やかな声が、酷く懐かしく感じた
「リョウガ君が出て行ったあとぉ、安静にさせておくつもりでしたがぁ、なんやかんやで追いかけることになりましたぁ。因みにこれはぁ、倉庫の奥の方にあったんですよぉ。頑張って引っ張り出しましたー」
「そうなんですか、頑張りましたね…」
なんやかんやとはいったい。あらすじは聞けたが、一番聞きたいことが分からない
予想するに、最初に危惧した、ハズキちゃんとホシロさんを言いくるめて、味方につけたってところか
詳しく聞きたいところだが、これ以上身内話みたいなことをするのも、アースさんが退屈だろう。なんかいろいろな女の子の顔色を窺って、八方美人みたいだ。八方でも美人は美人ってことで誉め言葉だと思っておくか
「そういえばアースさん、良いんですか、のこのこと思うところのある人物たちが集まってきましたけど、手を出さなくて」
「露骨にそれを見せながら言われてもね」
僕の手には、先ほどの臨戦態勢で握られた刀がまだある
「そういえば私も気になっていたのですが、なぜ凌雅がそんな危なっかしいものを持っているんですか」
「日本人が日本刀を持つのは当たり前じゃないかな」
「その理屈は流石に通りませんよ」
「おいおい、子供が何を持っているかなんて、親としては気になるかもしれないけど、それを詮索するのは野暮ってもんだよ。日本刀やエッチな本、人に知られたくないものを持ってたっていいじゃないか、思春期なんだしね」
「そんなエッチな本と日本刀を同等に語られても」
僕がまともに取り合うつもりがないことに嘆息したやつは、改めて僕を見据えた
「何があったか、話してはくれませんか。刺された身としては、刺した方と自分の息子が一緒にいるのは、あまり看過できるものではないので」
「そりゃそうだ」
あー、これ面倒くさいやつだ。納得できるまで追求してくるやつだ。昔ゲームでイカサマ使ったとき、しつこく追及された奴だ。別に何かを賭けてたわけじゃないんだし、イカサマくらい見逃してもいいじゃん
せめて味方が欲しい、そんな都合のいい一心で比較的僕の味方になってくれる率の高いヒイロちゃんの方を見た。しかしそこには、ついさっきまで意識を失っていたはずだが、もう覚醒しきったのか、僕の話を今か今かと待っている
「ねぇねぇ、そっちで楽しそうに盛り上がっているけどさ、私がいるって忘れないでよ」
自信が話の輪に入れていないのを察したのか、少し不機嫌そうに言った。話の中心なんだけど、それでも不満かな、まぁ中心ってことは、輪の内側であり輪の中ってことではないからね
「めんどくさくなってきたな」
誰にも聞こえない声でつぶやいた
アースさんに気を遣いながら、奴やハズキちゃんたちに納得のいく説明を考えてみたが、なんかもう面倒。もう正直に話そう
「紆余曲折色々あって、唯一無二の親友になりました。以上」
「真面目に聞いているのですが」
「真面目に答えているよ。答えに納得できないからって、人のせいにしないでよ」
「人が納得できないのを、相手の理解力のせいにしないでください」
「悪いけど、と言っても微塵も悪いとは思ってないけど、僕からこれ以上説明できることは無い。そんなに知りたいなら、アースさんに聞いたらどうだい」
少しそっぽを向いていたアースさんは、急に名を呼ばれて分かりやすく目を見開いた。神様なんだし、もう少し威厳があってもいいと思うんだけどな。尤も、威厳がない代わりに、異常性は備わっているんだけど
そんな異常なアースさんとお話するのが、そんなに嫌なのか、奴にしては珍しく直接話をすることを躊躇っている
「とりあえず、さっきは自己紹介し損ねたので、今させていただきます。私は、凌雅の父親の榊和仁と言います。愚息がお世話になりました」
「私はアース、リョウガから聞いているよ。刺しちゃったのはごめんね、そこまでするつもりはなかったんだよ」
その謝罪は、やりすぎたことを詫びているだけであり、やったことに対しては悪いとは思っていないようだ。思わず、呆れたような笑みが零れる
もちろん、その場にいた全員がそんな風に、この神様だからしょうがない、と思っていた訳ではない
四人からしてみれば、土下座では足りないだろうな
「そんな軽い謝罪で済むわけがない、カズヒトさんは死にかけたんですよ」
「だからごめんって謝っているじゃん」
「このっ…」
「ハズキさん、お気持ちはうれしいのですが抑えていただいて良いですか。私は大丈夫なので」
「ですが…」
「良いんじゃない?当人同士が問題ないって言っているんだから」
僕と奴の言葉により、何とか手を出しかけたハズキちゃんを抑えた。が、これでうまく事を治められないと、ハズキちゃんだけじゃない、女性陣がアースさんに何をしでかすかわからない
そしてそのアースさんは、本気で何が彼女たちの気に障ったのかわからないようで、僕の服の袖をつまみ、何かまずかった?と尋ねてきた
「まぁ人間は面倒な生き物ってことだよ。僕見てればわかるだろ」
「あなたはだいぶ特殊な例だと思うけどね」
違いない。僕は小さく笑った
「アースさん、凌雅と何があったのですか。ハズキさんにはかっこをつけましたが、内心ではあなたを快く思っていないので、詳しく何があったか聞いてもいいですか」
「私は別に何と思われてもどうでもいいんだけど」
「私はあなたをよく思いたい、私を刺したことにだって何か事情がある、そう思っています。だからお願いします、私をあなたのよき理解者にしてください。私の中にあるあなたに対する不快感を取り除いてください、神様」
なるほど、飴と鞭で言うところの飴を使ったのか。耳障りのいい言葉をまぁスラスラと
アースさんは僕の方をチラッと見て
「…私には親と呼べるものがいないから詳しいことは言えないけど、親子って似るんだね」
そう、苦笑気味に漏らし
「どうせ私が変に粘ったところで、リョウガが話せばそれで終わりなんだし、ここは貸しということにしといてあげるよ」
「ありがとうございます」
「まず何から聞きたい?会話を一字一句再現するってのでもいいよ」
さっき漏らしたことについて聞きたかったが、残念ながら質問にターンは僕ではない
ターンプレイヤーの奴は、ではお言葉に甘えて、そう言って一つ咳払いをした
「ではお言葉に甘えて、一つだけ聞かせてください。凌雅があなたに見出したものはなんですか」
「え…」
想定外の質問だった。流石に一字一句再現するつもりはなかったけど、何度も尋ねてきたように、具体的なことを聞きたいのかと思っていたよ
「僕の身に起こったことを知りたいんじゃなかったのかよ」
「なんですか、実は聞いてほしいかまってちゃんなんですか」
少しムッとしたが、ニヤつく奴の顔が予想以上に腹が立ったため、必要以上に反論はせずに、続きの言葉を待った
「話してくれるということは話してもいいということでしょ。なら親としては聞く必要はありませんよ、隠すようなことをしていないだけで満足ですよ。それにあなた方は傍から見ていて、危惧するような関係でもなさそうですし」
なんだよそれ、僕を信じたってことかよ。ちょっと観察しただけで、わかったような気になりやがって
自分の中に生まれてきた怒りに似た何かを抑えるように、じゃあ、と別の質問を切り出した
「僕が見出したってどういうことだよ」
「少しわかりにくかったですか?いえね、凌雅の性格上、アースさんに何かはあるなって思ったんですよ。じゃないとそこまで執心しませんよ」
人聞きの悪いことを言いだしたな。僕は別に、友達になるやつを能力で選ぶような…奴ではあるけど、少なくとも周りにそれが悟られないようにするよ
「以前どこかの誰かと一緒に似たようなことを話したので、少し嫌な発想をしてしまいましたね。気を悪くされた方がいたならば、申し訳ありません」
おいなんだよ、まだそのこと引きずってんのかよ。なんであんたが引きずっていることに対して、僕に嫌味を言うんだよ。八つ当たりかよ
少しイラッとした面持ちでいたが
「私は、ヒアイさんを一瞬でどこかに移動させたり、私を刺したときにあなたが突然現れた、あの空間転移、あの技を狙っているのではないかと思っています」
僕はそんなやり取りをしている二人から少し目を逸らした
「あたりだね。異世界から来た二人を送り返すための手段としてほしいみたいよ」
ややつまらなさそうに言った。まぁ友達になりたい理由が、自身の魔法、技だと知ればあまり良い気はしないだろう。多分どこかの段階で、そのことは察していたとは思うが、察するのと言葉にするのは違うみたいだ。どっちがマシかは知らないけど
「なるほど、大体わかりました」
「あれ、もういいの?あなたを刺した理由とか聞かなくていいの?」
「いえ、大丈夫です、大方の予想はついているので。どうせこの森を守るためとか、そんな感じですよね」
軽く、ざっくりと言っているが、僕みたいに情報を吟味する時間なんてなかっただろうし、考察できるコンディションでもなかったはずだ、しかしほぼ正解を一発で引き当てるあたり、ムカつくことにこいつは有能と言わざるを得ない
「それでアースさん、その異世界を空間転移する凌雅のお願いは聞いてくれるのですか」
「さぁ、態度次第ってところかな。少なくとも、リョウガの口から出る言葉はどれも信用できないからね」
「何をしたらそこまで信用を失えるんですか」
奴からのジト目を、僕は漫画みたいに、ぴゅーひゅるー、と下手くそな口笛を吹いてそっぽを向いて受け流したが
「リョウガは友達になろうと持ち掛けておいて、そいつがそれを受けようとしたときに、本当に信用できるのかと入念に疑った人だからね。具体的な例を出しながら」
さっきから全く話に入ってこないヒアイから、思わぬ槍が飛んできた
「いや、それは誤解だって」
「リョウガさん、それは流石に…」
ヒイロちゃんから、軽蔑の混じった視線が注がれる
あれは二人の拘束を解くために話を持っていっただけだから、別に本気だったわけでは
「…後頬を叩かれたし、初めてだったのにおっぱい揉まれた」
「凌雅…あなた」
「ま、まぁ過ぎたことだしね、その件については後でじっくり話し合うとしよう。今は神様の御前だよ、そんな下世話な話をするなんて、敬意が足りないんじゃないのかな」
「私をダシに使わないでくれる」
一応外見の性別は女だけあって、女性に対する暴力やセクハラには厳しいようだ。君も遠因なんだけどね
「話が逸れかけましたね。しかし、確かにそんな人間の口から出る言葉は、信用するのは難しいですね」
自分の息子をそんな人間なんてぞんざいに扱うとは、中々ひどい人じゃないか。別に構わないけど、お前にどう扱われようと
「ですが、そう考えてくれているということは、その異空間転移魔法を使用することは吝かではないということですね」
「うん…うん?そう…だね。そうなのかな?」
曖昧な返答になっているが、彼女自身いつの間にか信用できる条件を提示すれば、協力する感じになっているのかが疑問なのだろう。彼女の中で「やりたくないから嫌」から「信用できないから嫌」という判断基準に変わってしまったのだ
どう考えても、僕のせいなんだけどね。これから先使えそうだな、この話法
「なら担保という形ではどうですか」
「担保?金品とか価値のあるものとか出されても反応に困るんだけど」
「ええ、あなたがその手のものに魅力を感じないのは分かっています。担保はもっと単純なものです」
もったいぶる表現をしながらも、僕には奴が何を言いだすのか予想ができた
僕だけじゃない、ハズキちゃんもヒアイもヒイロちゃんもホシロちゃんも、全員奴の言うところの担保を察し、表情が青ざめていく
「まずは凌雅を日本に転移をしてもらいます。その代わり、私があなたの住みやすい環境を作るため、奴隷の如く粉骨砕身働かせてもらいます。そして環境づくりを終えたら、私も日本に帰らせていただきます」
ほとんど僕の予想通りの言葉を、それが当たり前のことのように、常識であるかのように、義務であるかのように吐いた
再開してすぐのことを、何がっても、命に代えてでも僕を守るといった奴の姿を、思いだした
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