第二十六話 信用を取ることは大事だけど信用するのも大事
「うん、ありがとう、と言いたいところなんだけど、正直信用できないな。ここで一旦僕の提案に乗ったふりをして、僕たちを後ろから刺そうとしているんじゃないのかな。そう簡単に意見を変える人、神様だけど、ここは人ということにしといて。意見をころころ変える人の言葉を鵜吞みにするのはねぇ」
友達になってあげる発言の後、それを台無しにするくらいの言葉が僕の口から出た
僕と神様少女のやり取りを黙って聞いていたヒアイは、唖然としているし、言われた当人ならぬ当神は瞬きを繰り返している。いや、だってねぇ
「僕自身口約束をした後、その人を裏切ることに全然抵抗のないやつだから、不安に思う気持ちが大きいわけだよ」
自分がやることは、相手もやる。どんなゲームでも、それは基本だと思う
「だからさ、信用の証としてまず二人を解放してくれない?友達なんだし、それくらい良いだろ」
「じゃああんたは、友達として何を提供してくれるのかな」
「エンターテイメント」
「は?えんた…なに?」
「エンターテイメント、要するに娯楽ってわけだ。神様のそっちはどうだか知らないけど、僕たち人間は友達を娯楽と捉えることが多いからね」
まぁ賛否両論、色々な意見が出そうだが、出したい人には勝手に出しといてもらおう。僕の知ったことではない
「君と、僕自身が楽しむ時間を作る。それが友達として、僕が君に提供してあげられるものだ」
「それは楽しみ」
そう言って、神様少女は手をグーパーグーパーと繰り返した。一瞬首を切り落とした方が良いかと悩んだが、どうやら僕やヒアイたちに害を及ぼすものではないみたいだ
するすると音を立てて、ヒアイとヒイロちゃんの拘束が解かれていく
意識を失っているヒイロちゃんはもちろんのこと、ヒアイも長いこと拘束されていたのか、急に自由になった体をうまく支えることができず、その場にのめり込むように倒れた
「おーい、大丈夫?見ての通り、僕今手が離せない状態だから、いつもみたいにかっこよく手を差し伸べられないんだ、ごめんね」
「リョウガが私に手を差し伸べたことってあった?」
「たぶんない」
苛立ちが籠っている視線を僕にぶつけたが、適当にアハハと笑って流した
「それで、どう?歩けそう?お姫様抱っことかした方がいい?」
「もう少し待ってよ。手足の感覚がほとんどないんだから。あと後半はいらない」
「まぁそうだね、お姫様抱っこって確か、大分体重差か身長差がないとできないらしいからね。たぶん僕とヒアイのコンビには無理だよ。体の大きさ的にヒイロちゃんだったらワンチャン」
「しばき回すよ」
「その体でできるならご自由に」
僕はそこまで強い拘束をされてなかったし、すぐに投げ飛ばされたから、ちょっとしか体験してないが、正座して足が痺れる、なんて比ではないのだろうな。まともに動くには、相当の時間がいる
「体育座りって知ってる?あれやると、足の血流が良くなって、足のしびれが早く治るらしいよ」
「何その変な名前の座り方」
「尻を地面につけて足を三角に曲げ、手で膝を抱えるようにするんだよ」
「…こう?」
「たぶんそう。この子の一挙手一投足をしっかり監視しとかないといけないから、よく見えないけど、多分それであっているよ」
因みに、その監視されている神様少女は、体育座りをしているヒアイを興味深く見ていた。どうやらこの子もご存じないらしい
そんなすっとんきょんな会話をしながら、意識を神様少女に集中させながらも、ヒアイが回復するまで気を配る、という高度な観察眼を発揮した。そういえば妖怪に、体中に目がある、百目という妖怪がいたな、百目ほどはいらないけど、後頭部にもう二つくらい目が欲しいな
ヒアイがヒイロちゃんを背負って歩けるまで回復するのを待ち、よろよろと歩きだしたところで、僕はやっと神様少女から刀を離した
「乱暴しちゃってごめんね。悪気はなかったんだよ」
「その言葉をどう信じろと」
「別に信じなくていい言葉だからどっちでもいいよ。さて」
二人が見えなくなった辺りで、僕は神様少女に手を差し出した
「なにこれ?捥いでいいの?」
「良いわけないでしょ。掴まれってことだよ」
多少なりとも疑惑の目を向けられたものの、最終的にはその手を掴んでくれた。僕はそれを引き上げながら、彼女の手を感じた。あ、いやいや変な意味じゃないよ。なんだろ、男がこの手の表現をするとき、必ず注釈を入れないといけない気がしてならない
それはさておき、彼女の手に、不思議と何の感情も生まれなかった。暖かい、とか小さいとか、柔らかいとか、そういうものは一切なく、人間の手の形をした無機物を握ったような感じだ。強いて感情を挙げるなら、無機物過ぎて気持ち悪い
「さて、友達になったわけだし、お互い自己紹介をしようか」
僕の胸に渡来した、このへんな感じを払拭するように、極めて明るく話題提起をした。友達になったから自己紹介って、順序が逆だけど
「僕の名前は榊凌雅、日本人だ。こっちでは異世界人って言った方が良いけど」
「私はアース。この森に祀られている神よ」
アース、地球か。何か関係があるのだろうか
「異世界人って、もしかして人間はゲート魔法までモノにしちゃったってこと?私しか使えないと思ってたんだけどな」
「いや、そんな大層なものじゃないと思う。その日本刀を手に入れたのって、あなたが…アースさん?アースちゃん?アース君?」
「アース様で」
「アースさんがゲート魔法ってのを使ったからでしょ」
奴が前言っていた魔法の名前と異なるが、意味合い的に同じ魔法を指しているだろう。僕的には異空間転移魔法って響はかっこいいから、そっちを採用したいけど
「ニホントウ、ニホンジン…ニホンって世界とつながっているってことか。私がこの前開いたゲートは」
「おそらく僕とあいつは、あなたの開いたゲートとやらを通ってきたのです」
「あいつ?」
「あー…」
話していいものかな、弾みで僕以外に日本からこっちに来た人がいるってことが知られちゃった以上、下手に隠すメリットはないしな
「僕の血縁関係上、生物学上の父親ですよ」
「もしかして、さっき私が殺しかけた?」
「ええ、その節はお世話になりました」
「ああ、だからリョウガを見た時、どっかで見たことあるなって思ったんだ。似てるよね」
それは、嬉しくない話だ
だいぶ横道に逸れた、というより、横道に入ったら本筋に繋がっちゃったって感じではあるが、自己紹介を経て、少しは打ち解けたかとは思う。そして、日本に戻るための手がかりもつかめた
あとすべきことは
「因みにそのゲートってやつ、また開けるの?到着場所は同じ場所で」
帰り道の確保だな
色々長引いて、よくわからない展開になってしまったが、目下の目的であった拉致られた二人の確保は、完璧にとは言えないが達成。そんなつもりはなかったが、帰る手立て、正確に言えば、この森にあるであろう『何か』の探索、これはこの神様少女を見つけた時点で達成と言ってもいいだろう。ゲームで言えばA評価もらえそうな達成率である
ならばあとは、その手掛かりを用いて帰るだけだ
都合のいい妄想するならば、ここでアースさんに首を縦に振ってもらい、日本に戻る準備ができしだい決行。ここに愛着を持ちつつあるあいつについては、帰りたいと言えば連れていくし、残りたいと言えば僕だけ帰る。しかも、もしそのゲートを固定化することができれば、母さんの前に、あいつを引っ張り出して、土下座させることもできる
ただなぜだか、こんな降ってわいた帰宅の機会を素直に喜べない自分がいる
大方、急に自身に訪れた幸運を、気味の悪いものとして頭が処理しようとしているのだろう、バランスが取れてないと。小心者過ぎて泣ける
「開けるだけならできないこともないけど、同じ場所に開けるかはわからないな。近距離の移動だったらまだしも、世界を跨ぐとなると自信がないな。最悪、全然知らない世界に飛ばす可能性もある」
確かに、一個別の世界があるとなると、二個目三個目の世界があってもおかしくはないからな。もしも本当に全然知らない世界に飛ばされたら、今度こそ本当にアウトだ
だが別段僕は、そのことに不安を覚えていない
「たぶん大丈夫だと思う。一回だけとはいえ前例はあるし」
勿論その前例というのは、僕と奴のことである。七年という時間の差はあるが、同じ国から同じ場所に移動したんだ、逆もできないとおかしい
「確かに。だけど問題点がまだある」
「へぇ、どこだろ。作戦参謀を気取るつもりはないけど、僕の思い至っていない問題点ってどんなところだろうな」
「私が首を縦に振らないこと」
だろうね
いや、割と最初の段階で考慮はしている、むしろおとなしく縦に振るとは思っていない。だから最初に、都合のいい妄想、と前置きしたんじゃん。そんなんで優位に立った気にならないで頂戴
若干オネエが入ったが、まぁ関係ないとして
「どうやったら、それを受け入れてくれるかな。友達なんだし、何でも言ってよ」
「そうだねぇ。じゃあまず、一旦そのニホントウ返してもらえる?」
そういえば、僕まだ持ってたっけ
「……」
「どうしたの?」
「いや、なんか返すのが惜しいなって。お金払うから貰っていい?」
「それがそっちの手にある以上、友達としてまともな交渉はできないと思うんだよね」
それもそうだな、どうしたって力のある方、凶器を持っている方が強気に出てしまう
「だけどそれはこっちにも言えることだよね。君に渡した直後、植物で僕を拘束して、今度こそ斬り殺すつもりじゃないの」
「そんな発想が平気で出てくる人が、よく友達になろうなんて寝言言えるね」
「非力な人間ですからね。自分の身を守るために、できることはしておきたい生き物なんですよ」
でもこのまま交渉できずに、お互い牽制し合うのはなんとも不毛な話である
はぁ、と僕はため息をついて、歩幅三歩分くらい歩き、その場に刀を力いっぱい突き刺し、またもとの位置に戻った
「これでアースさんはもちろん、僕もこっそり取りに行って、背後から襲うなんてことは難しくなりました。これでやっとスタート地点ですね」
「まぁ、平等な交渉するなら、それくらいがいいのかもしれないね。どれだけ互いのことを信用していないんだよって話だけど」
お互いに信用される要素がないからね。ヒステリック、とまでは言わないが、癪に障ることを言っただけで殺しにかかる神様と、九分九厘相手は裏切るんだろうなって信じて疑わない僕だもん
「さて、異世界に通じるゲートを開くお願い、僕は何をどれだけ積めば引き受けてくれるのかな。できれば友達価格を期待するよ」
この交渉、圧倒的に僕に分が悪い。極論、何をどんなに積まれてもやりたくない、なんて言われてしまったら、僕はどうすることもできない。あの二人を解放することに応じたということは、力で脅せばもしかしたらと思うが、たぶん僕が何かをする前に、さっきみたいに拘束されて終わりだと思う。普通に斬られるか刺されるかして終わりだと思う
刺される…あ、そうだ、そういえば聞いてなかったな
「そういえばなんであいつを刺したんですか?ヒアイやヒイロちゃんや僕みたいに、何かアースさんの気に障るようなことでも言ったんですか?」
ハズキちゃんの話では、ごたごたが終わったら、この森を観光スポット用に整備して開放しようか、みたいな話をしていたらやられたらしいけど
「この森は、私の育てた森であり私が育った森、一人二人ならまだしも、人間たちが大挙してくるようなことにはしたくない、そう思ったら、あの人に諦めてもらうのが一番かなって結論になって、ちょっとお話しようと思ったんだよ。まぁ間違えて刺しちゃったんだけどね」
いやぁ失敗失敗、そう笑いながら頭を搔いた
まぁ変に刺さなかったら、僕がここに来ることも、もしかしたらなかったのかもしれないな。その点は失敗と言えるだろう
「別にどうでもいいんだけどね」
「あぁ、そうだね、どうでもいいことだ」
少し思うことはあったが、適当に話を合わせておいた
「そうだ、僕の関係者以外この森に入らないように取り計らうからさ、それで協力をしてくれるってのはどうかな」
「確かに、金や物を積まれるよりかはマシな意見だね。だけど却下」
ありゃりゃ、こりゃまた何でだろ
「まず第一にあなたにそんな力があるとは思えない、第二に似たような約束を結んだ過去があるにも拘らず、あなた方のような人たちは現れる。そして第三にあなたが信用できない」
今まで会ったどんな人間よりも
「おやおや、友達に対して酷い言いようだ。じゃあ聞き方を変えよう、どうすれば僕に協力してくれるのかな。一応僕もあいつも、この国では結構の力を持っている、多少な無理くらいなら通せる自信はある、ある程度の約束なら守れるけど」
「あなたの口から出る約束に、いったいどれほどの力があるのか、甚だ疑問ですね」
「それもそうだ」
確かにねぇ、気持ちはよくわかる。僕自身普通に日本に戻れたら、後は知らぬ存じぬで通すつもりだったし
でも、こういうアフターケアって、僕の領分じゃない気がしてきたな。てかこっちの神様なんだし、こっちのやつらが何とかしろよ。日本の無神論者にやらせるなよ、こんな役目。僕が勝手に首突っ込んだだけなんだけど
上手く事が進まないと、頭の中で何かに当たるのが僕の悪い癖だが、誰に迷惑をかけているわけでもないし、別にいいだろ
さてさて、どうしたものかね
たぶん僕が何を言っても信じてはくれないだろう。それだけのことをした…つもりはないんだけど、まぁつもりがなくともそうなることはあるし、ここは潔く諦めよう
あーあ、ここで急に神様が僕に良いアイディアでも授けてくれないかな………だめか、神様これだもんな
僕が若干の現実逃避をしつつ、言葉を繋げなくちゃいけないと、次に喋ることを考えていたところで、ガラガラガサガサと草をかき分ける「何か」の音が聞こえてきた
僕とアースさんはお互いに心当たりがないかを目で確認し合ったが、どうやらどちらもピンとくるものはない
音がどんどん近づいてくる中、僕は素早く刀のもとへ駆け素早く引っこ抜き、アースさんは手を大きく開いた。つまり互いに臨戦態勢を取ったのだ
「なんだと思います?」
「少なくともこの森に棲む動物たちって訳ではなさそうだね。あの子たちの足音は憶えているからね」
「アースさんが拘束、僕が尋問ってことでいいですね」
「適材適所だけど、指示されるのはムカつく」
どうしろと
そう小言で言い合っていると、ついにその「何か」が僕たちの前に姿を現した
それは木のタイヤで荷台を支え、前から引っ張るように引くか、後ろから押していくようにして進ませる乗り物、馬車の馬の部分を人に変えたような代物
要するにリアカーである
「って、なんでみんながここに」
そしてそのリアカーを引っ張ているのはハズキちゃんとホシロさん、後ろから支えているのがヒアイ、目が覚めて間もないのか少し虚ろな目をしながら荷台に乗っているヒイロちゃん
「やぁ、楽しそうなことをしていますね、お父さんも混ぜてくださいよ」
ヒイロちゃんの横から、軽薄な中年の声、奴がへらへらと笑いながら身を起こした
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