第二十五話 剣と刀の違いは見た目に反して説明しにくい

僕の頭の真横につきたてられた日本刀を、じりじりと首の方に近づけてくる。まるでチキンゲームだ、大方、僕が言葉を撤回するのを待っているんだろうな、ヒアイの時みたいに。そういえば、ヒアイはなんて言って、怒りを買ったんだろう、予想はつくけど。どうせこの神様少女の器が小さかっただけだろうけど

それにしても、自分でも驚くくらいに冷静だ、神様少女があと少し腕を動かせば死ぬというのに、横になっていると眠くなるなぁ、なんて暢気なことを考えてしまっている。やはり日本刀というアイテムが、リアリティを著しく欠いている。だってゲームやアニメの中でしか見ないもんな、日本刀なんて。警察が銃を使うとき、最初は威嚇射撃を行うと聞く、犯人に弾を当てるのは最後の手段、というのもあるが、まずはその銃が本物である、人に害を与えるものである、と相手に認識させる必要があるかららしい。そういう意味じゃ、神様もまだまだ人心について長けているとは言い難い

「日本刀は、そういう風に使うものじゃないですよ。そんな地面に突き刺して動かすと、刃こぼれが起きます」

「ニホントウ?この武器ってニホントウっていうんだ、教えてくれてありがとう、死ぬ前に私の役に立てて良かったね」

「てかその日本刀、どこで手に入れたんですか。ここじゃ作れませんよね」

日本刀は普通の剣を作るのとわけが違う、少なくとも、こっちの世界では誰も持っていなかった

「無視して首を落としてもいいんだけど、名前を教えてくれたお礼に教えてあげるよ。最近つながった世界に、かっこいいものがあったからちょっともらったの」

どっかの博物館か資料館、歴史あるお屋敷ってところか。ご愁傷様

いや、そんなどうでもいいことより、引っかかるところがある

「最近繋がったってどういうことですか」

そりゃ僕がこっちに来たのは最近だから、わからなくはない、だけどあいつがこっちに来たのは七年前だぞ。どういうことだ

「どうでもいいじゃんそんなこと、どうせここで死ぬんだし」

うわぁ、漫画やアニメでよくあるやつだ、死にゆくものに話すことなどない、みたいなやつだ

そんな悪役みたいなことを言いながら、刀を引っこ抜き、僕の首めがけて振りかぶった

「アハハ、それもそうですね。そうだ、日本刀を知っている身としてアドバイスしますと、首を切り落とそうとするのはやめた方が良いですよ。あなたの腕力では、綺麗にスパッといきません。最悪その刀、二度と使えなくなりますよ。やるなら、お腹辺りを突き刺すって感じがいいですよ」

僕やハズキちゃんは神様少女のことを、異常と称したが、神様少女からしてみれば、僕も十分異常だろうな、流石に自分を殺すレクチャーは頭おかしいって自分でも思う

そして、そんな僕の場違いな言葉に、とうとう我慢できなくなったのか

「いい加減にしなさい、なんであんたはそんなに殺されることに対して前向きなの、死ぬことが怖くないの。あんたは私たちを助けに来てくれたんじゃないの?死んだら助けられないでしょ」

そんな悲痛な叫び声をヒアイは上げた

「って、言っているけど。どうする、さっきの言葉を撤回して、面白く命乞いをしてくれたら、あなただけは逃がしても良いよ」

「え?マジで?」

僕は顔を輝かせた

「……」

「提案しといてなんだけど、流石にそんな反応は予想外だな」

「…いや、冗談だよ。男が女の子二人残して逃げ帰れるわけないでしょ。それに、安心したところを背後からって可能性もあるし、てか高確率で嘘でしょ。人を騙そうなんて、悪い神様だな」

「なんだろ、あなたにだけはそんなこと言われたくない」

「それには同意する」

なぜかヒアイも同意してきた。酷いなぁ、本当において帰っちゃうよ

「それで、じゃあ私の提案は却下ってことでいいの?殺しちゃうよ?」

「そう何度も聞いているあたり、無理しているって見えますね。いやなら別に殺さなくてもいいんですよ」

「それって命乞い?」

「あなたを思っての提案ですね。別に拒否してもいいと思っているので、命乞いではありません」

「あっそ、じゃあ拒否するね」

さっきは、戦国武将の如く僕の首を狙っていたが、素直に僕のアドバイスを聞くのか、持ち方を僕に突き刺しやすいものに変えた

「そうそう、首には骨があるからね、よほど勢いよくやらないと、綺麗に刎ねるのはできないんだよ。その点腹なら、出血多量で簡単に殺せる」

「なんか誘導してない?」

「まっさかぁ、あくまでこれは僕の善意だよ」

疑惑の目はより濃くなる。当たり前か、自分を殺す方法にあれこれアドバイスをする善人がどこに居る

「じゃあ間をとって左胸、心臓を狙わせてもらうね」

「へぇ、神様でも心臓の場所は同じなんですね。そうですね、心臓なら確実に殺せるでしょうね」

「でしょでしょ」

少し愛らしく笑った。あー、なんか本当に仲良くなれそうな気がした。みっともなく命乞いして、本当に寝返ろうかな。僕多分このこと上手くいけると思うんだよね

「そうだそうだ、何度も手を止めさせて申し訳ないんだけど、遺言を残してもいいかな。大丈夫、時間稼ぎとかそういうあれではないから」

訝しげな視線を僕に向けたが、僕に跨り、刀を左胸に突き付けながら

「良いよ、もし何かを狙っているんだったら、このニホントウを刺し込めばいいんだし」

「ありがとう、恩に着るよ」

神様少女に何の恩があるのかは不明だ。形式的に言っているだけということが、心が籠っていないということがよくわかる

僕はさっきまでのへらへらしていた顔を一気に引き締める。睨みつけるほどではないが、真顔を作り、シリアスな空気を醸し出す

「僕を殺しても、多分君は救われないよ。怒りに任せて、引くに引けなくなってとる行動は、どんなことをやっても必ず後悔する。どうせ君は人間とは比べ物にならないくらい長生きするんだろ?いくら心にしこりが残っても、時間が解決してくれるって思っているんだろ?甘いよ、その考え。それに気が付けないようじゃ、失敗や後悔を、そんな日もあるさ、で終わりにしているようじゃ、絶対に欲しいものは手に入らない。君が夢描く、輝かしいものは手に入らない。逃げているだけじゃ、僕やヒアイみたいに気に障るようなことを言うやつは、後を絶たないよ」

君は一生、逃げ続ける。いつ終わるかわからない逃げ道を

「言いたいことはそれだけ?なら、もうやるね」

そう冷たく言い放ち、持っている刀に力を込めた

「リョウガッッ」

ヒアイの叫び声が、少し心地よかった。そういえば、また心配かけちゃったな、約束、破っちゃったな

神様少女は、力いっぱい振り下ろす形ではなく、ゆっくりとずぶずぶ刺す形を取ったのだ。おそらく、ひと思いに殺すよりも、じわじわと苦痛を与えながら殺そうとしたのだろう

無論、ひと思いに殺すよりも、こっちの方が圧倒的に僕に恐怖や屈辱を与えることができる、夥しく自分の体から出てくる血液、言葉にできない痛覚、いつ死ぬのかという恐怖。そしてなにより、先ほどお仕置きするコツみたいな感じで話した、思考をぎりぎりまで手放させないこと、それにより頭で考えてしまう様々な後悔

なかなかお仕置き、もっと言うと人を苦しめるコツがわかってきたじゃないか

ガキッ

だが今回はそれが裏目に出たけど

刀は、僕の左胸を破っただけで止まった

「あれ、何かある?」

一瞬戸惑った神様少女の隙を見逃さず、何かに突き刺さっている刀の背を掴み、力いっぱい押し返した

植物を操る力や、異空間を操る力は確かに神様というにはふさわしいが、純粋な力比べ、腕力比べだったら僕に分がある。いくらひょろい僕でも、外見女子小学生に負けるつもりはない

押し返した刀を近くの地面に突き刺し、後転する要領で刀の柄を握る少女の手を足で狙った

まぁ漫画みたいにかっこよく手を弾けたわけではなく、普通に避けられたので、ただただ足の動きが大きい後転をしただけで終わったが。それでも少し距離を取り、立ち上がることができた、そしてなにより、神様少女は刀から手を放した

「いやぁ危なかった、今年一番の危険だったな。因みに二番目は、賞味期限の切れた変な匂いのするパンを食べて、腹壊しかけたことかな」

ふざけたことを言いながらも、即座に刀の柄を握り、地面から引き抜き、神様少女に突進をかました

もちろん、平均高校生の体重を乗せた突進を、女子小学生の体が受けきれるはずもなく、吹き飛ばされはしないものの、「きゃぁっ」という可愛らしい悲鳴とともに、勢い良くその場に倒れ込んだ

「形勢逆転」

倒れた神様少女の首筋に刀を当て、ニヤリと笑った

「いやぁ、男たるものこういうシーンでニヒルに『形勢逆転(ニヤッ)』ってやってみたいもんだよね、憧れるよね」

尤も、外見だけの話をするなら、とても憧れのヒーローたちがやる構図ではないが。普通に犯罪である

僕のことを心配してくれていたヒアイはもちろん、当人である神様少女さえ、状況に頭が追い付かず、目を白黒させている

そして数秒後、やっと落ち着いたのか、口を開いた

「左胸に何か仕込んでたの?」

「仕込んでいるなんて人聞きの悪い。僕の国じゃあこれは必需品なんだよ、偶然だよ偶然」

僕の体を傷つけるのを阻んだのは、制服の内ポケットにしまってある携帯電話、日本じゃ必需品も必需品、スマートフォンである、手帳型ケース付きの。さらに付け加えると、カード型の学生証と定期もそこに入れてある

流石に便利だからと言ってスマートフォンに、突き刺さってくる刀から身を守る機能はついていないが、ゆっくり嬲ろうとする力の気を、一瞬だが逸らすことができる。確かに大したものではない、さっき口にしていた「何かある?」くらいの隙だ。もし気にならない人だったら、スマートフォンごとぶっすりいかれただろう

だが事実、その程度の隙で形勢は逆転している。達人同士の戦いは、わずかな隙が命取りになるらしい、つまり僕たちは達人同士なのか

「いつから狙ってたの。動きが咄嗟の判断じゃないんだけど」

「刀だったのは予想外だけど、剣か何かを突きつけられるのは予想できたからね。隙さえ作れれば、用意していた動きをするだけで良かったからね」

「じゃあお腹を刺されようとしたのも」

「僕の言うことを信用しないと信じてたからね、心臓を狙わせるくらいならできると思ったよ」

「普通、あんな変な説教みたいなことをやった後に、形勢逆転とかするかな」

「あはは、まぁ僕も必死だからね」

いやぁ何事も準備って大事

「あ、そうそう、僕が言うのもなんだけど、変な事をしない方が良いし考えない方が良いよ。日本刀って言うのは、割と本気で首ぐらいならぽろっと行けるから。いくら神様でも、首と身体が分かれたら不味いでしょ」

正直、そこが一番の不安だ。もしファンタジー物に出てくる化け物の類だったら、首なんていくら落としても意味がない。僕のやっていることは、滑稽通り越して哀れである

「さっきと言っていること違わない?そんな風に使ったらだめみたいなこと言ってたよね」

「さぁ、どうだったかな。まぁそれは置いといて」

当てた刀に力を込めた

「どうすればいいか、わかるよね」

神様少女は、「むぅ」と口を尖らせ、何故かおもむろに服のボタンをはずし始めた

「いやいやいやいや、待て待て待て待て。なんで服脱ぐの」

「人間の雄のやりたいことってこういうことじゃないの。言っておくけど、身体は好きにできても心までは好きにできると思わないでよ」

「いらないいらない、身体も心もいらない。どこでそんな言葉覚えてきた」

「最近読んだ本には、人間の雄は雌の有利に立つと、己の欲望に従い性欲を満たすっていうシーンがて描いてあった」

「何で神様がエロ漫画読んでいるんだよ」

おそらく日本刀を手に入れた経緯と似たような感じなのだろうけど、なんか無性に恥ずかしくなった。世界一位のエロ漫画輸出国日本とか、笑えないんだけど

こう話している間も、服を脱ぐのをやめていなかったのか、服を着ているというより、服を肌の上に乗せているという格好だ。少しの風邪で、あっという間に裸になってしまいそうである

「やめろよ、もしなんだかの間違いでこれがメディア化したとき、見せられない構図になるだろ。ただでさえ今、とても主人公がやっていい絵面じゃないんだから」

おっと、変な電波を受信してしまった。こういうメタネタは人気ある作品がやるから面白いのであって、僕がやってもしょうがない

話を戻そう

「普通にあの二人の解放だよ。あの二人が君に何をしたかは知らないけど、それを水に流して二人の解放、及び今後彼女たちに害する行為に及ばない。それを条件で命は助けてあげる」

「もし断ったら?」

「友達として、君を説得して見せるよ。素直になれ、とは言わない、僕は君と友達になりたいと思っている、神様ならその気持ちを汲んでくれてもいいんじゃないのかな」

「剣突きつけられて、裸同然の格好にさせられているのに?」

格好については、僕は関係ないと思うのだけど

「そうだよ。僕は君を一目見た時から、君とならいい友達になれると思っていたよ。ちょっと、出会い方が悪かっただけ」

もし違う出会い方をしていたら、君と僕は大親友になれたかもしれないってやつだ

神様少女は、じっと僕の目を見つめた。僕の隙をついて逃れる方法でも考えているのだろうか、それとも二人を解放するか否かで悩んでいるのか、もしくは、友達について思考しているのか。いずれにしても、僕は余裕を見せつけ続けなければならないから怠いな

たっぷり時間をかけて考えた後

「良いよ、あなたの熱意に負けた。確かに本音を言えば、数百年この森で一人だったから、流石に寂しいっていう気持ちはあったからね」

そこで一拍置き、今までに見たことのない笑顔を浮かべた

「友達になってあげる」






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