第二十四話 失敗は成功の母なら父はなんだろう
「な、なな、ななな、何するのよ。馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの。なんでいきなり胸を揉むの、まだカズヒトさんにも揉まれたことないのに、一番最初はカズヒトさんって決めていたのに。これから私、どんな顔をしてカズヒトさんに会えばいいの。殺す、絶対に殺す。泣いて謝って土下座するまで痛めつけて、その後に殺す」
僕に胸をもまれながら、ヒアイは顔を真っ赤にし、目の端に涙を浮かべ、そんなようなことを喚いた、と思う。時折艶めかしい声が混じっていたが、多分しっかり喋ると、こうなるだろう
なんか思ってた反応と違うな、なんか思った以上にピュアだな。僕に合わせてって言ったのに
もうちょっと、こう、そう言うギャグっぽい感じじゃなくて、大人しか読んじゃダメな薄い本的な反応、そんな汚らわしい手で触るな下衆め、心まで自由にできると思うな、みたいなくっころ的な感じが良かったんだけど。良かったってあれだよ、嗜好的な話じゃなくて、一緒にいる神様の少女に見せる、お仕置きの反応といて良いってだけだよ。…うん、文字にしてみると、大差ないわ、僕が変態ってことは変わらないや
まぁそれは置いといて
「ホントだ、私が締め上げた時はもっとムカつく反応したのに、こいつ良い反応してるね」
「ええ、思った通りの反応です。それで、どなたか存じませんが、早く謝罪した方が良いと思いますよ。一応まだ、あなたを責める手段はいくつかあるので。もし、何か言いたいことがあるのでしたら、お言葉には気をつけてくださいね」
ここで初めて、ヒアイに話しかけた
僕の方を、目の端に涙を浮かべ、キッと睨んでいる。もし拘束が無ければ、今にもとびかかってきそう、どころか、有言実行されてしまう。おっぱい一つでしょうもない。しゃーない、これが終わったら、介抱と称いて、奴の体にべたべた触らせてやろう
「…ふむ、だんまりですか」
まぁ、ここで上辺だけで謝られても、神様少女が納得するとは思えないし、下手なこと喋られて、つじつまを合わせるのも面倒だから、黙っててもらう方がいいな。神様少女の信用を勝ち取る、とまではいかないがそこそこの関係(具体的に言うと、新学期に新しいクラスで何か気が合うやつがいる、明日も話しかけてみよう、くらいの関係にはなりたいな、さらに欲を言えば、帰りに親睦を深めるためにファミレスに寄る、くらいの関係ならなおよし)になりたいし
でないと、話の流れで二人を連れ帰る、みたいな展開に持っていきにくい
「先ほど、この手の人間には暴力は効果が薄いと言いましたよね」
ヒアイの方を向きながら喋ったため、一瞬誰に向けての言葉なのかわからなかったみたいだが
「うん、そう言ってたね。なになに、もう前言撤回?」
「前言撤回ってほどではありませんよ。あなたのやり方は、相手を倒すやり方です、私がここに提案するのは、相手に屈辱を与えるやり方ですよ」
「ほほぅ、屈辱かぁ、それは楽しみ」
凄惨に、だけど心底楽しそうに笑った
見ただけで、一目見ただけで異様と分かる少女、ハズキちゃんはそう称していたが、なるほど、このことだったのか
「これはあなたを批判しているわけではありません、むしろ尊敬しているのです。あなたがいくら彼女を責めようと、彼女の心を、精神を壊すことはできません。なぜなら、規格外の力は、それはもう仕方のないこと、で処理されてしまうからです」
プロの野球チームと帰宅部の高校生で編成された野球チームが、試合をしたところで、高校生の方はまじめに戦わないだろう。この場合の真面目とは、勝つために、という意味だ。詳しくは知らないが、ただ運動神経が良かったり、センスがあったり、足が速かったりだけでは勝てない、頭を使い、人をうまく使わないと試合には勝てない
しかし、プロのチームを前にした帰宅部チームは、どう頑張っても勝てない、負けても仕方ない、という現実を前にし、思考を放棄し、ただじっと終わりを待ち、敗北に耐える
「つまり、面白い反応をさせたいのでしたら、圧倒的な力よりも、思考を手放さないくらいの、程よい力、程よい暴力の方が良いのですよ」
「程よい暴力かぁ、私そう言うのって苦手なんだよね。さっきも、お仕置きのつもりが剣で刺しちゃったし」
サラッと言ったが、これ多分あいつのことだよな
どういう理由で、どういう経緯で、どういう心境で刺したのかが気になるが、掘り下げていいものだろうか。でもちょっと、不審かなぁ、いきなり聞くのは。一回でも不信感を持たれたら終わりだ、どうする、今聞いちゃうか?うーん…
「ありゃ、それは物騒な話ですね、剣で刺したんなら死んじゃったんじゃないですか、そのお仕置きの対象になった男は」
少し考えた末、茶化すように笑った。まだ深く聞くには早い、今は、その話は一応頭に入っていますよ、とアピールをしておけばいいだろう。それに、刺された現場を見ていないからと言って、ヒアイが余計なことを喋らないとも限らない
「それはどうでもいいとして、それよりも、早く人間の悪知恵が生み出した、程よい暴力を見せてよ。私も、もっと拷問や尋問が上手くなりたいし」
まるで、ちょっとした手品をねだるかのように、僕の袖を引っ張ってきた
そういう風に、物騒な言葉が当たり前のように聞こえてしまうあたり、この子は異常だなぁ
「悪知恵なんて言ってくださいましたが、実際はもう少し単純ですよ。力の弱い僕が、身動きの取れない彼女を、一方的に殴るだけですよ」
ヒアイは殴るという単語に、ビクッと肩を揺らした。そういえば、確か元孤児か、なら謂われない暴力や理不尽な暴行は、トラウマになっているかもしれないな
どうしよ、今思いついたけど、トラウマ掘り起こして、露骨にビクビクさせたら、神様少女からの受けはよさそうだな。尤も、それは人として、どうなんだろうって思うけど
この件が片付いたら、話し合いの場を持つことになっているし、口裏合わせや誇大表現をしないような報告ができる結果にしよう
僕は頬を人差し指の爪でポリポリとかきながら、ヒアイにだけ見えるように、舌を小指でさした
もちろんヒアイも、ピーチ姫の如く助けを待っているだけの少女ではない。知り合い、助けてくれる可能性があるやつがいるからと言って、安心してぼーっとしている奴ではない、ましてや可能性があるやつは僕だ、一挙手一投足、僕の挙動すべてに意識を向けている
ヒアイが目を細めたあたりで、少し口を開け、舌を右上から左下に何度か動かした
流石にやりすぎると不審がられるので、僕の意図が伝わったことを信じ、右腕を右上に振りかぶった
腕をこういう風に動かすから、うまく受けてね、と伝えたつもりなんだが
色々考えたが、特定の人物にバレないように指示を出すって、かなり難しいな。中途半端で分かりにくいジェスチャーみたいになってしまった
振りかぶった腕を振り下ろした
バチーンッ
さっきは生まれて初めて女の子の胸を揉んだが、次は生まれて初めて女の子をはたいた
一応、確証はないが派手なのは音と頬の色だけで、そんなに痛くはないはず。今はそんなに見なくなったが、一昔前の芸人さんが相方を叩くとき、ものすごくいい音を出す、しかしいい音が出る叩き方はあまり痛くないらしい
手を広げ、対象者の肌に触れる範囲を大きくし、衝撃を分散させる、さらには、触れる範囲が大きいということは、俺だけ大きな音が鳴るのだ、あとは腕を振り切るのではなく、当たった瞬間に勢いを止める、それにより、ヒアイが口の中を切る可能性は低くなる
えっと…、一応こういうことを考えた上での行為なので、あの、その、なんといいますか…その殺意に満ちた目をやめていただけませんか
「ペッ」
別の意味でピーチ姫なんてかわいいものじゃなかったな
痰を地面に吐き出した。殺意に満ちた目で痰を吐き捨てるって、女の子がやっていい絵面じゃないだろ
「やっていることって私と大差ないじゃん。こんなのが本当に効果があるの。むしろ舐められてない?」
「いやいや、これからですよ。下に見ていた、程度の低い男に一方的に嬲られるから、精神的にくるものがあるんですよ」
「ふーん、私は誰がやろうと痛いのは嫌だけどな」
いけしゃあしゃあと、他人事のように言った
「……」
口が開きそうになってしまったが、何とかそれを飲み込んで、僕もいたいのは嫌いですよ、そう同意しようとしたが、言うタイミングをあっさりと奪われた
妹を傷つけられ、今現在痛めつけられている身としては、なにか言わずにはいられなかったのだろう
「フン、だからあんたは、神様なんかには程遠いって、言ったのよ。」
どこか自棄になったような喋り方だ。これで、あいつがさっき言っていた殺しかけたお仕置きの対象になった人だって知ったら、きっとなりふり構ってないのだろうな
しかし、これはちょっと不味いなぁ
「だからあんたは、誰かの痛みが分からないような奴…」
バチーンッ
下手なことを言う前に、僕は再び右上から左下へと、腕を振り下ろして黙らせた。流石にさっきの一回で、舌を使ったジェスチャーの意味は理解できていたのか、首をうまく動かし、最低限のダメージで止めた
「言葉には気をつけてくださいと、さっき言ったつもりですがね」
流石にそこまで鈍いとは思わないけど、まぁ鋭いとも思っていないけど、言葉に気をつけてって、僕が不利になるようなことを喋るなって意味だよ
おそるおそる、神様少女の方を伺った
さっきまで楽しそうに、愉しそうに笑っていたのが、今は無表情である。超怖い
顔立ちがかなり整っている分、そこに表情が消えると、感情が消えると、マネキンのような不気味さがある。なんか、サイコパスみたいな感じがする。嬉々として、カエルの解剖とかやってそう
なんか僕の中のサイコパスのイメージが、中々しょぼいが、それは置いといて
「同じ人間が無礼なことを言ってしまい、申し訳ありません。今こいつに訂正させます」
割と本気のトーンで、ヒアイに向き直った、しかし
「もういいよ」
と、神様少女は僕の手首をつかんだ。その小さな体躯に似合わず、彼女の握力で、手首が締め付けられ、かなり痛い
「もういいとは、もう諦めたのですか?」
「違うよ。言い方を変えようか、演技が上手いね、あなた。完全に騙されかけたよ」
そう言うと同時に、僕の足元から木の根が飛び出して来て、ヒアイやヒイロちゃんみたいに拘束した。おいおい、男の拘束プレイとか、どの層に需要があるんだよ
しかし、自分でも意外なことに冷静だ、寧ろあっけに取られて、口をだらしなく開けたヒアイの方が、面白いリアクションを取っている。それにしても、ありゃりゃのりゃ、いつバレたんだろ
「何のことですか?申し訳ありませんが、私のような矮小な人間にもわかるよう、丁寧に説明をしていただきたいのですが」
「さっきのビンタで確信したよ。どうやって指示出したのかな、今まで喋った言葉の中に、ビンタする方向についての暗号文が、あったとは思えないんだよね」
つまり、ヒアイの受け方が下手だったのか。尤も、誰かを騙すのほどの受け方を、素人に要求するのが間違いだったかな
「それに私が剣で刺した人の話をしたとき、なんで男って知ってたの?」
「細かいこと気にしているね。もしかしてA型?」
まぁ、いきなり迷子の人間が、こんな森奥に現れたら警戒もするよね。ヒアイがそうしてたように、この神様少女も僕の細かい言動を、注意深く見ていたのだろう、そしてヒアイを叩くときに違和感を覚え、二回目に確信したのだろう。やれやれ、神様も疑り深いときた、嫌になるねぇ
「…はぁ。別に指示はそんなに難しくはないよ、あんたに見えないように、右上から左下に体の一部を動かしただけだよ」
「でも、手や足は用心してみていたけど、不審は動きはなかったよ」
僕は、あっかんべーみたいに、舌をにゅるッと出した
「なるほどねぇ」
「さて、それじゃあ面白くない茶番はこれで終わりにして、ここからはまじめな交渉を始めよう」
僕の拘束がギリギリと強くなっていく。ヒアイとヒイロちゃんはこれに耐えてたのか、正確に言えば、ヒイロちゃんは耐え切れず、意識を失っているのだけど
「交渉?君がこれからそんなことできると思っているの?」
「できるさ、だって僕とあんたは友達だから」
「はぁ?」
女の子の「はぁ?」って、なんか怖い人に怒鳴られるより、威圧感あるよね。逆に言えば、威圧感を思わず与えていまうほどには、彼女を揺さぶることができたのだろう
「さっきの茶番の中考えていたんだけど、なんでこの二人を殺さなかったのかなって。察しているとは思うけど、僕はこの二人と、それと、少し前にこの森に来た奴らと繋がりがあってね、詳しい話、とまではいかないけど、まぁ大まかな事情というか、粗筋は聞いているんだよ」
特に何の反応も示さない。ただじっと、僕を値踏みするように見てくる
「力加減を間違えて、殺しかけた男。なんで加減をする必要があったの?この二人だて、気に入らなかったら殺せばよかったのに、なんでお仕置きなんて回りくどいことしてたの?殺したくなかったからでしょ」
言い切ったあたりで、僕の拘束の締め付けが一層強くなった。あーやばい、血液が少なくなって、手とか足とかがどんどん白くなっていくのを感じる
「お仕置きした後、友達になりたかったからじゃないの」
木の根の拘束は、荒ぶりだし、ボールを叩きつけるような感じで、地面に叩きつけられた
根が動き出した時点で、こうなることは容易に予想できていたため、受け身を取る準備も堪える覚悟もできていた
「イテテ…なんとも分かりやすい反応で」
「バッカみたい、なんで生物として優位の存在である私が、下等な人間と友達にならないといけないの」
「じゃあ聞くけど、君みたいな上等な存在はどれくらいいるの。他にまったくいないとは思えないけど、人間ほどわらわらいないんじゃない」
まぁ日本みたいに、八百万の神って言うなら、話は別だけど
叩きつけられ、横たわりながらも、余裕の表情を崩さない僕。拘束を解いてまで、僕を叩きつけたが、それでも気が晴れないのか、明らかにイラついている少女
「そうだ、こうすればもうそんなふざけた妄言は言えなくなるね」
明るく言っているが、無表情のままで、声に抑揚がない
少女は、何もない場所に手をかざした、すると、どこからともなく剣が現れた。おそらく、奴を貫いた剣だろう。てか剣じゃなくて日本刀じゃん
「そんなに人間を殺してほしいなら、君から殺してあげるね」
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