第二十話 安全なスリルってかなり楽しい
「それで屋敷に居づらくなってここに来たの」
あいつの研究所で、一悶着、というより僕が一方的に嫌われた後、僕はビロードさんのお菓子屋さん『白い居間』に来ている
「いやぁ、アハハ…」
力なく笑ったが、笑い事じゃないわよ、と一蹴されてしまった
「それで、なんであたしのところに来ているのよ。確かこの前、ちょっと対立したと思ってたんだけど」
「そうでしたっけ。そういえばそんなこともありましたね、あれは全面的に僕が悪いので謝りますよ、ごめんなさい」
「うわぁ、ここまで上辺だけのごめんなさいって初めて聞いた」
「僕の国ではこれくらい普通ですよ。謝罪なんて言っているだけの人がほとんどですよ」
「あんたの国って、技術や文化と引き換えに、何か大切なものをなくしてしまったように思えるんだけど」
否定はしない
「行く当ても特になくて、僕たちの事情をある程度知っている、そんな都合のいい人ってビロードさんくらいしかいないんですよ」
「都合が良いって…あたしはいつでもあんたを追いだせるんだぞ」
「おお怖い怖い。まぁ心がささくれ立った青年を、優しい母性で包み込んでくださいよ」
「独身のあたしに母性を求めるな。はぁ、結婚したいとは言わない、素敵な恋がしたい」
後半切実だなあ。気持ちは分からないでもないけど、僕も素敵な恋がしたい
「それで、本当の要件はなんなの。あんたがいづらくなった程度で、ここまで逃げるような奴には見えないし、そもそも、あんたの話が本当なら、今頃屋敷にはあいつらとカズヒトはいないんだろ、だったらここに来る意味はないよね」
察しが良いな、日本人みたいだ
「まぁ、ちょっと言いすぎた感が否めないので、罪滅ぼしでもしようかなって思いまして」
「へぇ、あんたがカズヒトにねぇ。親子喧嘩はもういいのかい」
「勘違いしないでください、あいつに対して僕は何も悪いことをしたつもりはありません。ですが、あいつのことを大切に思っている四人には、多少なりとも罪悪感があるので…なんですかその顔」
ビロードさんは、さっきまでメンドそうに呆れていたが、今はニマニマしている
「いや、親子揃って素直じゃないねって思って」
やはり勘違いしているが、まぁ訂正するのも面倒だし、ほおっておこう
そしてどこか上機嫌のまま、陳列されているお菓子をいくつか手に取って、僕の前に並べた。何これ、食べていいの
「仲直りの証に、あたしのところのお菓子って訳かい」
「あ、いえ、それは違います。僕今お金持ってないですし」
ポケットを裏返しにして、何も持っていないことをアピールした。商売人として、お金持っていないことがそんなに気に食わなかったのか、思った以上に怪訝な顔をされ
「え、じゃああんた何しに来たの」
「ちょっと、教えてもらいたいことがありまして」
僕はそこで、罪滅ぼしの内容をビロードさんに告げた。尤も、これは罪滅ぼしなんかじゃなくて、自身の尻拭いになるのかもしれないが
「あんたって、ずれているよね。そんなことやって、あの子たちが喜ぶと思っているの?」
そう言いながらも懇切丁寧に、イラスト付きで尋ねたものを教えてくれるビロードさん。いやはや、なんでこの人結婚してないんだろ。もう少し若かったら、僕がアタックかけてたのに
「ここか」
僕はこの町を治めている貴族の家の前にたどり着いた
僕はビロードさんに書いてもらった、メモと実物を見比べた。思ったより大きいな
お屋敷という表現がぴったりだ。あいつの屋敷よりも一回り大きい、そしてそんな大きな屋敷の至る所に、チカチカと装飾が施されている。王宮ってほどではないが、普通に生活していれば、まずこんな屋敷には住めないだろう、まぁそれは、あいつの屋敷にも言えることだが
「おい貴様、そこで何をしている」
門番のような人に話しかけられた。てかまんま門番だ、漫画みたいに二人一組の門番だ
そりゃこんだけ大きい屋敷なんだし、門番の一人や二人はいるか。それにここにはいて然るべきか
「あーえっと、この屋敷のお坊ちゃんに用事があるんですけど、良いですかね。あのチャラ族君に」
僕がビロードさんから聞いたのは、以前絡んできたチャラ族君の屋敷の場所だ。ちょっと聞きたいことと、お願いがあってね
しかし、そういえば名前を知らなかったな。通じてくれるといいんだけど
「チャラ族君?誰のことを指しているかわからんが、坊ちゃんは貴様のような下賤な身なりをした奴に会うことなどない。どうしてもというなら、私に話してみろ、それを伝えるか伝えないかは、持ち帰って決める」
通じない、というのは杞憂だったが、面倒なことほざいているなぁこいつら。RPGみたく、さぁこの門を通って挨拶をしてくるんだ、みたいなこと言ってればいいのに
「いえ、できればあまり公にしたくないことなんですけど…」
バツが悪そうに笑って見せたが、流石は貴族の屋敷を守る門番、より一層警戒心を強める、どころか、これ以上下手なこと言ったらスパッと斬られそうな気迫だ。まぁ手がないわけではないのだが
「わかりました、どうかこのことは内密にお願いしますね」
僕は降参したように両手を上げ、ポケットから折りたたまれた皮の袋を取り出した
え?さっきポケットを裏返しにしたんじゃないかって?内ポケットって、結構便利だよね
まぁその皮の袋がどこに入っていたかはともかく、問題なのは皮の袋に何が入っているかだ
「その何も入っていない袋がどうした。冷やかしだったらただじゃおかんぞ」
「いえいえ、僕も貴族様のお屋敷に冷やかしに入るほど、暇じゃないので。中身じゃなくて模様ですよ」
「模様?……っ!」
その皮の袋、あいつが国王様からせびった資金が入っていた袋である。つまり国王様直々に、紋を押してもらった袋である。あいつの研究所を出るときに、ちょっとくすねておいたのが役に立ったな
「見ての通り、私はこの国の国王様の命によってきています、それも内密に。いやぁ、殺されそうになって喋っちゃいましたが、本来は下賤のものに知られるわけにはいけないんですよ」
つい先ほど、自身が下賤と扱った者に、同じ言葉で言い返されるのがよほど堪えたのか、二人の口元がヒクヒクと動いている。駄目だよ、人を見かけで判断しちゃ
「これ以上詮索しますか?あまりこういう脅しはしたくないんですけど、私の父は榊和仁、元国王の側近ですよ、この町に住んでいるなら知らなくはないですよね。ついでに、あなた方が下賤と笑ったこの格好、この国では絶対に見たことの無いものだと思いますよ」
何てったって、メイドインジャパン、ここではやつと僕以外持っていないはずだ
僕は止めといわんばかりに、挑発的に笑った
「「も、申し訳ありませんでした」」
二人は勢いよく頭を下げた、今のも土下座しそうな勢いだ。まぁ想定通りというか、上手くいきすぎたかな
「んじゃ、僕は行っていいですか」
「いえ、申し訳ございませんが、いくら国王様からの命を受けた方であろうと、主の許可なしにあげるわけにはいきません。ここで少々お待ちを」
そりゃそうか、彼らにとって一番大事なのは主なんだし
「では、どこか座れる場所で待たせてもらっていいですか?あまり人目に付くのもまずいので」
「勿論です。ご案内させてもらいます」
うん、可愛い女の子が僕にペコペコするのも一興だが、明らかに僕よりガタイの良い男が、僕に敬語を使うって言うのも悪くない。まるで自分が偉くなったみたいだ
離れの一室で待たされながら、少し気分が良くなっていると
「アポなしのやつなんて追い返せよな、国王なんて関係なしによ」
ブツブツ文句を言いながら、不満げな顔を隠そうともしない男が入ってきた
胸ぐらを掴まれるくらいに急接近したから、よく覚えている、懐かしきチャラ族君の顔だ。自宅スタイルなのか、以前見た時よりも服装が少し地味だが、こちらを見下している腹立たしい顔は変わらない
「お久しぶりです。僕のこと、覚えていますか」
できるだけ柔和な笑みを浮かべてみたら、なんかあいつっぽくなってしまったな。まぁ血が繋がっているし、仕方ないか
「お、お前は。話は聞いていたが、戻って来てたのかよ」
チッ、と露骨に舌打ちをした
「その反応、僕の予想通りってことでいいんですね。王都の方に、僕のことを密告したのはやはりあなたでしたか」
あの時の王都側の対応の速さは、改めて思うと異常だった。少なくとも、噂がある程度では、あんな迅速かつ大人数は動かない
だったらなぜか、簡単だ、信用に足る情報源からのアプローチがあったからだ。例えばこの土地を治めている、上流階級の貴族様からとか
「おかげ様で快適な旅を送ることができましたよ。あ、これお土産です」
そう言って、内ポケットに入れていた獣除けの鈴をテーブルの上に置いた。袋をくすねた時に、ついでに何個か盗ったものの一つだ。僕ってこんなに手癖が悪かったっけ
チャラ族は、置かれた鈴を徹底的に無視をして、僕を睨みつけている
「そう、怖い顔ばかりされていると、モテませんよ。…モテるモテないで思い出しましたが、そういえば私たちが初めて会ったときも、色恋沙汰が原因でしたね、あなたが僕のことをナンパしたんでしたっけ」
「キモいこと言うなよクソが。この俺が、お前なんかに会ってやってるのによ、そんなクソつまんねーこと言うために来たんだったら殺すぞ」
「アハハ、殺すぞじゃなくて、殺してもらうぞ、でしょ。バカ息子さん」
バカ息子の発言とともに胸ぐらを掴みに来た
まぁ想定の範囲内の行動過ぎて、ちょっとがっかりだな
迎え撃ってもよかったが、下手に手を出してごたごたするのも面倒だ、手は向こうが先に出してもらおう
「テメーのその態度が気に食わねーんだよ、人を馬鹿にしたようにへらへらしやがってよ」
「おや、知らないんですか。笑顔は人を幸せにするんですよ」
グッと、胸ぐらを掴む力が強くなる
一応まだ喋れるからもっと挑発しても良いんだけど、僕だって別にこの人と喧嘩しに来たわけではない
「さてと、親睦を深めたところで、早速本題に入りましょうか」
「あっ!?このまま話しできると思ってんのかよ」
「別に僕は構いませんよ。その場合立場が悪くなるのはどちらでしょうね」
勿論立場が悪くなるのは僕の方なのだが、想像以上に国王の紋の入った袋の力は大きく、苦虫をすりつぶした様な表情で僕から手を放した。権力って素晴らしい
「そうだよ、俺が王都の方に連絡を入れたんだよ。あの日以来、目につくだけで苛立たしいからな」
「それはそれは光栄ですね」
「お前が異世界から来たのは格好みりゃ分かったからな、こう見えても異世界についてはそこそこ勉強している。お前と、この町で幅を利かせている、お前の親父は異世界研究って名目で当分この町に戻ってこれないはずだったんだけどよ」
「それでその隙に、あの四人と交流を深めようって魂胆でしたか。欲張りですねぇ」
「ちげーよバカ、ムカつくやつを目の前から消したかっただけだ」
「いやぁ、一人の方からそんなに熱心に思われていただなんて、感激ですね」
「お前本当になんなの。流石にそこまで挑発されると、逆に冷静になるわ」
僕としては、挑発したつもりはないのだが
「さてと、冷静になっていただいたところで、僕の方からのお話をさせてもらいますね」
僕からの話は一つだ
「今後、先のように妙な密告や、あの四人に対するちょっかいは勘弁してください」
「なんで俺がテメーの言うことを聞かなきゃならん」
「町の人たちから聞きましたよ、恋多い方なんですね」
「貴族である俺がどれだけの女と遊ぼうが、文句はねーだろ。それとも俺に庶民と同じく、一人の女で我慢しろって言いたいのか」
「別にあなたがどのような恋愛をしようとどうでもいいですよ、無理やり拉致して手籠めにしてはした金でポイしようと、奴隷を買って夜な夜な変な遊びをしようと、そんなことは、その辺に落ちている路傍の石よりどうでもいい」
どうも町の住人たちは、こいつのことを結構嫌っていて、大袈裟に悪評を吹聴していたと思っていたが、苦い表情をしているところを見ると、強ち大袈裟というわけでもなさそうだ。それは置いといて
「僕たちは今、王都の方からある極秘の依頼を受けている。この依頼を達成できるかできないかによって、この国の文化や技術の水準は変わると言っても過言ではない。だから、邪魔しないでねって言いたいの、僕は」
まぁ、嘘はついていない。物は言いようだ
「俺のことを軽蔑している目で見ているけどよ、お前だった同じ穴の狢なんじゃねーの。親父が持っている奴隷たちで、楽しく遊んでんじゃねーのかよ」
僕に言われたい放題なのが癪なのか、言いがかりにもならないような言葉で反論してきた
しかし言いがかりのように聞こえるが、奴隷って部分しか否定できないな。この一週間、ハズキちゃんやヒアイ、ヒイロちゃんを揶揄って楽しく遊んでたり、ホシロさんに振り回されて、楽しく遊ばれたりしているなぁ僕
「まぁ僕のことをどう思うかはそちらの自由ですから、とやかく言うつもりはありませんが、二つだけ訂正させてください。僕は違いますが、彼女たちは家族です、あの屋敷に奴隷はいません。あそこにいるのは、一人の大黒柱と、その大黒柱を慕う四人の家族、そして一人の居候ですよ」
「居候?」
「そう、居候」
僕は自分を指さした
「二つ目の訂正、別に僕はあなたを軽蔑なんかしていませんよ。どうでもいいと思っているだけで、あなたの下衆な行いについて、特に反対もしませんよ。バカ息子同士仲良くしましょうや」
「死んでもごめんだ」
ありゃりゃフラれちゃった、まぁどうでもいいけど
とりあえず、これで変な横やりを一本潰すことができたとみていいかな。チャラ族君だって、利益の計算ができないバカではないだろう。仮に何かちょっかいをかけてきたら…
まぁそれはおいおい考えよう
どうせこれは僕が彼女たちに罪悪感を覚えて、勝手にやったありがた迷惑、いや、もしかしたらありがたくさえないかもしれないから、ただの迷惑、ただの自己満足なのだから
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