第十九話 人が気持ちよくしゃべる時は自慢話か陰口

王都から戻ってきて一週間が経った

流石の奴も次の日には緊張が解けたかのように、ぐったりしていた。まぁ二日目あたりから普通の生活に戻っているけど。歳の割りにタフだよなぁ

僕の場合、元の世界に戻れない限り、どこに居たって何が起こるかわからない環境なのだ、緊張なんて早々解けるものじゃない。そのため、次の日から余裕で平常運転だ。なんで張り合っているんだろう

それはともかく、この一週間、僕は今更ながら異世界を堪能した

ほどほどに慣れてきたので、街を徘徊して、暇そうに店番をしている老人と喋ったり、公園のような場所で遊んでいる子供達相手に、大人気なく、本気で遊びに勝ちに行ったり、川辺で適当に作った釣竿で釣りをしたり、屋敷で行われる、異世界学の授業を見学したり、特別講師として呼ばれたり、まぁ異世界を、満喫していると言っても過言ではない

流石にそんなつもりはないが、ここでニートの如く遊びながら暮らすのも悪くはない。そう思ってしまうくらいには快適だ

「リョウガさん、カズヒトさんがお呼びです。研究室の方までご足労、よろしいでしょうか」

朝食を食べ終え、さて今日は何をしようか、そう考えていた時に、ノックの音とともに扉の外からハズキちゃんの声がした

何で入ってこないのだろう、そんな疑問を抱いたが、意味もなく、まるで全てわかっているような荘厳な態度で、すぐ向かうよ、とだけ口にした

僕の返答を聞いてすぐに、扉の外から人の気配は消えた。そんなに急いでいたのか、なんか行きたくなくなるな

これが奴直々に僕の部屋まで来ていたら無視を決め込んでいたのだが。可愛い女の子を使うって、それだけで卑怯だよなぁ

「すみません、言い忘れていたことがありました」

タタタッと足音と共に、ハズキさんが扉の前に戻ってきた

「カズヒトさんが動きやすい格好をしてきてください、とのことです」

動きやすい格好?確かにここで生活するにあたって、何着か服は用意されたが、そんな格好で何するつもりだろうか、運動でもするのかな。僕体育の成績あまりよろしくないんだよなぁ

「わかったけど、何するの」

その問いに対する返事はない。ハズキちゃんもう既に、どこかへ行った後だった

「にしても動きやすい格好ねぇ」

パッと思いつくのはジャージだが、用途にもよるし、そもそもジャージなんて代物はない。あるのは、なんというか、布の服って感じのものが数着と、ここに来た時にきていた学生服が一着、そして今来ている寝間着用のスウェットのようなものが一着だ

「まぁ動きやすいって≒着慣れた服ってことだよねぇ」

となるともう決まっている

僕は学生服に着替え、奴の研究室に向かった

「あ、リョウガさん、リョウガさんも呼ばれたんですか」

流石に、もうこなれてきた屋敷内を歩いていると、後ろからトテトテと可愛らしい小走りで、ヒイロちゃんが僕に近づいてきた

「ヒイロちゃん、さっきぶり」

「はい、さっきぶりです。動きやすい服装で来るように呼ばれたんですか」

「そっ。ヒイロちゃんも呼ばれているなら、こりゃ全員呼ばれたと思っていいな。朝飯食っているときに言えばよかったのに」

「あはは、それもそうですね。食べ終わってから、その用事を思い出したとか」

「そんな当人も忘れているような用事に、他人を駆り出すなよな」

「家族ですし、良いじゃないですか」

なぜか楽しそうに歩いているヒイロちゃんに、無粋なことを言おうと思ったが、それは流石に大人気ないか

「と、言っているそばから着いたな」

とりあえず、つまらなかったら腹パンしよ

血縁関係上の親を殴ることを心に決めながら、研究室の扉を開けた

「やっと来ましたか、あとは2人だけでしたよ」

室内にはもう既に、ヒアイとハズキちゃんの、ホシロさん、そして奴が各々動きやすい格好で集まっていた

半袖にショートパンツのハズキちゃん、メイド服姿以外のハズキちゃんってなんか新鮮だな。ヒアイとホシロさんは、まぁ予想通りと言うか、見慣れた格好である。強いて違いを上げるなら、ヒイロちゃんも含め、気持ち肌の露出が多いかな。眼福眼福

「まぁ、それはどうでもいいんだけど。あんたのその格好は何」

僕たちを呼び出した張本人は、Tシャツに短パン、麦わら帽子をかぶって虫網を握っている。完全に夏休みに子供と虫取りしに行くお父さんだ

「これから虫取りにでも行くの?生憎僕は、中学に上がってから、カブトムシに触ることすら抵抗があるんだけど」

「虫取りではありません、神取りです」

神取り?神様でも取るの

「凌雅はもう忘れたのですか、一週間前王都で頼まれたこと」

「…あぁ、そういえばそんなようなこと頼まれてたな」

ギールさんに頼まれていたこと、すっかり忘れていた。てかお前も忘れてただろ、そこに王都から持ってきた荷物が転がっているぞ、明らかに整理してたら渡された荷物を見つけて、思いだしたって感じじゃん。おい、良い大人が荷物を足で机の下に隠すな

「カズヒトさん、早く分かりやすく説明してよ」

そんなやり取りに業を煮やしたのか、ヒアイが机に頬をくっつけたまま、足をバタバタさせた

「こらヒアイ、行儀が悪いですよ。それに、急かさなくても説明はしてくれますから」

なんかハズキちゃんがお母さんみたいなこと言っているな

「そうですね、ではまず王都であったことを一通り説明しますね」

そこで数分、王都で奴の知り合いの異世界研究者と会ったこと、そいつにどんなことを依頼されたのかを説明した。僕が意図的にこいつを敬称及び名前で呼ばないのと似たような感じで、ギールの名は徹底的に隠されたが、それ以外は概ねそのまんまだ

「つまりぃ、あの森にいる何かを捕まえようってことー?」

「いれば、でしょ。眉唾ものというかファンタジーが過ぎるというか、よくそんな頼みを引き受けたわね」

ファンタジーに関して言えば、僕視点、この世界全てがファンタジーだけどな

「まぁ、その依頼を基にだいぶ資金をせびりましたからね。私とリョウガをこの屋敷に戻す口実にもなりましたし。少しくらい行動しても、罰は当たりませんよ」

神を捕獲するという行為は罰当たりではないのだろうか

「話は分かりました、それで動きやすい格好なのですね。勿論、私はどんな理由であれ、カズヒトさんのご意思に従います。ですが、あの森は決して安全とは言えませんよ?」

「ええ、それは分かってますよ。あそこにいて平気な顔して帰れるのは、ヒアイと凌雅くらいでしょう」

「いやぁ、あれ、それって褒めているの」

「脳筋のヒアイはともかく、なんで僕までそんな扱い…痛い」

横腹に手刀を喰らい少し蹲る。そういうことするから脳筋なんだよ

「何はともあれ、確かにあの森にいる獣、ヒトクイが非常に危険です。ですが、それに対抗するための手段は、ちゃんと王都の方から持ってきています」

そう言って、チャラチャチャッチャラー、とドラえもんが道具を出すときの効果音を口で出しながら、足元にある荷物の中からいくつかの道具を取り出した。ギールから預かったものばかりだ

変な匂いのする香水のような液体、日本でも見られる獣除けの鈴、ダイナマイトのような形状をしたよくわからない筒、そういえば今奴が持っている網も預かったものだったな

他にもいろいろ、使えるのか使えないのかよくわからないものが続々と姿を現す

「すごいですね、どう使えば良いのかわかりませんが、これだけ色々あるとなんだか行けそうな気がしますね」

ヒイロちゃんが無邪気な笑顔を浮かべた

いやはや、全部使えるものだったら行けるかもしれないけど、これ本当に使えるの

「一応私の国で獣対策で使われているものを、昔技術部の方々にお願いして作ってもらったものばかりなのですが」

「ビヨンビヨンしているバネみたいなのがあるけど、これはどう使うのぉ」

「それはですね、そのへんてこな動きで囮になってもらうのですよ」

いや、多分日本にそんなものは無かった気がするんだけど。流石にそれはフィクションだろ

「じゃあ、この牙みたいなものはどう使うのですか」

「それはトラバサミといって、地面に仕掛けて、そこを踏んだものの足に牙が食い込む罠ですね」

説明を聞き、ハズキちゃんはおっかなびっくりといった様子で、ツンツンと触れていた指をひっこめた

「まぁ基本的に猛獣に対するものが多いですから、あまり不用意に触れないほうがいいですね」

じゃあなんでそんなものを自慢げにに机の上に並べたんだよ

「ドラえもんの秘密道具だって、使い方を間違えれば危険なものばかりじゃないですか、それと同じです」

「理由になってないよ。確かに良い笑顔でバイバインとか出されたら恐怖だけど」

スモールライトやビッグライトとか、もはや兵器だよ

と、思考がドラえもん方面に行きそうになったが、僕たちの会話をきょとんとした顔で聞いている四人を見て、話を元に戻すため咳払いをした

「それで、素人でも扱える猛獣対策の道具はどれだよ。どれも危ないから触らないでくださいね、なんて言うつもりはないんだろ、動きやすい格好で僕たちを集めた以上」

「もちろんですよ。ですが一応意思確認がしたいのです、詳しい話はその後ですね」

「意思確認、ですか?」

ハズキちゃんが不思議そうな顔で首を傾げた

「ええ、王都の方からの依頼は、あの森でいるかもわからない存在の捜索。リスクに対してリターンが非常に少ない、ですから、皆さんに聞いておきたいのです」

僕を含め、奴は全員の顔を見わたした

「神を捕獲する依頼、手伝ってはくれませんか」

こいつは笑いながら、あっけらかんに言っているが、結構危険な依頼だ

そもそも僕は、王都でこの話を聞いたとき、ギールが体のいい口実を作ってくれただけだと思っていたし、良い大人が森に神様を捕まえに行く、なんて言いだすとは思わなかった

正直断りたい、てか別に断っても咎められることは無いはず、普通に断ろ

「さっきも言いましたが、私はカズヒトさんのご意思に従います。もしカズヒトさんが神様を捕まえるというのでしたら、天の果てから地の底まで探しつくして、見つけて縛り上げて連れてきますよ」

ハズキちゃんは凛とした、力強い声で言い放った。例えが怖いのは、いまさら感が否めないので触れないでおく

「私も別にいいよ、てかあの森に行くなら、ヒトクイを何とかできる私の力は必須でしょ。このヒアイちゃんに任せなさい」

ヒアイは頼もしく胸を叩き、その豊満な胸を揺らした

「私も良いよぉ。みんなとピクニックって、なんだか久しぶりで楽しそーだしぃ」

ホシロさんは聞いているこっちが眠くなりそうな、おっとりとした声で二人に賛同した

「カズヒトさんとお姉ちゃんがそう言うなら、私も行きます。私も皆さんの役に立ちたいです」

ヒイロちゃんは、その小さな手を高く伸ばして、宣言するよう高々に告げた

そして僕以外の意思表示が終わった。もしここが民主国家なら、僕の意見なんて聞かれずに、案が通っていただろう

勿論その後、一斉に僕に視線が集まった

「…いや、普通に面倒だから僕はいいや」

「えー、行きましょうよピクニック」

「メインはピクニックじゃないですけどね。ですが、話を聞く限りですが、リョウガさんにとって重大なことのように思えますが」

確かに、僕が日本に戻るための手がかりがあるかもしれないけど、それ以上に僕は面倒なんだよなぁ。てか少し腹立たしいこともあったし

奴一人だったら、何とかならないことはないのだが、四人とも良く気満々なんだよなぁ。さて、どう言いくるめてやろうか

「なんでさ、動きやすい格好をさせてから意思確認を行ったの。僕たち、少なくとも四人がこんな反応するのが、想定内だったからじゃないの。自分の意見に対して反対しないって、確信があったんでしょ」

穿った見方をすれば、彼女たちは自分の命令に絶対に従う、奴は彼女たちを、差乍ら奴隷のように見ている、そんな風に見える。そして、その見ている中に僕もいる。他の四人は別にどうでもいいが、僕をそういう風に見るのはいただけないな

「なら、最初から意思確認なんて行わないと思うのですが」

「大方、負い目でも感じてたんじゃないの。その王都からの荷物を見て、ギールの研究所で見たことを思い出して」

ギールの研究所、この単語一つで全員の顔が強張る。空気が一気に凍てつく

「頼みごとはしたい、だけど自分は四人に対する負い目を感じたくない、だったら四人が自主的に、もっと言えば断ることもできる環境下で、自分について来てもらう、それが一番楽だろ。だから目に見えている意思確認を行った、安心しなよ、僕の目から見て、奴隷と主人の図には見えなかったよ」

皮肉たっぷりに笑った

そしてそれと同時に寒気がした。ヒアイ、ハズキちゃん、ヒイロちゃん、ホシロさん、全員からの敵意の籠った眼だ

やっべぇ、喋っているうちになんか気持ちよくなってきたから、最後まで喋り切っちゃったけど、これを言いきったら、こいつらを敵に回すことになるんだった

王都に行く前に、ハズキちゃんとヒアイと揉めた時は、なんだかんだ言って、ホシロさんとヒイロちゃんは僕の見方をしてくれたのに、今回はまじめに四面楚歌だな。今更、ごっめーん、ちょっと気分良くなっちゃったからいっぱい喋っちゃったけどこれ全部冗談だよ、なんて言えねぇ。いや別に、こんな気持ち悪い言い回しができないって意味じゃなくて、精神的な意味ね

口は禍の元、僕は身をもって学んだ。でも、気に食わなかったのはホントだよ


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