第十八話 ただいまは当たり前でもおかえりは有難いこと

「おかえりなさいカズヒトさん、リョウガさん」

ギールから依頼の詳細を聞き、その依頼に伴った準備を終えた翌日、馬車に乗って屋敷のある街へと帰った。奴が国王様に「馬車の切符を買うのは、あくまでこの王都内でのこと。何から何まですいませんねぇ」と良い笑顔で、一番高い馬車の切符を要求したため、行きとは違いその日のうちに帰ることができた

しかし、その日のうちといっても、もうお昼を過ぎて日が傾き始めるころである

あぁケツが痛い、さっさと自分の部屋のベッドで寝よ

そうだらだらと考えながら屋敷の扉を開けると、ピシッと綺麗なお辞儀をしたハズキちゃんが僕と奴を出迎えてくれた

帰る時間は知らないはずなのだが、なんで当たり前のようにお出迎えしてくれるのだろう。悪い気はしないからいいけど

「王都でのお勤めご苦労様でした。お荷物、お持ちしますね」

「いえ、いいですよ、そこそこ重いですから。それよりも、大丈夫でしたか、私たちが急にいなくなって」

「カズヒトさんが手配してくれたおかげで、ずっとではありませんでしたが、ビロードさんに来ていただきました」

「そうですか、お願いした甲斐がありましたよ。あとでお土産を渡しに行かないといけませんね」

報告をしあっている二人を横目で見ながら、玄関から見える範囲で奥を覗いた

「ねぇ、他の人たちはどうしたの」

勝手なイメージだが、全員集まってくるものだと思っていた。活発なヒアイさん、天然っぽいホシロさん、最年少のヒイロちゃん。わぁーってきそうなものだが

「ホシロさんとヒイロはビロードさんと買い物と、お店の手伝い。ヒアイは少し休んでいます」

「休んでいる?何かあったのですか」

元気っ娘な印象だったし、奴のこの反応からしてそれは間違いないだろう

「ま、まぁお互い話すこともあることですし、いったん荷物を置いてリビングのほうに行きましょう。今お茶を淹れますね」

そのまま流されるかのように、彼女に荷物を預け、リビングの方に向かった。荷物を渡す瞬間、ハズキさんの顔に少し違和感を覚えたが、まぁ女性の顔についていろいろ聞くのは失礼に当たるだろう

リビングのソファに、僕と奴、テーブルを挟んでハズキちゃんという形で座った。情報交換がメインの席であるため、この別れ方に文句はないが、僕と奴の間に人一人分くらいなら、余裕で座れる間があるのは、まぁ勘弁してほしいところだ

「改めまして、お疲れさまでした」

出されたお茶を飲みながら、深々と頭を下げているハズキさんを見る。うん、美少女が頭を下げているのを見ながら飲むお茶、悪い気はしないな

「いえいえ、私たちの方こそ唐突にいなくなって申し訳ありません。一応こういう可能性を考慮して、ビロードさんに根回しをしていたのですが、成果は半々といったところでしょうか。杞憂に終わるのが一番なのですが」

お茶請けとして出された、饅頭のようなものを頬張りながら、分析するように言った

「それで、私たちがいない間、何か変わったことはありませんでしたか」

「異世界の授業が滞る以外は特に。お客さんは何人か来ましたけど、いない旨を伝えたらまた日を改めると」

「そうでしたか、本当に申し訳ありません」

「いえ、カズヒトさんが謝ることじゃありません。国王様の命は逆らえませんよ。それよりも、二人が無事に戻ってこれた、それだけで私はうれしいです」

少し震えた声で笑った。ん、あぁ、なるほど、違和感の正体はこれか

「その目、どうしたの。少し隈みたいなのができているけど」

ハズキちゃんの目元は、薄らと黒くなっている。もともと色白なのもあって、気づいてしまえば結構目立つ

「あ、いえ、これは」

「保護者がいないからって夜更かし?真面目そうに見えて、ちゃんとやんちゃを心得ているんだね」

「そ、そうなんですよ。申し訳ありません、養われている召使いの身でありながら、カズヒトさんがいないのをいいことに、不健康な生活をしてしまって。どんな罰でも受けますのでお許しを…」

「いえ、別に罰したりはするつもりはありませんし、身体と仕事に支障さえなければ、どんな生活を送ってくれても構わないのですが。私としては、そんな分かりやすく隠し事される方が、少々ショックですね」

「…ッ、すいません」

消え入りそうな声で謝罪を口にした。このままもうちょっといじめてもいいのだが、流石に心象は悪くなるよな

「大方、いつ帰ってきてもいいように遅くまで起きて僕たち、というよりこいつの帰りを待っていたんでしょ。多分ヒアイと一緒か、交代で」

「何で知っているんですか」

僕の適当な推測に、分かりやすく答え合わせをしてくれた

驚きを隠せないハズキちゃんを横目に、二つ目の饅頭に手を伸ばし、勢いよくかぶりついた。甘い

「愛されてますなぁ。腹立たしいことに」

ハズキちゃんは少し奴の方を見ると、自分のしょうもないウソがバレたことに対する羞恥か、恋する乙女よろしく、献身的に帰りを待っていたことが本人にバレたことのせいかはわからないが、そのきれいな肌を真っ赤に染めた

それを見た奴も、なんともむず痒そうに、口元をニヤニヤさせている。滅べばいいのに

「えっと、その、ありがとうございます。しかし気持ちはうれしいのですが、あなたが私を大切に思っているのと同じくらい、私もあなたを大切に思っています。どうかご自愛ください。寝不足で倒れてしまっては元も子もありません」

うっへぇ、つまんない返し。もっとがっつけよ、それはそれで気持ち悪いけど

「申し訳ありません。帰って来た時に、すぐにお出迎えができるようしておきたくて…」

「そんな顔しないでください。怒っているわけではありませんから、むしろ嬉しくて抱きしめたいぐらいですよ」

奴は両手を大きく広げ、いつでもどうぞ、と言わんばかりの笑顔だ

ハズキさんは本能のまま、その腕に飛び込もうとしたが、どこかで理性がブレーキをかけたらしく

「そういうのは、後でゆっくりお願いします。今、ヒアイを呼んできますね」

そのまま、まるで逃げるかのように階段を昇って行った

「安心しました。もし、ここに戻ってきたら、皆さんがいなくなっているかもしれない、という悪い予想が、帰りの馬車の中でよぎったので」

よほどギールの研究室でのことが堪えたのか、心底安心したようにお茶を飲んでいる

ハズキちゃんは声を震わせて、こいつが帰ってきたことを喜び、こいつはこいつで、四人がちゃんといることに心底安堵している。なんかそのうち『賢者の贈り物』を地で行きそうだな、楽しみにしておこ

ハズキちゃんが、ヒアイを連れて戻ってきたのは、僕が自分で二杯目のお茶を淹れているときだった

ヒアイの目はトロンと、今にも眠ってしまいそうである。そんな瞼をこすりながら、ハズキちゃんに手を引かれて階段を下りてきた

「ほら、しっかりしなさいヒアイ、待ちに待った二人が帰ってきたわよ」

待ちに待ったのは、こいつだけだろうけどね。横目で奴を見ながら、自嘲気味に笑った

「んんー、あぁ、ホントだ。二人ともいる」

間の抜けた声を出して、僕と奴の間にすっぽりと座った

「ふわぁぁ、よかった。これで今日から安心して寝れる」

「心配をかけましたね」

そう言いながら、奴はその手で何度も、ヒアイの頭を撫でた。撫でられているヒアイは、心地よさそうに目を閉じている

すぅすぅ、と小さな寝息が聞こえてきたあたりで、撫でるのをやめた。撫でながら固定されていたのか、手を放すと同時に体が力なく僕の方に倒れてきた。朝や夕方に電車で隣の人が、凭れかかってくる、そんな感じだ。あれって、おっさんとかだと結構イラッてくるのに、若い女の人だとテンション上がるよね

「よほど心配をかけて、疲れていたのでしょうね。ヒアイさんやハズキさんにはもちろん、今はいないヒイロさんやホシロさんにも何か埋め合わせをしないといけませんね。そういえばあの二人はいつごろ帰ってくるのですか、ビロードさんのお店の手伝いに行っているのですよね」

「はい、そろそろ帰ってくるとは思うのですが」

小説とかって、絶対そのセリフが出ると、当人たちが帰ってくるか、何かしらの面倒事が転がり込んでくるよね

なんとなく玄関のほうに意識を向けていると、予想通りというか期待通りというか、バンッと玄関の扉が開かれた

「ハズキさん、お姉ちゃん、ただ今戻りました」

「たっだいまぁ」

二人の少女の声

「今戻ったわよ、お出迎えがないのは寂しいじゃない」

そして一人の女性の声

「あぁ、カズヒトさんとリョウガ君戻って来てますねぇ。おかえりなさーい」

「よかった、無事に戻ってこれたのですね。お疲れさまでした、そしておかえりなさい」

「あ、ホントだ。まったく人騒がせな親子だね。おかえり、ふたりとも」

ホシロさん、ヒイロちゃん、そしてビロードさん。三者三様の挨拶を受けながら、僕は返す言葉を探した

「おかえりなさい、皆さん。そして、ただいま」

不思議な言葉ではあるが、場面に即しているし、違和感もなくしっくりくる。もし奴が言った言葉でなければ、結構気に入った言葉になっていただろう

奴に便乗する形はあまり好まないが、同じ挨拶をするって言うのもどこか手を抜いている感があって、失礼になるだろう

僕は口を開かずに、三人にぺこりとお辞儀をした。奴と同じ気持ちですよ、そんな感じの意図が伝わればいいだろう

「どうだったんですかぁ、王都の方はぁ」

「えぇ、久しぶりでなかなか楽しめましたよ」

小さな声で、嫌な人に会いましたけど、そう付け加えていたが、僕以外には聞こえていなかったのか、それを言及する人はいなかった。いや、言及しなかっただけで、聞こえていたのかもしれない。彼女たちの過去を思えば、あまり積極的に出したい名前でもないだろうし、ギールの名前は

「ま、あたしはあんたたちが無事にひょっこり帰ってくるとは思っていたけど。でも、この子たちは本当に心配していたんだから、ちゃんとケアしてあげなさいよ」

「ええ、独り身のあなたに言われなくても、それくらいは分かっていますよ。年がら年中寂しいあなたよりも、誰かがいなくなった時の寂しさは分かっているつも…痛い痛い、ちょ、放してください」

挑発的な軽口を言い終える前に、ビロードさんによるアイアンクローが奴に炸裂した。なんで見えている地雷を踏みに行く

「全く、私もいい年なんですからもっと丁重に扱ってくださいよ」

「あんたが余計なこと言うからだろ、あたしだって中年の若干加齢臭のする頭を握りたかないよ。あたしの手は、子供たちに笑顔を与えるためにあるんだから」

お互い挑発的に笑い合い、寝ているヒアイ以外は、むぅと可愛らしく口をとがらせている。そしてあふれる笑い声

普段だったら、頃合いになるまで眺めているのだが、先ほどの言葉はいただけない

誰かがいなくなった時の寂しさ、あんた本当に理解しているの。いや、理解しているのだろう、僕と母さんの前から自分の意思以外で離れたのだから、寂しい思いは絶対にしているはず

だけど、だが、しかし

僕たちにその寂しさを味わわせたあんたが、被害者ぶるのは、いただけない

僕はソファから立ち上がり、適当に理由をつけて部屋に戻った

自分でも大人気ないと思うし、自分勝手だとも思う。彼女たちが僕たちの帰りを喜んでくれている中で、気分を害したからという理由でその場を離れるのは

「ま、どうせ僕は言うほど歓迎されているわけでもないし、別にいいか」

ベットに仰向けになり、腕で目を隠しながらつぶやいた。自分で言って悲しくなるな

自分の中に渦巻く苛立ちを、他のことを考えるという行為で抑えていると、ノックもなしに扉が開かれた

ハズキちゃんやヒイロちゃんはもちろん、ヒアイやホシロさんですらノックをするのに、こんな不躾に扉を開ける人は、消去法で一人しかいない

「びっくりした、ビロードさんか」

「ビロードさんかって、何よその言い草。親子揃って失礼なんだから」

「そうですか、それは失礼しました。ですがノックもせずに扉を開けるのは、驚いて当たり前だと思うますよ」

「男のくせに女々しいこと気にするね」

「すいません、僕の国では礼を重んじる傾向にあるので、扉の開け方一つとっても、丁寧に失礼のないよう教え込まれているので」

「失礼な発言しといてよく言うよ」

シニカルに笑いながら、それが当たり前であるかのように、ベットに座っている僕の隣に座った

ここにきてすぐの頃、四人と一人ずつ部屋でしゃべったのを思い出すな

「何か用ですか」

「別にリョウガに用はないんだけど、この部屋には用があってね。あんたらがいない間、私がここを使わせてもらっていたから」

そう言えば、部屋をよく見渡してみると、身に覚えがないものがいくつかあるな

てっきり、旅館のサービスみたいに、部屋にいない間に備え付けのお菓子を補充する、みたいな感じのあれかと。女性ものの衣服とかがあるし、そういうあれなサービスの類かと

「ちょっと揶揄っただけなのに、あの子たち怒っちゃって、だからご飯になるまでここで避難しようかとね」

「そうでしたか、では僕は少し横になりたいので、食事の時間になったら起こしてください」

僕が関心なさげに横になり、先と同じよう腕で目を隠した

「そんなに、カズヒトのことが許せないのかい」

あれ、僕この人にあいつとのいざこざって話したっけ

「あの子たちから聞いたよ。カズヒトとリョウガが仲悪いから、どうにかしたいって」

僕は答えずに、ビロードさんの言葉の続きを待つ

「あたしはあまり詳しくは知らないけど、あまりあの子たちを心配させるなよ」

「勝手なこと言わないでくださいよ~」

怒鳴りつけそうになる気持ちを何とか抑えながら、できる限りの笑顔を作り、剽軽な口調で反論した。詳しく知らないなら、口を挟むな

「勝手なのはどっちだろうね。あんたも会ったんだろ、ギールに。だったらギールの研究所にも行ったんだろ。ならわかるんじゃない、父親を嫌うという行為が、あの子たちにとってどれだけ贅沢なことなのかが、側で見ているあの子たちを、どれだけ苦しめているのかを」

確かに、少しは考えたことはある。王都に行く前に、彼女たちの半生は少し聞いている。そして、考えて出した結論は

「知らないですよ、そんなこと」

僕は笑顔のまま言い切った

「僕の国に、好き嫌いする子供を叱る時の言葉でこんな言葉があるんです『貧しくて満足に食事ができない子供たちがいるんだから、好き嫌いなんかしないでちゃんと食べなさい』。良いか悪いかで言えば、良い言葉なんでしょうけど、それを認めるなら『遊びたくても遊べない人たちがいるんだから、その人たちの分までしっかり遊ぶ』っていう言葉も認めないと嘘ですよね」

「何が言いたいのよ」

「僕は彼女たちに、今まですることのできなかった、親子喧嘩というものを見せてあげているんですよ」

彼女たちには本当の家族がいない、だから身近な血縁関係である僕と奴が仲良くしないといけない。この言い分を認めるなら、本当の家族がいない彼女たちの分まで、本当の親子喧嘩をするのだって認めてもらわなければ困る

喧嘩するほど仲が良いというやつだ

「あんた、普段からそんな感じなの。カズヒトより性質が悪いんだけど」

「さぁ、どうでしょうね」

たぶん僕は、一生こんな感じなんだと思う

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