第十七話 人を選ぶ時は無意識に美醜でも選ぶ

「というわけで、国王様、明日には屋敷の方に帰らせていただきます。また御用がございましたら、使いの者を送ってください」

僕たちは翌日のお昼を過ぎた頃に、国王様のもとに向かい、帰る旨を伝えた

ギールは僕の想像以上の権限を持っている研究者らしく、次の日には国王さんやお姫さんを謁見の間に引きずり出し(一応比喩だがその強引さは引きずり出したという表現がしっくりくる)無理やり話をつけた

「むぅ、随分急じゃのう。一週間以上は滞在させる気でいたが、三日で帰られてしまうとは」

「えぇ私も久しぶりに王都に来たので、もう少し国王様のお仕事ぶりを見ていたかったのですが、至極残念です」

「いやカズヒトは最悪転移魔法で無理矢理送り返すつもりだったが、リョウガは娘の話し相手や、技術職の者たちと共に伝道師として働いてもらうつもりだったのだが」

隣で奴が笑顔のまま固まった。ざまぁ

「国王様のご期待に沿えなくて申し訳ありません。ですが、ここで過ごしたほんのわずかな時間はとても充実しているものであり、客人をもてなすという面では、私たちの国を上回るかと思います」

「そうか、そうであるか、ならば召使いや衛兵たちに褒美を取らせなければな」

正直、召使さんや衛兵さんたちに何かをしてもらった記憶はないのだが、別に損をするわけでもないし、適当に持ち上げておこう

それにしても、うーん、なんか

一日経っても慣れないな、やっぱり中年が変な王様ごっこやっているようにしか見えない

さっき言っていた技術職というのは、僕たちの世界の技術を再現しようとしている人たちのことだろう、スーツを作ってもらって、国王さんに来てもらいたい

まぁそれはどうでもいいとして

「ギール、二人に頼むことはそんなに急くことなのか」

「ええ、俺たちが今直面している異空間転移魔法安定化の実現のために、試せる可能性は試しておこうと思っています。もし上手くいけば、理論上は可能である、旅行感覚での異世界間移動が現実のものとなります」

僕たちに二つのメリットがあるとギールは言ったが、一つ目はこのことか。僕たちが安定して、元の世界に戻ることができるというメリット

んで、大方二つ目が、僕たちを屋敷に帰すというメリットだろう

「ひいては、我が国の大きな発展へとつながります。というわけで、この二人のニュースの町に戻る許可、そして彼らに十分な資金を」

「私たちは、拒否権もなしに急遽ここに連れてこられた身。ギールさんの依頼を達成するための活動資金、弾んでくれてもいいと思いますよ、何せ国王様に慰謝料を請求するわけにはいきませんからね。尤も、国王様の良心が痛まないのでしたら、どんな額でも構いませんが。しかし心配しているでしょうな、私の四人の家族、娘たちは。碌に指示や挨拶もできずにここまで来てしまいましたから、きっと寂しがっていますよ、お土産でも用意できればいいのですが」

奴は両手を大きく広げ、まるで舞台役者にでもなったかのように、今回の理不尽さを熱弁した

なんかどこかで見たことある気がするけど、なんだっけ。行動一々が気に障るこの感じ、初めて見た気がしないんだよなぁ

あぁ、そうだ、僕が普段やっていることか。大げさに、相手を煽るように熱弁するのは。はぇ、これってこんなに腹が立つんだ

「えぇい、五月蠅い。わかっておる。活動資金として、多額の金を用意させる、カズヒトとリョウガがこの王都で使う金は、わしが賄う。これで文句ないだろ」

「お言葉ですが国王様、私は一度もあなたに文句を言った覚えはありませんよ。ですが、一国の主らしい、寛大な処置かと思います」

「カズヒトのその顔、憎たらしいこの上ないわい」

「恐れ入ります」

楽しそう、というより愉悦に浸っているような笑みを浮かべていた。また、知りたくもない一面を知ってしまった気分だ

僕は国王様たちに、何度もぺこぺこと頭を下げ、謁見の間を後にした

「それでギールさん、いい加減教えてくれてもいいと思いますよ、あなたの依頼の具体的な内容。私たちはこれから、親子水入らずで、家族へのお土産を買いに行くところなんですから」

アホみたいに広い廊下を歩きながら、機嫌の良い気持ちの悪い声で、僕たちの前を歩くギールに尋ねた。そんなに国王様をいじめて楽しいのかね、それともお金を気にすることなく、買い物ができることが嬉しかったのか、いや、両方か

「僕はお前と買い物なんて真っ平だけど、まぁそうだね。ギールさん、神様を探し出してほしいとは、いったいどういうことなのでしょうか」

まぁこの手の人間が、聞いたことに素直に答えてくれるはずもなく、王宮の端の方にある棟、そこの一室に通されて、やっと説明がはしまった。こういう人たちって、自分が話したいタイミングでしか話さないんだよね、僕もだし奴もそうだ

「どういうこともこういうこともねーよ。文字通り神様を探してほしいだけだ」

大きなソファのような椅子に、深く腰を掛けて、あっけらかんに答えた

「リョウガはどうかは知らんが、カズヒト、お前はこの本を読んだことあるだろ、この国の神話。神様が連れてきた英雄の話……どうかしたのか」

僕たちの反応がおかしかったのか、いったん説明を止め、不思議な顔をした

「…リョウガ」

「わかっているよ、ここでは異常なのは僕たちの方。それに、あんたは知らないだろうけど、僕は実害さえ出なければ、どんな光景を目にしても大抵のことは平気な顔をしていられる」

そこには部屋の隅で、やせ細った5人ほどの人が、蹲って、虚ろな目をしてこっちを見ていた。最初に部屋に入った時、一瞬人形と見間違ったほどに、彼らには生気がない

布を巻いたような服装であり、体中は薄汚れていて、髪もボサボサ

そして、さらにその部屋の奥には、見るからに固いベットに横たわっている一組の少年と少女がいる

もちろん、こんな時間まで寝ている寝坊助さんたちではなく、何か薬のようなものを流し込まれているようだ。時折、苦痛にもがくようにビクビクっと動く

「何訳の分からんことを言っているんだよ。続きを話すぞ」

僕たちが何に衝撃を受けているのか、心底理解できていない様子で、少し苛立ちを含んだ声で急かされた

僕はできる限りそれらを視界に入れないよう、ギールの方だけを注視した

「これは確かに物語の域を出ない、陳腐な代物だ。だが、カズヒトが最初に現れた場所、そして話を聞く限りリョウガが最初に現れた場所、二ヵ所とも『守神の森』らしいじゃねぇか」

「…どこですか、そこ」

「あなたがヒアイさんとヒイロさんに初めて会った、天にも届きそうな大樹があるところですよ」

「はぁ、あの森ってそんな洒落た名前だったんだ」

なんか威厳が合っていいな、日本にもそういう神話に出てきそうな森とかないのかな。まあ僕が知らないだけで、きっとありはするのだろうけど

「あの森が、この神話に出てくる神様の住む森らしいんだよ。偶然にしては出来すぎだと思わねぇか」

まぁ、多少は。だけど前例が二人だけではまだ何ともって言うのが本音だな

極論言ってしまえば、三人目以降、十人ぐらい連続で別の場所に現れる可能性だって否めない

「まだ二人目だし、考えすぎな気もしますけどね。まぁいいでしょう、私とリョウガが現れたあの森には、神様はいきすぎですが、何かがあると私も思いますし。もらえる資金の額にもよりますが、その額がマイナスにならない程度には働きますよ」

「無駄足だと思うけどな」

「おいおいリョウガ、知らねーのか。研究者は無駄足を踏むのが仕事なんだぜ」

無駄足ねぇ

僕は再び、部屋の隅に固まっている人たちに目を向けた

言いたい言葉を何とか飲み込み、適当な笑顔を浮かべた

「別に俺だって、何かしらの成果を求めているわけでもない。ただ人手がなくて、頭を下げれば動くような人員が、調べたい場所の近くにいるからついでに調べてもらおうって話だよ。何かあれば儲けものって話」

ギールが頭を下げているところ、まだ一回も見ていないんだけどな

「まぁいいでしょう、慰謝料をもらうための口実作りと、あの屋敷に帰るための大義名分を作ってくれたお礼です。多少の無駄足は踏んであげましょう」

それで僕が何か損するわけでもない。強いて言うなら、あそこって結構ヤバめの猛獣が住んでいた気がするんだけど、まぁ資金でそれの対策をすれば大丈夫だろう

「んじゃ決定ってことで、こっちでも必要そうなの用意しておくから、お前らも王都の方で、お土産でも今後の準備でもなんでも買って来いよ。幸い、心優しい国王様のおかげで、ここでの支払いは全部あいつが持ってくれるらしいぜ」

「そうですね、では親子水入らずでショッピングでも楽しんできますか」

「絶対やだ」

僕は可能な限り爽やかな笑顔で言い放った

もちろん、というほどではないが、僕の却下はさらに却下され、半ば強引に奴と王都へのショッピングに連行された

何が悲しくて、おっさんと買い物しなくちゃならんのだ。あの屋敷に戻ったら、あの四人のうちだれか適当に誘って、どこかに買い物しに行こう。デートごっこでもしよう

「どうですか、王都に来た感想は」

「異世界というインパクトが強すぎて、あまり王都単体の感想は抱けないな。東京に初めて行った人に、池袋や新宿単体の感想を言えと言われても反応に困る感じ」

「わかるようなわからないような」

ムリして理解しなくてもいい、なんか腹立つから

「まぁあなたの感想はどうでもいいとして、少しお話いいですか」

答えないまま歩く速さを少し上げ、奴を視界に入れないように、前に出た

「ヒアイさんとヒイロさんが孤児だって話、しましたよね」

「聞いたよ、あそこから取ってったんだね。おそらく、売られたっていうハズキちゃんとホシロさんも、あの中からでしょ」

「ええ、当時最も酷い扱いを受けていた四人を買い取りました」

「それで?」

「私は正しいことをしたのかなって思いまして」

奴に背中を向けながら歩調を緩めずに、次の言葉を待った

「今の町に移って以来、ギールさんの研究所には行っていなかったので、どんな現状なのかは知りませんでした。結構くるものがありますね、名前を教えてもらった奴隷の方が、また会えると思っていた方が、いなくなっているのは」

「へぇ、そうなんだ。喪中ってことで年賀状を送らないよう、伝えたほうがいいかな」

「…シリアスのつもりで話したのですが、いざ茶化されると腹立ちますね。まぁ良いですけど」

「寛容なことで僕はうれしいよ」

「微塵もそんなこと思っていませんよね」

「思っていませんよ」

僕が奴の話をどうでもいいと思っていると同時に、やつも僕の反応などどうでもいいと思っているのだろう

自分の話を聞いてもらいたいだけだ。聞いて、懺悔した気分になりたいだけだ

「あの四人は確かにあの時に何とかしなければ、死んでいたかもしれません。いえ、ほぼ間違いなく死んでいました。ですが、彼女たち以外が死んでいいと思ったことは一度もありません。あの人たちが、いなくなって良いわけありません」

「…あっそ」

「わかりますか、私は命の選別をしたのですよ。確かに私は最も酷い扱いを受けていた四人を選んだつもりです、ですがもしかして、無意識のうちに好みで選んでいたのかもしれません、利便性で選んでいたのかもしれません、邪な思いで選んでいたのかもしれません。私は、助けられたかもしれない命を、見捨てたのかもしれません」

「まぁ、ランダムではないにせよ、あそこまで美少女で固まるのは不自然だよな」

作為的なものしか感じない。例えば選ぶ基準が美醜だったとか

だが結局のところ、全員を助けられないなら選ぶしかない。どんな基準にせよ、全滅するのと四人助かるのだったら、四人助かるほうがいいに決まっている

こいつだって、それくらい理解しているはずだ。それでも、言いたくなったのだろう

僕は適当な露店で立ち止まり、そこに並んでいるアクセサリーのようなものを手に取って眺めた。なんか外人がこういう指輪みたいなアクセサリー、よく売っているよな。なんでだろう、その国の特産物なのかな

「すみません、あなたには弱音や愚痴は言わないようにと思っていたのですが、彼女たちにこんな話をするわけにもいきませんし、似た価値観を持つリョウガに一番話しやすかったので、つい」

「作業用BGMとしてはイマイチだったけどね。もう少し上手くまとめてから出直してきなよ」

何か目ぼしいものを探す手を止めず、淡々と返した

あんたが僕に慰めてもらえると思うなよ、僕はあんたを許していないし、なぁなぁで仲良くなるつもりもない。ここ最近、連続で起こった面倒事に対処するために、あんたを利用させてもらったが、それはあくまで利用なだけだ、別に似たような性能のやつがいれば、そいつでもいいのだ

「あなたが私に気を遣って、慰めの言葉を送ってくれるとは思っていませんでしたけど、そこまで言われると、否、言われないと、まぁ思うところはありますね。せめて、どの口がそんなことほざいてんだ、みたいなことを言われると思っていたのですが」

「そんなに何か言ってほしいなら言うけど、聞きたい?」

「そう問われれば聞きたいですね」

「何か」

後ろから頭をはたかれた。なんだか懐かしい感じがした

絶対口にはしないし、こいつを擁護するつもりはないが、年の差や異文化を乗り越えてこいつを好きであろうとする、そんな難しいことを、平然とやってのける彼女たちを作ったのは間違いなくこいつだ

少なくとも

「僕はあんたのことは嫌いだけど、あんたのことを好いている彼女たちのことは好きだよ。顔がよくて、スタイルがよくて、便利なあいつらが」

「近年稀に見る下衆ですね」

あんたの血が流れているからね

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