第十六話 モルモットってハムスターと似ているのに話題に上がらない
「おいおい、俺の顔を見るなりそんな表情するなよ、傷つくぜ。お前と俺の仲じゃねぇか」
「私とあなたの関係を慮れば適切な表情だと思いますよ」
それを聞いたギールと呼ばれた男は、カハハッと愉快そうに笑った
「違いねぇ。俺のこと、まだ許しちゃいなさそうだ」
一緒にきている白髪の貴族さんに、この人は?と視線を向けた
しかし、その視線にいち早く気が付いたのはギールだ
「俺が誰かって顔だな坊主。俺の名はギール、ギール・クレバス。こいつの元同僚で元々飼い主だ」
「誤解を生むような言い方は控えてください。ほら、息子が変な誤解をして距離取ったでしょ」
いや、そりゃ、ねぇ
それに、貴族さんも熱烈な視線でそっちを見ているし。結構息が荒いよこの人
まぁそれはどうでも、よくはないけど、無理やりどうでもいいとして
「同僚ということは、研究者ということですか。初めまして、凌雅と言います。大丈夫です、実害さえ及ばなければ、理解はある方なので。ただ、楽しむのでしたら僕のいないところでお願いします、トラウマになりそうなので」
「カハハハッ、面白れぇなお前の息子、俺もこんなガキが欲しかったぜ。作り方教えてくれや」
「ど、どうも」
なんというか、変な感じがする。本心で褒めているのか、社交辞令で言っているのかは、なんとなく声のトーンなどで分かるが、今の言葉は、社交辞令や皮肉の類ではない、だが褒めているわけでもない。作り方とはどういうことだ。育て方という意味なのだろうけど、どうも違うニュアンスが含まれていそうだ
ギーマは、白髪の貴族さんに席を外すよう頼み、僕のことをニヤニヤしながら、まるで値踏みをするかのように見た。どうやら、この人はそこいらの貴族より位が上らしい
「それが今のモルモットってことかい。どういじったら、こんな面白い性格になるんだよ、神秘だぜ神秘。しかもこいつ相当頭も切れるな、よかったら俺に譲ってくれよ」
「ギールさん」
ニコニコしているが、その声は底冷えしそうなほど低く、怒気を含んでいる声だ。モルモット云々は気になるが、こいつがそんな声を出すこと自体に胆を抜かれた
「おぉ怖い怖い。そりゃそうか、自分の息子をモルモットなんて呼ばれちゃ、そっちの世界だと怒るようなことなんだよな」
対して、それを飄々と受け流すギールは肩を竦める
「おや、何を言ってらっしゃるのでしょう、私は別段怒ってなどいませんよ。研究者以外の人間を実験台としか見ていない、相変わらずの、非人道的な研究精神で安心しただけです」
あぁ、話がだんだん読めてきたな
異世界に来たばかりの頃、こいつはこのギールという研究者に実験台にされ、大方、知識や技術と引き換えに、実験台から解放してもらい、研究員になったってことか
「おいおい、非人道的だなんて酷いことを言うねぇ、泣けてくるぜ。俺は正当な対価を払って、身寄りのないガキや奴隷どもを買って実験をしているんだぜ、しかも養ってやっているんだ、感謝こそされ批判される覚えはねぇな」
「そうですねぇ、まさしく聖人君主、私の世界の神は色々いますが、きっとこの世界の神はあなたなのでしょうね、よっ世界一」
過剰に持ち上げて煽っているが、向こうは特別気にした様子はない
ギールのやっている実験とやらはわからないが、こいつがこんな風に言うということは、まぁそれほどのことなのだろう
しかし、きっとこの世界で憤りのような感情を抱いているのは、僕とこいつだけだ。ここの世界では、それが当たり前なのだから
「ギールさん、でしたっけ。わざわざ父のためにご足労いただき、ありがとうございます。研究者ともなれば、大変お忙しい身の上なのでしょう、私たち小物如きと世間話などしていてよいのでしょうか」
「あぁ、そうだったな、そうだったそうだった。俺はお前に頼みがあったんだ」
何か言いそうなタイミングで、無理やりかぶせたため、少し苛立ったのが見え隠れする。やっぱイラつくよね、被せられると
僕の方を一瞥したので、適当に笑って手を振った
「私に頼みですか、なんでしょう」
「悪いんだけどよぉ、お前んとこのモルモット一匹譲ってくんねぇか。どうも最近忙しくて、実験と私生活の両立が難しくて困ってんだ。確かお前のところに便利なのが四匹もいたよな、しかも最近一匹、息子が一人増えたんだろ、だったら譲ってくれても罰は当たらねぇんじゃねーの」
「謹んで遠慮いたします。それにもう彼女たちはモルモットではありません、私の大事な家族です」
「そんなようなこと言って、俺の研究所からあいつら持ち出したよな、お前。せっかくもらった国王様からの褒美を全部払って、物好きだよなぁ。大丈夫、金は払うし、家族ごっこがしたいなら、俺のモルモットの中から、お前が好きそうなの一匹やるよ」
「結構です。あなただって、健康体の方とやつれている方でしたら、健康体の方を選ぶでしょ。見えている地雷を踏むほど、私はチャレンジャーではありませんよ。どうせあなたのことです、必要最低限の調整しか行っていないのでしょう。そんな方と、私の育てた超健康体の四人と交換なんて、こちらが損害を被るだけですよ」
ここで、人間を本心で物扱いしているギールに感情論や説教を垂れないあたり、よくわかってらっしゃる。こういう人と話をするには、利益と損害の話が一番有効だ
まぁこいつにとっても、大切な家族を嘘でもそんな風に言うのは、大分抵抗があるらしいな。頬を引き攣らせて、無理やり笑顔を作っている
「そこを何とかよぉ。あ、そうだ、だったらそいつくれよ、お前の息子。二人目の異世界人なんて、研究し甲斐のあるサンプルじゃねーか」
名案を見つけたと言わんばかりに声を上げた
子を売る親がいる以上、子は親の持ち物、そういう考え方が浸透しているのは、当たり前といえば当たり前か
ただ、僕も甘く見られたものだ。僕を所有していいのは、ボンッキュッボンッのちゃんねーだけだ
僕は、あと少しで鼻先と鼻先が当たるくらい、グッとギールに顔を近づけた
「えっえっ、僕をあなた様の研究に役立ててくれるのですか。何ということでしょう私みたいな小物をこの国最高峰の研究者のあなた様の研究所に招いてくれるなんて、感謝感激雨あられ、みぞれが降って嵐になるようですよ。まぁそんな言葉はないのですが、感謝していることが伝わればうれしいです、あれ、もしかして伝わっていない感じですか、伝わっていない系男子ですか、男子というお年ではありませんね、失敬失敬。しかし、これはいけませんね、どんな時でも感謝の心を忘れないのが僕の国のモットー、いわば国民性のようなものなので。ありがとうございます、蟻が十匹でありがとうございます、そういえばこの国に蟻っていませんよね、季節的にはいてもおかしくないのですが。まぁ地を這う昆虫をいちいち見ているど僕も暇ではないので仕方ないですね。おっと一人称が僕や私とバラバラになっているのは気にしないでください、あまり自身のことを私というのは慣れていない身なので、しかしあなた様を前にしている以上僕という一人称は失礼にあたることでしょう、ここからは頑張って私という言葉を使いこなしていきたい所存であります。まぁ所存なんで、また乱れたら優しく、乱れているよって言ってくださいね。人は間違いを指摘したがる生き物ですから、別段難しいことではないでしょう、特に研究者であるあなた様からしてみれば、間違いを指摘するのはきっと、息を吐くよりも簡単でしょうし、嘘をつくよりも当たり前のことでしょう、是非是非ご教授のほどをよろしくお願いします。そして二人称も、いつまでもあなた様という仰々しい呼び方ですとお疲れになるでしょう、ギール様とお呼びしたほうがいいでしょうか、それともギールさんと普通に呼びましょうか、ギール先生と呼ぶのもお洒落ですよね、ギール大先生やドクターギールもなかなか、あぁいやいやドクターは医者でしたね。まぁ私のような無知な人間からしてみれば、研究者も医者も大して変わらないようにお見えますけどね、ブラックジャックとドクターキリコみたいなものですね。ちなみに私はドクターキリコの考えは、嫌いじゃありませんよ。欲を言えばもっと、ブラックジャックと共闘するシーンが見たかったですね、私敵が仲間になる展開が大好きなもので」
はっきりと聞きやすい声で、淀みなく言えたのは自分でもすごいと思う。まぁ考えてしゃべってないから、嚙みさえしなければいけるのかな
何にしても、そういう声は得てして大きいものだ。そして、この至近距離
ギールは何度も何度も僕を止めようとしたが、老いていく研究者の腕力や声と、育ち盛りの高校生の腕力や声だったら、どう考えても後者に軍配が上がる。僕は妨害をものともせずに、喋り切ったのである
「ギールさん、要りますか、私の息子」
「……遠慮しておこう」
くたびれた表情は、見ていて愉快だな
露骨に笑いをこらえながら
「それは残念ですね。残念至極ですねぇ。いやはや、これ以上の残念はないでしょうなぁ、ああ残念残念」
相手を煽るように言った
「うわぁ、こいつ腹立つな」
「自慢の息子ですので」
しかし、僕を要らないとなると
「まぁいいや、じゃあさっき言ったように四匹の中から選ばせてもらうか。そうだ、魔法使える貴重なサンプルがいたよな、そいつでいいや」
「何で私が誰かしらを提供することが前提なんですか。何回も同じこと言わせないでくださいよ、誰一人として渡すつもりはありませんよ。彼女たちに、もう二度とあんな目に合ってほしくありません」
「あんな目って、別に変な事してねぇだろ。普通に薬を投与してその経過を見たり、人工的に魔法が生み出せないかの実験をしたり、取り立てて変なことはしてないだろ」
「その普通なことの結果、何人の人が壊れたと思っているんですか」
「はぁ?俺は別に人を壊した覚えはねぇよ。確かに実験は成功よりも失敗の方が多い、魔法についての実験は未だに成功してないしな。だけど、俺のような正義の研究者が、人体実験なんて真似するわけねーだろ。モルモットしか使ってねぇよ」
ここまで価値観が違っている人間同士の会話は、見ていて笑えてくるな
確かに、人権のない奴隷や孤児のことを、人と定義しなければ人体実験はしていないと言い張れる。屁理屈ですらない
「やはりあなたとは相容れませんね」
「だが、モルモットに同情しているのお前と、世のため国のため日夜研究している俺、世間はどっちを応援するかな」
「そりゃ、今はギールさんですけど、近いうちこいつになりますよ」
気が付いたら、僕は口を挟んでいた。別段、こいつがどこの誰に言い負かされてもどうでもいいし、会って日の浅い彼女たちがどうなろうと、心底どうでもいい。どうぞ好きなだけ実験台にでも性奴隷にでもしてください。あれ、性奴隷じゃなくて普通の奴隷か、綺麗な女の子を奴隷にしたいって、てっきりそう言うことなのかと思っちゃったよ
「以前どこからか伺ったのですが、今は私たちの世界を繋ぐ、異空間転移魔法の研究などで、異世界との交流や貿易が視野に入っているそうですね」
「まぁ視野に入っているかは微妙なところだ。実際、まだ問題はいくつかある」
「ですが、あくまでいくつか、程度なのでしょ。決して手の届かない場所ではない」
「何が言いたい」
「いえいえ、そんな大層なことを言いたいわけではありませんよ。ただ、こいつの考え方は私たちの世界では、至極真っ当な考え方でしてね。平凡と言っても過言ではありませんよ」
逆に言うと、そう言いかけたところで、僕の意図が通じたのか、自嘲気味に笑いながら言葉をつづけた
「このまま交流したら、異端視されるのは俺の方って訳かい」
「さぁどうでしょう。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。少なくとも、私の国では奴隷だろうと孤児だろうと、生物学上人間に区分される生物に対しての実験は人体実験扱いされますね。因みに私たちの国では、人体模型なるものを使って、体の中を教えたりしますよ」
「つまんねー国に住んでんな。だがよ、そっちの国の発展を聞く限り、お前らの国だって、カズヒト曰く非人道的な実験だってしてきたんじゃねぇのかよ」
「つまんないのは否定しませんよ。ですが、過去に非人道的な研究や実験はたくさんしてきたし、そのおかげで発展できた、だけど、これからは野蛮だし可哀そうだから禁止ね。当たり前の顔してそんなことを言う国なんですよ、僕たちの暮らしていた国は」
「そりゃ、都合のいい国だな」
僕もそれに同意するかのように、フフッと小さく笑った
実際、人権などをガン無視しているこの国と、色々と都合のいい我が国、どちらがマシかと問われれば、議論は分かれるだろう
それはともかく、僕は彼の考えに同意しつつも不敵に笑い、これ以上不毛な争いを続けますか?私は構いませんよ、と嘲るように笑った
勿論ギールも、僕がひたすら論点をずらし続け、会話そのものを不毛にしているのは察しているだろう
「カハッ、良い息子じゃねーかカズヒト、俺も早く結婚したくなったぜ。一匹モルモットを提供する件、出来の良い息子に免じて今回は諦めてやろう。代わりと言っちゃあれだが、一つ頼まれろや」
「代わりに頼みごとって、リョウガに免じて諦めてくれるんじゃないのですか、全然諦めてないじゃないですか」
「固いこと言うなや。それにこの依頼はお前たちにもメリットがあるんだぜ、しかも二つも」
内容聞くまでは何ともだが、メリットとなると聞かないわけにもいかない
「この話、知っているよな」
そう言ってギールはポケットから、とある物語が書かれた紙を僕たちに見せた
そこには、僕が古本屋で買った童話のとある個所が記されていた
「お前たちには、神様を探し出してほしい」
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