第十五話 偉い人って意外と気さく
「お初にお目にかかります。私の名前は榊凌雅と言います。ご存知の通り、ここにいる榊和仁の息子です。国王様にお姫様ですね、お噂はかねがね聞いております、噂に違わぬ国王様の威厳溢れる佇まい、お姫様のまるで花のように美しいお姿。この榊凌雅、真に感服いたしました」
我ながら、よくもまぁこんだけ中身のない適当なことをぺらぺらと喋れるものだ
目の前にいる、煌びやかに装飾された二人の人間を前に、自嘲的な笑みが浮かびそうになり、あわてて作り笑いで誤魔化した
僕をここまで連れてきた白髪の貴族さん曰く、国王とお姫様らしい
正直、光り輝くものを身につけているおっさんと女子学生にしか見えない。なんというか、滑稽だ、痛々しいという感想すら抱いてしまう。てか、お姫様の方はまだいいとして、国王様の方はなんかもう、見ていて辛い。お姫様には、もう少しでお姫様なんて呼ばれるような年じゃなくなることに、早く気が付いてほしい
なんか僕のストーリーって進むの早くないかな
たくさんの騎士たちが僕にサインを求めにやってきたあの後、拒否権のないまま馬車に乗せられ、この王宮まで連れていかれた
やはり車や電車での移動に慣れていたぶん、馬車での移動は腰にくる
屋敷を出たときには、すでに日が傾き始めるころであり、慣れない乗り物での移動のため休憩を沢山挟んでもらったので、ここに着いたのは翌日のお昼過ぎだ
「はぁやっぱ馬車は不便だね。車だったらもうちょっと早いだろうし、電車だったら昨日のうちに着けたんだろうね」
「その意見には同意しますが、散々休憩を要求して、挙句の果てには、宿で二度寝して二時間近く大勢の人を待たせた人の口からは聞きたくなかったですね」
まぁそんなおっちょこちょいエピソードは置いておこう。最近僕が万能ではないにせよ、余裕ぶっている強キャラ感が出てきているから、少し愛嬌があったほうがいいだろう
王都に着いたら、そのまま王宮に案内された
綺麗な白いレンガのようなもので構成された、大きな王宮は、まさしく童話に出てくるお城のイメージとピッタリであり、思わず懐にしまってあった携帯電話のカメラで何枚か撮ってしまった
「写真で見ると、どこぞの夢の国のお城みたいで、なんか新鮮味がないな」
正直な感想を呟いた後は、いったん客間のような部屋に通され、少し経った後謁見の間に通された
「やれやれ、勝手に呼び出しておいて待たせるなんて何様だろうね」
「王様とお姫様ですよ」
そうだったな
「てか今更だけど、なんであんた着いて来てんの。御呼ばれしたのは僕だけなんだけど」
「まぁここの人たちとは知らない仲ではないですからね。久しぶりに顔を見るのも悪く無いかと」
そういえば白髪の女の人、貴族らしいけど、その人とも親しげに喋ってたな。馬車の中で僕の相手をして、大分疲弊しているけど
そんなことを考えながら、謁見の間の扉は、ギギィーと雰囲気のある音を出して開かれた
そして最初の言葉に戻るのだが、それにしても国王さんやお姫さん以外にも、装飾品はどれも華やかで、ここにいるだけで目が痛くなってくるな
恐らくは、自分の力を見せつけるための一環なのだろうけど、もう少し何とかならんもんだったのか。金ぴかのシャンデリアなんて、地震でもあったら危ないだろうに
「お前がカズヒトの息子、二人目の異世界人か」
「はい、異世界から来ました。何分こちらに来たばかりなので、失礼な点があるかと思いますが、どうかご容赦ください」
さてと、どうしたものかな
僕としては、ここで国王様に気に入られて、何不自由なく、奴がいない生活を楽しむのも吝かではないが、向こうは僕のことを実験のサンプルか、面白いことを話してくれる若者程度にしか思っていないんだろうな
「率直に聞きたい、お前たちの国と比べて、この国はどう思う」
「どう、とは」
「わしは自分の国に、わしがこの手で治めている国に誇りと自信を持っている、しかしカズヒトが来てからその二つは見事に崩れた。わしらの常識を軽々と超越し、先進国であるこのアトムの威厳を、地に落としてくれた。我が国の力では、カズヒトから伝え聞いたことの半分も実現できない」
「それは、息子の私が代わってお詫びを申し上げます」
「別に詫びろと言っているわけではない、わしは今一度、別のものの視点で、これから相手をする国を知っておきたいのだ」
これから相手ねぇ、本当に率直に言っていいなら、相手にならないと思うんだよなぁ。良くて平等な条約を交わしつつ、資源を貪る。悪くて植民地ってところかな
まぁ日本がそこまで好戦的とは思えないけど、ことは異世界という地球全体を巻き込む問題だ、当然どことは言わないが、好戦的な国の方々だって混ざりたがるだろう
「ついでに、あまり外に出ることのできない我が娘のシャロンに、面白い話を聞かせてやってくれ」
国王の隣に座っているお姫様の方に目を向けると、恥ずかしそうに目を逸らした。あの子がシャロンちゃんか
「聞けば年も近いそうじゃないか」
ってことは、十代か。見た感じ年下に見えるから、前半ってところかな
さてと、どうしたものかなぁ
ここまで連れてこられた以上、何も話さずに帰る、なんて展開はまずはないだろうし、だからと言って、ここでべらべら喋って、あれ教えてくれこれ教えてくれあれ試させてくれこれ試させてくれ、なんて展開になったらかなり面倒だ
正直、もう帰って寝たい
もちろん、そんな本能に従って生活できればどれだけ楽かと思うが、従うわけにもいかない、人間とは考える葦なのだ
まずはいったん状況を整理をしよう。ここに初めて来たとき森の中でやったように、今回の僕の勝利条件と敗北条件を考えよう
今回の僕の勝利条件は、この王様だのお姫様だのに角を立てずに、無難にやり過ごし、ここで快適で優雅な生活を送ること。もしくは、適当に話して程々に満足してもらい、明日はこの王都を観光でもして、ヒアイやハズキちゃんたちがいるあの屋敷に、お土産でも持って無事に戻ること、大穴として、日本に戻ることができるかどうか聞きだし、戻れるようであれば戻してもらうこと
奴曰く、僕がここにいるのは異空間転移魔法が原因らしい、そしてその魔法は多大な準備がいる、それと同時に、ハズキちゃん曰く、この国は異世界との貿易や交流を視野に入れている。ならば、進み具合によっては僕が日本に帰る展開だって、十分に考えられるはずだ
翻って、今回の僕の敗北条件は、ここにいる国王様、つまり一番偉い人に嫌われること、これは最悪だ。極論、いくら僕が二人目の異世界人だとしても、国王様がその価値を知ったうえで処分することを命じたら、僕を守ってくれるものはいない、絶対条件だ。二つ目としては、僕が快適に生活できないこと。どんな要因であれ、不快感を持ったままや気が重いまま生活などしたくない
こんなところかな
「私の世界、私の国如きのことでよろしいのでしたら、存分にお話いたしましょう」
僕はできる限りの営業スマイルで、マジシャンが観客に向かってやるように、深々と頭を下げた。そしてゆったりと口を開いた
ここでいくら反発しても仕方ない、ここでの出来事の決定権はすべて国王様の手の中だ。今はペットの如く従い、自分の価値をアピールしなくては、国王様に取り入らなければ
だが話の主導権、どういうタイミングで何を話すかは僕が左右させてもらおう
当り障りのない話から始まり、奴から仕入れていないであろうここ最近の話、国の政治についての話、女の子が興味を持ちそうなおいしい食べ物の話
手当たり次第ではないが、相手の顔色、反応を伺いつつ、小出しにしたりたくさん話したり、詳しくは分からないと白を切ったり適当にはぐらかしたり、時折その場にいる人たち、主に国王様とお姫様だが、その人たちに意見を聞いたり質問を受け付けたり
彼らの興味を誘導した
具体的には、技術や軍事、政治や経済と言った僕から詳しく説明できな話題に、興味を持っていただいた
個人で興味のあることは詳しくは聞けない、だけどそれ以外のことはそこそこ知っている重要な情報源、なんというか微妙な奴、それが僕の望む向こうからの認識だ。国王様とお姫様には、大分もどかしい思いをしてもらうことになるが、まぁ僕の知ったことではない
僕が話し始めて二時間半行くか行かないかの頃
「とまぁ、そんな感じで詳しくは分からないですが、地球という星、どころか空のはるか上まで人々はメッセージを伝えあうことができるようになったのです、条件さえ揃っていれば誰でも。ふぅ、大分僕如きの国について話しすぎましたね、私見や偏見が大分混じっていますが、参考になりましたか?もしなれたのであれば、この上ない幸せにございます」
「…うむぅ、なんとも信じられない世界だな。カズヒトから聞いた世界もなかなかだが、リョウガの世界はすごいを通り越して、もはや法螺を疑いたくなる」
まぁ冷静に考えてそうだよね
現代社会の生活に慣れちゃっている僕からしてみると、当たり前のことだが、冷静に考えてスマートフォンの機能は異常だし、精密な動きで空を飛ぶ機械のドローンは、宛らライト兄弟を嘲笑っているようだし、ボタン一つでほしいものが届く通販は、まるで王様にでもなったかのような気分になる
なんか指を鳴らして物とか取って来させそうな人だもんな、目の前にいる国王さんは
「シャロン、お前は何か感想はないのか。質問でもいいぞ」
そう促されるとお姫様は、少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに取り繕って立ち上がり
「はいお父様。リョウガ様の話はとても興味深く、非常に聞きごたえがありました。本日は急にお呼びたてしてしまい申し訳ありません、そして急なお呼び立てにも拘らずここまでご足労していただき、誠にありがとうございました。また機会があれば、是非お話の続きをお願いします」
と、小さく頭を下げた
「喜んで。次はもっと面白い話を携えてきますよ」
姫様に倣い、頭を下げた
僕も大分、飾りつけのような、上辺だけの適当な言葉を吐いてきたけど、この子のは筋金入りだな。まるで録音された声を聴かされたみたいだ
恐らく内心、帰れって思っているんだろうな
「これこれ、何を勝手に帰らそうとしている。わしはまだ聞きたいことは山ほどあるぞ」
山ほどかぁ、比喩なんだろうけど、そんな比喩が出てくるあたり、億劫だなぁ
内心どう思っているかはともかく、完全に帰る雰囲気だったしもういいじゃん。なんか校長先生の話で、最後になりますが、と言ったのに、五分くらいしゃべり続け、さらに別の内容にシフトした気分だ
あぁ、この国王様、滑稽に見えたと思ったら、僕の学校の校長先生に似ているのか
そんなどうでもいいこと考えている僕に、助け舟を出したのは、隣で僕が喋っているのを、適当な相槌を打って聞いていた奴だった
「国王様、申し訳ありませんが流石に凌雅も疲れてきているので、今日のところはこの辺で。国王様もご自身のお仕事に注力なさってください、溜まってらっしゃるのでしょ、お仕事」
どこか確信があるかのような聞き方だ。国王様のほうも、図星をつかれたようで苦い顔をする
僕が見落としていただけど、どこかにそれを伺えるヒントでもあったのかな
「ぐぬぅ、おぬしはまことわしの腹の中を見透かしてくるの、おぬしを側近にした時を思い出したわい」
「私ごとき小物を覚えていただいて、恐縮ですね」
「ぬかせ、どの口がほざく」
何があったんだろう
苦い顔をさらに苦々しく歪めるが、隣でそれを見ている奴はどこか楽しそうだ。人を怒らせて喜ぶなんて、なんて趣味の悪い。その楽しさはわかるけど
「フンッ、息子のほうは素直で礼儀正しいというのに、リョウガは母親似か」
素直で礼儀正しいって初めて他人から言われたな
「これはこれは、私は無礼でありましたか。誠に申し訳ありません、よろしければご無礼な点を教えていただけませんか」
「それは…」
「言葉遣いでしょうか、立ち振る舞いでしょうか。国王様という大きな視点を持つ方の意見、ぜひ参考にさせていただきます」
楽しそうだな、こいつ。なんで最高権力者をいじめるのに、生き生きしてんだよ
こいつに限って大丈夫だとは思うが、やはり国王をいじっているのを隣で見ている身としては、気が気でない
しかし、僕の心配とは裏腹に周りの空気はどこか和やかだ、僕たちを案内した貴族さんは呆れたようにため息をつき、部屋中に等間隔で配置されている近衛兵たちはみんな楽しそうに笑っている
ここに来るのは久しぶりみたいなこと言っていたし、前はよくあることだったのかな
「えぇいもういい、二人とも下がれ」
「国王様のご命令ならば致し方ありませんね、心残りはありますが、ここは静々と下がりましょう。また御用がございましたら、私の家へ使いの者を寄越してくださいね」
肩を竦めて、大仰にそう言った。さりげなく帰る旨も伝えて
「いや、あの、ホントすいません」
ここに着いてからは、飾りつけみたいな上っ面だけの言葉しか吐いていなかったが、退出する前に僕の本心の一部を口にした。超レアな僕の本心が聞けたんだ、今日はこれで勘弁してもらいたい
つかつかと先に進むやつを追いかけ、再び客間のような場所で待たされた
「いやぁ国王様ではありませんが、七年でだいぶ変わったんですね日本、驚きですよ」
「とてもそんな風には見えないんだけど。てか、もしかしてああするためにわざわざついてきたの」
僕に助け舟を出したり、帰れるように話を持っていくために
「ああ?何を指しているのかはわかりませんが、私は別段あなたを手助けするために来たわけじゃありませんよ」
「あっそ、まぁ別にどうでもいいけど。それよりも、これはもう帰っていいの?連れてくるときはバカみたいに大袈裟だったけど、帰る時は雑だね」
「すんなり進めばいいんですけど」
まるで、このまますんなり進まない、面倒事が起きることを確信しているようだ
そして、こいつの確信は現実になる
今回の件で、ずっと案内役に徹している白髪の貴族さんが、僕たちを次の場所へ案内するために、客間に戻ってきた。一人の男を連れて
「よぉ、カズヒト。こっち戻ってきたら、まず俺に挨拶をするのが礼儀ってやつじゃねぇのか」
その男は奴よりも少し若いが、蓄えられた髭、猫背気味の背中、少しやせた頬、老獪、という言葉が似合う風貌をしていた
「ギールさんですか、お久しぶりです」
こいつにしては珍しく、苦手な奴に会った、そんな表情が露骨に表れた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます