第十四話 三人寄れば文殊の知恵だが、それが女だと姦しくなるのはどうかと思う
「あちゃぁ、手遅れだったか」
僕とあいつが連れていかれた後の屋敷に、お菓子屋さんの女性店主、ビロードさんが息を切らして駆け込んできた
突然連れていかれた僕たちと入れ替わるように突然不法侵入してきたビロードさんに、全員少し戸惑ったが、そこに不法侵入を咎めるものはいない
代わりに
「ビロードさん、これはいったいどういうことですか。どうしてカズヒトさんとリョウガさんが、連れていかれたのですか」
言葉遣いこそ丁寧だが、ハズキちゃんは今にもつかみかかりそうなほどの勢いで尋ねた。他の三人も、それを止めないあたり似たような気持ちなのだろう
「落ち着きなさい、あんたが焦ってもあいつらは戻ってこないよ」
「……ッ」
言葉に詰まったが、湧き出てくる感情が抑えきれないのだろう、なおもにらみ続けている。もはや八つ当たりに近い
「説明、してくれませんかぁ。このタイミングで来たってことはぁ、何か知っているんですよねぇ」
「ええ、そのつもりで来たからね」
ここで僕だったら、少し揶揄ってから説明を始めるところだが、ビロードさんは何の面白みもなく始めた。まぁそれが普通なんだけどね
「あたしが元王宮で働いていたのは知っているよね、そこでカズヒトと交流してたのも」
「はい、あの頃は私とお姉ちゃんは王宮で、カズヒトさんの研究の手伝いをしていましたから」
「菓子職人なんてやっていると、いろんなところに振舞うことが多いから、自慢じゃないけどコネクションは多いのよ」
そのうちの一本があいつにつながっているわけね
彼女たちにとっては、それは既知のことなのか目で、早く本題に入れと訴えている。だがビロードさんはそれを意に介さず、身振り手振りも付け加えて説明を続けた
「色々あって、お偉いさん方のご機嫌取りしながらの仕事に飽きてきたころ、カズヒトの提案で店を出してみたんだけど、これが性に合ってね、この町であの店を開き、のんびりと過ごして今に至るんだけど、コネクション自体は生きているわけ。この前もそれを頼りに、カズヒトはうちの店に来たんだよ」
「私のカズヒトさんに色目を使ったときか」
「ヒアイのものではないですけどね」
「あいつは誰のものでもないよ、強いて言うならここではリョウガのものかな」
四人とも黙ったまま頷く。一人くらい反論してほしかったのだが。いらないよ?あんな中年
「あの時カズヒトは私にこう頼んだの『リョウガのことを隠すのを手伝ってほしい』てね」
「隠すって、どういうこと」
「リョウガ自身がどこまで自覚があるのかは疑問だけど、あいつの今の価値はかなり高い。知識、技術、文化、そして身体」
「私とヒアイがリョウガさんと喧嘩をしたとき、自分の希少価値は国から守ってもらえるレベルだ、と言っていました。だけどそれはカズヒトさんも同じ条件のはずです、異世界については何年も研究しているのですよ、今更連れていく必要なんて」
「あんたたち喧嘩したのね。まぁカズヒトみたいに好き嫌いの差が激しそうだからな、リョウガは」
余計なお世話だ。心当たりは結構あるけど
「カズヒトとリョウガの違うところを挙げると、年齢、顔や身体といった記号的なもの。思考の差異、価値観と言った内面的なもの。魔法の才能や特技といった特殊なもの」
指を一本ずつ立てていき、四本目を力強く主張した
「そして一番大事なところ、二人目であること」
「二人目、異世界から来た人がってことですよねぇ、一人目のカズヒトさんじゃなくて二人目のリョウガさんですかぁ」
「どんな実験だって、サンプルは複数必要になるからね。例えばカズヒトの時に示した反応が、異世界人特有のものなのか、それともカズヒト個人のものなのか、それを調べるために、同じ異世界人のリョウガを使うのは至極当然でしょ」
どこだかで聞いたことがあるな、科学とは同じ条件下であれば、誰が実験したって同じ結果になることである
「つまりリョウガさんは、実験のサンプルとして連れていかれたってことですか。あんな辛い実験三昧の日々を、この世界と関係のないリョウガさんが受けるということですか」
もし人権意識さえ中世ヨーロッパ止まりであるならば、あまり歓迎できない実験の数々だろう。奴隷や身売りが公認されている時点でお察しだが
ハズキちゃんが、ビロードさんの胸ぐらを掴んだ。こういうことはヒアイだと思っていたが。そのヒアイは、ハズキちゃんの反応を、仕方のないものとして見ている。実は一番手が速いのはハズキちゃんなのかな、いやでも、僕ヒアイさんに色々荒っぽい手を使われたけどな(僕が原因なんだけどね)
「私に怒らないでよ、これでもいろいろ手を尽くしたんだよ。頼まれたその日のうちにコネクションを使って、王宮の話の分かるやつに連絡を入れて動向を伺ったら、もうすでに、異世界人の情報が王宮に渡っていて、研究所の人間たちが動き出した後だったなんて。まさかやって来て一週間も経たないうちに、あんな有名になるなんて」
「有名?」
「知らないの?貴族相手に大騒ぎを起こして撃退したって、しかも話しかければ冗談を交えて楽しくおしゃべり、揉め事が起これば口八丁手八丁で仲裁もする。そして様々なところで自分が異世界人であることのアピール。今この場で、最も異世界について詳しいあんたたちに聞くんだけど、異世界人ってみんなリョウガやカズヒトみたいなやつらなの」
僕自身、そんなに有名になったつもりはないのだけど。まぁ日本の一地方の町ほどの大きさだが、人と人の関わりが活発なこの町だ、ちょっとした騒ぎや変わった奴なんかは、簡単に知れ渡る
むしろ、僕はそれを利用して、自分が住みやすいように色々と手や口を出したのだが、まさか裏目に出るとは
「わ、私のせいだ、私とヒアイがリョウガさんと喧嘩をしたせいで」
ハズキちゃんが青い顔をして、小刻みに震える
いつまでも隠し通せることでもないし、町を住みよくするためには、遅かれ早かれビロードさん曰く有名人になっていたけど、確かにここまで早いのは二人と喧嘩したせいでもあるな。まぁだからと言って責めるつもりはないけど、僕も少しは悪いしね
ハズキちゃんの反応が予想外だったのか、ビロードさんは少しおろおろしながら、彼女の肩に手を置いた
「ねぇハズキ、あんたの出自、というよりここにいる経緯は知っているけど、気にしすぎるものじゃないよ。大体、あたしの予想が間違っているって可能性もあるだろ、それにカズヒトも一緒について行ったんなら、そうそう滅多なことは起こらないだろ」
「そうですよぉハズキちゃん、カズヒトさんがついているんですよー、それにカズヒトさん並みに策略家のリョウガさんですよー、案外明日の夜くらいには帰ってきて、一緒に夕飯を食べるかもしれませんよぉ」
明らかに慰めだと分かるその言葉には、ハズキちゃんを励ます力はなかった
「カズヒトさんとリョウガだったら」
ヒアイが呟いた
「あの二人だったら、目的を果たすために策を練るはず。リョウガはまだわからないけど、カズヒトさんは一介の研究対象から屋敷持ちにまでなった男、きっと今頃馬車の中で早く私たちに会うために、帰る方法を考えているはず。私は、私の惚れた男の人の力を信じる、私の惚れた男の血筋を信じる」
動揺しているハズキちゃんが、顔を上げてヒアイを見つめた
「こんな早く王宮に呼ばれたのは確かに私たちのせいだけど、あのいつもへらへら笑っているリョウガが、それを恨むと思っているの。あの用心深くて計画的なカズヒトさんが、自分の息子を守るための策が一つだけだとでも思っているの。あんたが惚れた、私たちが惚れた男とその息子が、そんな小さいやつらだとでも思っているの」
「そんなこと、ありません。私が大好きで愛している男のカズヒトさんと、私が好きで愛したい男のリョウガさんは、頭がよくて勘がよくて優しくてお人好しで賢くて策略家で狡猾で捻くれ者で、何より自分勝手で自己中心的で、私たちを守るという自分勝手を振り回す人たちです」
ハズキちゃんは何度も顔を拭い、声を張り上げた
ヒアイなりの叱咤激励、できれば生で見たかったが、僕は今馬車に揺られている最中だから、この作者の目線からしか見れなくて残念だ
「フフッ、お姉ちゃんもハズキさんも、ホシロさんも私も、厄介な人を好きになりましたね。しかもかなりの歳の差で既婚者」
「アハハー良いんじゃないかなぁ、私は恋人でも愛人でも異世界人でもいいよぉ。私は大好きな人と一緒にいられるなら、何人にでもなるよぉ」
「既婚者でも良いってのは流石に如何なものかと思うけど、あんたらが元気になってよかったよ。私もさすがに責任感じちゃうからね、ずっと元気ないままだと」
「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません。もう大丈夫です、あの時とは違います」
普段の凛々しい顔つきで、丁寧に頭を下げた
「さっきまで動揺していたやつとは思えない綺麗なお辞儀だね、接客業として見習いたいよ」
「動揺は、今でもしています。ただそれ以上に信じているだけです」
「ま、良いんじゃない、若いうちはそうやって心配して動揺して、心をかき乱されて、信頼して信じて、心を落ち着かせる、そんなのの繰り返しなんだしさ」
ぶっきらぼうに、だけど優しさが見え隠れする、母親を連想させるような声だった。いつかはビロードさんとゆっくり話がしてみたいよ
「いやぁ貫禄がある方が言うと、重さが違いますな」
「ほざくなガキ。あたしゃまだそんな歳じゃない…ハズ」
ヒアイを鋭い眼光で見抜き、怒気が含まれながらも、少しの焦りが見え隠れする声だった。同一人物の声とは思えない
その後全員が顔を見合わせて、アハハハと、女性特有の暖かい笑い声が、その屋敷を覆った
「さて、私も説明し終えたし、あんたたちも元気になったところで、あたしは一旦帰るよ」
「一旦ですかぁ」
「カズヒトから頼まれていてね、もしあたしがしくじった場合は四人のことを頼むって。だから、私なりに責任を果たそうってわけ」
別にビロードさんはしくじったわけでもないと思うのだが、結果として僕とあいつが連れていかれたので、多少思うところもあったのだろう
「あの二人が戻ってくるまでこの屋敷で厄介になろうと思ってね。四人とはいえ、みんな碌に酒を飲める年じゃないでしょ、あれ、ホシロは飲めるんだっけ。まぁどっちでもいいや、大人であるあたしがカズヒトの代わりにあんたたちを守ってやるよ」
任せなさい、という意思表示のためなのか胸を力強くたたいた。その弾みでおっぱいが揺れた、確かに大人ですな
「その心遣いはありがたいのですが、お店の方は大丈夫なのですか。私たちだって子供じゃありません、ご迷惑をかけるわけにはいきませんよ」
「さっきまで青い顔をしていた召使いちゃんはどこの誰かな。どうせ今日はもう店には誰も来ないし、一日や二日休んだって罰は当たらないでしょ。それでも迷惑をかけたくないって言うんだったら、こういうことにしてくれない?」
ウインクするように片目を閉じ、人差し指を口に近づけた
「一人で暮らすのが寂しくなったから、偶には誰かと一緒に過ごしてみたいのよ。これ、カズヒトには内緒な」
悪戯っぽく、童心に帰ったような笑顔を浮かべた
「なんだか新鮮ですね、女だけで過ごすのは」
「そうだねぇ、じゃあ今日はカズヒトさんがいるときには話せない、ガールズトークをしましょー、みんなでお菓子を食べながらカズヒトさんのことを好きになった時の話をしましょー」
あいつ限定なのな
ヒイロとホシロがキャッキャと盛り上がりながら、ビロードさんを歓迎した
「子ども扱いされている気分なんだけど」
「それにビロードさんにカズヒトさんの代わりが務まるとは思えませんね」
ヒアイとハズキちゃんは、辛辣な言葉を口にしながらも、頬がほころんでいる。やはり気になる異性がいる空間というのは、嬉しい半面、気を遣って疲れるものなのかな
「ですが、ビロードさんの部屋はどうしましょう。今から部屋の準備をする時間もありませんし」
「適当なところでいいよ。そうだ、カズヒトの使っているベットがあるだろ、そこなら準備の時間は最低限で済むし」
「「「「それはダメです」」」」
全員の声が重なり、力強い否定となった
いやあのさ、いくら好きな人のベットとはいえ、中年のおっさんが使っているベットだよ、それを若い女性が使うのって、どちらかというと罰ゲームの類だと思うんだけど
それが新たな問題の火種となり、揉めに揉めた後、結局ビロードさんが使うのは、僕のベットということで落ち着いた
なんか釈然としないなぁ
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