第十三話 怒った理由は、冷静になるとしょうもなく思える

「いやぁお二人とも、僕の呼び出しに応じてくれてありがとうね。来なかったらどうしようかと思ったよ」

場所は初めて全員と対面した研究所のような一室

初対面時同様、座っているハズキちゃんとヒアイの前に立ち、爽やかな笑顔で、白々しくお礼を告げた

「カズヒトさんからの呼び出しですし、応じないわけにもいきません」

「カズヒトさんを動かしておいて白々しい」

ふむ、ちゃんと呼んでくれるか不安があったが、よかったよかった。二人の言う通り、あいつを動かせば来るとは思っていたけれど、あいつが呼んでくれるかは一抹の不安はあったからなぁ

僕のために来たわけではないことを主張しながら、僕に目を合わせようともしない

二人とも、僕の方をチラッと見てはプイッと分かりやすく逸らす。これは怒っている人の反応ではないだろう

予想通りだ

僕が二人と仲直りをするために設定した時間は、揉め事が起こった二日後のお昼過ぎである

彼女たちの過去のことを今回の僕の言動で刺激したこと、俗に言う地雷を踏んだことは、素直に認めよう。まともに謝っても取り合ってくれないしね

しかし、怒ることと地雷を踏むことは、似ているようで結構違う。しかも今回のように、爆発源が過去の、僕の知らないこととなると僕の策は効果的だろう

まぁ仰々しく策とか言っているが、要するに、二人に冷静になってもらったのだ。二日使って

そりゃ僕に100%非がある場合は、いくら待ったって怒りは緩和されない、どころかもっと面倒になる

だけど今回は違う、彼女たちは心のどこかで僕の対して、あの時は言い過ぎたな、無視はちょっと酷かったかな、と思っているはずだ

二日の間にそう見て取れる場面は何度かあった。初日は僕に怒りや敵意すら向けていたが、次の日にはちょっとぎこちなくなり、今日の朝には、二人から妙に視線を向けられ、振り向くと大げさに逸らされ、また向けられるを繰り返された

「アハハ、あいつを動かすのは骨だったけどね。時間があいたことは本当に申し訳ないよ、本当はその場で土下座してでも二人に謝りたかったんだけど、拒絶されるのが怖くて…ね、情けない話だよ」

力なく笑う。頬の動かし方に気を遣うが、臆病に笑う少年、をうまく演じれている自信はある

「本当にあの時は申し訳なかった」

勢いよく、深々と頭を下げる。それこそ、土下座でもしそうな勢いである

「ま、まぁ私たちも、あの時は確かに冷静じゃなかったし、言いすぎたしやりすぎたところはあったからね」

「いや、僕が全面的に悪いよ。あの時は心配してくれた二人に対して無神経すぎたし、配慮が足りなかったよ。言い訳じみたことを言わせてもらうけど、僕ってあまり心配とかされたことないからさ、どう反応したらいいのかよくわからなくて、心配かけまいと説明したんだけど」

「大丈夫です、わかってます、あなたに悪気がないことは。ただし、もう二度とあんな危ないことをしないで下さいね」

「それから、二度と自分を貶めるようなことしないでよ。私たちはまだリョウガのことを大事に思えるほど親しくなっていないけど、カズヒトさんはあんたのこと大事に思っているんだし、その気持ちを裏切るような真似はしないでよ」

「約束はできないけど、善処するよ」

ミッションコンプリート

僕は心の中でガッツポーズを作り、安堵の表情を作る。少し頬を緩ませて、小さく笑うのがポイントだ

ふぅ、と一息ついて椅子に座った

何かの本で、大体の問題は時間が解決してくれる、なんてフレーズがあったけど、あながち間違いでもなさそうだな

ヒイロちゃんから聞いた話は、もし取り付く島もないって感じになっていた時の保険だったけど、使わないで済みそうだ。これはこれで泣かせ損になっちゃったな

僕と一緒に出て行くつもりなのか、彼女たちも座っている椅子から立ち上がらない

「…さて、ここからは素面で話しましょうか。リョウガさん」

表情が凍った

「一昨日あんな腹案を持っていろいろ動いていた人が、ノープランで謝り倒す、なんて行動に出るとはとても思えないでしょ。仲を改善するための作戦みたいなものは絶対に用意してくると思ってた」

動揺を隠すために、大きく咳払いをする。咳払いなんてしている時点で動揺を隠せていないのだが、下手に無表情よりも幾分かマシだろう

「…何のことか、よくわからないな。仲直りにあれこれと策をめぐらすのは、流石に相手に失礼だよ。僕だって策をめぐらすときとそうじゃない時くらい弁える」

「大丈夫ですよリョウガさん。いくらリョウガさんが策を用いたところで、私たちのあなたを許す、もっと言えば仲直りするという気持ちに変わりはありません」

「そうそう、心配しないでぶっちゃけちゃいなよ。あんたは私たちと一人ずつ話していって、私たちの内面を探っていたんでしょ。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているってね。私たちだって、人となりを見る力はそこそこあるつもり」

「見させていただいた結果、無策で動くような方じゃない、ということが分かりました」

僕は作っていた表情を崩した

「いやぁ、バレちゃってたか。なかなか上手くいかないもんだな、結構ポーカーフェイスには自信があるんだよ」

まぁ彼女たちが見抜いた根拠は顔ではないのだが

要するに二人とも、僕のことを全く信頼していなかったってことだ。そりゃそうだ、出会って一週間も経っていない異性だ。しかもヒイロちゃんから聞いていたヒアイの過去から察するに、人間不信になってもおかしくない人生だし

座りながら体勢を崩し、だらーんと手足を伸ばす

「フフ、そちらの人を小馬鹿にしたような感じの方がなんだか安心しますね」

「あぁわかる、なんかカズヒトさんみたいでいいよね」

「それはちょっと心外だな、僕はこう見えて母親似なんだよ」

見てよ、このキュートな眼差し

さて、冗談は置いといて

「二人とも僕が演技だと分かっていたのに、黙ってみていたの。不安を抱く少年、結構上手くできたんだけど、内心笑っていたのか。悪趣味だな」

「仲直りに演技や策を用いる人に悪趣味とか言われたくないんだけど」

「先ほど、相手に失礼だのなんだの言っていましたが、清々しいまでの開き直りですね」

よく言われるよ。清々しい、爽やかな好青年だって

「因みに、どんな策で仲直りするつもりだったの」

「別に策ってほどじゃないよ、今回は僕は特に何もやっていない。強いて言うなら、何もやらないって言うのが今回の策かな」

「何もやらない、ですか」

「あいつから色々聞いてね、今回の件って僕に落ち度はあるけど、100%僕が悪いって訳でもないでしょ。だったら、下手に関わるよりしおらしく過ごして、頭を冷やしてもらおうかなって。冷静になってもらえれば話もしやすいし」

「要するに、私たちに罪悪感を抱かせる策、ということですか」

ハズキちゃんが苦笑しながら正解を言った

「まんまと私たちはリョウガさんの掌の上だったのですね」

「でも見抜いたいたんでしょ、だったら失敗の部類だな。次は僕が何かしら考えながら動いている、ということが分かっていることを前提に考えるよ」

「ややこしいな」

ヒアイとハズキちゃんは笑い、僕もつられて笑った。これは演技ではない

肩の重荷が下せたみたいだ

「そういえば、昨日は食事の時以外家にはいませんでしたが、それも策の下準備ということですか。極力顔を合わせないようにして、もっと言えば、顔を合わせることができないほど意識している、と私たちに感じさせるための」

「まぁそれもあるんだけど、一人で街を歩いてみたくてね。昨日歩いただけでも、大分参考になるよ」

「カズヒトさんが心配してたよ、リョウガはどこだってね。大体心配云々が原因で揉めたんだし、学習しなさいよ」

「いやぁ、特に質問もされなかったし、報告しなくていいかなぁって思って」

心配か、そりゃするか。自称僕の父親だし、生物学上でも僕の父親だからな

謝罪はしないが、次からは少しくらい報告しないとな。あと金ももらわないと

ポテトチップス作りたいし

「そういえばリョウガってお金持ってないんだよね」

「持ってないことは無い、使えないだけだ」

人を貧乏人みたいに言うのはやめろ

「私に言ってくださればよかったのに。お金の管理は私が主体でやらせてもらっているので」

いや仲直りしたのついさっきでしょ

ハズキちゃんが天然なのか素あのかわからない発言を聞きながら、仲直りできたことに深い安堵を覚える、言うまでもなく先ほどの演技以上のだ。お金、大事

「でも女の人にお金をせびるのは、なんか絵面がなぁ」

「ヒモ、ですね」

「その最近習いましたドヤァみたいな表情やめてくれる、偏った現代日本の知識を晒さないでくれる」

そう見えるのが嫌だから渋ったんだよ

「そういえば、ニートとヒモの違いって私よくわからないんだよね。両方ともクズってことじゃないの」

それは僕のことを遠回しにクズって言っているのか。なに、まだ実は怒っているの

「一応定義としては、働かず勉強もしないやつらをニート、女の人に養われているのがヒモって感じかな。僕も詳しくは知らないけど」

「お知り合いの方に、ニートかヒモの方はいらっしゃらないのですか」

「何そのすごい日本語、そうそういるもんじゃないよ」

社会問題としてちょっと取り上げられる程度だよ。あのアホ中年は、もっとまともなことを教えりゃいいのに

僕の話に、「ほえー」とホシロさんみたいな反応を示しているヒアイさんを見る

あぁ、そっか

あいつがそういう話、平和な社会問題みたいな話ばかりするのって、彼女たちに平和な世界を教えてあげたいのかもしれないな

勿論この世界が平和じゃないわけではない、だけどニートやヒモなどと言った(ヒモはちょっと違うか)贅沢な問題が生まれるほどではないだろう。子を売る親だっているしね

豊かだからこそ、働かないで暮らすことができる

そんな国と交流を目指している、貿易を目指している、それは彼女たちにとって、ある種の希望なのかもしれない

「…いや、考えすぎかな」

「どうかしたの」

「ん?、あぁ昨日一昨日とあまり見えなかったけど、二人とも美人だなぁって思ってね」

「そっちの国では、考え中に話しかけられるととりあえず容姿を褒めるの?」

あいつも似たようなことやったのか、真似しないでほしいものだ

「だけど悪い気はしないでしょ」

「嘘だと分かるような褒め方は腹立つだけ。せめて具体的に言われれば、嘘だとしても多少はうれしいけど」

具体的にかぁ。いざ言えと言われると難しい、美人って美人だから美人なんじゃないの

「おい、言葉を詰まらせるな」

「目元とか凛々しいよね、ハズキちゃんは、かっこいい美人って感じ。ヒアイは…えっと、なんかいい感じだよね」

何とかひねり出した僕の誉め言葉がそ気に入らなかったのか、僕の頬をガシッとつかんだ

純粋な握力だが、かなり痛い。まるで頬から顔を握りつぶされそうだ

「良い感じって何?褒めるところがないならそう言えばいいじゃん、心配かけるなとは言うけど、下手に気を遣われるのも腹立つのよ」

理不尽な。僕に言論の自由はないのか。もう十分自由にしているけど

「落ち着きなさいヒアイ、リョウガさんも何か弁明があるみたいだし、手を出すのはそれを聞いてからにしなさい」

手を出すこと自体は止めないのね

ハズキちゃんの助けにより口を解放された僕は、頬をさすりながら弁明を口にする

「例えばさ、綺麗な夕日を具体的に説明しろって言われたら答えに困るでしょ。人は本当にきれいなものや美しいものには、言葉を失うものなんだよ」

「…余計にバカにされているように感じるんだけど。例えが大きすぎて、小馬鹿にされている気しかしないんだけど」

まぁしてないといえば嘘になるからね

「でも、ヒアイもハズキちゃんも、もちろんホシロさんもヒイロちゃんも、普通に綺麗な顔立ちしているよね。これであいつさえいなければ、この屋敷すごい良い匂いしそうなものなのに」

ヒアイが若干僕から距離を取り、ハズキちゃんは引き攣った笑みを浮かべた

「リョウガさんは、カズヒトさんのことを悪く言いますが、実はそこまで嫌っていないのですね」

「はぁ?なんで」

「いえ、よく引き合い、というより口に出されるので、いうほど悪しからず思っているのかと」

僕は露骨に嫌そうな顔をした

彼女たちに地雷があるように、僕にだって地雷がある。絶対に譲れない一線だって

だけど言葉に出ない。胸に嫌悪感だけが残る

あぁ、彼女たちは一昨日こんな感じだったのか

僕がまとまっていない反論を口にしようとしたところ、部屋の扉が勢いよく開けられた

「よかった、まだいたのですね」

「……」

入ってきたのは、件の奴だった。いいおっさんがドアをそんな風に開けるなよ

「どうかしたのですか、お父さんの顔をそんなにまじまじと。楽しい思い出でも思いだしましたか」

珍しく焦っているようだったが、軽口は変わらない。血相を変えててんやわんやしていてくれれば可愛げがあるのだが。いや、可愛げのある中年も嫌だな

「カズヒトさんどうしたの、そんなに急いで」

「何かまずいことでもおこりましたか」

二人の表情は、焦っているあいつを見て驚いている感じだ。確かに改めて考えてみると、僕の記憶の中にも焦っているあいつの記憶はない

「少々まずいことが起こりました。仲直りの途中霞んだ後かはわかりませんが、リョウガ、来てもらえますか。というより来てください」

僕が返答する前に腕を力強くつかまれ、強引に引っ張られた

「仲直りできたようで良かったですよ」

走りながら話しかけられた。意外と体力あるのな

「オカゲサマデ」

「アハハ嫌そうに言いますね。ですがこれから会う相手に対しては気をつけてくださいね」

「はぁ、誰に会うってんだよ」

答えを聞く前に僕たちの足は止まった。その相手がいるらしい玄関に着いたからだ

「えっと、どちらが僕の会う人」

そこにはズラァっという表現が似合う綺麗な列が二つ、鎧を着ている人たちが並んでいる。僕のイメージ通り西洋の騎士、綺麗な銀色の鉄の鎧だ

腰には剣が下げられ、顔つきは屈強そのものだ。テレビや漫画などでよく描かれているため、格好自体は見慣れているが、迫力は段違い、森で獣に襲われたとき並みに嫌な汗が出る

「もしかして僕のサイン会の列かな。ボールペンしかないけどいいかな」

「これを見てそんな軽口が叩けるあなたに、成長を感じればいいのでしょうか、それとも呆れればいいのでしょうか」

列の手前に立っていた、隊長らしき男が僕を目で捉えると、その場で勢いよく跪き、他の騎士たちも一斉に跪く

僕の中に潜むカリスマ性に恐怖したのかとも思ったが、どうやら違うようだ。跪く騎士たちの道の真ん中を、綺麗な白い髪の美女が歩いてくる

「貴様が新しく異世界から来た男か」

鋭い声がその場に響いた

違います、とつい答えてしまいそうになったけど、そんな冗談を言って揶揄える相手でもないのは分かる

僕の沈黙を肯定と受け取ったのか、そのまま大きな声で

「国王の命により、貴様には城まで来てもらおう」

「おなかが痛いので明日にしてもらえませんか」

流石にそんな嘘は通らなかった






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