第十二話 人の思い出話は大体自慢話かトラウマ
「…てなことがあったから、何とかしてくれ」
「要するに喧嘩したからから、仲直りするの手伝ってということですか。てっきり、私はあなたに避けられているかと思ってましたよ」
「そうも言ってられないからね」
町探検を終え、屋敷に戻ってきたのはお昼を過ぎたあたりだ
戻ってくるなり、僕はあいつの部屋を訪れた
古本屋の前で起きた一件以来、あの二人とはまともに会話していない
古本屋の店員に会計を済ました後、急いで二人を追いかけたが、その対応は、会話をする意思はありません、と言わんばかりだ。僕のことなど認識していないかのようである
そんな状態での僕に対する町の案内は、興味のない本を淡々と読み上げているように聞こえた。無視してくれた方が幾分かマシだった
これがこれからの生活で続くと思うと、なんか、もう、だるいし気が重いし胃も痛くなってくる
極力寄り付きたくないと思っていたが、つまらない意地と快適な生活だったら、僕は意地なんてどぶ川に投げ捨てるのも厭わない
「ヒアイとハズキちゃんに嫌われたっぽいから、助けてくれよカズヒトさん」
適当な椅子に深く寄りかかり、力を抜いて懇願した
「あなたにそう呼ばれたくありませんね、そんなんだから嫌われるんですよ」
ぐうの音も出ない、こともないが、何が原因で嫌われているのかわからないため、真摯に受け取っておこう
「僕って何か悪いことしたのかね」
「悪いことはしてませんよ、ただ配慮が足りなかっただけですよ」
「そんなことは無いでしょ、ちゃんと上流貴族とやらに絡まれている三人の盾になるように立ち振る舞ったし、結構ヘイトを稼いで、最後には僕に意識が向くようになったし。僕のたてた予想通りに、面倒な騒ぎにはなってない」
「ヘイトを稼ぐ?嫌われるってことですか、当たり前ですが七年もあれば言葉も変わりますね」
話の腰を折るな
「あんたが覚えているか知らないけど、僕はゲームが好きだし得意、だからそれなりに周りを配慮する力はあるつもりでいる」
「だけど嫌われた」
今度こそ本当に何も言い返せなかった
ああ、その通りだ、僕は結局二人の怒りに触れた、いやあの感じは怒りに触れたというより、地雷を踏んだ感じに近い。地雷ってちょっとした発言や行動がスイッチになっているから、僕視点、勝手に不機嫌になっているようにしか見えないんだよな、だからこその地雷だけど
尤も、本当に配慮できる人間ならば、地雷をあらかじめ察して、踏まないように気をつけるものだ、僕もまだまだ未熟なり
「まぁ何が原因かわからないにせよ、一応形だけでも謝っておきたい。だからあんたに、二人に謝る場のセッティングをしてもらいたいんだよね」
僕が言っても冷たくあしらわれるが、こいつなら僕が呼び出したことを悟っても、そう無碍にはしないだろう
「あ、あと、二人まとめてぱっぱとやりたいから、同時に謝れる場が良いな」
「凌雅、それ本気で言っているのですか」
それ?それってどれだ、二人まとめてのところ?
「あなたはそんな適当な態度で人に謝罪しようとしているのですか」
「適当って、一応これでも大真面目だよ。真面目にこれからの生活のために仲を改善したい。僕とあんただったらともかく、若者三人の関係がギスギスしているのは、あんただって好ましくはないだろ」
大きなため息を一つついて、僕の前に椅子を置いて腰を掛けた。なんでこの部屋、一人用なのに椅子が二つもあるのだろう
「せめて、何が原因なのか、どこが原因なのか理解したうえで謝罪しなさい。でないと、余計に相手を怒らせるだけですよ」
「そういうもんかな」
突然、父親のような振る舞いをしてきたのは少々イラッと来たが、快適な生活のためだ、我慢我慢
しかし、僕の意地も苛立ちも、こうも簡単に抑えられてしまうあたり、自分が思っている以上に理性的な人間なのかもしれないな、僕という人間は。まぁそれはそうとして
「私はその現場に居合わせていないので、ヒイロさんとホシロさんを呼びましょう。三人で話し合って、原因を探ってください、場を整えるのはそれからです」
やれやれ、できればこいつから有益な情報をいただいて、手っ取り早く仲の改善をしたかったのだが、上手くいかないものだ
案外昔みたいに、僕の考えを悟って遠回りさせたのかもしれないな。気を回されているみたいで胸糞悪い
「ですがここまで来た可愛い息子のために、親として多少は手伝ってあげましょう。部屋で待っていてください、ヒイロさんとホシロさんを連れて向かいますから」
「それはありがたい。協力者として感謝するよ」
最後に嫌味で返したが、やはりというかなんというか、嬉しそうに笑うだけであまり堪えていない。チッ、なんだか負けた気分になるな
そんな妙な敗北感を胸に抱きながら、自分の部屋で待機していると
「リョウガ君、入るよぉ」
「失礼します」
「いらっしゃい二人とも…」
「どうかしましたか凌雅」
「いや、あんたも来るのかって思ってね」
「嫌そうですね。パーソナルスペースに私が入るのは嫌ですか」
「そりゃね」
「フフフ、それは思春期の若者が持つ、親を自分の部屋に入れたくないという心理ですね。つまり、親と認めていただけたわけですか」
ほざいてろ
極力奴を視界に入れないよう、来てもらった二人をエスコートする
「ホシロさんとヒイロちゃんは適当なところに…」
座って、と言い終わる前にホシロさんはベットにダイブしている。なんか既視感を覚えるな
「ヒイロちゃんもこっちおいでぇ、このベット気持ちいよぉ」
「し、失礼します」
僕とホシロさんを何度も見比べた後、僕に申し訳なさそうにしながらベットに座った
「では私も失礼して」
「お前はやめろ、加齢臭が移る。床が空いてるぞ」
「え、嘘、加齢臭なんてしますか?くさいですか」
そう言って、ホシロさんとヒイロちゃんの鼻の近くに、自分の腕を出してにおいを嗅がせた
「すんすん、独特のにおいでー、なんだか安心するにおいー」
「落ち着きます」
二人の感想をもらって、勝ち誇っている。うぜぇ
「そんなことしている場合じゃなくて、僕とヒアイとハズキちゃんの仲を改善するために集まってくれたんだろ」
「まだごめんなさいしてなかったんですかぁ」
いやホシロさん、あなた僕があの二人に悉く無視されているの見てたでしょ。何度もごめんなさいしたが、相手にしてくれなかったじゃん
「ごめんなさいって言うのは簡単ですよぉ、でもちゃんとごめんなさいするのは難しいんだよぉ」
「カズヒトさんから伺いました。あの時、お姉ちゃんとハズキさんがあなたに対して怒った理由を探るんですよね。ホシロさんの言う、ちゃんとしたごめんなさいのために」
なんだか、手早く済まそうとしていたことを怒られている気分になるな。別にいいじゃん、僕は結果重視の効率厨なんだよ
まぁ口が裂けても、わざわざ僕のために集まってくれている二人には言えないけど
言わないだけで、効率と結果を求めないとは言っていない
奴から手を回してもらったり、有益な情報を得たりするのが一番早かったのだが、次に早く解決できそうなプランで行くか
「早速質問なんだけどさ、あの二人って貴族とか金持ちと因縁でもあるの」
次に早いプラン、踏んだ地雷の中身を確認する。つまりは彼女たちの過去、トラウマにあたる部分を聞き出し、そこから対処法を探る作戦
「…どうしてそう思うんですか」
ヒイロちゃんの言葉に詰まった表情、無理に絞り出したような声、その反応がもうほとんど正解みたいなものだ
「なんとなくね。昨日みんなから聞いた話と、今回の一件を混ぜると一本のストーリーができたから、それの答え合わせがしたくて」
ホシロさんの表情からは特にわからないが、ヒイロちゃんは結構顔にでる。不安そうに、壁に凭れかかっている奴の方を見た
「いつかは話すつもりでいましたから、別段構いませんよ。ヒアイさんとハズキさんには私から謝っておきます」
どうやらGOサインが出たみたいだ
「えっと、昨日の話って何をどこまで聞いたんですか」
「君たち姉妹が元孤児で、ホシロさんとハズキちゃんが売られたってことは聞いたよ」
「…自分ではもう吹っ切れたつもりでいたけど、改めて言われると来るものがあるねぇ」
枕に顔をうずめているホシロさんが弱々しく言葉を発した
「だからあなたは配慮が足りないんですよ」
うるさい
僕のベットで横になっていたヒイロちゃんは、起き上がり、真剣な面持ちで僕の正面に立った
「リョウガさんの言う通り、私とお姉ちゃんは一時期孤児、孤児っていうより、ホームレスって言ったほうがいいのでしょうか、そんな明日もわからないような生活を送っていました」
まぁ孤児が珍しくないなら、逆に孤児院なんてないのか。国にだって保護しきれないだろうに
それにここは人権の設備が日本ほどしっかりしていない世界、生産性のない孤児たちより、税金をしっかり納めている裕福な家庭を援助するのは当然のこと。日本に生まれて良かった
「もちろん私たちにも両親はいましたが、私がまだ小さいころに死んでしまいました。小さいながらもそのときのことはよく覚えています、母は貴族に無理矢理手籠めにされ自殺し、父はその貴族たちに怒りをぶつけ、捕まり処刑されました」
ヒイロちゃんの声は震えていた。怒りなのか憎しみなのかはわからない
なんか、思った以上に胃にずっしり来る話だな。天ぷらと唐揚げを同時に食べたみたいな感じだ
「自殺した母は我慢することのできない我儘な人だったのでしょうか、弱い人だったのでしょうか。怒り狂った父は愚かだったのでしょうか、悪人だったのでしょうか。私たちの両親は、恥ずべき人たちだったのでしょうか」
ポロポロと涙がこぼれている
喋っていくうちにそのときのことを思い出していき、我慢できなくなったのだろう。当初の目的も忘れ、切実に質問してくる
「お、落ち着いてヒイロちゃん」
正面から両肩をつかみ、戻って来てもらおうと何回か揺すった
それが功を奏したのか、我に返り何度も何度も袖で目元を拭いながら、僕に涙を見せないようにしている
「ヒイロさん。こっちに来てください」
「ひぐっ、えっぐ…カズヒトさぁん」
甘えるような声で、奴の胸に抱き着いた
ヒイロちゃんの頭を優しく抱きしめ、何度も耳元で「大丈夫です、大丈夫ですよ」と囁いている。まるで、怯えて泣きわめく子供をあやす親のようだ
しかしまぁ一人分聞いてこれか、まぁ姉妹だからワンセットだが、それでもあと二人分か。二番目に早いプランだと思っていたがミスったな、これは先は長そうだ
僕は未だベットで横になっているホシロさんに近づいた
「もしかして、ヒイロちゃんの地雷も踏み抜いちゃったかな」
「踏み抜いちゃったねぇ、見えている地雷を踏むなんて器用だよねー。今日はここまでだねぇ」
そう言って起き上がり、奴に抱きしめられているヒイロちゃんのもとに向かった
よしよしと、優しく頭を撫でている。ヒイロちゃんはヒアイ以外のことを姉と呼びたくない、みたいなことを言っていたが、呼ばないだけでヒイロちゃんの姉は三人もいるらしい
「辛いこと思いださせてごめん」
「…いえ、私の方も急に泣き出して、すいません」
「だけど、言い方は悪いけど参考になったよ。この件が終わったら、何かお礼をしたいから、考えておいて」
何度も目を拭いながら、ヒイロちゃんはホシロさんに連れられて僕の部屋から出ていった
部屋には、昨日のように僕と奴だけが残っている
「どうですか、自分の利益のために女の子を泣かせた気分は」
「その言い方には語弊があるな」
「どこでしょう、私から見たら彼女のトラウマを覗いて、問題解決という利を得ようとしている風にしか見えませんでしたが」
「あくまで参考になっただけだから、成功して初めて理になる。もし失敗したらヒイロちゃんを泣かせ損になるだけだよ。そもそもGOサイン出したのお前だろ、お前も同罪だろ」
男二人、淡白な会話だ。声も感情も
「あの二人を帰したということは、何らかの解決策は思いついたのでしょう。教えていただいてもいいですか」
「知ったような口をきくなや」
「ですが彼女たちをよく知る私があなたの策を聞くことにより、成功率を上げることができますよ」
「どういう風の吹き回しだ、僕に楽させないんじゃないのかよ」
「確かに先ほどのあなたの考えは、私という彼女たちにとって強く反抗できない仲介者を使い、無理やりなぁなぁで解決しようという案でした。ですが、ヒイロちゃんの話を聞いた上で何かしら別の案は思いついたのですよね、なら構いませんよ」
仲直りの方法のことを案とか策とか言っている時点で、どうなんだろうとは思うけどね
それに、話を聞いた以上は案を出すのは当たり前、みたいな言い方もなんだか癪に障る。まぁこいつに再開して癪に触らなかったことなんてないんだけど
「安心しろ、話はしないけど成功率は結構高いと思うから」
そう言って、僕も部屋から出て行った
いやまぁ、特に部屋から出る理由はないんだけど。てか勢いで出た手前、戻りにくいな
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