第十一話 人を怒らせるのも才能の一つ

「ヤダー、誰このイケメン、私の好みなんですけど。三人の知り合い?紹介してして」

内股のままで、体をくねくねさせながら、できる限り頑張って女性声を出した

ナンパ男どころか、ヒアイは軽蔑するような目で、ハズキちゃんは呆然とした目で、ホシロさんは吹き出すのを堪えるように僕を見た。一周回って心地いい

「いやーん、本を見るのに夢中になってたら、みんなこんな男にナンパされているんだもん、ぷんぷん、私も混ぜてよ」

「えーと、この気持ち悪いのが君たちの待ち人」

「ハーイ、りょうこでーす」

「ブフッ」

ホシロさんがついにこらえきれなくなり吹き出した

「あ、あの、リョウガさん、何をなさっているのですか」

「なんか女の子にご飯奢ってくれるみたいだったから、一応女って設定で行った方が良いかなって思って、僕もご飯奢ってもらいたいし。大丈夫任せて、根拠はないけどきっと女性の真似は上手いから」

「いや、あの、すいません、そういうの求めてないので」

ヒアイからガチのトーンで窘められた

「あっそ、じゃあやめる」

内股だった足を戻し、ナンパしているチャラい貴族、略してチャラ族と向かい合う。ここでさりげなく、体を三人とチャラ族の間に入れるのが、紳士としての嗜みだろう

「意外かもしれないけど僕男なんだ、騙してごめんね」

「いや、騙されてねーけど」

僕の登場がよほど不快だったのか、不機嫌な顔を隠そうともせずに、僕の姿を観察している。この舐めまわすような視線が、さっきまで三人を捉えていたかと思うと、ゾッとする

「お前、見ない格好しているな。どこの田舎の民族だよ、お上りさんか」

分かりやすく見下してきたな、あぁ予想通りだからいいけど。何はともあれ、興味を持っていただけて良かった

「一応、東の方って言った方が良いのかな。一部では極東なんて呼ばれ方もしている。一応は日出国なんて呼ばれてたんだよ」

「はぁ、訳わかんねーな」

「わからないのを人のせいにしている人間は一生愚者のままだよ、わからないことを調べる人間が天才となる、ていう有名な言葉を知らないのかい」

「知らねーよ」

「奇遇だね、僕も知らないんだ。僕が今さっきふと思いついた言葉だからね。いやぁ違う人間なのに、一つでも共通点があるなんて、僕たちいい友達になれそうだね」

身振り手振りを交えて、最後には握手をするように手を差し出した

バシンッ、と差し出した手を弾かれ、とうとう胸ぐらをつかまれてしまった。これじゃあチャラ男というより、ヤンキーだな。今時ヤンキーなんて聞かないけど

穏やかな雰囲気じゃないことを察した後ろの三人が、いつでも動き出せるように体を構えているのがちらっと見えた。別に気にしなくていいよ、それよりも脇に本を抱えたまま胸ぐら掴まれるっていうのは、なかなか厳しいところがあるから、僕の脇から本を抜き取ってほしいんだけど

君たちに届け、僕の思い

「テメー、名前言えよ」

「人に名前を尋ねるときは自分から名乗るっていうのが僕の国での風習でね、一応なけなしの愛国心を抱いている僕としては、名前を尋ねられたら名乗られるのを待たせてもらうよ」

「俺が聞いてんだぞ、すぐ答えろ」

「キャーこわーい、怖くて何もしゃべれなーい、足もがくがく、体もブルブル。キャーキャーキャァー」

大げさに頭をゆする。もはや絡まれているのではなく、一種の劇にも見えてきそうだ

その証拠に通行人が、何事何事、と立ち止まって僕たちを見ている

ここまで予定通りだ、あともうひと押し。そう思うと笑みが零れる

おそらくそれを挑発と捉えたのだろう、ギリッと歯ぎしりのような音がする、奴さんはよほど腹に据えかねているようだ。そういえば、僕の挑発って高確率で成功するんだよな、なんでだろ、ムカつく顔でもしているのかな

「あぁあぁなんてことだろう。ここまで恐怖心を植え付けられるなんて、神は私という迷える子羊を見捨ててしまったのであろうか。いや、きっとこれは試練、神が私に与えた大いなる試練なのさぁ」

碌に歌劇を見たことがないからわからないが、それをイメージした大声と、妙なリズム

道を歩いている人々は続々と僕たちの周りに集まってくる。さらにその人ごみが人を呼ぶ。どこの世界でも野次馬はいるもんだ

「クスクス」「なんだあいつら」「貴族の坊ちゃんとそれに絡まれているのは見ない顔だな」「あの騒いでいるのか」「変な人だね」「へんなひとへんなひと」「シッ見ちゃいけません」

ハズキちゃんとヒアイは、できつつある人ごみを見ながらおろおろして、ホシロさんは察したのだろうか、構えた態勢を解き、にこにこと笑っている

周りも盛り上がってきたところだし、もう一息ってところだ

「あぁ、あぁ、ああ神よ、私はこの試練に決してくじけません。絶対に乗り越えて見せましょう、私の持ちうるすべて、身命を賭して、この苦難を乗り越えて見せましょうぞ」

両手を大きく上にあげ、高らかに宣言する形になった

そしてそんな仰々しい宣言と同時に、バサバサッと抱えていた本が落ちた

そしてその一冊が僕の足に直撃して「あイタッ」と、すっとんきょんな声が漏れた

今の僕はシュール通り越して、ただの間抜けである

周りからの嘲笑、失笑、苦笑が耳に心地いい

だが周りからの嘲笑を受けるのは僕だけではない。あくまでこの人ごみは、僕とチャラ族を中心となっている、つまり笑われるのは、チャラ族も一緒である

人に笑われるという経験が乏しいのか、悔しそうに顔を赤くして周りを睨む

「さぁさぁ仕切り直しだ、僕と対等、好敵手である君の力を見せてもらおう」

「チッ」

露骨な舌打ちをして、僕の胸ぐらから手を放し、乱暴な手つきで人ごみをかき分けていった

少し場がどよめいたが、何とかチャラ族に快くお引き取りしてもらえることができたよ。さて、締めは日本風にしようか

「あ、これにて一件落着」

歌舞伎の見得のようなポーズを決めた

周りの人ごみは、様々な笑いを浮かべながらパラパラと減っていき、最終的にはヒアイとハズキちゃんとホシロさん、そしていつの間にか人ごみに紛れていたヒイロちゃんだけが残った

「何が一件落着だ、ボケぇ」

「ガハッ」

ヒアイのドロップキックを背中から受け、綺麗に吹っ飛ばされる

「あんた何考えているの、バカなのアホなの。相手は貴族なんだよ、下手したらあんた処刑されるでしょ、されないにしても五体満足で戻ってこれないかもしれないよ。しかもあんな大人数の前で恥ずかしい、これからあんたこの町で笑いものになるよ」

「今回は申し訳ありませんが擁護できません、ヒアイの言う通りです。あのままあの人が帰らなければ、もしかしたらリョウガさんは今頃牢に入れられてたかもしれせん、理不尽な暴力を受けていたかもしれません。私たちを助けてくれたのはありがとうございます、ですがそんなことのためにご自身を危険にさらすのはやめてください」

二人の目には、少しキラキラと光っている。まるで水が日光を反射したかのように

だけど勘違いしないでほしい

「別に僕は身を危険にさらしたつもりはないんだけどな」

「そう思っているのはあんただけよ、あんたが相手したあいつは貴族、しかも結構上流のやつよ。言葉一つであんたの首なんて簡単に落とせるわよ」

乱暴に胸ぐらをつかみ、前後に僕の体を揺らす。やっぱり胸ぐらをつかむなんて身体が接近するイベントは、女の子とやってこそ意味があるよなぁ

それはさておき、どっから説明しようか。そう考えている僕に横から助け舟を出したのは、ホシロさんとヒイロちゃんである

「落ち着きなよぉ、リョウガ君も考えがあったんだし―」

「私も人ごみに紛れてみてましたけど、なんとなくリョウガさんがやりたいことが分かりました」

「リョウガさんの、やりたいこと?」

「まず女の子みたいな言葉遣いで向かってきたのはぁ、相手に自分を意識させるためでしょー」

「貴族ってのは話の流れからわかってたからね。偉い人は都合の悪いものを無視したくなる傾向にある、もしかしたら無視されちゃうかもって思ったんだよ」

「次にのらりくらりと挑発したのは、相手に接近してもらうため、ですよね」

「僕のいた国では、どんな理由であれ先に手を出した方が悪い、みたいな風潮があるからね。向こうから胸ぐらをつかんでくれるのを待ってたんだよ、思った以上に早かったけどね」

後は胸ぐら掴まれたまま、まるでパフォーマンスのように大声を出して、人を寄せ付ける。あの手の人間は世間の目に、世間の評価に弱い

絡んでいる相手が、嘲笑の対象になるような人間であれば、自身までもがあまりよく思われない。喧嘩は同じ土俵の人間同士じゃないと起こらない、という原理だ

もし向こうが暴力に訴えてきたら、それは自身が間抜けな男である僕と同格であることを示してしまう

「ね、こうすれば勝手に向こうから引いてくれるでしょ」

僕はニコニコと事の内心、どういう考えのもとでやっていたかを説明した

ヒアイの手に力がこもる

「あんたは、自分の品位を貶めて、何が楽しいの。なんでそんな自慢気に、自分が嘲笑われたことを語れるの。なんで後一歩で死ぬかもしれなかったのに、そんなへらへらしていられるの」

少し苦しいが、そんなこと言える雰囲気ではないな

「それに、それはあくまで向こうが物わかりの良い人であることが前提です。リョウガさんの思惑通りに事が運ばず、拘束されて連れていかれたらどうするつもりですか」

こんな僕に対しても、丁寧な言葉遣いでいてくれるハズキちゃんの口調が、少し荒っぽくなる

「そうなったら、ハズキちゃんたちはあいつのところに報告するだろ。割と歓迎されるんじゃないかな」

「どういうこと」

「僕という人間の希少価値だよ、正確に言えば異世界からやってきた人間の希少価値」

一人の貴族の我儘より、異世界からの未知の技術や知識を持つ二人目の人間の方が、圧倒的にこっちの世界に貢献できる。つまり貴族より偉い立場の国に、僕は守ってもらえるのだ

それに、僕たちの世界と交流や貿易が視野に入っているなら、僕やあいつみたいに、事故か何かでここに来た人間は手厚くしないと、これから先厄介ごとのタネになりかねないからね

「だから、僕って割とこの世界では自由にふるまえるんだよね」

まぁ流石に犯罪とかに手を出せば、殺されることはなくとも、それ相応の処断はされるだろうけど

「でもさっき程度のことだったら、心配には及ばないよ」

僕の胸ぐらをつかんでいる手から力が抜ける

納得してくれたのか、そう思ってヒアイの顔を見たら、そうでもなかった

「…もういい」

冷たく言い放って立ち上がった

古本屋に来るまでの間、あんなに元気に騒いでいたのが嘘のようだ。昨日下着姿を覗いたときは、そこには羞恥と怒りがあったが、今のヒアイからはそれらが読み取れない。今そこにあるのは侮蔑と諦め、要するに嫌われたのである

「用事が済んだんなら、早くいこう」

僕の方を見ようともしないで急かしてくる

「…えっと、ヒアイはどうしたの」

「わからないのを他人のせいにするのは愚者だと、先ほど仰ったじゃないですか。ご自身で考えてみればよろしいのでは」

初めて会ったときのような、冷たく凛とした言葉だ

丁寧な口調だが、どう考えても怒っているよな、ハズキちゃん

僕を置いて、ヒアイを追いかけるようにそそくさと離れていった

「ナニコレ、どうなったのコレ」

割と本気で何が起こったのかがわからない。チャラ族を追い払って万々歳じゃなかったの

動揺しながら、残った二人に視線を向けた

「ちょっと無神経だったのかなぁ、二人とも本気で心配してたからねぇ。あとでごめんなさいしないとねー」

「そうなの、心配してたの」

「じゃないと、あんなに必死に怒鳴ったりはしてませんよ」

「ふーん、じゃあ淡々と僕の腹の中を解説してた二人は、大して心配していなかったってこと」

「茶化さないで下さい」

可愛らしく怒るのではなく、低いトーンで静かに言った

このままではヒイロちゃんにも嫌われてしまう。共同生活である以上、これ以上険悪になるのは避けたいし、早く仲を戻したい。あいつとギスギス、ヒアイとハズキちゃんとギスギスって、どんだけ息苦しい思いしなくちゃならんのだ

「これ、あの二人追いかけた方が良いよね、多分」

「なんでそんな不確定要素みたいに言うんですか、追いかけた方が良いに決まってますよ、ちゃんと話し合ってください」

「ふぁいとー。大丈夫ぅ、二人とも良い子だから話せばわかってくれるよー」

僕は足元に落ちている本を拾い、立ち上がった

とりあえずごめんなさいは言うとして、他になんて言おう、僕としては罪の意識はないから、心配させてごめんなさい、以外に言うことがないのだが

まぁ追いついたら何かいい感じの言葉が出てくるでしょう。根拠はないけど

先を行く二人に向かって、走り出そうとしたとき

「あの、ちょっといいですか」

眠たげに欠伸をしながら、どこからともなく現れたエプロンを着用したおじいさんが僕を呼び止めた

なんだよ、こっちはかなり盛り上がっていいところなんだから

「さっきまで眠っていて気づかなくてすまないね。その本買うのだろ、一冊200アインだよ」

間の悪い店員の登場により、僕のやる気は一気に削がれていった

しかも、僕は今この世界のお金を持っていないから、支払うことができない。そのため僕の代わりに支払いを済ませたのは、ヒイロちゃんだった

ホシロさんならまだしも、年下の女の子から奢ってもらうなんて。僕って何で生きているんだろう







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