第九話 いつもの、で通じる店は結構少ないが憧れる
「第一回チキチキ、凌雅の町探検旅行。イエーイ」
太陽が完全に昇りきり、気温が徐々に高くなっていく時間帯。やたらテンションの高い中年のおっさんの声が頭に響く。殴りてぇ
ハズキちゃんとヒイロちゃんは律義に拍手を送り、ヒアイは眠たそうにあくびをして、ホシロさんはニコニコと楽しそうに眺めている
僕がこっちの世界に来た次の日、ハズキちゃんが作ってくれた慣れない食事を済ませ、外に出る準備ができしだい門の前に集合させられた。昨日の寝る前に、ジャージのような寝間着を貸してもらえたが、流石にそれで外を出歩くわけにも行くまい
というわけで門の前には、民族衣装、民族衣装、メイド服、学生服、という文化祭を彷彿させる光景が広がった。因みにホシロさんは寝間着のまま外にいる、曰く、服は体を隠せればそれでいいじゃないですかぁ、らしい
「おやおや、朝に弱いヒアイさんはともかく、凌雅までテンション低いですね。低血圧ですか」
「あんたのやたら高いテンションに呆れているんだよ。なんでそんなにイキイキとしてんだよ」
「悪いですけど、私もリョウガに同感。カズヒトさんって本当に朝に強いですよね。ふぁぁ」
「お姉ちゃん、朝って言っても、もう九時だよ。そろそろ町の人たちが活動始める時間だよ」
「世の中には朝の九時はまだおねむの時間の人だっているのよ」
「朝食を半分寝たまま、あまつさえ、妹に手伝ってもらいながら食べる人は、言うことが違いますね」
ジトっとした目で、ハズキちゃんはヒアイに言った。僕としては、妹に世話をしてもらう姉というのも、中々乙なものだと思うけどな
「ハズキの作ってくれたご飯を、ヒイロにアーンしてもらって食べる、これ以上の幸せはそうそうないわよ」
「ヒアイちゃんはぁ、レズってやつなのかなぁ」
ここにも同性愛はあるのか
「おや、以前やった授業のところですね。ホシロさん、よく覚えてましたね。異世界には同性愛というものがあって、男の人同士はホモ、女の人同士はレズというのですよ」
あんたいったい何を教えているんだよ。偏った知識を広めるなよ
批判の意思を込めた目で見たが、ニッと笑って、親指を立てた。いや、グッドじゃなくて
「でも変わっているよね、リョウガやカズヒトさんの世界」
「勘違いしないでよ、あくまでそういう人たちもいるってだけで、みんながみんなそうってわけじゃないからね」
別にそう言うのを否定するつもりはないが、理解はできない。ただレズは良いものだ
さて、この話をまだ広げてもいいのだが、あいつ曰く今日は僕のために町を紹介してくれるらしい、ならばここで延々と話し続けるのは不毛だろう
「それで、最初にどこ行くの。僕としては、まずは食料品が買える店、次に情報が欲しいから本屋辺りを紹介してくれると助かるんだけど」
「ええ、期待に沿えるよう案内するつもりですよ」
胡散臭いが、嘘をついてもメリットはない。大人しく信じておくか
あいつの後ろをついていく形で、僕たちは歩き出した。あいつの腕に絡みつくように、腕を組んでいるヒアイと、加齢臭がしそうな背中に引っ付いているホシロさんについては、もう何も言うまい。ハズキちゃんも、べったりとくっついているわけではないが、触れそうで触れていない距離を維持している、ナニコレ初恋
「ねぇヒイロちゃん、あいつらって出かけるときはいつもああなの」
左右と後ろを取られ、あいつに絡めていないヒイロちゃんに、うんざりしている気持ちを隠そうともせずに尋ねた
「いつもではないですね。五人で出かけるときは、早い者勝ちでカズヒトさんに周りを固めますね。今日は出遅れちゃいました」
君も参戦するのね
日本だったら、こんな一団は注目の的だが、道行く人々はまるで気にもしていないようだ。ここでは普通なのかな、だけどこんなうざいくらいイチャコラしている集団なんて、僕の目の前にしかいないしな
「普段はもっと甘い空気出してますよ」
僕の中にある疑問を見透かしたかのように、付け加えてくれた。この町の人たちはもう見慣れたってことか
げんなりした気持ちを胸に抱きながら、歩くこと数分
「着きましたよ凌雅。ここで大体のものはそろいます」
僕の眼前には、様々な店が立ち並ぶ大通、商店街が広がっていた
昨日、ヒアイに肩を貸してもらいながら歩いたときに、僕が思わず立ち止まったところだ。朝だからか、昨日ほどの活気はまだないが、人があふれだすのも時間の問題だろう
「まるでお祭りみたいだな」
「私も初めて見た時はそう思いましたよ」
隣から賛同の声が上がる
「そうなんですか、カズヒトさんがいるところって廃れているんですね」
「ヒアイ、失礼なことを言わない」
「良いんですよハズキさん。私たちのところは、廃れているっていうより、進化しすぎたんですよ」
僕の頭に、地元の百貨店が浮かぶ。人や品物は百貨店の方が圧倒的に多いのに、この世界の商店街の方が、なんだか楽しそうだ
「確かに進化しすぎたな。今は店員のいない店だってあるらしいし」
「そうなんですか」
なんで同じ世界出身のお前が驚いたんだよ。まぁこいつの知識は七年前で止まっているから、驚くのは変ではないのか
「無人販売所みたいな感じ?」
「いや、僕も詳しくは知らないけど、電車の改札みたいなところに電子マネーをかざすと、勝手に支払いを済ませてくれるらしい」
「へぇ、行きつくとこまで来たって感じですね。ネット通販が最終地点だと思っていましたよ」
「通販は別でしょ。まぁ客と店員が顔を合わせないってことなら一緒だけど」
と、そんな話をしていると、近くにいる四人はポカーンとしていた
「要するに、店が進化すると店員がいなくなるってこと」
適当にまとめて、商店街の中に歩みを進めた
肉、魚、野菜、果物、花、服、本、木材、家具、雑貨…
「何でもあるな。もしかしてこの町って、結構都会の方だったりするの」
「たくさんものが売っていれば、都会なのかなぁ?」
え、違うの
ホシロさんは、顎に人差し指をつけて尋ねた。現代の日本で育った僕の価値観では、たくさんものがある=都会、発展している町、ということになるけど
「都会や田舎の定義にもよりますが、こっちの世界は交通の便はよくありません。そんな中、鮮度が関わる肉や魚がたくさん売られています、ということは」
こっちで異世界に関する授業が板についてきたのか、まるで先生のように促した
「つまり、この近くで獲られたもの、育てられたものってことか」
「あなたの価値観で、それは田舎か都会かを決めてください」
「都会だね。昔の日本だって発展した町の近くには、漁業や農業が盛んに行われている。つまり、大規模な第一次産業は都会の証」
「無駄に年を取っていなくてよかったですよ」
無駄に年を取ったおっさんが何を言っているんだか
そうこうしているうちに、一軒の店の前についた
店頭にはたくさんの果物、そして綺麗な布の上に並べられた、クッキーのような菓子やまんじゅうのような菓子がある
何の店なのか説明を受ける前に、ホシロさんとヒアイは「わー」と子供みたいな歓声を上げ、足早に店の奥に入っていった
「お姉ちゃん、ホシロさん。走ると危ないですよ」
「ほっときなさいヒイロ、私たちが何かを言って止まる二人じゃないでしょ」
はしゃぎまわっている二人を、呆れながらも楽しそうに見ているハズキちゃんに
「ここは何の店なの」
と、尋ねた
「申し訳ありません、説明が遅れました。ここは『白い居間』というお菓子屋さんです。お菓子や果物、甘いもの全般を取り扱っているお店です。店主が元王宮の菓子職人だったので、味は保証します」
僕は隣にいる、ハズキちゃんと似た目をして二人を見ている、中年のおっさんを横目で見た
「要望通り、食料品が買えるお店です」
確かにそうだけど。僕は、今後あるであろう買い出しや、最低限生きるために食べ物が手にはいる場所を聞きたかったのだが。それが分からないやつでもあるまい
「そんなしょうもないひっかけをやって楽しい?」
「辛辣なこと言いますね、生物学上一応あなたの親ですよ。まぁ流石に、変なひっかけをやるためだけにここまで来たわけじゃありませんよ」
ついてくるようにと、僕と残った二人に合図して、店の奥に進んでいった
一歩踏み込むと、甘い匂いが体全体を包んでくる。美味しそうなのだが、あまり甘いものが好きではない僕にとっては、ちょっと胸焼けがしてくる
「皆さん、私はちょっと店主の方に用があるので、食べたいお菓子を選びながら少し待っていてください、奢ってあげますよ」
「わーい、カズヒトさん大好き」
「じゃぁ私はこれかなぁ」
「あ、ちょっと、あまり高いのは駄目ですよ。ヒアイさん放してください、大好きって言うなら、高いものを選ぼうとしているホシロさんを止めてください。さては、あなたたちグルですね」
「ホシロ、私はそのシリーズのお菓子のオレンジね」
「了解ぃ。三人はどんなのがいいかなぁ」
「あぁこら、ヒアイさん放してください。ホシロさんも話を進めないで下さい」
「フフフ、このヒアイちゃんの拘束、抜けられるかな」
ヒアイに正面から抱きしめられるという、羨ましい足止めを喰らいながら、満更でもない顔で悪戦苦闘している。僕はいったん店の外に出て、深呼吸した
「…気持ち悪い」
あのいろいろ意味で甘い空間にいるのは、結構堪えるな。ポテチ食べたい
じゃがいもはここまでくる間の店で見たし、油らしきものもあった。頑張れば作れるよな
「人の店でイチャイチャするなら出ていってくれないか」
少し怒気のこもった声が聞こえた。おそらく店員に注意を受けたのだろう
店の中に戻ると、抱き着いているヒアイと、それを剥がそうとしているハズキちゃん、二人の女性が一人の男を取り合っているようにも見える。ホシロさんとヒイロちゃんは陳列棚で、キャッキャッと商品を選んでいる
そして、仁王立ちをしているエプロンを着用している女性
目が肥えているわけではないが、恐らく二十代後半くらいだろう、少なくともホシロさんよりは年上だ。男勝りな雰囲気を醸し出し、スタイルも顔もいいのだが、そういう目で見れないな。あ、そういう目って、エロい目ってことね
「そんなにイチャイチャしたいなら、自慢の屋敷で存分にしたらいいじゃないか」
「別に好きでイチャイチャしているわけではありませんよ」
「今の言葉、この町中の男を敵に回したね」
僕はハズキちゃんに近づき、あの人は?と目で尋ねた。すぐに意図を汲んでくれるハズキちゃん、本当に便利
「彼女はここの店主のビロードさん、カズヒトさんとは王宮で知り合った、友人だとか腐れ縁だとか。まぁ一緒に暮らしている私の方が絆は深いですけど」
後半は聞いてない
「おや、見ない顔だね。カズヒト、あんたが男を侍らすなんて珍しい、とうとう見境がなくなったね」
「笑えない冗談ですよ。こいつは凌雅、私の息子です」
僕はあんたのことを父親だと思っていないけどね
「初めまして、榊凌雅と言います」
「ふーん、息子。てことは、異世界の住人ってことか。初めまして、あたしはビロード、しがない菓子職人さ。あんたの父親とはちょいと因縁があってね」
「はぁ」
「なんだい、その若者らしからぬ覇気のない返事は、シャンとしなさい。そんなんだと、父親みたいに立派になれないよ」
別にこいつのことを立派だと思ったことがないから、覇気がなくてもいいか
「それでカズヒト、息子を紹介するためだけじゃないんでしょ、ここに来たのは」
「ええもちろん、息子の方からここに来たいと駄々をこねられましてね。子供は甘いものが好きで困りますよ」
誰がこねるか、大体僕はしょっぱいものの方が好きだ。あられとかおかきとか
「あんたのその人を食ったような態度、本当に気に入らない」
「なら代わりに苦いものでもいただきますか、店の奥で」
「……ったく、面倒な言い回しするなよ」
面倒くさそうに頭をかきむしり、店の奥につながる扉を開けた
「小娘たち、あたしとカズヒトはしばらく大人のビターな話をしているから、甘党のおこちゃまたちは適当に時間潰してな」
「「「「あ゛⁉」」」」
全員からどすの利いた声が飛んだ。頭の軽いヒアイと若干ヤンデレ入っているハズキちゃんはともかく、にこにこして余裕があるホシロさんや、年上を敬い可愛らしい女の子であるヒイロちゃんからも飛ぶとは思っていなかった
「話している間、申し訳ありませんが、凌雅にこの町を案内してあげてください」
殺気立った四人を意に介していないのか、ビロードさんの横から、へらへら笑いながら両手を合わせた
「ほらほら、出てった出てった、こっからはお子様には刺激が強いからね」
なぜかエプロンをぬぎ、着ているシャツの上のボタンを外した。うむ、さっきはエロい目で見れないとか思ったが、訂正しよう、普通にエロい、僕は中学生か
鼻の下を伸ばしている僕の横では、ヒアイが怒気を孕んだオーラで指を鳴らし、ヒイロちゃんは頬を染めながらもぷくっと膨らまし、ハズキちゃんは目に光がなくなり、ホシロさんはニコニコしているが目が開いていない
ナニコレ、ヤダコレ、僕を案内してほしいなんて言っているくせに、僕に面倒事押し付けているだけじゃん
「あまり皆さんを揶揄わないで下さいよ。皆さん優秀なぶん、拗ねるといろいろ滞るのですから」
「揶揄い甲斐のあるやつらだからね。それに話の内容次第では、これ以上の仕返しをしないと割に合わなくなるかもしれないだろ」
「ここでのこと、ちゃんと清算してくださいよ」
「内容次第内容次第」
口ずさみながら、ビロードさんは扉の中に消えていった
「では凌雅のことをよろしくお願いします」
保護者かよ。保護者だった
しかし、僕としては四人の手綱を握ることを頼まれた気分だった
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