第八話 お約束はどんな時でも胸をときめかせる

「さてと」

そう口に出して、座っていたベットから腰を上げ、携帯電話を確認した

通信機能のあれこれは使えないが、時計の機能は目安をつけて設定すれば、この世界でも時計として使うことができる

ハズキちゃんに教えてもらった食事の時間まで、あと一時間を切っている。窓から見える景色は、綺麗な夕日に照らされた街並みを映し出し、まるで一枚の絵のようだ

僕はヒイロちゃんとの会話を終え、ベットでゴロゴロと転がっていた

「最後の一人が来ない」

別段、約束をしていたわけでもないのだが、ハズキちゃんホシロさんヒイロちゃんと、三人と会話をして、色々と考えてきたのだ、最後の一人のヒアイさんが来るのが流れというものではないのだろうか

「まぁヒアイさんからしてみれば、僕のところに三人来たっていうことは知らないから、来なくてもおかしくはないし、そもそも絶対に今日話さなくちゃいけないことがあるわけでもないからねぇ」

ただ、なんかこのままだと差別化しているみたいで、あまり気持ちのいいものではない

というわけで、食事の一時間前までに来なかったら、こっちからヒアイさんのもとに行く、そう自分の中で取り決めをした。ハズキちゃんはともかく、他二人は僕の予定お構いなしに訪問してきたのだ、いきなり突撃となりの晩御飯をやっても構わないだろう

無駄に扉の多い廊下で、自分の行いを正当化しながら、手近な扉に手をかけた

「失礼します、てここは物置か」

扉を開けた拍子に、少し埃が舞った

「あー、ハズキちゃんあたりからここの詳しい構造聞いておけばよかったな」

そう言いながら、扉を閉め、舞い上がっている埃を手で払った

リビングやトイレ、風呂などの生活するにおいて必要な施設は聞いたのだが、各々の部屋は自室以外聞いていない

僕と家主のあいつ以外は女の子で構成されている家だ、いくら心酔している人の息子でも、女の子の部屋を男である僕に教えるのは避けた方が良いと考えたのだろう

「やれやれ、僕はこんなにも紳士で純粋無垢だというのに。まぁ女の子なんだし、セキュリティー意識は高いに越したことは無いのだけど」

中世の西洋っぽいこの世界では、そう言った意識は低いと思っていたが、考えを改めなければな

「それは後でもいいとして、どうしたものかな。あいつの研究室や必要な設備はほとんどが一階だから、多分個人の部屋は二階にあると思うんだけどな」

独り言をぼやきながら、次の扉に手をかけた

「失礼しま…」

ノックの一つでもすればよかったのだが、生憎と小中高と職員室などの目上の人の部屋に入る時は「失礼します」だったので、扉をたたくという行為が頭になかった

「………」

結果だけを言えば、運よく二つ目の扉で、ヒアイさんの部屋を引き当てることができた。しかし、こうなるなら見つけない方がマシだったかもな

そこには、着替え中だったのか、下着姿のヒアイさんが、僕の方を見たまま固まっていた。確かに、あの民族衣装みたいなやつは、部屋着としては窮屈そうだしな

「あれですね、お約束ってやつですね。こういうお約束は古いって意見はありますけど、僕は好きですよ、こういう展開」

「キャァァァ」

顔を真っ赤にしたヒアイさんは、絶叫と同時に僕に殴り掛かった。綺麗なストレートだ

うんうん、ここで殴られて頬に真っ赤な後をつけるまでがお約束だよな、そしてその後は僕が、何するんだよ暴力女、みたいな罵倒をして、向こうからは、エッチ変態スケベ、みたいな罵詈雑言が飛んでくる。うんうん、お約束お約束

痛いの嫌だから、柔道の一本背負いの要領で投げるけど

恥ずかしい話だが、僕は中学時代、いわゆる拗らせてしまった系の男子だったのだ。意味もなく、格闘技の真似事をし、戦いに備えていたものだ

おかげで柔道の授業は、無駄に成績がよかったなぁ

しみじみと思いだしながら、投げ飛ばした下着姿のヒアイさんを見た。ここまで下着が見えちゃうと、エロというより、ただの間抜けな人みたいだな

「あぁ、ごめん、大丈夫、ケガとかしてない?一応背中から落としたから、痛いだけで大した怪我はしてないと思うんだけど」

仰向けに倒れたヒアイさんは、口をパクパクさせ、羞恥の混ざった怒声を上げた

「あ、あ、あんた、バカじゃないの」

失敬な、僕は成績は良いほうだよ

「普通、着替えている女の子の部屋にいきなり入ってこないし、下着姿の女の子を投げ飛ばしたりなんかしないでしょ」

スタイル的に女の子というより女の人、という表現の方が合いそうなものだが、さらに心証が悪くなりそうなので黙っておこう

「本当にごめんなさい、悪気はなかったんです。僕的には扉を開けたら殴り掛かってきたから、反撃しただけなんです」

「嘘つくな、あんたなんか口走ったたでしょ、私の下着姿見てなんか言ってたでしょ」

「下着姿なら、現在進行形で見てますが」

一層顔を赤くさせた

「出てって」

幼気な少女の頼みなら仕方ない。やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めて部屋から出ていった

バタンッ

勢いよく扉は閉められた

年頃の娘は面倒だって聞くけど、確かに気難しいなぁ

「しかし、あれだけ騒いだのに、誰も様子を見に来ない。四人とも下なのかな」

シスコンの気があったヒイロちゃんなんか、一目散に来そうなものだが

壁によりかかり、そんなことを考えていると、恐る恐ると扉が開いた。その感じ、妹さんによく似ているよ

「………グルル」

なんかめっちゃ威嚇された

服は最初に見た民族衣装のようなものでも、さっきまでの下着姿でもなく、スウェットのような着脱しやすい、部屋着のような服装だ。かわいい女の子は何着ても似合うからズルいよなぁ

「獣みたいですね」

「どっちが獣よ」

「広い意味で言えば、人間も獣みたいなものですから、お互いが獣ってことでいいですか」

「そういう小難しいこと聞いてない。大体、それで何が良いのよ」

そうだ、忘れかけてたけど獣と言えば

「森で助けてくれたこと、本当にありがとうございます」

「は?」

どうやら突然のお礼に、呆気にとられたようで、少し固まった

固まってから数秒、あぁと声を上げた。どうやら僕がお礼を言った理由を察したらしい

「冗談抜きで命の恩人ですよ。僕なりに精一杯あの獣に抵抗してみたのですが、本当に危ないところでした」

「つまりあんたは命の恩人の着替えを覗いて、あまつさえ投げ飛ばしたってこと」

「そうなりますね」

悪びれもなく言う僕に、ヒアイさんは頭を抱えた

「一応聞きたいんだけど、その対応はあんた特有なの、それともそっちの世界の人たちはみんなそうなの」

「一応僕はどこにでもいる普通の男の子のつもりなんですけど」

まぁ父親がいなくなって、異世界に飛ばされて、その異世界で自分の父親と再会したのは、世界中探しても僕くらいなものだけど

そんなオンリーワンな俺カッケー思考は置いといて

「あの獣はやっぱり危ない類のものだったんですか」

「ん、あぁヒトクイね。その名の通り、何のひねりもないけど人を食べるからヒトクイ、このあたりだったらあれ以上の危険生物はいないと思う」

つまり真面目に危険だったわけか

「でもヒアイさん、あの獣に思いっきり蹴りを入れてたじゃないですか。危なくはないんですか」

「何でか知らないけど、あそこまで弱ってたらさすがに私でも倒せるわよ。こう見えても、純粋な力だけだったら大人の男にも負けないわよ」

さっき僕に投げられたけどね

「それよりも私もあんたに質問があるわ。あの時ヒトクイはなんであんなに弱ってたの、目から変な棒みたいなものが生えてたし」

僕は大げさに手当てをされている、怪我した個所に目を落とした。その部分を少し撫でた

立ったまま話をするのもあれなので、僕は腰を落ち着かせることを提案した。露骨に嫌そうな顔をしながらも、ヒアイさんは僕を部屋に招き入れ、椅子に座ることを促した。座るならベットがよかったなぁ

「まず目から生えている棒、あれはこれですね」

制服のポケットからボールペンを取り出した

「これは、もしかしてペンの類。小さいけど」

「はい、僕の世界では普通に普及しているペンですね」

ボールペンを見せながら、あの時森の中で僕とヒトクイに何があったのかを語った

目が覚めたら全然知らない森で、今までに見たことの無い獣に襲われそうになり、ない頭をひねって対抗した

「つまり話をまとめると、ヒトクイに襲われそうになったあんたが、ヒトクイの攻撃をかわしつつ、そのペンで目を潰した。そこに私たちが通りかかったと」

「そうですね。三行くらい行くと思いましたが、二行でまとめられちゃいましたね」

「そんな話信じられると思ってんの」

ジトっとした目で僕を射抜く

特にデメリットもないから、別に信じてもらわなくてもいいんだけど。それにしても、この部屋来てからヒアイさんには、不信感のこもった眼しか向けられていないな、仲良くしたいのに

「まずなんでヒトクイの攻撃をかわすことができるのよ」

「なんで、と言われましても、攻撃が来そうだったから避けただけですよ」

「だからなんでわかるのかって聞いているの」

「まぁ一言で言えば、勘ですね。昔から僕、ゲームが、もっと言えば勝負事が好きなんですよ、それでいろいろなゲームをやっているうちに、しょうもない力ばっか培われていったんです。一番マシな培われた力が、勝負勘ですね」

「…胡散臭ぁ」

確かにそう言われても仕方ないな

だが、本当にそうなのだからもっと仕方ない

「でも信じる信じないは別として、ヒトクイの目にそのペンを刺したのは事実なんだよね。えぐいこと考えるね」

「何でもありの格闘だったら、普通目を狙いません?」

一発KOだと思うんだけどな

「そっちの世界は殺伐としているんだね。カズヒトさんからはあまりそういう話は聞かないけど」

「ある意味殺伐としてますね」

皮肉な笑みを浮かべた

ヒアイさんは隠そうともせずに、疲れたようにため息をついた。ホシロさんと話をしたときの僕みたいだ

「それで、用件は森の時のお礼だけ」

「そうですけど、どちらかと言えばそれはついでですね。本当は、ヒアイさんと純粋にお話しようと思いまして。ハズキちゃん、ホシロさん、ヒイロちゃんとお話したので、ここはコンプリートしたいなと」

「なんだ、みんな行ったんだ。…気を遣って静かにしていた私が馬鹿みたいじゃん」

ボソボソっと聞き取れないくらい小さな言葉をこぼし、不機嫌そうな顔を浮かべた

「どうかしましたか。何やら不機嫌そうですけど」

「そりゃ下着姿見られて投げ飛ばされたら不機嫌にもなるよ」

確かにそうだけど、今の顔はそれとは別の要因だろうに

「それで、お話って何の話するの。言っておくけど、私は三人と比べて学がないから、有意義な話はできないわよ」

謙遜するようではなく、本気の口調だ。まぁイメージ通りかな

「何の話をしましょう。先の三人は向こうから来たので、訪ねられる質問に答えるだけでよかったのですが、いざ自分から話そうと思うと、何も思いつきませんね」

「何しに来たの」

「それホシロさんにも言いました」

「あの人に言われるって相当…言った方か」

ヒアイさんは露骨に大きなため息をついて、ベットに座り込んだ。目が肥えているわけではないが、僕にあてがわれた部屋のベットの方が、座り心地はよさそうだ

大切にされているって訳か、腹立たしいことに

「あんたがカズヒトさんと関係のない、どこの馬の骨かもわから無いやつだったらよかったのに」

馬の骨って、聞かなくなったな

「そしたら遠慮なく叩き出せるのに」

「それを当人に言っている時点で、遠慮なんてないと思いますよ」

涼しく、にこやかに受け流した

「無遠慮ついでに一つ質問いいですか。あいつとヒアイさんってどんな関係なんですか」

「あいつって、カズヒトさんのこと?他人行儀な呼び方ね、たった一人の父親なのに、感謝とかないわけ」

「まぁ思春期にはいろいろありますからね。どうしても割り切れないことだってあるんですよ」

彼女の目が鋭くなったが、僕は笑みを崩さずに気が付かないふりをした

「特に家族の問題は複雑ですからね」

ヒアイさんにどんな過去があろうと、家族というものに対してどんな思い入れがあろうと、あいつとそう簡単に和解するつもりはない。はいそこ、女々しいって言わない

僕に目で訴えるのは無駄だと判断したのか、そっと閉じた

「カズヒトさんとどんな関係か、だっけか。あの人は私たち姉妹を助けてくれた、命の恩人よ」

「と、言うのは」

「そっちはどうだか知らないけど、この国では孤児や子を売る親なんて珍しくないの。私とヒイロは孤児、ハズキとホシロは売られた、悪く言えば奴隷ね。それを保護したのが、カズヒトさんってこと」

「…そんな風には、見えませんでしたけど」

心当たりがないわけではないが、ここまで重いものだとは思わなかった。親と喧嘩して、家に帰りにくくなった子とか、そんな感じかと

「そりゃもうだいぶ昔、大体七年前くらいだったからね」

あいつが姿を消したごろか

「私たちが人らしい生活を送れて、勉強ができて、毎日を楽しく過ごせるのは、カズヒトさんのおかげ。だから私たちは、全ての人生をカズヒトさんに捧げると決めたの」

孤児や子を売る親、奴隷か

別段、日本の歴史を振り返れば珍しいことではない。ただそれを、知識で知っているのと、生で見るのでは結構違うな

だがそれ以上に、悲惨な過去を持つ悲劇のヒロイン達。そんなお約束に胸をときめかせてしまう、そんな自分が非常に情けなく思う

「…素敵な話だ。僕はもう、あいつに対して憤りしかないけど、僕の分まであいつに愛情を注いであげてください」

こういう重い話は、できれば二番目辺りがよかったんだけどなぁ。僕は嫌なことは最初の方に終わらせる主義だから

僕は椅子から立ち上がった

「お忙しいところお邪魔しちゃって、すいませんでした」

「もういいの」

「はい。先ほどは下着姿のまま投げ飛ばしちゃって、本当にすいませんでした」

「…思いださせないで」

仄かに赤面した。重い空気は苦手だから、そういう風な表情していてほしいものだ

「せっかく美人なのに」

思わず口にした言葉に、頬をさらに赤くした

「あ、そうだ、ちょっと待って」

ドアノブにかけていた手をぴたりと止め、首だけぐるっとヒアイさんのほうを向けた

「あんたのその敬語、本心隠しているみたいで気味が悪いからさ、タメ口でいいよ。たぶんそんなに年も離れてないだろうし」

「気味が悪いって、失敬だな。でもわかった、そうさせてもらうよヒアイ」

「じゃあまた後で、リョウガ」

バタンッ、と音を立てて扉が閉まった







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