第七話 年下と話すときは敬語とため口が混ざるのは何故だろう

ホシロさんとの会話を終え、再び一人になった部屋は、少し広く感じる

僕はベットに腰を掛けた

結局ホシロさんは、ずっと僕のベットで横になりながら話していたので、シーツや掛布団にはしわができている。まったく、人の綺麗なベットを

いやぁそれにしても疲れたな、何せ異世界にきて、父親との謎の再会を果たし、ホシロさんとおしゃべりをしたんだもんなぁ。だからこのままベットに横になって、ごろごろするかぁ

僕はベットに座っている状態から、体をひねらせ、うつぶせに倒れ込んだ。あー気持ちいい

と、そこで再び

トントン

と扉がノックされた

ハズキちゃんとは成り行きといえ、四人いるうちの二人と話したんだ、もう二人も来る気はしていたさ。さてさてどっちかな

「入っても、良いですか」

「どうぞ」

おずおずと尋ね、おっかなびっくり入室してきたのは

「確か、ヒイロちゃんだったよね。妹さんの」

「はい、ヒイロと言います、よろしくお願いします」

ぺこりとお辞儀をしたので、僕もそれを返した。何をお願いするのだろうか

「えっと、何か用、かな」

まずいなぁ、同い年や年上だったら、そこそこ会話の経験があるのだが、年下って僕の人生であまり絡んだことないからなぁ

ぎこちない笑みで、中途半端な敬語になってしまった

「あの、お疲れのところ、突然の来訪ごめんなさい」

「いえ、別に僕は」

そこで一旦会話、とも呼べない言葉の受け答えが途切れた

おいなんで黙るんだよ、何かしらの用があってここに来たんじゃないのかよ。そっちが黙ると、こっちもなんか喋りにくいだろ。お願い喋ってこのままだと息苦しいから、なんか僕が悪いことしたみたいになるから

いや、そうやって相手に責任を求めるから僕はモテないんだ、ここは一つ僕の方から話題を提供して、適当に雑談してからお引き取りを願おう

「「あの」」

僕とヒイロちゃんの言葉がかぶり、再び沈黙が生まれる

はぁ

「「ベタかっ」」

二人で顔を見合わせた

「ふふ、ふふふ」

「ハハッ」

顔を見合わせた後、お互い堪えきれなくなったように笑いだした

一通り治まるまで笑った後、ヒイロちゃんをベットに座らせて、僕は椅子に座った

「いやぁツッコミまで被るなんて。さっきまでどうやって切り出そうか悩んでいたのに、横取りされた気分だよ」

「はい、私もどうやってお話しようかや、怖い人だったらどうしようか悩んでいたのですが、怖い人じゃなくて良かったです」

無邪気に笑うヒイロちゃんをみていると、僕も緊張がほぐれていく

「それで、改めて聞くけど、僕に何か用かな」

「はい、ちょっとお話をしたいなぁって思って」

「…さっきホシロさんも、似たような理由で来たんだけど、こっちじゃあみんなそんなにアグレッシブなの」

「ホシロさんですか、あの人は行動が読めないところがあるのであまり参考にならないと思いますよ」

「最年長の人に対して言うねぇ」

「あ、いえ、確かにちょっと馴れ馴れしかったかもしれませんが、ホシロさん自身何かを理由に距離を置かれるのが嫌いな方なので、普段から砕けた付き合いをさせてもらっているのです」

「ふーん」

そんな素振りは見れなかったけどな

「結構繊細なんだね」

「はい、ちなみに一番図太いのはお姉ちゃん、ヒアイです」

なんかわかる気がする

少なくとも、猛獣に身じろぎ一つせず、ドロップキックをかませる女の子は、繊細とは言わないだろう

「えっと、リョウガさんは、異世界のほうから来たんですよね」

「まぁね、と言っても自分の意思で来たわけじゃないし、意識してきたわけでもない。これは全部夢でしたって言われても、信じちゃうくらい実感がないよ」

「例え実感がなくても、災難でしたね」

「全くだよ」

そう言いながら、内心感動した

初めて異世界に来たことに同情された。だってあいつを含めて、ここの世界の人たちは、異世界云々について特に触れないんだもん。まるでそういう事例があるかのように、いやあるのか

なんにせよ、ささくれだった僕の心を、純粋な少女の一言が響き、浄化していく

「め、目をつむってどうかしたのですか」

「ああ、気にしないでくれ。ちょっと綺麗になっているだけだから」

「は、はぁ…」

純粋な言葉や眼差しなぶん、マイナス方面の感情もわかりやすいな。若干引いている目が、僕の心を抉りに来る

「えっと、聞いてもいいですか」

「もちろん、何でも聞いてくれて構わないよ。因みに彼女はいない」

「いえ、それはどうでもいいです。リョウガさんは、カズヒトさんの息子なんですよね」

「さぁね、一応血縁関係上は、あいつが父親で僕が息子ってことになっているけど、僕はあいつのことを七年前から父親とは思ってないな。そっちだってそうだろ、ハズキちゃんやホシロさんの二人に聞いたけど、あの二人は血がつながってなくても家族である、みたいな感じのこと言ってたよ」

それがどうかしたの、そう続けようと思ったが

「ハズキちゃん、ですか」

「そう呼んだら微妙な表情されたけど、訂正もされなかったからね」

「可愛いですね、私も機会があったら、そう呼んでみます」

この子って結構いい根性しているな。そう思って、苦笑いを隠した

そして、僕は改めて

「僕とあいつの関係がどうかしたの」

「その、本当の家族ってどんなものなのか、教えてくれませんか」

申し訳なさそうに、しかしその目は力強かった

「ふむ、家族。家族かぁ」

そんなもの僕にはわからんよ。しかし、ヒイロちゃんの真剣な眼差しに、適当にはぐらかすことも、率直にわからないということもできなかった

僕は思わず目をそらした

「なんで、そんなこと知りたいの」

「先ほどリョウガさんが言ったように、私たち四人とカズヒトさんは家族だと思ってます、例え血の繋がりがなくても。だけど、カズヒトさんの本当の家族であるリョウガさんがいる以上、そう言っていられないと思って」

「要するに、一番仲が良いと思っていた友達に、同じくらい仲が良い友達が現れて、嫉妬している、みたいな心境ってことでいいのかな」

「なんかそう言われると、私が独占欲の強い人みたいですね」

「強くはないよ、自分の立場を脅かす存在に恐怖するのは当たり前の感情だよ。今回の場合で言うと、あいつと家族というポジションが、僕の登場によって、あいつの同居人というポジションに落ちるのを恐れているんだろ」

だから家族を知り、できる限り血縁関係の家族と、一緒に暮らしているだけの家族の差を埋めたかったのだろう

「安心しなよ、僕はあいつの家族のポジションに収まるつもりはないし、あいつは四人のこと、大切な家族って言ってたよ」

「本当ですか」

ホッとしたように、胸に手を当てた

その手を目で追ったが、遺伝子的に望みはあるから頑張ってほしい

「今変なこと考えていませんでした」

「……」

黙って笑った

「カズヒトさんもそうでしたが、そちらの世界の人は、図星をつかれたり困ったりすると笑うんですか」

世界というか、国の文化かな。日本以外だと、この笑いはあまり伝わらないんだよね。普通に笑っているように思われるらしい

「まぁそれは置いといて。まだ本当の家族ってやつが知りたければ、参考程度に話させてもらうけど」

「ぜひ、お願いします」

そこから、家族にまつわるエピソードを語った。あいつがいなくなったこともあって、半分以上母親との思い出話になってしまったが、精々マザコン疑惑がかけられる程度で、ヒイロちゃんの質問に対する答えには、影響ないだろう

しかし、家族についての話を食い入るように聞いているところを見ると、この子には姉はいても、両親はいないのかもしれない。あいつは四人のことを見捨てられない、と言っていたが、それはつまり、四人にはここ以外に居場所がないということなのかもしれないな

「…とまぁそんな感じで、食卓に並んでいる唐揚げを、母さんと取り合って、激しい騙し合いの末に、僕が勝ち取ったんだよ」

「フフッ、楽しそうなお母さんですね」

「いやぁ油断ならないやつだよ」

「いつか会ってみたいです」

「ヒイロちゃんは大丈夫かもしれないけど、他がなぁ。僕は嫌だよ、自分の父親を巡って、母さんと美少女たちがドロドロとした争いを繰り広げるの」

「あはは、否定できないところが怖いですね」

「それな」

「特にお姉ちゃんなんて、何の躊躇もなく変なこと言いそう」

まだ一対一で話してないから何とも言えないが、物事をはっきりと言いそうな子だし、葛藤とかしなさそうな子だしなぁ

「そういえば、リョウガさんには兄弟とかは」

「いないよ、だからヒイロちゃんがお姉さんに対してさっき言ったように、その人のことなら何でもわかる、みたいな関係には正直憧れるよ」

いなくなる前のあいつは、父親というより年の離れた兄弟って感じだったけどな

まぁ本当の兄弟いる奴は口をそろえて

「そんな良いものじゃないですよ」

と言うのだがね。しかし、今のヒイロちゃんの表情のように、楽しそうでありどこか誇らしげな表情をしているものだ

「なんならヒイロちゃんにはお兄ちゃんと呼ばれたいし、ホシロさんのことをお姉ちゃんと呼びたいくらいだよ」

「ホシロさんなら喜ぶと思いますよ」

だろうね、実際そう呼べとも言われたし

「私にもよく、お姉ちゃんって呼んでってお願いされるのですが」

「呼んであげればいいんじゃないの」

「えっと、それはそうなのですが」

口ごもるヒイロちゃんを見るとなんとなく察した

「ヒアイさんにしか、お姉ちゃんとは呼びたくないってことか」

「ええ、お姉ちゃんという敬称を、そうやすやすと使いたくないのです。さっきリョウガさんが仰ったように、今度はお姉ちゃんのポジションを、お姉ちゃんの居場所を守りたいんです」

服をギュッと握った

気持ちは分からなくはない。敬称は、明確な立ち位置の差を表す、つまりその敬称で呼ばれた人は、立ち位置が同じということになってしまう

ヒイロちゃんにとって、姉というポジションは、容易に渡したくないところらしい

しかし、口ぶりから察するにそれだけではない。まるで今までに、居場所が守れなかったことがあるみたいな口ぶりだ

少し苦しそうにしているヒイロちゃんだが、生憎とかける言葉は持ち合わせていない

僕は何にも気づかない体を装い

「そっか、なら僕のこともお兄ちゃんとは呼んでくれないのね、残念。ハズキちゃんって何歳かな、もし僕より年下だったらさ、ヒイロちゃんの方からそれっぽく頼んでみてくれない、お兄ちゃんと呼んでくれるように。ほら、僕が直接行くと色々面倒だろうし」

鼻の下を伸ばし、両手をこすり合わせながら、ヒイロちゃんに頼んだ

「…フフッ、そういえばハズキさんともお話したんですよね。わかりました、機会があればそれとなく頼んでみますね」

「ありがとう、恩に着るよ」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

あら、バレてらっしゃる。どうもかっこつかないな、僕

別にかっこつけたかったわけじゃないからいいけど

「そうだ、僕からもちょっと質問いいかな」

かっこつけたわけじゃないのだが、気遣いがばれると、なんか恥ずかしいな。そんな思いを隠すように、無理やり話題を変えた

「はい、何でも聞いてください」

「え、じゃあ何でも聞くよ、セクハラじみた質問たくさんしちゃうよ。スリーサイズとか聞いちゃうよ、下着の色とか聞いちゃうよ」

まぁ聞く度胸もないのだが、言うだけなら別にいいだろう

しかし、あまりこういう発言に耐性がないのか、ヒイロちゃんは顔を真っ赤にさせ、口をパクパクさせた。ホシロさんあたりからセクハラ受けてそうなんだが

「あ、あの、わ、私から、そういうことを聞いても、あまり面白くないかと思いますよ。寸胴ですし、まだ年もそんなにですし。スタイルのいい、ハズキさんやホシロさんに聞いた方が」

「いや、ごめんごめん、冗談だからね、本気にしないで」

何度も頭を下げ、なだめ倒して何とか落ち着いてもらえた。未だ目を逸らされているけど、まぁ良いか

「普通の質問だよ。ヒイロちゃんから見て、あいつっどんな感じなの」

「どんな感じ、ですか」

「ちょっとさっき二人で話したときに揉めてね、一応僕の理解が足りないっていう可能性もあるから、僕が知らないあいつを知りたいなぁって思ってね」

「喧嘩、しちゃったんですか」

喧嘩とは少し違うな。僕が一方的にあいつを目の敵にしているだけだし

そして、自分なりに落としどころを探しているところだ。いつまで一緒にいるかはわからないが、当面はここで生活しなくてはならない、ならギスギスしていたり、意図的に避け合ったりするのは、当人も周りも居心地が悪いだろう

「だから、仲良くなったふりをしたいんだ。そのためにはまず、僕の中にあるあいつに対する敵対心を、抑えなきゃいけないんだよね」

そのためにも、第三者の視点が欲しいところだ。ハズキちゃんとホシロさんはあいつにぞっこんだから、比較的そういう感情が生まれていないヒイロちゃんから、ある程度の情報は得たいものだ

「どんな感じ、と言われても。私とお姉ちゃんを拾ってくれた、困っている人を見捨てられない、そんな心優しい異世界人かな」

拾ってくれた

その言葉に引っかかったが、聞いて良いものだろうか

少し考えた後、やめておこう、誰にも聞こえないようにつぶやいた。この子たちの過去に何があったかなんて、多少は気になるが、聞いたところで何になる、今は関係のないことだ

「心優しいねぇ」

「むむ、何か含みがある言い方しますね」

「別に、確かにあいつは優しいなぁと思ってね」

だけどあいつの優しさは、文字通りお人好しからくる優しさ。家族だから、大切な人だから、そう言った過程抜きにして、困っている人がいたら誰でも助ける

少なくとも、家族と同列に語ることができるものを、作ってしまうやつではある

「…案外、独占欲が強いのは僕の方なのかもな」

男が自分の父親を独占したいって、あれだな、文字に起こしてみると、相当気持ち悪いな

僕は苦笑いを浮かべた。ヒイロちゃんはそれを見ながら、不思議そうに首を傾げた

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