第五話 隠れた人気は隠したままの方が良い
「それではリョウガさん、この部屋を自由に使ってください。即席ではありますが、掃除は済ませ、必要最低限のものは揃えてあります」
僕はハズキさんに連れられた、二階の一室に通された
日当たりも悪く無く、ベットとタンス、クローゼットに机、そして机の上にランプが置かれている。本当に最低限という感じだが、逆にこれ以外に求めるものはと問われれば、答えに困るだろう
「ありがとうございます、えっとハズキさん…でいいんですよね」
「はい、ハズキであっています、呼び捨てで構いませんよ。他に必要なものがありましたら、何なりとお申し付けください。カズヒトさんのご子息は、私たちにとっての第二の主ですので」
ご子息か…
「かっこいいこと言ってもらって悪いけど、やっぱり今更あんたを父親とは思えない。血がつながっているのは確かだけど、あんたとの繋がりは、その血だけだ」
先ほどそう言って、質問タイムを切り上げた
質問タイムと名打ちながら、結局まともに質問ができなかったな。まぁ、では二つ目の質問、なんて言いだせる空気でもなかったし仕方ないか
なんにせよ、ああいった手前、この子たちに主人の息子扱いされるのは申し訳なくなるし、あまり気持ちのいいものではないな
「お心遣いはありがたいのですが、僕に対してそう畏まらなくてもいいと思うのですが。僕があなた方に何かをしたわけではないですし、年もそんなに変わらないですよね」
最年長がパッと見20歳前後だから、多分ハズキさんは高校生くらいでしょ。この世界に学校があるかどうかは別として
「カズヒトさんと血がつながっている、それだけであなたに敬意を払う十分な理由となります。それに年齢など、私の忠誠心の前では些細な問題です」
無駄に男らしくも凛々しく言い放った
あっはい、と無言の方がマシな反応になってしまったのが、自分で情けなく思う。なんか男として負けた気分になるな、ハズキさんはヒラヒラのミニスカート履いているのに
まぁ当人がああ言う以上、無理に訂正させるのも骨が折れる、心苦しいところが少しあるが、第二の主ということにしておこう
しかしあれだな、まさか僕の人生で若くて美人なメイドさんみたいなのに、二番手ではあるが主扱いされる日が来ようとは。興奮する反面、なんか重く感じるな
マゾやバブみってわけではないけど、僕って基本的に、リードされたい系の草食系の二番手気質だからなぁ、大将の子分的ポジションに収まりたい人間だから、こう従順だったり、尽くされたりすると、なんというかやりにくいんだよな
「…私の顔に何かついていますか」
「あ、いえ、じろじろ見てしまってすいません。ちょっと考え事をしていて」
「思慮深いところは似ていますね、カズヒトさんと」
あまり嬉しくない話だ。しかもそんな尊敬する人を見る目で見ないでくれ、碌なこと考えてなかったから
「あの、少し質問してもいいですか」
「私たちに対して畏まらなくていいですよ。ここを家だと思って、力を抜き、のびのびと過ごしてください」
別に畏まっているつもりはなかったし、敬語でもタメでもどちらでもいいのだが、ここで断ると後で角が立ちそうだ。当面ここで生活する以上、どんな要求であれ、その通りにしておくか
「じゃあお言葉に甘えて、砕けた喋り方をさせてもらうよ、ハズキちゃん」
ハズキちゃん呼びに少し反応していたが、構わず質問をぶつける
「ハズキちゃんたちとあいつってどういう関係なの」
「どういう?」
「僕とあいつの国では、年頃の女性は、易々と異性のもとで生活しない文化でね。それにハズキちゃんたちは、あいつのことをすごい信用しているみたいだったから、ちょっと気になってね」
僕の問いに、ハズキちゃんは顎に手を当て、考える素振りを見せた
その途中、何か嫌なことでも思いだしたのか、苦々しい顔をしていたが、最後には
「家族ですよ。例え血がつながっていなくても、成り行きで一緒になったとしても、私たちはカズヒトさんを愛していますし、カズヒトさんは私たちを愛してくれています」
と、笑顔で答えた。その笑顔は、思わず息をのむほどのものであり、目をそらしてしまった。童貞丸出しだな
「へ、へぇ、いつの間にか僕に姉と妹ができていたって訳か」
「リョウガさんにとっては、そうなりますね」
さっきの笑顔で表情筋が和らいだのか、フフと柔らかく笑っている
「…リョウガさんのお母さんになるのも、吝かではないのですけど」
「今ちょっと変なこと聞こえたんだけど、もう一回言ってくれる」
「いえ、なんでもありません」
「いやいや、今恋する乙女の顔で何か言ってたよね」
「わ、私はそんな顔していませんし、何も変なこと言ってません」
顔を赤くして否定している。悪いけど、こっちの国ではその反応、肯定と同義なんだよね
「カズヒトさんと結婚して、リョウガさんのお母さんになりたいだなんて言ってませんし、これからもっと弟や妹を増やしていきたいだなんて言ってません。もちろん、カズヒトさんに似ているリョウガさんにお母さんと呼ばれるのを想像して、興奮しかけたなんてこともありません」
「そこまできついことは確かに言ってなかったね」
なんとなくあの四人の反応を見ていてわかっていたが、ここまであいつにぞっこんだとは。正直怖い
「あいつのどこが良いのかねぇ」
「全部ですね」
「あっはい」
独り言のつもりだったが即答されてしまった
「あの、私の方からも質問よろしいでしょうか」
「僕に答えられるものだったら何なりと」
僕がそう答えるや否や、顔を間近に寄せてきた
少しでも頭が動くと、お互いの鼻先が当たりそうになってしまう。マウストゥマウスならぬノーズトゥノーズか、中々マニアックだな
「あ、あの、近いんだけど」
「か、カズヒトさんの若い時の話を伺っても良いですか」
「あいつの若い時?」
怪訝な顔を浮かべたが、それが目に入っていないようで、顔を離し滔々と語りだした
「もちろん、今が老けていると言っているわけではありません。お年を召しているものの、そのお姿は老いを知らないかのように、逞しく頼りがいのあり、素朴でありながら華やかで品があります。若い方たちには決して真似することのできない、渋みと懐の深さを持っていて、紳士で冷静で思いやりにあふれている方です。少々下品な言い方になりますが、凄まじい大人の色気を持っています。端的に言って結婚したいです」
「あっはい」
何を言っているんだろうこの人。僕はポケットに手を入れて、翻訳機の玉があることを確認する。確かにあるな
「ですが、そんな今が素晴らしい方だからこそ、若い時はどのような方だったのかが気になってしまうのです。どういう経過をたどれば、カズヒトさんのような素晴らしい人になるのか。因みにですが、私の予想は優しくて思いやりのあり、そして厳しくもある、物語の主人公のような方と予想しています。カズヒトさんは、優しい口調で結構強引なところもあるので、一緒にいる人を楽しく振り回す、そういうのも素敵ですよね。他にも、頼りがいがありながら、怖がりというのも可愛くて素敵ですよね」
えっと、これはなんて答えればいいのだろう
若干引きながら、少しおかしくなっているハズキさんを見た
今もなお、あいつのことをべた褒めしている。よくもまぁ一人の人間のいいところが、そんなポンポン出てくるものだ
半分くらい、べた褒めというよりハズキさんの妄想だけど
しかしあれだな、自分の肉親をべた褒めされて、それで妄想されるのは、結構きついものがあるな。口に出して説明されているため、結構明確にその妄想シーンが頭の中で再生されてしまう、正直吐きそう。自分の知り合いがモデルになっている同人誌を読まされている気分だ
僕は「えっと」とハズキちゃんの言葉にかぶせ、垂れ流されている妄想を止めた
「いやぁ若い時って言われても、あいつがいなくなったのは七年前だから、あんまり覚えていないなぁ。それに僕は別に、あいつの十代二十代のころを知っているわけでもないからさ。下手したら、あいつに関してはハズキちゃんたちの方が詳しかったりするんじゃないかな」
「そう、でしたか」
目に見えて落ち込んだ
ついさっきまで、凛々しくも美しい、そんな表現が似合う姿だったが、残念美人という表現が似合う人になってしまった。まぁ近寄りがたい美女よりも、こういう可愛げのあるほうが好きだけど
「でも今とそんなに変わらないと思うよ。昔っから人を食ったように、ニコニコ笑っていて妙に鋭い。そんないけ好かないやつだったと思いますよ」
誰かに紹介するように、罵倒を交えたが、ハズキちゃんはそれに眉をひそめた
「カズヒトさんのことを悪く言うのはいただけませんね、お父様なのでしょ」
「お父様だからこそさ。家族を誰かに紹介するときは、恥ずかしくなってつい罵倒を交えちゃうものなんだよ。少なくとも僕の国では、家族を罵るのは一種の信頼の表れだったよ、信頼しているからこそ、相手が本心で言っていないことが分かるってね」
「ではリョウガさんがカズヒトさんに悪態をつくのも、信頼ということですか。以前授業で習った『ツンデレ』というものですね」
「いや、あいつは普通に嫌いだけど」
あっけらかんと答えた
それよりも、授業でツンデレを習うって、どんな学校に通っているのだろう
「いえ、学校で習ったのではなく、資格の授業です」
「資格?英検や漢検みたいなやつ?」
「エイケンとカンケンが何を指すのかはわかりませんが、私が習ったのは異世界検定です」
異世界検定なんてものがここにはあるのか。どんな問題を解くのかちょっと気になるな
「主に異世界のこと、つまりリョウガさんやカズヒトさんの世界についての文化や言語、思想などについてですね。具体的には、人が喜ぶ嗜好や文化遺産、流行の言葉などです」
「それってその資格を取ると何か便利なの」
「異世界の研究は、カズヒトさんが来てから飛躍的に進展していっています。もうすでに、異世界の方たちと交流や貿易を行うことだって視野に入っています。なので、異世界についての資格は、魔法の資格同等に今後の社会で重要になっていくのです」
そんな重要なものの授業に、ツンデレが出てくるのか。僕はクーデレの方が好きなんだけどな、あとであいつに言っておくか
にしても、大分ここの世界の人は「異世界」について踏み込んでいるようだ、交流や貿易まで視野に入っているなんて。僕なんて、今日まで異世界なんてものが実在しているとは思わなかったよ
あれ、もしかして僕、今とてつもない位置にいるのではないか。新大陸ならぬ新世界に一歩早く踏み込み、そこの生活や文化に触れ、来たるべき日本との交流や貿易の手助けを行う。少し違うが、ジョン万次郎のようなポジションに就けるかもしれない
「つまり、就活の必要がない」
「…何を想像されているのかはわかりませんが、もしこちらで職を探すのでしたら、様々な研究所に引っ張りだこになるかと思います」
僕のアホな妄想の最後の部分が口に出てしまっていたらしい
「簡単にここと向こうが行き来ができるようになったら、それもアリかな」
そう言いながら、適当に笑って誤魔化した
「親子二人で、異世界研究者としての地位を確立する、素敵だと思いますよ。私たちも微力ですが、お力添えをします」
「ハハハ、その時はお願いします」
取りあえず笑った
内心、あんな奴と一緒に仕事をするなんてありえないよ馬鹿か、と思ったが、いくらいろいろな意味で心酔している奴の息子とはいえ、口に出してたら蟠りが残るだろうな。だから取りあえず笑った
僕の生活を壊し、母さんを苦しめたあいつと一緒に、あいつと同じ道を辿るなど、どんなことがあっても真っ平だ
上手く笑えているかは自信がない
「…そ、そういえば、もう一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか」
なぜかぎこちなくなっているハズキちゃんを不思議に思いながらも「どうぞ」と僕は促した
「そちらの世界では、どのような女性が男性に人気があるのでしょうか」
「人気のある女性かぁ」
今ってどんな女の人が人気あるんだろう
そう考えている横で、ハズキちゃんは安心したように息をついた。どうしたのだろう
「まぁ人それぞれっていうのはありきたりかな。大丈夫、ハズキちゃんは僕たちの世界基準でも、人気のある部類に入ると思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「あいつも割とむっつりだから、適当に誘惑でもすれば満更でもない反応するんじゃないかな」
「確かに少しそわそわしていました」
あ、もうしたんだ
凛々しい美人のイメージは、もう完全になくなったな
僕は呆れたようにハハッと笑った。今度は自然と笑えた
そこで気が付いた
ああなるほど、ハズキちゃんに気を遣わせちゃったのか
こんなメイドさんがついているなんて、腹立つことにあいつは幸せ者だ
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