第四話 家族の顔を改めてみるとこんな顔だっけと思えてくる
「一気にむさ苦しくなったな」
そんなに広く無い部屋に男が二人。四人の少女がいた時よりも、空気が重く感じる
潤いが足りない。女の子って偉大だわ
「でしたら呼び戻しますか」
「あんたがそれでいいなら呼び戻したら、僕もおっさんと二人でお話って言うのはあまり好みじゃないんでね」
「口が減りませんね、誰に似たのでしょう」
「原石か河野かな。あぁすまんすまん、中学の時の友人のことだ、あんたは知らないだろうけど」
皮肉たっぷりに笑った
僕の笑みに、やれやれと言わんばかりに肩を竦めたが、その様子はどこか楽しそうだった
「さてさて、楽しい楽しい質問タイムに入ろうか」
僕はさっきまで少女たちが座っていた椅子に、勢いよく腰を下ろした。まだ温もりがある、なんて考えた僕は変態なのだろうか
「わざわざ間接的に温もりを感じなくとも、彼女たちに直接頼めばいいじゃないですか」
「人肌が恋しいから触らしてくださいってか」
それこそ変態の烙印を押されてしまう
「そうですか、私は普通に触ってますけど」
「セクハラオヤジ」
「特に嫌がっているわけでもありませんし、大丈夫だと思いますけどね。しかし、子供の手本となるのが父親、あなたが来た以上、慎んだ行動を心掛けねばなりませんね」
僕はフンッと鼻で笑い、何の話をしていたかを思い出す。そうだ質問だ
「まぁ問いただしたいことは山ほどあるけど簡潔に行こう」
「お手柔らかにお願いしますね」
僕の正面に座り、胡散臭い笑みを浮かべた。それが開始の合図だ
「まず質問その一、僕はどうやったら日本に帰れる」
「ここがどこなのかは尋ねないのですね」
「今までのやり取りで、大体予想はできている。そして何より、それを知ることにあまり意味はない」
「説明し甲斐のない人ですね。一応教えておきますと、アトムという国のニュースという町です。もちろん、地球上にアトムという国は存在しません」
つまりここは、地球ではないどこか、有体に言えば異世界ということか
「原子に知らせか、変わった名前だな」
「そんなこと言ったら、青森県は青い森ですし、三重県は三が重なるですよ。名前なんて、意味を知らなければ変わっているように感じるものですよ」
元も子もない気もするが、納得できない話でもない。キラキラネームなんてものは、その名前に込めた意味を理解せずに、周りが囃し立てているに過ぎない
だが今は、そんな話はしていない
「それで戻る方法ですが、私がここにいる、それが答えになりませんか」
チッと不機嫌な様を隠そうともせずに、舌打ちをした
こいつが今どういうつもりでここにいるのかは知らないが、ここに来た当初は当然戻りたいと思ったはずだ。それなのに、ここで新たな家族を作っている
「つまり帰る方法は無いと」
「いえ、早とちりしないで下さい。無いのではありません、帰れないのです。どこからお話しましょうか…」
少し顎に手を当て、ひげを何回か撫でている。懐かしい、昔ゲームで手が詰まった時よくそうやって考えていたな、こいつ。無くて七癖、いやこの場合は三つ子の魂百までかな
「先ほどお渡しした玉、あなたはあれをどう思いましたか」
「どうって…」
ポケットに入れていた玉を取り出し、少し眺めた
「便利な翻訳機」
「ええ、そういう意図で作ったのですから。ですがそれをどう作ったと思いますか」
そこまで言われればなんとなく話の中心が見えてくる
「言葉を直で翻訳する機械は日本にもあるけど、触れているだけで勝手に翻訳され、目に映る文字もすべて訳される、まるで魔法だね」
「ええ、この世界は科学が進んでいない代わりに魔法があるのです」
「へぇ」
「あまり驚かないのですね。そもそも、あなた順応性高いですね、異世界に来た、なんて聞いたら、普通はもっと慌てふためくと思うのですが」
「まぁある程度慌てふためいた後だからね、慌てるほどの元気が残ってないだけだよ。それにあんたは知らないだろうけど、今更異世界なんて珍しくないよ、今は猫も杓子も異世界転生だよ」
「どうなっているんですか日本」
ほんとにね
「そう言えば、昔からあなたはいろいろなゲームに手を出して、色々なルールを覚えてましたよね。順応性や適応力が高いのはそのためですかね」
「へぇ憶えていてくれたんだ、嬉しいねぇ。可愛らしい女の子に囲まれて、忘れ去られたと思ってたよ」
「フフ、そう拗ねているところを見ると、あなたの中ではまだ私の存在は忘れ去られてはいないみたいですね」
「言ってろクソおやじ」
吐き捨てるように言った
「それにしても魔法かぁ、あんたは何か使えたりするの」
「いえ、残念ながら全くですね。科学の代わりと言いましたが、実際に魔法を使えるのは特別な才能がある、ごく僅かな方たちだけですよ。因みにホシロさんが使えます」
最年長の人か。ならもしかして、僕が翻訳機を叩きつけたとき、あまり良い気はしていなかったのかもしれないな、後で謝っておこう
「仮に魔法が使えても、起こるのは軽微な現象だったり、ひどく限定的な効果のものだったりします。科学の方が断然便利ですね」
ファンタジーのように上手くはいかないのか
「まぁ魔法については、なんとなくだけどわかったよ。要するに使い勝手の悪い、どころかそんなに使える人のいない、不思議な技術ってことでしょ」
「ええ、その通りです」
「でもさ、それが僕の質問とどんな関係があるわけ」
「私がここに来たのも、あなたがここに来たのも、その魔法が原因ということですよ」
魔法が原因、当たり前といえば当たり前の結論だ
今の科学で、人を寝ている間に異世界に送る機械なんてものは存在しない。だったら、僕がこっちに来た原因は、異世界の方にある
数多の創作物の中で、異世界には魔法という、どんな物事に対してもこじつけることができる、素敵な力がある
よって、僕がここに来たのは魔法が原因である
「数年前、誰がどういう意図でその魔法を使用したのかはわかりませんが、こちらの世界でとある魔法が使用されました、その魔法は異空間転移魔法、読んで字のごとく、全く別の空間に、物を送ったり取り寄せたりすることのできる魔法です。その魔法によって取り寄せられたのが」
「あんたってわけか」
「大まかな粗筋はそんなところです。前置きの方が長かったですね」
「でも来れたってことは、その魔法を使えば帰れるってことじゃないのか。そりゃ最初は言葉も通じなくて頼る当てもない、苦労の連続かもしれないけど、この屋敷を見る限り、あんたはここである程度の地位を築いているんだろ」
「ええ、ですから帰る方法が無いのではなく、帰れないのです」
つまりここからが本題というわけか。テレビとかだったら、いったんCMが入るが、テレビと同じなのは、本題をグダグダと引き延ばすところだけだ
「あなたが言ったように、ここに来たばかりは苦労の連続でした。愚痴を自分の子供にこぼす趣味はないので、どんな苦労だったのかは割愛させていただきます、おっさんの苦労話なんて、聞きたくないでしょ」
「話したいなら話したら。僕は適当に聞き流すから」
「遠慮しておきましょう。父親たるもの、家族に弱みを見せるわけにもいきませんからね」
「へぇ相変わらず素晴らしい志なことで」
幼い時は、こいつのこういう姿勢に憧れを抱いたものだ。今や、家族ほったらかして何ほざいているんだって気分になるけど
「そして、なんやかんや苦労した結果、今ではそこそこ良い仕事と良い生活ができていますよ。それこそ、私の一声で、この町で探せないものはありませんし、王都のほうでも、結構融通を利かせてもらえます」
「そりゃご立派なことで。拍手でもした方が良いかな」
何回かパチパチと手を叩き
「それで、要するに何?愚痴はこぼしたくないけど自慢話はしたいの、言っておくけど、今のところへぇすごいねっていう感想しかないからね」
「要するに、多大の力を手にすることができましたが、それまでに莫大な時間がかかったということです」
「時間…」
こいつがいなくなって七年、莫大と言えば莫大なのかもしれないな
「結果だけを言いますと、あなたや私を元の世界に戻す魔法は確かに存在します。ですがそれを使用する条件はひどく厳しいものです、そしてなにより、私がここを離れるのは…」
僕は変に茶化さずに、口ごもる様子を見た
「酷なことを言いますが、仮に異空間転移魔法の使用条件が整ったとしても、私はそれを使用することはできないと思います。帰るには、大切なものが出来すぎました」
申し訳なさそうに項垂れたそいつからは、先ほどまでの底知れない雰囲気はなく、今にも消えそうに燻っている燃えカスのように感じた
「ふざけるなよ…」
下を向いていた顔が、僕を捉えた
「ふざけんなよ、じゃあ僕たちは大切じゃないとでもいうのかよ。新しい家族ができたら、僕と母さんはお払い箱かよ」
「別にそう言っているわけでは…」
「こことあっちの大切なものを天秤にかけ、ここのを取った。つまり僕と母さんは、そんなに大切なものじゃないってことだろ」
「どっちも大切です、順位なんてつけられません。しかし、二つ大切なものがあって、片方は手の届かない場所にあり、片方は手を伸ばせば届く位置にある、ならば手の届く位置のものを守るのが、効率的ですよ」
「そういう問題じゃ…」
無いだろ、と続けることはできなかった
そういう問題なのだ
家族と同じくらい大事なもの、誰だってそれを持ている、勿論僕にだって
その大事なものと家族、どちらか一方しか守れないとしたら、もし僕だったらどちらを取るか、その時になってなってみないと分からないが、多分手が届く範囲にあるものを取るだろう
「重要度の問題ではなく距離の問題なのです。信じてもらえないかもしれませんが、私はあなたと母さんのことは一時も忘れずに、愛していましたよ」
普段なら、気持ち悪いこと抜かしてんなよおっさん、ぐらいの暴言は出てきそうなものだが、愛していたという言葉に、ひどく安心感を覚えた
「…じゃあもし、僕が何かしらの危機に陥った時、あんたは助けてくれるのか」
自分でも、恥ずかしいと思う質問だ。面倒な女か、もしくは子供のようだ
「助けますよ、この命をなげうってでも。万難を排して、助けに行きますよ」
と、即答した
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます