第三話 第一印象を制する者は一学期を制する
「(はーい皆さんこちらに注目、今日から当面の間ここで一緒に生活することになりました、榊凌雅君です、皆さん仲良くしてあげてくださいね)」
僕は今転校生を紹介するように、黒板にでかでかと名前(だと思う。当たり前だが、言葉が通じないことは文字も読めないということだ)が書かれ、4人の少女の視線に晒されている
傷の手当、と言っても大した怪我じゃないが、それを終え、言われるがままに一つの部屋に案内された
夥しいほどの本、机の上に山のように積まれた何らかの資料、そこはまるで研究室のようだった。四人の少女は、長机を二つくっつけて作った大机を囲うように座っている。転校生というより、何処かの研究室の入室のようだ
「えっと、今これなんの時間」
「あなたの紹介の時間ですね、今の家族に」
「へぇ今の家族ね。昔の家族として興味あるな、あんたの今の家族」
「おやおや、皮肉なんてものを覚えましたか。成長しましたね」
「そりゃ僕も高校生、育ち盛りの成長盛りだからね、それに去年あんなことがあったし…おっと、あんたに去年のことを話しても仕方ないか」
「口も大きく育って、嬉しい限りですよ」
「ええ、喜んでくださいよ、あんたの知らない僕の成長を」
二人で笑い合ったが、お互い目が笑っていない
「(ねぇ、なんかあの二人怖いんだけど。なに言っているかわかんないけど怖いんだけど)」
「(うん、大人の人がわぁって怒鳴るよりも、こっちの方が少し怖いですね)」
「(ヒアイさん、あなたが連れてきた方なのでしょ。何とかできないの)」
「(無茶言わないでよ、私の異世界語学の成績知っているでしょ、最高60点だよ。ハズキがこの中で一番成績いいんだから、ハズキが何とかしてよ)」
「(お姉ちゃん、それ何の自慢にもならないよ。あとそのテスト、お姉ちゃん以外みんな満点だったよ)」
「(え、嘘)」
「(60点って、ヒアイさん、あなたあのテストそんなに低かったのですか)」
「(ま、まぁまぁ今はそんなこと置いといて)」
「(そうだよー、ヒアイちゃんが頭の中空っぽのポンコツなのは今に始まったことじゃないよー、おバカちゃんのことは置いといて、今は新しく来た子についてだよー)」
「(ホシロ、喧嘩売ってるなら買うわよ)」
何を言っているのかはわからないが、なんだか姦しくなってきた
クラスで、休み時間になると意味もなく騒ぎ始める女子たちを思い出す
「再会を喜んでいるうちに、どうやら彼女たちには退屈な思いをさせてしまったらしいですね」
「流石に長年ここにいると、ここの言葉も容易く理解できるようになっているんですね」
「やれやれ、そんなに皮肉ばかり言う子に育てた覚えはないのですが」
「生憎と、僕もあんたには途中までしか育てられてないからね」
「ハハハ、それもそうですね。ちょっと待っていてください」
たくさんの資料が積んである机の引き出しから、赤いビー玉のような玉を取り出した。よく見てみると、どういう原理なのか、ガラスの玉の中で炎が燃えている。不思議な魅力がある
「これは?」
「可愛い可愛い息子に、パパからのプレゼントですよ」
「あっそ、ありがとうパパ、大事にするよ」
そう言って、玉を床に叩きつけた
ガンッと大きな音が部屋に響いたが、玉には傷一つついていない。かなり丈夫だ
「ごめんごめん、手が滑っちゃった。それで結局これは何?」
叩きつけた玉を拾いながら、質問をしたが、答えを聞く前に答えが分かった
「ちょっとあんた、カズヒトさんから頂いたものを叩きつけるなんて、失礼じゃない。謝りなさいよ」
この屋敷に来る途中、肩を貸して引っ張て来てくれた少女が、きつい目をさらに睨みを利かせ、日本語で抗議してきた
「お、お姉ちゃん落ち着いて。でも、あなたも人から頂いたものを、そんな風に扱うのはよくないと思います」
妹ちゃんかと思っていた女の子も、日本語を喋っている。それと、やっぱり姉妹だったんだ
ああ、なるほど
「…つまりこのビー玉もどきは、翻訳機ってことか」
「ええ、さしずめ翻訳こんにゃくですね」
「懐かしい例えだな」
「そうなんですか、どこでもドア、タケコプターに次ぐ王道の秘密道具かと思ってましたよ」
「劇場版だと出るけど、僕はテレビ派だから」
「昔はよく見に行ったものですね」
「僕はどちらかというとクレしん派だったから、一生懸命だったのはあんただけだったよ」
「あんなに面白いのに」
何はともあれ、本当にこの玉はすごい
どういう仕組みなのかはわからないが、これを持っているだけで、言葉は全部日本語に聞こえるし、文字もすべて日本語で読める
まんま翻訳こんにゃくだ
「聞いてるの、訳の分からない話で盛り上がる前にやることあるでしょ。私は恩を仇で返す様な人が一番嫌いなの」
なるほど、僕を連れてくる途中、なんかいろいろ騒いでたけど、こんな感じに騒いでいたのか。この調子じゃ、結構きつめの言葉を言われてたんだな
「まぁまぁ落ち着いてくださいヒアイさん、私はあまり気にしてませんよ」
「カズヒトさんは人が良すぎるんですよ、そういうところも素敵ですけど、結婚したいですけど。でも、だからこそ、こいつの態度が気に食わないんですよ」
「大切な人が馬鹿にされると、自分が馬鹿にされるとき以上に腹が立つってやつだね、馬鹿にされた本人がそのことを意に介してなくても」
「その通りなんだけど、なんであんたが私の心情を解説しているのよ」
折角、隣で何で少女が怒っているのか、分かってなさそうに立っているおっさんにもわかりやすいように説明したのに、キッと睨まれてしまった
ふむ、どうやら向こうの言葉が日本語に聞こえるように、僕の言葉も向こうの言葉に翻訳されるらしいな。便利すぎだろ
「そうだったのですか、ヒアイさんのお気持ちはとてもありがたいです。大切な人だなんて、照れちゃいますね」
照れるなよ、中年オヤジが
「悪かったよ、せっかくくれたものを叩きつけて」
「おや、素直に謝るのですね、あなたくらいの年頃の男は無駄に反発するものだと思っていましたよ」
「あんたがいない間に世間は変わったってことだ。いない間に」
「なんで二回言ったんですか」
それに当面はここを拠点として、帰るための情報だったり、あいつについての情報を集めるため、できる限り蟠りはないほうがいい
ヒアイと呼ばれた少女は、渋々元の席に戻った
「さて、言葉の壁がなくなったところで、改めて紹介をしましょうか」
そう言って僕の背中を押した
「こちらは榊凌雅、私と同じ世界、同じ国から来た私の可愛い息子です。まぁ性格はちょっと捻じれちゃったようですけど、私の記憶が正しければ根はやさしい子だったと思いますよ」
「なんだよその紹介、それだと僕が性格悪いやつってことしか伝わらないんだけど」
「でも私に知ったように紹介されると、引っかかるところはありますよね」
内心舌打ちをするが、特に反論せずに笑顔を浮かべる
「皆さん初めまして、ご紹介にあずかりました榊凌雅です。急にやって来て暫く厄介になると聞いて、困惑されているかと思いますが、どうか皆様の広い心で受け入れてください。よろしくお願いします」
流暢に、だけど早くなりすぎないよう気をつけながら、適当な挨拶を口にしたが、どうやらあまり受けがよろしくない。やはり僕の笑顔は胡散臭いのだろうか
隣の中年は、笑うのを我慢しながら、今度は僕の方に体を向けた
「凌雅、彼女たち四人が今一緒に暮らしている、言わば家族のような存在です。彼女たちには主に、家の手伝いや研究の手伝いをしてもらっています」
みんな自慢の家族ですよ、そう付け足して、一番近くに座っているヒアイと呼ばれていた少女の後ろに立ち、肩に手を添えた
セクハラだセクハラ
「まずあなたと何かと縁のあるこの子。この子の名前はヒアイ、年齢は大体あなたと同じくらいですね。口がちょっと悪くて、だらしないところがありますけど、運動神経抜群で、仲間思いなとても優しい子なんですよ」
そう紹介されたヒアイは
「えへへへ、恐縮です」
とニヘラッと笑った
「リョウガ、この仲間想いで優しいヒアイ姐さんに、困ったことがあったら何でも聞きなさい」
「はい、頼りにしてます」
僕は笑顔で会釈をした
「森であんなこと言っておきながら、調子が良いんですから」
「ヒイロ、シーッ」
慌てて隣に座る女の子の口をふさいだ
「フフッ、まぁ良いでしょう。では次は、今口をふさがれたヒイロさんです。顔と名前を見ればわかると思いますが、ヒアイさんの妹で、この中では最年少ですね、マスコットポジションです。しっかり者ですが、ちょっと人見知りなところがあるんですよ」
「ぷはぁ、えっと、ヒイロです、よろしくお願いします」
はにかんだ笑顔を浮かべながら、ぺこりと可愛らしくお辞儀をした
「可愛いでしょ、私の妹」
「可愛いでしょ、私の家族のマスコット少女」
「いや、まぁ確かに可愛いけど」
なんでお前らが自慢げなんだよ、なんだよマスコット少女って、聞いたことないよ
「もぉ、お姉ちゃんもカズヒトさんもやめてください。恥ずかしいですよぉ」
この子もこの子で、結構あざといぞ
「…あれだな、美少女ものの漫画に出てくる感じだな、もしくはライトノベルの、メインキャラの妹」
「あなたもそう言う漫画を読むようになったとは、成長が見れてうれしいような、色気づいて悲しいような」
「うるせえ。早く次の紹介をしてくれ」
「ではお言葉通りに。ヒアイさんの正面に座っているヒラヒラの、エプロンドレスを着ているのはハズキさん。主にこの家での家事を担ってくれている方です、あなたも家のことで分からないことがあったら、彼女に聞いてください」
紹介を受け、ハズキさんは静かに立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。僕もそれにつられて頭を下げたが、比べ物にならないほど不格好になってしまった
「ハズキと申します。ご不明な点がありましたら、何なりとお申し付けください」
メイドのようなヒラヒラした格好からは想像できない、凛として美しい佇まいだ
日本でメイドというものが、どれだけ嗜好重視なのかがよくわかる
「えっと、あの、では早速質問なのですが」
その空気に圧倒され、若干口調がしどろもどろになるが、何とか言葉を紡ぐ。若干名、僕が美人を前にしどろもどろになるのを笑っている奴がいるが、気にしている余裕はない
「その恰好は、ここでは普通なのですか」
「…それはいったい、どういう意図での質問なのですか」
「いえ、可愛らしいメイド服だなと思いまして」
「この恰好は、あなた方の世界での召使の格好と伺いました。カズヒトさんに養ってもらっている身、誠心誠意尽くす意を込めて、カズヒトさんの世界のものと合わさせていただきました。そちらの世界では、召使はこういった格好をするのが一般的なのですよね」
横目で、そのカズヒトさんを見た
「いや、私もどんな格好でもいいと思ったのですが、どうしても私に合わせたいと言ってきたので、召使の格好なんて思いつかないですし」
「で、メイド服を提案ですか。しかもミニスカニーソのメイド服とは、いい趣味してますね」
「でも、そこで正しいメイド服を提案していたら、それはそれで思うところもあるでしょ。良い歳したおじさんが詳しいメイド服の構造を知っているのは」
「メイド喫茶にあるようなメイド服の構造を詳しく知っていた時点で、大幅にアウトだよ」
「可愛くていいじゃないですか」
触れてはけないものに触れてしまった気分だ。なんでこんなところで、実の父親の嗜好に触れなきゃならんのだ
少しげんなりとした気分で、最後の少女の紹介に移った
「最後に、ハズキさんの隣に座っているのがホシロさん。いつも笑顔で優しい方ですよ、この中では私を除くと、一番年上になりますね」
「カズヒロさぁん、女の子の年齢について言うのは、デリカシーに欠けますよぉ」
間の抜けか伸びた声で、朗らかに意見する
この中で最年長ということは、僕よりも年上ということか。おっとりとした大学生のお姉さん、といった感じだ
「これは失礼しました、ですが最年長と言っても年齢を気になさるほどの年でもないでしょう、むしろ男性にとってはリードしてくれる大人の女性は、魅力的に映りますよ」
「もぉ、カズヒトさんは本当に上手なんだからぁ」
「何が上手なんでしょうね、私は思ったことを言っただけですよ」
「えへへ、そう言ってもらえて嬉しいなぁ」
なにこれ
何が悲しくて、良い歳したおっさんが女性を口説くところを間近で見なくちゃならんのだ
「よろしくねぇリョウガ君。私のことはお姉ちゃんと呼んでくれて構わないよ」
「よろしくお願いしますね、ホシロさん」
「お姉ちゃん…」
自身を指さして、物足りなさそうに呟いた
「さて、これで一通りの自己紹介は済んだところで、質問タイム…と言いたいところですが、凌雅は右も左もわからないままここに来たことですし、大分疲れているでしょう。皆さんには、凌雅の部屋と食事の支度をお願いしたいのですが」
僕を労わってくれるような言葉だったが、それは息子に対する言葉ではなく、お客さんに対する言葉だった
まぁ今更息子扱いされても困るのだがね
四人の少女、ヒアイ、ヒイロ、ハズキ、ホシロは姦しく喋りながら、部屋を出ていった
「また後でね、リョウガ。ここでのルールを教えてあげるよ」
「ゆっくり休んでくださいね」
「失礼します。何か必要なものがありましたら、遠慮なく言ってください」
「ばいばーい、次はゆっくりお話ししようねぇ」
残ったのは中年と高校生
父親と息子というわけではない
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