第二話 知り合いが外国語喋ると置いてけぼりにされた気がする

「(全く、うるさくて碌に山菜取りができやしないわよ。今日は珍しくヒトクイが寄って来ないと思ってたら、まさか別の人間と戦っている最中、しかも結構な深手を負わされているなんてね)」

ドロップキックをかました少女は、服の裾を払い、ぶつぶつと僕と獣を交互に見ながらつぶやいた

赤く綺麗な瞳に二つに結ばれた青く長い髪、着ている黄色い服はどこかの民族衣装を連想させた。正面から見ると、信号機みたいな配色しているな

しかし最も注視すべき点はそこじゃない、信号機でも伸びている獣でも、顔面偏差値80のルックスでもそこそこ大きいおっぱいでもない

「今の言葉、どこの国だ」

今まで聞いたこともない言語を、この子はぺらぺらと喋っている

そりゃ僕はまともに世界のことなんて知らない、まともに聞き分けられる言語なんて、日本語と英語と理解はできないけど中国語くらいだ。しかしなんというか、今の言葉はそういう括りではない

僕が無知なだけかもしれないが、例えば、アメリカやヨーロッパの方の言語は、英語の親戚みたいな聞こえ方をするし、アジアの方の言葉とヨーロッパの方の言葉には、理解ができなくても雰囲気というか、系統が違うことが明確にわかる。もっと言えば、言語の意味を理解できなくても、どこら辺の地域なのか、おおよその推測ができる

「(で、あんたはいったいこんなところで何やってたの)」

しかしこの言葉には、それが全くできない。どこの大陸の言葉なのかすらも、予想できない

「…少し寝ている間に、全く知らない国に移動させられたのか、全く知らない世界に移動させられたのか。どっちの方が確率高いかな」

「(はぁ、あんた今何言ったのよ)」

少女に聞こえるほどの大きさで独り言を言ってみたが、彼女の訝しげな表情を見る限り、日本語は通じないと見て問題ないだろう

どうしたものか

言葉が通じないと完全にお手上げなんだよなぁ

と、本当に両手を大きく上げようかと思い始めた時、茂みの方からガサガサと音がした

「(お、おねぇちゃん、そっちは大丈夫でしたか)」

現れたのは、可愛らしい女の子だ

少女と同じ、赤い瞳に青い髪だが、女の子の方は髪を短く切りそろえていて、緑を基調にした民族衣装のようなものに身を包んでいる

顔立ちも似ているし、姉妹なのだろうか。美少女姉妹とは羨ましい、ちょっとお兄ちゃんと呼んでもらいたい

「(あ、見て見てヒアイ。ヒトクイがうるさかったから黙らせたら、なんか変なの見つけた)」

恐らく、僕がいたことを説明しているのだろう、木に凭れかかっている僕を親指で指した

「(変なの?って、ええ、怪我しているじゃないですか。怪我人を変なのなんて呼ばないで下さい。大丈夫ですか、すぐ町の方で手当てをしますね)」

近くに駆け寄って何かを言っている。表情から察するに、心配しているのだろう

「ハハハ、こんなかわいい女の子たちに心配してもらえるなんて、嬉しいねぇ」

「(ね、変な言葉でしゃべるでしょ。でもどこかで聞いたことがある気がするんだよね)」

「(お、お姉ちゃん、この言葉、多分だけどカズヒトさんと同じ異世界語だと思う。カズヒトさん以外で流暢に話すのは初めて見るけど)」

おや、この子は日本語に反応した。もしかして通じるのかな

「(異世界語)」

「(お姉ちゃんって異世界語の授業を受けてたよね。そんなんだと、また赤点でカズヒトさんの補修を受けることになっちゃうよ)」

「(えへへ面目ない。でもカズヒトさんの補修なら望むところだけどね。つまり、こいつは異世界人ってこと、へぇ。カズヒトさんは異世界人はみんなイケメンって言ってたけど、そうでもないんだね)」

「(お姉ちゃんっ。失礼だよ)」

「(別に通じてなさそうだし良いでしょ。でもこいつが異世界人となると、一応カズヒトさんのところに連れていった方が良いよね)」

「(うん、町のお医者様に見せるよりも、私たちで手当てして、カズヒトさんに判断を仰ごう)」

まじまじと顔を見つめられた。あれかな、僕の溢れんばかりのカリスマやイケメンオーラが、言葉の壁を超えて通じちゃったのかな

フッ、サービスだ。僕はとっておきのキメ顔で、二人に笑いかけた

サササッ

二人の距離が数メートル離れた。言葉は分からないが、二人ともなぜか怯えている

あれかな、僕がクールな肉食系過ぎて食べられちゃうと思っちゃったのかな、可愛い子猫ちゃんたちめ

ササササササッ

また数メートル離れられた

わかっているよ、わかってますとも、言葉が通じなくてもわかりますよ。急に笑い出した、何こいつキモイ、とか何とか言っているんだろ、あー良かった言葉が通じなくても心は通じ合えたよ、僕はここでもやっていけそうだな、チクショウ

「(こいつこのまま放置でよくない?私たちは何も見ていなかったってことで)」

「(で、でも、もしかしたらカズヒトさんの研究の力になるかもしれないよ、ちょっと変な人ですけど、一応連れていった方が良いんじゃないのかな)」

「(怪我していて、動かすのが大変そうなんだけど)」

「(身長が同じくらいみたいだし、お姉ちゃんが支えてあげたら)」

少女の方は僕の方を見て、ものすごく嫌そうな顔をしているのだが。なにこれ、そんなにさっきの顔がダメだった、ごめんなさいなんでもいうこと聞くから見捨てないで

「(いい機会ですし、偶にはカズヒトさん以外の男性の方と接点を持ったらどうですか。物理的にも)」

「(あんただって私と似たり寄ったりな気がするんだけど)」

「(私は偶に買い物の手伝いや、カズヒトさんの助手として、色々なところに行って色々な人とあっているので。男性経験は豊富です)」

「(うわぁ、妹の口からそんなこと聞きたくなかった。年端もいかない妹の口から、男性経験が豊富って…ごめんねお姉ちゃん、もっとあんたを大事にするね。寂しい思いをさせないからね)」

「(変な風にとらえないで下さい。それよりも、早くこの人を連れて言いましょう、一応怪我人なんですから)」

揉めていたみたいだが、少女はため息をつきながら僕の方に歩いてきた

「(……触っても大丈夫だよね。爛れたりしないよね)」

「(言葉通じなくてよかったです。異性に触れられる前にそんな確認されたら、結構ショックですよ)」

なんて言っているかはわからないが、どうやら僕に肩を貸してくれるらしい。差し出された手をつかみ、僕の手を肩に回された。女の子って肩まで柔らかいんだな

「(ぐへぇ、重い、後なんか汗臭い、ついでに手つきが嫌らしい)」

「(そこまで言わなくても…)」

「(じゃあ担いでみなさいよ)」

「(それはちょっと)」

言い合いをしながら歩いて数分、森を抜けて整備されている道に出た。両脇には畑や牧場が広がり、豚や牛、見たことの無い哺乳類(おそらくここの固有種だろう)の独特なにおいが鼻につく

そこを管理しているであろう、農家の方たちの家は、石煉瓦と木組みでできている

「西洋の田舎って感じがして、中々お洒落じゃないか。葡萄畑はどこかな」

西洋の田舎と言ったら葡萄畑だよな

「オリーブ畑かオレンジ畑、ライ麦畑でもいいな。捕まえてほしいものだ、読んだことないけど。それにしても、なんで日本の畑って根菜類とか、レタスとかキャベツとか、泥臭いものが多いんだろ。別に馬鹿にしているわけじゃないけど、畑に色彩が足りないよね」

道の先に見えるたくさんの建物の塊、あれは町かな。時代背景にもよるけど、都市って言い方もできる

「中世って感じかな。何度か馬車とすれ違ったし。しかし整備されているとはいえ、こんなぼこぼこの道を馬車で通ったら、尻が痛くなりそうだ。車って偉大だったんだな」

「(ねえあんた、さっきから何をぶつぶつ言ってるのよ)」

独り言を言っていると、こっちを向かれて何かを言われた。肩を借りながら首を向けられると、顔が当たりそうになる。こんな至近距離で女性の顔を見ることがなかったから、かなりキョドリそうになる、よかった言葉が通じなくて、情けない姿を見られるところだた

「(言葉は通じないと思うんだけど)」

「(そんなことは分かっているわよ、でも耳元で意味わからないことをぶつぶついわれてちゃ、文句の一つでもいいたくなるのよ)」

「しかしあれだな、思った以上に普通だな。僕の予想が当たろうと外れようと、ここは日本でないことは確実、ならもうちょっと面白い生き物や文化があればいいんだけど。まぁこうしてかわいい女の子に支えられて移動するなんて、日本で生きていたらまず体験しないことだろうね。だけど刺激が足りないなぁ、生の危機に瀕する刺激じゃなくて、性に関する刺激がいいなぁ」

「(…やっぱりこいつ放置してきてよかったんじゃないかな。わざとじゃないの、普通聞こえてないからって、こんなに独り言言わないわよ)」

「(ま、まぁまぁ)」

さらに数分歩き続けると、町についた

馬や人が荷車を引き、多くの露店がひしめき合い、コンクリート?何それ?と言わんばかりに、全ての建物が木造建築だ

飛び交う喧騒は、日本とは比べ物にならないほど活気に満ち溢れている

「(今日は野菜が安いよ、西の方から大量にとれたんだ)」

「(おーい、酒のおかわり持ってこい)」

「(この山菜を買いとるなら、300アインってところかな)」

「(てめ、俺のポテトフライとっただろ)」

きょろきょろと眺めながら歩いていると、他の立ち並んでいる家とは、比べ物にならないほどの大きな屋敷についた

「もしかしてこれはあれかな、ここら辺の土地の地主に僕の処理について判断を仰がれるのかな。最悪、奴隷として売られる可能性すらあるぞ」

ぶっちゃっけ、この二人の家に厄介になろうと思っていたが、美少女姉妹のお兄ちゃんでもやろうかなとか思っていたが、流石に人生はそんなに甘くないのかな

「(ヒイロ、カズヒトさんに話しつけてきて。私はこれ下したら少し休む)」

「(わかりました。カズヒトさーん、カズヒトさーん…)」

女の子の方は屋敷に入り、奥に進んでいったのか、次第に何かを呼ぶ声が遠くなっていく

無遠慮に大声を上げて入っていくのをみると、この二人の家ってことでいいのかな

もしかしてお嬢様とかなのか

「まぁそれにしても、でかい屋敷だ。誰が住んでいるのかは知らないけど、よほどの金持ちなんだな。男たるもの、これくらい大きなお屋敷を手に入れる、くらいの野望は持たないとな」

でもこれだけ大きいと、掃除とか大変そうだな。メイドか、メイドを雇えばいいのか

だけど実際メイド雇ったらさ、他人が自分の住んでいるところを行き来するってことになるよな、僕結構神経質だからそういうの気になっちゃうんだよねぇ。それにメイドって言っても、若くてかわいい女の子とは限らないんだよね、普通のおばさんとかが来る可能性もあるんだよな。人には身の丈に合った暮らしってやつがあるからな、そう考えると、僕には大きなお屋敷というものは、身の丈に合わないってことか

「(もぉ変なところで止まってないで、入った入った)」

屋敷の外観から、物思いに耽っていると、中に入るように引っ張られた

扉を開けて、真っ先に目に入ったのは、綺麗にそろえられていくつかの靴だった

「ふむ、西洋のほうかと思っていたが、靴はぬぐ文化なのか」

「(靴はここではちゃんと脱いでよ。絨毯って結構高いんだから)」

靴を指さした。おそらくちゃんと揃えろって意味だろう、ジェスチャーが付くと結構わかるようになってきたな、もしかして僕って才能あったりするのかもしれない

玄関の段差に腰を下ろして、端にそろえた靴を置いた

「(はぁー疲れた。ただでさえ肩が凝りやすいのに、今日は一段と凝っちゃうよ。そうだ、後でカズヒトさんに揉んでもらおっと)」

僕の隣で、靴を丁寧にそろえ終えた少女は、その場で大きく伸びをして、ゴロンと横になった

そこそこ大きなおっぱいが、急に自己主張しだしたのである。目のやり場に困るほど初心ではない僕は、取りあえずガン見した

「(やれやれ、男性のお客さんを前にしてあまりだらしなくするものじゃありませんよ。あなたも年ごろの娘なのですから)」

玄関から続く廊下から、男の声がした

勿論何を言っているかはわからない。が、寒気のようなものが一瞬で僕ん身体を駆け巡る

「(そんなだらしがないと、お嫁さんの貰い手がなくなっちゃいますよ)」

「(別にいいですよ、私はカズヒトさんのところにずっといますから)」

「(おやおや嬉しいことを言ってくれますね)」

「(あ、本気にしていませんね。カズヒトさんになら、私おっぱい揉まれてもいいって思っているんですよ)」

「(ハハハ、ではそれはまた後日にでも堪能させていただきましょう)」

後ろに数人の女の子を引き連れて現れた、この屋敷の主は

彼女たちの会話でちょくちょく聞こえていた、聞き間違いだと思っていた単語、カズヒトは

その声、その顔は

「なんで、なんであんたがここに」

「驚きましたよ凌雅、まさかあなたがここにきているだなんて」

「なんであんたがここにいるんだよ、クソ親父」

僕にしては珍しく、声を荒げた

そこに立っていたのは、カズヒトさん。榊和仁、僕の父親だった


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