第144話 アラートア
氷の上をしばらく進むと、ドロシーから新たな情報が送られてきた。
映像では真っ白に続く氷雪地帯の向こう側が黒くなっている。
海だ。
「見たか? 左の方に海があるぞ」
魚釣りが大好きなクロがいたら過剰に反応していたに違いない。
久しぶりに刺身が食べたいな。
こちらの世界へやってきてそろそろ一年が経つけど、生魚を食べていない。
醤油はないけどカルパッチョなどなら作ることができるぞ。
この海にはどんな魚がいるんだろう?
「なあ、海の方へ行ってみないか?」
久しぶりに新鮮な魚介類を食べたい俺は皆に提案してみた。
ラーサ砂漠にも沿岸部はあるらしいが、俺たちはずっと内陸部を移動してきている。
「アラートアを探さなくてよいのですか?」
マリアは真面目だな。
「それなんだけどさ、ひょっとしたらアラートアなんて集落はないような気がするんだ」
雪と氷ばかりの景色を見て考えたんだが、ここはツンドラ地帯のような場所ではないだろうか?
だとしたら農業はやっていけないだろう。
とても作物が育つような環境には見えない。
農業がやっていけないのならば狩猟が中心の移動生活になるはずだ。
八層に住む人たちは一つの地域にずっと住む定住型ではなく、獲物を追いかけて移動する生活を送っているんじゃないかな。
100年前の伝説の冒険者パリーが率いる「アレクサンドロス」、彼らが発見したのは現地民の仮の住居だったのではなかろうか。
「だから再びパリーがアラートアを訪れた時、その集落は消えてなくなっていたのですね」
「まあ、推測でしかないけどね」
アラスカに住むイヌイットは雪や氷でイグルーというカマクラのような家を作るそうだ。
八層に住む人たちも似た感じなのかもしれないな。
「なんでもいいから海の方へ行ってみようぜ」
ジャンがやけに乗り気だ。
「もしかして海を見るのは初めてか?」
「ああ、赤ん坊の頃に海を越えてネピアに来たんだが、さすがに覚えちゃいねえよ」
そういえばジャンは隣国のフランセアの生まれだったな。
「でっけえんだろ? 一度見て見たかったんだよ!」
ボニーさんを見ると無言で頷く。
行ってみたいんですね。
「よし、進路を西へずらすぞ」
二台の車両は雪上を滑るように進んだ。
轟轟と海鳴りを響かせながら黒い海がうねっている。
「なんか俺が想像していたのと違うな……もっとこう、ハッピーな感じを期待してたんだけど」
ジャンよ、それは南国の海だ。
今いる場所は昼間なのに薄暗くて、黒い海だ。
「あれだろ? 青い海と白い砂浜だろ」
「そう! それだよ!」
水着の女の子がいっぱいいるところな。
日本人の青少年は白のビキニが一番好きなんだって。
その意見に対しては俺も全面的に支持しよう。
パティーが着てもマリアが着ても似合いそうだ。
だけどボニーさんは白よりも黒いビキニの方が似合いそうだな。
そうか!
白はお胸のおっきい人が似合うんだ!
「どうしたおっさん? ぼーっとして」
極寒の海を前に、鼻水を垂らしながら現実逃避をしていたようだ。
いかん、いかん。
「全員口を閉じろ」
ヘッドフォンからボニーさんの低い声が刺すように響いた。
俺の心が読まれたわけではない。
俺たちは今海を臨む高台にいるが、ボニーさんは少し離れたところから違う場所を見下ろしている。
魔物か?
もしくは野生動物でもいたのかもしれない。
身を低くしてボニーさんの横に移動する。
彼女の指さす方を見ると、人間がいた。
動物の皮で作った服を着ている。
何をしているのかと観察していると、この寒空の下で魚を釣っているようだ。
双眼鏡を使って確認すると10代後半の女の子だった。
顔は……モンゴロイド系みたいな感じ!
この世界にも俺と似た系統の人種がいることがわかって少し嬉しいぞ。
あそこへ行けば俺だって平たくない。
俺は普通なんだ!
「コンタクト……とる?」
「そうですね」
やっぱり現地の情報は現地人に聞くのが一番だろう。
それに彼女一人で住んでいるわけでもないだろうし、他にも人はいるはずだ。
俺は彼女を驚かせないように車両ではなく、一人徒歩で近づいていった。
「おーーーい」
警戒させないように少し離れたところから声をかける。
マスクとゴーグルも外したぞ。
冷たい風がピリピリと肌を刺すが我慢だ。
見てくれよ俺の顔を。
俺たちは仲間だぞ!
少女は少しだけ身を引いたが、特に警戒する様子を見せずにこちらに手を振り返した。
「やあ、釣れるかい?」
「これだけ……」
少女は雪の上に置かれた魚を指し示す。
サーモンじゃないか!
多分そうだ。
「随分変わった毛皮を着ているのね」
アサルトスーツの上から着ているのはネピアから運んだムートン(羊)のコートだ。
この辺りには生息していないのだろう。
「遠くから旅をしてきたんだ」
「そう、あなたもアラートアへ来たのね」
アラートアだって?
やっぱりアラートアはあるのか?
「そうなんだよ! もっと東かと思ったんだけど見つからなかったんだ」
「東だったのはずっと前の話よ。今年はあの丘の向こうで集まってるわ」
今年は?
集まってる?
何のことだろう。
「ちょっと聞きたいんだけどアラートアって地名のことだよね?」
「地名? ……そうね。だけど集合場所といった方が正しいんじゃない?」
この娘の名前はシュクタといった。
シュクタは質問するとなんでも答えてくれる素直な子だった。
シュクタのおかげアラートアの謎も解けたぞ。
第八階層に住む氷原の民は、夏はそれぞれの家族に分かれて暮らすが、冬になると狩りのために人々が集まってくるそうだ。
獲物を取るには人手が必要だし、狩りが出来る場所も限られるからなのだろう。
そういう風に集団で狩りをする人々が集まる場所をアラートアと呼ぶそうだ。
今年のアラートアには既に100人以上の人々が集まっている。
「イッペイもアラートアに来たんでしょう。今年の冬はここで過ごすのね?」
「いや、俺は冒険者なんだよ。この辺りを探索してるんだ」
「探索? それはなあに?」
シュクタは探索という単語を初めて聞いたみたいだ。
「旅をしているんだよ」
「旅? 獲物を探してるの?」
文化の違いというやつだな。
うまく伝わらない。
「ここから南の方に石の祠ほこらがあるのは知ってるかい? 中に魔法陣の床があるところ」
ようやく自分が理解できる事柄が出てきて、安心したかのようにシュクタは大きく頷いた。
「それなら知ってるわ。精霊の家よ」
「俺たちはそこから来たんだ」
シュクタは俺の顔をまじまじと見ていたが、だんだんとその目が大きく見開かれていく。
「あ、い、イッペイは精霊の祠から出てきたっていうの?」
「ああそうだよ」
「嘘! だって伝承では、あそこから出てくる人は、目が黒くなくて、髪の毛が金で出来ていて、彫の深い顔をしてるのよ!」
黒目、黒髪、平たい顔ですが何か?
「俺の仲間にはその手の顔をしたやつもいるよ。呼んでもいいかな?」
シュクタの了解をとって仲間を呼んだ。
「……本当に精霊の祠からやってきたのね」
マリアやジャンの顔を見て俺の話を信じてくれたようだ。
突然シュクタが俺の腕を掴んだ。
「イッペイ、私と一緒に来て。お願い!」
「はい? なに?」
かなりの力で引っ張られる。
強引な女の子は嫌いじゃないけど、ちょっと突然すぎはしないかい?
「お父さんにあって欲しいのよ」
いや、本当に突然すぎるだろう。
メンバーの方を見るが誰も助けてくれない。
ボニーさんは呆れ顔をしている。
ジャンはニヤニヤ、マリアはニコニコと笑っているだけだ。
「ちょっと引っ張るなって。なんで俺がシュクタのお父さんに会わないといけないんだ?」
「貴方は死んだひい爺ちゃんの願いをかなえられるかもしれないから」
突然そんなこと言われても困るよ。
「いきなり死んだひい爺ちゃんの話をされても――」
「ひい爺ちゃんの名前はパリー! 貴方と同じ精霊の祠からやってきた人よ」
うわお!
いきなりレジェンドの名前が出てきちゃったよ。
パリーってあれだよな、伝説のパーティー『アレクサンドロス』を率いてた男だったよな。
俺は引きずられるようにアラートアへと歩き出した。
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