第145話 おもてなし

 氷原の民であるシュクタとアラートアへ向かって歩いているのだが、さっきからジャンがうるさい。

そういえばこいつは冒険者オタクだった。

有名冒険者の逸話などにやたらと詳しい。

今回は伝説の冒険者の孫に出合えたのだ。

興奮するのも当然か。

「あんたパリーのひ孫なんだろ? すげーな! パリーに会ったことある?」

「あるわよ。私が小さい頃はまだ生きてたもん」

伝説の冒険者パリーは長生きしたようだ。

「そうかぁ。俺も会ってみたかったなあ」

「それは無理よ。私の背がこれくらいの時に死んじゃったもん」

シュクタは手をお腹の当たりにつけて、身長を表現している。

「それって何年くらい前の話だ?」

「何年?」

シュクタには年という概念がないようだ。

話していてわかったのだが年はおろか1日という時間もあやふやだったりする。

第八階層は惑星の極地を模して造られているので白夜や極夜が存在する。

つまり何日も日が沈まなかったり、ずっと太陽が昇らない日が続いたりするのだ。

そんな地域に住んでいれば当然一日という時間がぼんやりとしたものになるのかもしれない。


 丘を越えると、平原にいくつものドーム状をした氷の家が見えた。

イヌイットが作るイグルーにそっくりだ。

家の周りにはソリが何台もおかれていて、犬がたくさんいた。

人の姿もちらほら見える。

俺たちはそんな氷の家の一つに通された。


「お父さんお客人よ」

家の中には30代中ごろの男とそれよりやや年下らしい女がいた。

シュクタの両親だ。

氷の家の中はトナカイの毛皮が敷かれているだけの簡素な作りだった。

獣からとった油のランプがともされていて、これが照明と暖房を兼ねている。

だが家の中は驚くほど暖かく感じた。

「お父さん、イッペイ達は精霊の祠の向こうからやってきたのよ」

シュクタの父親は順番に俺たちの顔を見ていく。

「なるほど、あなた方は祖父と同じ種族の方々のようだ。お前は案内役か?」

俺だけ扱い違うな!

「いや、俺もこいつらと同じ冒険者だ」

「そうか……シャムニクに似ている気がするがアイツの息子じゃないのか?」

誰だよそれは?

「俺の親父はタケオだ」

「知らない名前だ。やはりお前も精霊の祠から来たのか」

「そうだ。シュクタにパリーの願いを叶えて欲しいと言われてきたんだ」

「そうか。わざわざ済まない。俺はシュクタの父親でプノハ、こっちは女房のリケルノマだ」

挨拶が済むとプノハは革の鞄から一冊の日誌を取り出してこちらに渡してくる。

みれば伝説のパーティー『アレクサンドロス』の探索日誌だった。

ページを開くとパリー自身の筆でびっしりと細かい文字が書いてあった。

冒険者オタクと活字オタクが両側から覗き込んでくる。

ジャンもゴブも結構重い。


 『アレキサンドロス』は三回この第八階層に来ている。

100年前の装備や状況を考えるととんでもない強者ぞろいだったのだろう。

だが3回目の探索で奥地を目指したパーティーはほぼ壊滅した。

ビル・レノン、エルヴィス・クラプトン、チャック・ヘンドリクス、ジミー・プレスリー、エイリック・ベリー、ジョン・ヘイリーといった一人一人が伝説になるような冒険者たちが魔物の襲撃や寒さ、食料事情などで、一人また一人と倒れていったそうだ。

そして最終的にはパリー以外のメンバーは全員力尽きてしまった。

パリーだけは何とかアラートアへたどり着き氷原の民に助けられる。

奇跡的な回復力で復調した彼は氷原の民と行動を共にし、新たにやって来る冒険者たちを待った。

なぜならさすがのパリーでも、単独で精霊の祠まではたどり着けても、その後に続くラーサ砂漠を越えられるとはとても思えなかったのだ。

だが、彼が到達した第八階層に次の冒険者がやって来るのは100年後だったというわけだ。


「それで俺に何をしてほしいんですか?」

まとわりついてくるジャンに日誌を渡してやって、プノハに質問した。

「それはもう終わった。祖父はこの日誌を次に来る冒険者に手渡すことを切望していたのだ。『そうすれば俺たちの、アレクサンドロスの死は無駄じゃなくなる』それが祖父の口癖だった」

パリーの気持はよくわかる。

日誌はアレクサンドロスが壊滅した後も冒険に役立ちそうなことが書き加えられていた。

この日誌は冒険者全体の宝だ。

「わかりました。この日誌は俺が責任を持って冒険者ギルドという組織に提出します。そうすれば全ての冒険者にパリーと『アレキサンドロス』の偉業を伝えることができるでしょう」

「感謝する」

そこで初めて、プノハが笑った。

長年つかえていた心のわだかまりが取れた様な、スッキリとした笑顔だった。

「もし、泊っていくならこの家を使うといい。食料は外にアザラシやトナカイの肉が埋めてあるから好きに食べてくれ」

これは後で聞いた話だが、この地域では肉は全て生で食べるそうだ。

野菜などは取れないから生肉でビタミンを摂取しているんだな。

だから料理なんてものはないそうだ。

一家団欒で食事をすることもない。

それぞれが好き勝手な時間に食べるという話だ。

猟の時は解体しながらみんなで生肉をつまむこともあるそうだが、基本は好きな時にだ。

家にいる時は天然の冷凍庫から凍った肉を取り出し、ナイフでそぎながら食べるそうだ。

さっきプノハが勧めてくれたのはこれだ。

第八階層を長く探索するのなら我々も生肉を食べる必要が出てくるだろう。

さもないと壊血病などにかかってしまう。

だけど俺たちは野菜を含めた食料を飛空船に持ち込むつもりでいるから大丈夫だろう。

この時はそんな風に考えていた。


「何もないところだけど奥の部屋を使ってくれ。寒いならリケルノマを抱くか?」

今サラッと変な発言があったような……。

奥さんのリケルノマを抱く? 

抱きしめて暖をとれということか? 

なんで上着を脱ぐんですか奥さん? 

ボニーさんもマリアもいるんですよ?

「ちょ、ちょっと待ったあ!」

「ん? なんだ、シュクタの方がいいのか?」

「そ、そうじゃない」

そういえば、客人をもてなすのに自分の妻を抱かせるなんて話があったな。

昔の日本でも閉鎖地域には、まれびと(旅人)に妻や娘を差し出すなんて風習があったらしい。

民俗学的には遇客婚ぐうきゃくこんと呼ばれていたな。

こうすることによって新たな遺伝子を取り込むという目的もあったらしい。

このアラートアという集合体にもそういった役割があるのかもしれない。

極地で生きる人間の知恵なのだろう。

だけどですよ、さすがにボニーさんやマリアがいるところでそんなこと……ねえ。

「なんなら……外で待っててやるぞ」

いや、目が怖いですよボニーさん。

「ゴブはどこまでもマスターにお供しますぞ!」

いいからお前は黙ってろ。

「俺たちすぐに出発しますから、その、なあジャン!」

「お、おう。急がなきゃなんねえんだ。この日誌も届けなきゃならないしな」

俺とジャンは逃げるように家から飛び出した。

本当に世界には様々な文化があるものだ。

それにしてもリケルノマさんは、ちょっと疲れた感じが色っぽかったよな……。

「残念でしたねイッペイさん。ジャン君も本当は暖まりたかったんじゃないの?」

「やめてくれよマリア。そんなつもりはないさ」

「そうだぞ!」

「まあ、私を抱かないくせにあの女を抱いていたら……刈り取っていたな」

どこをですか!? 

ボニーさん、ナイフを弄ぶのはやめてください。

身体の一部が局地的に縮み上がりました。

寒さのせいでしょうか?


 色々あったが収穫の多い探索だった。

今後の課題としては飛空船の建造が第一だけど、万が一に備えた訓練も必要だと思う。

「今日は精霊の祠まで戻って、耐寒訓練をするか?」

「マスター、耐寒訓練とは何でしょうか?」

「読んで字のごとく寒さに耐える訓練さ。飛空船の中は暖かいだろうけど、船を失う事態だって想定した方がいいだろう?」

「よく言った……ぞ」

ボニーさんも少しは見直してくれたようだった。


 アラートアを歩いていたら見知らぬオジサンが声をかけてきた。

「よう! シャムニクは元気か?」

だからそいつは誰なんだよ!? 

そんなに俺に似てるのか?

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