第142話 インディペンデンス デイ

 砂漠の夜は冷える。

更にオイワキ聖堂は1800メートルの高地にあるので寒さもひとしおだ。

低級魔石でストーブを3つ作って暖をとった。

「ゴブや~、こっちおいで~」

「いかがなさいましたかマスター?」

読書をしていたゴブが走ってきた。

今から一ノ瀬さんの研究資料を基にゴブの大改造を始めたいと思う。

一ノ瀬さんはこの世界で78歳まで生きていたようで、彼の研究業績は相当量にのぼる。

これを利用しない手はないだろう。


 先ず、ゴブにつけるのは超小型魔導リアクターだ。

これまでゴブは俺のMPを利用して活動してきた。

だから俺から離れると1時間ほどで体内のエネルギーがなくなり活動を停止してしまう。

俺以外の人間ではMPの注入は不可能だし、他のゴーレムのように魔石からMPを抽出することも出来ない。

初めて作ったゴーレムということもあり、かなり不自由な構造をしている。

ただしこの構造はゴブが個体として唯一自我を持つゴーレムであることにも関係している。

外付けのガソリンタンクのようにMP補給機を付けることも出来るが、それをするとゴブはただの自立型ゴーレムになってしまうのだ。

そんな事態を回避するためにこの超小型魔導リアクターを使う。

この魔導リアクターは俺や他の人のMPを原料にエネルギーを増幅させる。

魔石を原料にすることも可能だ。

ここまでは他のゴーレムたちにつけたMP動力機と大した違いはない。

このリアクターのすごいところは増幅したMPを俺のMPと同じ波長に変換できるところだ。

つまり疑似的に俺自身がゴブにMPを供給しているのと同じ状態になる。

これによりゴブは俺から解放されるのだ。


 ゴブの背中に円盤状のリアクターを取り付ける。

「どうだい? 異常とかない?」

「おお! 問題ありません。持久力が異常に上がったような感じですね。これなら当分補給を受けなくても済みそうです!」

装置はうまく作動しているな。

「ゴブ、これでたとえ俺が死んでも、お前は生き続けることができるようになった」

俺は一番大切なことを笑顔で伝えた。

「マスター、悲しいことを言わないでください」

「悲しいことじゃない。ゴブは自由になったんだ」

「マスター……」

「今後はゴブの好きなように生きるといい。」

「……私は『不死鳥の団』の一員ではないのですか?」

表情は変わらないがゴブの声が不安そうになる。

「もちろんそうさ! ゴブは創設メンバーだぞ。ただね、ゴブは意思を持った生命体として独立できるようになったんだよ。だったら自分の好きな道を追い求めたっていいじゃないか」

『不死鳥の団』のメンバーだからといって冒険にこだわる必要はない。

「メグやクロを見てごらん。二人は今でも『不死鳥の団』だけど、好きな道を追い求めただろう。それと一緒さ」

しばらく黙っていたゴブが口を開く。

「わかりましたマスター。でも私はこの迷宮の最深部が見たいです。だから私は私の意思で一緒に冒険がしたいと思います」

「大歓迎さ」

俺はゴブの手を取り、固い握手を交わした。

「よし、だったら冒険に耐えられる能力を身につけなければな」

「はい!」

 俺は魔導リアクターのもう一つの特性を実証するためにゴブを伴って表に出た。

「こいつを撃ってみてくれ」

自分のハンドガンをホルスターから抜き、ゴブに手渡す。

「マスター、もしかして……」

俺が頷いて見せると、ゴブはハンドガンを手に取り構えた。

「バババスッ!」

ゴブの構えたハンドガンから3点バーストで弾丸が発射される。

弾は普段のゴブが使う魔石を原料とした弾ではなく、普通の弾丸だ。

「問題なく使えるな」

「はい。体内にMPを感じます」

これまでMP0で魔法はおろか、魔力が必要な機器の一切を扱えなかったゴブだが、魔導リアクターのお陰で魔力をあやつれるようになった。

外部放出系の瞬間最大MP使用量は1000MPまで、連続使用で最大5000MPまでを使える。

それ以上使おうとしても活動用のMPを確保するために自動的に遮断されてしまう構造になっている。

それでもMP5000という量は『不死鳥の団』で二番目のMP量を持ったマリアを凌駕していた。

「これでゴブも記憶の石板を閲覧できるぞ」

「おおおおおお!」

ゴブにとってはこれが一番うれしかったようだ。

そうだよね。

ゴブは読書が大好きで、未知の知識に触れることを無上の喜びとしているのだから。

「マスター、さっそく閲覧しても構いませんか?」

「ああ、構わないよ」

喜び勇んで聖堂の中へかけていくゴブの後ろ姿を見送った。

本当に良かったと思う。

でもどこか寂しい気持ちも正直なところあるのだ。

子供が自分から巣立っていく父親の気持は、こんな感じなのかもしれない。

今、俺は一体のゴーレムも動かしていない。

タッ君もスパイ君もジローさんも休眠中だ。

そしてゴブは活動中でありながら俺の手を離れた。


 聖堂の中に入ると、もうゴブは石板の前に座って、一ノ瀬さんの資料を読んでいた。

手元にはペンとノートもあり、メモを取っているようだ。

「先に寝るよ」

「おやすみなさいませ……」

夢中になって読んでいるな。

ストーブのすぐ横にマットと寝袋を敷いた。

明日はゴブの改良について考えなくてはならないな。

以前から考えていた通りパワードスーツを着せるのがいいだろう。

しばらく構想を練っていたが、眠気に負けて意識を手放していた。



「おはようございますマスター」

ゴブの元気な声に起こされた。

時計を見ると既に7時だ。

「おはようゴブ。ずっと石板を調べていたのかい?」

「はい! おかげで私の換装パーツについてのおおよそのラフスケッチができました。こちらをご覧ください」

自筆のノートを手渡される。

寝起きの目をこすりながらノートをみた。

ゴブは綺麗な字を書くなあ。

「どれどれ――」

最初はぼんやりしていたが、やがてゴブの設計のすごさが飲み込めてきた。

ほぼ完璧なパワードスーツが記されている。

「すごいなこれ……」

「大賢者ミズキ様の研究のお陰です」

それにしたって、その資料の中からこれだけのものを組み上げてきたのだ。

ゴブも十分凄いと言える。

ゴブの設計図を見ると、パワードスーツというよりも強化部品を身体の上からつける感じだ。

それぞれの部分にコアを埋め込み反応速度と処理速度を上げる設計がしてある。

現段階でもゴブのコアは魔石を10個使ったマルチコアを採用しているが、このパワードスーツのコアは少し違うようだ。

「ゴブが意識しない、無意識の行動をパワードスーツのコアに制御させるわけ?」

「はい。人間の『反射』に近いですね」

人間の脳にあたる中央演算処理装置を経由せずに、四肢のコアで処理する分、反射速度が格段に速くなるわけだ。

しかも魔導リアクターによる出力アップの恩恵でパワーも上がる。

「いいじゃないか。さっそく今日から作り始めるよ」

「ありがとうございます」

ジローさんの荷台にある素材で作れそうだ。

朝食を食べたらいよいよデザル神殿へ向けて出発だ。

神殿に着く頃にはゴブの新装備は完成しているだろう。

生まれ変わったゴブのデビューが第八階層とは気が利いている。

さあ、いよいよ次は氷雪地帯だ。

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