第88話 切り込み隊長
ジャンとディナシーは魔法陣と共に消えてしまった。
あれが転送魔法というやつなのだろうか。
俺はマイクに向かって話しかける。
「ジャン、応答しろ、ジャン!」
出力を最大に上げてもジャンからの返事はない。
この通信機は最大で8キロメートルをカバーするが、壁が多い迷宮内ではそこまでは届かない。
少なくとも6区にはいないようだ。
「さっきの魔法陣は何でしょう? ハーカーは生きていたんですか? だとしたらジャン君は!」
「落ち着けメグ。ハーカーは間違いなく死んでいた。鑑定したからそれは確かだ。おそらくだがハーカーの魔道具が起動したんだと思う。所持者が負傷すると自動的に帰還するとかそういった
俺は自分を落ち着かせるようにメグに話しかける。
大丈夫、ジャンならきっと無事だ。
武器は持っているし、標準装備として回復ポーションや携帯食料、水筒も持っていたはずだ。
問題はどこに飛ばされたかだが。
「どこに飛ばされたか……わかる?」
「わかりません。対策としては無線で話しかけながら迷宮内を捜索するしか思いつきませんよ」
俺とボニーさんが話しているとオットーが口を挟んだ。
「だいたいの場所ならわかるぞい。おそらくじゃが3区だ」
彼らの存在理由は魔素の薄い区域へ出向き、魔素を放出することにあるからだ。
つまり彼らがいる地域は魔素が濃くなる。
以前ハーカーに妖精たちが攫われた時、一時的に3区の魔素濃度が少しあがったそうだ。
このことからハーカーの隠れ家は3区にあることが推測できた。
「3区ならすぐ隣のエリアだな。各自準備をしてくれ。五分後に出発する」
俺は地図を取り出し現在位置とルートを確認した。
地面に魔法陣が光ったと思ったら、次の瞬間には迷宮の小部屋らしいところにいた。
どこだここ?
おっさんの姿もメグの姿も見えない。
そういえばディナシーは……?
「ジャン! 私たち変なところに飛ばされちゃったみたいよ!」
俺の頭の上にいた。
「ここは迷宮か?」
「うん。3区の小部屋みたい」
迷宮妖精ラビリンスフェアリーだけあって迷宮内の場所は地図がなくてもわかるらしい。
地図を取り出し、ディナシーに現在位置を教えてもらう。
どうやらすぐ隣のエリアまで飛んできちまったようだ。
地下階層に飛ばされたわけじゃなさそうなのでほっとする。
「おっさん聞こえるか! ……、ボニーさん! ……」
通信はできねえか。
ちょこっと困ったな。
ところでこの部屋はなんだ?
訳の分からねえものがごちゃごちゃと積み上げられている。
ひょっとするとここはさっき倒したハーカーって奴のアジトか?
いろいろ書類があるからちょっと調べてみるか。
「なになに、魔素抽出における効率改善と魔力変換への課題。被検体である迷宮妖精No.016から得られたデータにより……」
だめだ、字が多すぎて面倒くせえ。
おっさんかマリアあたりに読んでもらった方がよさそうだ。
書類の他にも魔道具みたいなものもたくさんあるな。
これはなんだ?
「ねえ、ジャン」
大きな宝珠のようなものに寄りかかりながらディナシーが呼んでいる。
うるせえから今は無視だ。
床にはさっきハーカーが着ていた服が落ちていた。
俺たちと一緒にあそこから飛んできたのか?
「ねえ、ジャンってば!」
ハーカーの服のポケットに魔道具みたいなもんが入ってるな。
さっきディナシーが蹴りを入れた時にこいつが動いたのかもしれねえな。
「ジャン、聞こえないの?」
「なんだよ、うるせえな。いまいろいろと調査してんだよ俺は」
「ジャンは一人で帰れるの? 私は
ディナシーの言い方についカチンときちまった。
「うるせえぞ! そもそもお前のせいでこんなところに飛ばされたんだろうが!」
「ひっ」
しまった。
ついイライラして怒鳴りつけちまった。
我ながら情けない。
こんなちっこいやつに当たり散らすなんて恰好わりいよな。
おっさんならこんな時に絶対に怒鳴ったりしないはずだ。
あいつなら苦笑いしながら
それがおっさんの強さだ。
たとえ戦闘力は俺の方が上だとしても、おっさんの強さは別の所にある気がする。
そもそも俺は『不死鳥の団』の中で一番の役立たずだと思う。
力はメグの方が強いし、クロみたいに器用に何でもこなせるわけじゃない。
マリアみたいに魔法も使えなければ、ボニーさんの様に化け物じみた強さもない。
「わりい、つい怒鳴っちまった……ディナシー?」
見るとディナシーがテーブルの上で倒れていた。
「どうしたディナシー?」
「なんか気分が悪くて……」
顔が赤くて熱があるみたいだ。
さっきまであんなに元気だったのに変だ。
この部屋や魔道具が関係しているのか?
そういえばさっきの書類には魔素の抽出とか書いてあった。
だとしたらすぐにここを出たほうがいい。
回復ポーションをディナシーに飲ませてみる。
少し気分がよくなったようだが、症状はあまり改善していねえ。
4層をソロで歩くなんて正気じゃねえ、それはバカな俺でもわかってる。
だがこのままじゃディナシーがあぶねえ。
オッサンなら何とかできるかもしれない。
……くそっ、結局俺はおっさんだよりかよ。
「よし、すぐに出発するぞ」
「大丈夫? 四層を一人で進むなんて無理よ」
そんな心配そうな顔をするな。
「安心しろ、俺は『不死鳥の団』の切り込み隊長だぜ」
そう、たとえ一番の役立たずでも俺は切り込み隊長だ。
迷宮でビビることだけは許されねえ。
それだけは俺自身が絶対に認めねえ。
予備のマガジンは3つ。
そして剣、ポーションが三本、水と食料。
そんなに分の悪い戦いじゃねえさ。
ディナシーをバックパックの中に寝かせ、小部屋の扉を開いた。
魔導カンテラの明かりがぼんやりと迷宮を映し出す。
密林エリアと違いこの辺の天井は光らねえ。
前方に広がる闇に銃口を向け、俺は一歩を踏み出した。
地図をみながら3区をすすむ。
ハーカーの部屋を出てからもう2時間は経っている。
戦闘を避け、魔物がいる場所では迂回路をすすむのでどうしても移動スピードは落ちる。
熱さのせいで咽喉が乾くが、水筒の水には限りがある。
なるべく節約しなくてはならねえ。
水を飲ませるためにディナシーを見たがさっきより体調はよさそうだ。
「ジャン、私の体調もだいぶ良くなってきたしどこかの小部屋で救援を待ったほうがいいよ」
そうかもしれねえが、本当にディナシーは平気なのか?
「私も少しゆっくり休憩したい……鞄の中は揺れるから」
それもそうか。小部屋を確保して休憩しよう。
俺も少しだけ疲れた。
3区は牢獄みたいな鉄格子が嵌った部屋が並んでいて、扉のついたまともな部屋が少ねえ。
しばらく進んでようやくまともな部屋を見つけた。
扉の上に何か書いてある。
『獄長室』
何だこりゃ?
よく分からねえが小部屋は小部屋だ。
ディナシーも俺も休憩が必要だ。
扉に罠はなさそうだ。
ゆっくりと扉を開けて中の様子を窺うと……。
ついてねえ時はとことんついてねえ。
それとも普段クロの股間をおちょくったバチがあたったか?
俺の前には巨大なオーガがいて視線がぶつかる。
たしか3区の固有種、ジェイルオーガと呼ばれる強力な魔物だ。
俺はオーガの顔めがけてライフルをフルオートでぶっ放した。
奴は腕で顔面をかばう。
弾丸はオーガの体表を傷つけてはいるが盛り上がった筋肉に阻まれて、致命傷にはなっていないようだ。
最初のマガジンを撃ち尽くした後、扉を閉めて全速力で駆け出す。
後ろで巨大な破壊音とともにオーガが飛び出してきたのがわかったが、振り返っている余裕はねえ。
クソ、これで他の魔物でも出てきて足止めされたら一巻の終わりだぜ。
焦る俺の耳元で何かが響いた。
「ジャ…、き………か、おう……し………ジャン、きこ…たら……とうし…く…」
悔しいぐらいに喜びがこみ上げてきやがる。
「おっさん! 俺だ。今オーガに追われながら6区へ向かってる。現在地は46C4付近だ」
曲がり角で身を隠しながら再び射撃。
かなり血を流しているようだがタフな奴だ。
「ジャン…とにか…時か……かせ……そち…に向かって…」
「もう一回いうぞ。座標は46C4だ」
正面に飛来した迷宮バットを撃ち落としながら走る。
魔石が出た様な気がしたが拾っている暇はない。
空になったマガジンを外し最後のマガジンをセットする。
「ジャン、俺たちも46C4付近に到着したぞ。そのあたりの特徴を教えてくれ」
「おっさん。さっきからジェイルオーガに追っかけまわされてるんだ。ここは牢屋ばかりが並んでいるエリアだ。獄長室ってところから6区方面へ逃げている」
「了解した。もう少しだけ待ってくれ」
走っていると今度は正面にストーンスパイダーが二体でてきた。
硬くて厄介な奴だ。
走りながら銃弾を叩き込み一体を撃破。
2体目の攻撃を避けてそのまま走る。
「ジャーーーーーーン!!」
イヤホンからではなく耳に直接届く声、来てくれたか!
「伏せろぉぉぉぉ!!」
俺は仲間を信じてその場にダイブする。
俺の頭上を幾百もの銃弾が飛びジェイルオーガとストーンスパイダーに突き刺さる。
いくらタフなオーガでもあれをくらっては無事ではいられないだろう。
「よく頑張ったな」
オッサンが俺に回復魔法をかけてくれた。
気が付かない内にあちこち怪我をしていたようだ。
「おっさん俺よりディナシーが……」
俺はバックパックからディナシーを出してやる。
おっさんはあれこれ調べて回復魔法をかけていた。
「魔素を大量に抜かれたようだな。大丈夫、一晩休めばよくなるさ」
そうか、そいつはよかった。
まったくもって敵わねえ。
だが今はそれでもいいさ。
でもな、俺はいつか最強の男になる。
オッサンもメグもクロもボニーさんにも負けねえ最強の男にだ。
そしたら……、そしたら、そん時は俺が皆を守ってやるんだ。
クロがくれた水筒の水を一息で飲み干して俺は立ち上がった。
「うっし、行こうぜ!」
「元気な奴だな」
オッサンが呆れたように言う。
当たり前だ。俺は『不死鳥の団』の切り込み隊長なんだから。
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