第69話 迷宮前、夕暮れ時

 五泊六日の探索を終え、俺たちは地上への階段を上っている。

買取素材でパンパンに膨れ上がった背嚢はいのうの重みが肩に食い込むが、それももうすぐ報われるだろう。

こいつをさっさと売り払って、迷宮前の店で一杯やりたいものだ。

こんな寒い日は暖かい酒が恋しくなる。

ホット・ドラム(リキュールのお湯割り)や蜂蜜を入れたジンのハーブティー割もいい。

早いとこ一杯やって骨にまで侵食するような寒気を何とかしたかった。

「おっさん、あそこに座ってるのって……」

ジャンの指さす方向を見ると、階段の端にセシリーさんが座っていた。

外は小雪が舞っている。

この寒空の中、この人は何をやっているんだか。

「こんにちは皆さん!」

「こんにちは。どうしたんですかセシリーさん?」

予想はつくけど一応聞いてみる。

「あの、先日クロ君のハンカチに血を付けてしまったので新しいのを……」

やっぱりね。

想像通りの答えだが、氷点下の屋外で待っていたことに感心してしまう。

ジェニーさんが心配していたようにかなり重症だ。

クロが申し訳なさそうな顔をしている。

「そんなこと気にしなくてよかったんですよ」

「いいえ。そんなわけにはいきません。これをどうぞ。似た感じのモノを探してきました。気に入って頂けると嬉しいのですが……」

セシリーさんは俺と同い年だけど、もう恋する乙女の顔しちゃってるね。

「ありがとうございます。僕の持ってたやつよりずっと素敵です。かえって申し訳ないくらいです」

「そ、そんなことありません……」

セシリーさんは俯いてしまう。

それにしても今は夕方の4時過ぎだ。

この人はいつからクロを待っていたのだろう。

普通は凍え死んじゃうぞ。

これが恋の魔法というやつか?

「僕のハンカチのためにすいませんでした。寒かったでしょう?」

「い、いえ! 私、魔法は得意なんです。ファイヤーボールで暖をとっていたので平気です!」

そういって彼女は両の掌に火炎を生み出して見せた。

恋の魔法じゃなくて、炎の魔法だったか! 

使用目的が斬新だね。

攻撃魔法の平和利用。

嫌いじゃないよ、そういうの。

ボニーさんとジャンが何気なく火に当たってるよ。

「あったかいですね」

クロの一言にほむらが立つ。

危ないぞ! 

嬉しい気持ちはわかるが魔法力は込めないように!

さすがに注意しなきゃ。

「セシリーさん、こんなとこで火炎魔法はちょっと」

周りの冒険者が何事かと見てますよ。

「やだ! いけない! わ、私、し、失礼します!」

セシリーさんは慌てて逃げていってしまった。

「どうしたんでしょうね?」

クロが不思議そうな顔をしている。

「クロ、セシリーさんのことどう思う?」

ちょっとストレートに聞いてみる。

「え? そうですね。いい人だと思いますよ。獣人の僕のことを差別もしないし、何よりも親切です!」

「そうか」

良かったですね、セシリーさん。

可能性はゼロじゃないですよ。

俺たちは迷宮前の人ごみに消えていくセシリーさんを見送った。


 今回の探索では一人頭7万リムの収穫になった。

なかなかの実入りだが、持ちきれずに放棄した素材もたくさんあった。

全部持ち帰れていれば利益は8万リムに届いたと思う。

メグがしきりに悔しがっていた。

俺とクロの後方組も頑張って運んだのだが如何いかんせん量が多すぎた。

次回は他のパーティーのように荷車を引いていくつもりだ。

持ち帰りの素材だけではない。

行きに荷車に素材をたくさん載せて、迷宮の中で錬成する目的もある。

そして、荷車自体をゴーレムにするのが次回のメインテーマだ。


 迷宮ゲートを出ようとしたらライナスに会った。

「イッペイじゃないか!」

「ライナス。みんなも久しぶり」

ライナス率いる『マキシマム・ソウル』の面々も元気そうだ。

相変わらず口数は少ないが…。

前衛の3人が小さな盾を装備していた。

コボルトからのドロップ品だそうだ。

「俺たちも少しずつ進化しているぜ。次回はいよいよ5区に行く予定だ」

ライナスが嬉しそうにいう。

よく見ると盾の他に革の帽子を装備してたり、武器が杖から槍に代わっている者もいる。

冒険者としての持ち物がよくなっている感じだ。

「一階層5区の小部屋は競争率が高いから、ある程度の時間で狩りを切り上げないと泊まる部屋を探すのに苦労するぞ」

『マキシマム・ソウル』は同じ釜の飯を食った仲だから、いろいろアドバイスしておこう。

「了解した。レビの泉は凍り付いてなかったかい?」

ライナスが聞いてくる。

「それは大丈夫だが、泊まりなら薪は多いほうがいい。ここのところかなり寒いぞ。3区まで行けば枯れ草があって意外と燃料になる。ただ、あそこはゴールド・バグが厄介だ」

「ああ、俺もひどい目にあったことがあるよ」

そうそう、ずっと疑問に思っていたことを聞いておこう。

「ところでパーティー名だけど『マキシマム・ソウル』で決定なのか?」

「当たり前じゃないか! 他にこのパーティーの名前はないよ!」

どうやら、ライナスの意見が通ったようだ。

「僕らが根負けしたんです……」

メンバーの一人がそっと教えてくれた。

1階層だから大丈夫だと思うが5区まで行くなら少し心配だ。

俺はライフポーションを三本ライナスに渡す。

「俺は元々外国の薬剤師でね。こいつはライフポーションだ。お守り代わりに持っていくといい」

「すまないな、イッペイ」

ライナスは嬉しそうにポーションを受け取ってくれた。

「そういえば、誰か迷宮用の荷車を扱っている店をしらないかな?」

『マキシマム・ソウル』のメンバーは全員が元ポーターだけあってその手の店には詳しかった。

そんな彼らが全員一致でお勧めしてくれたのが「シェル・リアカー商会」だった。

「あんまり大きいのを選ぶと階層を下る時に苦労するよ」

「2階層の4区はリアカーじゃ進めないからね」

「7万リム以下のリアカーは買っちゃダメだ」

「車輪は値段が高くなっても周りを鉄で巻いてあるやつね。出来れば魔物の革が巻いてあるやつがお勧め……」

「荷車持ってく時は板も必ず持っていくこと。移動の時全然違うから」

普段は無口だが専門的なことになると途端に饒舌じょうぜつになる彼らにリアカーの基礎を叩き込まれた。

「ありがとうみんな。言われたことを参考にして見てくるよ」

俺は礼をいって彼らと別れた。



 冬はあっという間に暗くなる。

あれやこれやと話している内に辺りは既に夕闇に包まれている。

『不死鳥の団』のメンバーは俺が話終わるのを待っててくれたようだ。

「おっさん早く行こうぜ。体が凍りそうだ!」

「温もりを要求する……」

「甘いものが食べたいです!」

「僕もお腹が空きました」

恐ろしいほど寒いのに仲間の顔を見ると暖かいものが心に湧いてくる。

全員無事に地上に戻れてよかった。

「久しぶりにレストラン・デュマへいくか!」

レストラン・デュマは俺たち『不死鳥の団』が生まれた店だ。

カジュアルだが丁寧に作られた料理がうまい。

俺の提案は満場一致で認められた。

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