第63話 魔石の噂
『マキシマム・ソウル』との日帰り探索の帰り、ゲート前広場で俺は久しぶりにリタに会った。
リタとは以前、サウルさん率いる『星の砂』というパーティーのポーターを一緒にやった仲だ。
今ではポーターではなく正式に『星の砂』のメンバーにリタはなっている。
以前はガリガリに痩せていたが、今では年頃の女の子らしい体つきになった。
きちんと生活できているようだ。
『星の砂』は毒を使った罠でゴールド・バグという昆虫系魔物を狩るのが得意なパーティーだ。(19.ゴールド・バグ変奏曲 参照)
その方針は堅実そのもので、収入は多くはないが安定している。
「イッペイさんお久しぶりです!」
「リタも元気そうで何よりだ。ちょっと大人っぽくなった? 前より綺麗になってる」
リタが顔を赤くしている。
初々しくていいねえ。
「そういえばイッペイさん、二層5区の話聞きました?」
「いや、何のこと?」
「二層5区の大蛇からFランクの魔石が出たって、一部で騒ぎになってるんですよ」
第二階層5区の大蛇、正式にはネピア・サイドワインダーと呼ばれる全長5メートルもある凶暴な蛇だ。
全身を麻痺させる神経毒を持つ厄介な相手で第二階層最強の魔物とも呼ばれている。
皮が買取素材になるので狩りの対象にはなるがあまり人気はない。
苦労してネピア・サイドワインダーを狩るよりは、第三階層へさっさと降りて別の獲物を狩る方が効率はいいからだ。
イッペイも大蛇からはGランクの魔石しか取れないと聞いていた。
というよりも第二階層ではFランク以上の魔石は出ないとされている。
「大蛇は基本Gランクの魔石だもんな。Fランクを出すこともあるんだ」
「違うんですよ。ドロップ率は変わらないけど、出てくる魔石が軒並みFランクになってるらしくて、騒ぎになっているみたいです」
それが本当ならかなり魅力的な話だ。
Fランク魔石はずっと欲しかった品で、これがあれば装備やゴーレムを新調できる。
今までは第三階層に行かなければ手に入らないと言われていたから困っていたのだ。
俺の防御力とHPで第三階層に行くのはかなり不安があったからだ。
だが第二階層で手に入るのならば挑戦しない理由はない。
俺は早速仲間たちに相談することにした。
その夜、俺は『不死鳥の団』の面々を自宅に招いた。
ミーティング兼夕食会だ。
ジャンとボニーさんは呼ばなくても高確率で食べにくる。
今夜のメニューはハンバーグとカリフラワーのポタージュ。
マッシュポテトと人参のグラッセを付け合わせにしたぞ。
「ボニーさん! 自分のニンジンをクロのお皿に入れないの!」
この人は好き嫌いが多くて困る。
「それでFランクの魔石の話は本当なのかよ?」
ジャンの疑念もよくわかる。
今までそんな話はなかったからだ。
「俺もそう思ってギルドの職員に確認をとったよ。どうやら本当らしい」
ギルド職員の話ではこの現象は今週に入ってから起こりだしたそうだ。
最初にFランクの魔石を手に入れたパーティーはこのことを隠そうとしたらしいが、ポーターたちが耳寄りな情報として売りまくった結果、多くの人間の知るところとなったようだ。
「だけどさあ、大蛇を狩るくらいなら第三階層へ行った方が早くねえか?」
効率を考えればジャンの言う通りだ。
「僕はイッペイさんが行きたいのなら付き合いますよ」
クロはいつだって優しい。
「費用対効果を考えると三階層ですね。ただ、三階層はどうしても1、2泊多く日数がかかります。確実にFランクが出るのなら大蛇狩りも悪くないんじゃないですか。私も5区は行ったことがないから見ておきたいです」
メグはお金には厳しいけどやっぱり優しい。
そういえば俺以外の『不死鳥の団』のメンバーは既に第三階層へ到達し、第8位階の冒険者になっている。未だ第10位階は俺だけだ。
随分と差をつけられてしまった。
結局みんなにお願いする形で明日から第二階層5区への探索が決まった。
初日に第一階層5区まで進んで、翌日に第二階層を4区経由で5区までいく予定だ。
俺はあらかじめ大事なことを皆に頼んでおく。
「魔石の買取なんだが、ギルドではなく俺に売ってもらえないだろうか?」
以前にも触れたが、Fランク以上の魔石の持ち出しは禁じられている。
ゲートには魔石チェッカーがあり、実質持ち出しは不可能だ。
だから装備品を作るにしろ、ゴーレムを作るにしろ、錬成は迷宮の中でだ。
本当は禁止事項なのだろうがバレる可能性はほとんどない。
俺としてはどうしても作っておきたいゴーレムがあった。
Gランクの魔石で作ろうとしたが、うまくいかなったヤツがあるのだ。
『不死鳥の団』のメンバーは快く買取を許可してくれた。
これでまた一歩、迷宮の深淵へと近づける気がする。
吐く息が白い。
俺とジャンはドラゴンブレスごっこをしながら迷宮ゲートをくぐった。
どうして皆は離れてるのかな?
恥ずかしい?
少年の心を忘れちゃいかんよ。
「君はイッペイじゃないか!」
迷宮への階段の手前で『マキシマム・ソウル』のライナスに声をかけられた。
相変わらずテンションが高い。
「おはよう、ライナス」
「寒い朝だな! 吐く息がドラゴンのブレスのようじゃないか! かはあ~~~~っ!」
ライナスが顔を突き出し、息を遠くまで吐く。
……急に自分が恥ずかしくなった。
ジャンも何かを感じ取ったようだ。
『マキシマム・ソウル』のメンバーも遠巻きで見ている。
「何を恥ずかしがってるんだ! 少年の心を忘れちゃダメだぞ、イッペイ!」
数秒前の自分はこれか。
ああ、穴があったら入りたい。
「我々は2区でコボルトを狩る。お互い頑張ろうではないか!」
ライナスは白い歯を光らせて迷宮の奥へと去って行った。
「ども」
「じゃあ」
「……」(会釈)
「おはようございます」
「……」(会釈)
「……」(会釈)
「また……」
他のメンバーは相変わらず対人が苦手なようだ。
でも、一緒に戦闘して、それなりの時間を共有しただけあって表情は緊張してなかった。
いつかまた一緒に何かする日があるかもしれない。
「気をつけてな!」
俺は彼らの背中に手を振った。
……そういえばパーティー名はどうなったんだろう?
『マキシマム・ソウル』は反対意見が多かったはずだが…。
「私たちも…行こう…」
ボニーさんを先頭に、俺たちも迷宮へと潜るのだった。
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