第58話 影が見た最期

 既に血に塗れた剣を下げて、グレンの部下たちが俺たちに向き直った。

俺が何かを考える間もなくチェイサーが俺の後ろに回り込む。

「楽しかったぜ神官さん。アンタとの旅は生きてきた中で一番自由だった!」

チェイサーの言葉が終わらぬ前に俺は窓を突き破り、空中に放り投げられていた。

「ありがとよ神官さん。伝えてくれ――」

地上に激突した痛みが俺を襲う。

急いで自分に回復魔法を施した。

「チェイサー!」

返事はない。

その代わりに2階の室内からは男たちが争う物音と、

「奴を追え!」

というグレンの怒声が聞こえてきた。

 物音に気が付いてやってきた男二人の太腿をハンドガンで打ち抜き戦闘不能にする。

すぐに、自分の荷物が置いてあるところに向かわなくては。

ハチドリ達をだして、ジョージ君に索敵させて、チェイサーの槍も届けなくては…。

生きていてくれ。

あの死にたがりのバカが。

こんな結末でしかお前は自分の魂を救うことができないのかよ。

誰に何を伝えろって言うんだよ。

わかってるけど、こっちの迷惑も考えろってんだ。

どんな顔してあの子…ケイシーやアルマさんに会えばいいんだ。

ふざけるなっ! 

頼むから生きててくれ…。

どんな状態でも生きてさえいれば俺が治してやる。

俺は物陰でハンドガンに弾を込め、一階の窓から建物に侵入した。



 その少し前、グリーバレルの入口ではパティー率いる『不死鳥の団』とグレンの部下たちが押し問答を繰り返していた。

「なぜ町に入るのに武器を渡さなければならないのよ」

パティーの言葉に、グレンの部下は小狡そうな顔つきで答える。

「俺が決めたわけじゃないさ。領主のメッコール騎士爵が決めたんだよ」

下っ端に何を言っても埒はあかないと思いパティーは言った。

「わかったわ。私はネピアのチェリコーク家の次女のパトリシア・チェリコークよ。騎士爵に取り次いでちょうだい」

相手が貴族とわかって男が軽く肩をすくめる。

そして後ろにいた男にそっと指示した。

「カモがやってきやがった。15人ばかり人を集めろ」

部下が離れていくと、男は愛想のいい顔になってへりくだった。

「あの男を使いにやりましたので少々お待ちくださいな」

「わかったわ…」


荷馬車の中で様子を窺っていたメグの後ろに、いつの間にかボニーがいた。

「この町はおかしい…馬を見てて…」

それだけ言ってボニーは消えた。

 メグはボニーの馬に乗り、パティーに体を寄せる。

「ボニーさんが町の様子がおかしいから、見てくるって」

「ええ。ジャンとクロにも注意するように言って」

パティーも異常事態にはとっくに気が付いていた。

道を封鎖している連中はどう見ても正規兵にはみえない。

おそらく傭兵だろう。

自分たちと対峙する4人の兵士たちの鎧はバラバラで、かなり使い込まれたものだった。

「貴方達ベテランの傭兵みたいね。なんていう傭兵団?」

突然パティーに聞かれ、男はつい本当のことを話してしまった。

「…グレン傭兵団」

パティーも聞いたことのある名だった。

1年前の大凶作の際、北方で大規模な農民反乱が起きた。

これの鎮圧にあたった部隊の中にグレン傭兵団がいた。

彼らは武功ではなく、無抵抗の農民に対する虐殺と略奪でその名を世に知らしめる。

反乱鎮圧とは言え、降伏した農民を殺し、村々を焼き討ちしたために幹部はみな有罪になったと聞いた。

パティーの中で警戒のレベルが一段上がる。

ここは退くべきだ。

おそらくさっきの男はメッコール騎士爵のとこへなんか行ってない。

仲間を呼びに行っただけだ。

「クロ、ちょっとこっちへ来て」

馬車をターンさせている暇もない。

クロを自分の馬に乗せるとパティーは馬を廻して叫んだ。

「退くわよ! ついてきて!」

あっけにとられる傭兵を残し、三騎の騎馬は見る見るうちに遠ざかっていった。



 館の広間にある長椅子に、傭兵団長グレンはどっかと座っていた。

グレンの前には拘束された人質たちが床に座らされている。

広間にはグレンの他に手下が20人ほどいて、それぞれが武器を持ち人質たちを監視していた。

「お頭、大変です!」

「なんなんださっきから! 俺が楽しもうと思うと邪魔ばかり入りやがる!」

「そ、それが、町に冒険者の一行がやってきまして」

「それで? 始末したんだろうな?」

「あ、その、そん中の女がとんでもねえ上玉だったんで」

「ほう、じゃあ後でいただくから牢にでもつないでおけ。俺はメコール夫人と先約があるからよぉ、ひゃはははは!」

部下は怯えたように言葉を繋ぐ。

「あの、上玉だから傷つけないように捕まえようと思ったんです。そしたら…」

「そしたら?」

「…逃げられました」

グレンはツカツカと男に近づき、無言のまま鳩尾みぞおちに蹴りをいれた。

「ドジ踏みやがって!」

「女は貴族だと名乗ったんで何とか無傷で手に入れたかったんです。いい身体をした、すげぇ美人だったからお頭にも喜んでもらえるし、身代金もと思って…」

グレンは考える。

ただ逃げたならいいが、都市の衛兵などを連れて来られると厄介だ。

相手が貴族なら兵士をつれてこの地に帰ってくる確率は高いだろう。

貴族は自分が搾取する分には何も思わないくせに、俺が連中から取り上げるとすごく怒るのだ。

「どうしてくれんだよ! 俺の計画が台無しだ! 俺は三日ほどかけてゆっくり、じっくりこの町を破壊しつくそうと思ったんだぜ」

グレンは頭を掴んで、うずくまった部下を立たせる。

「せっかく脱獄したんだ。メコールの全てを、メコールの目の前で奪って、自分から殺して下さいと言わせる予定だったんだ。お前らがヘマをしたおかげで、三日の仕事を半日でやらなきゃならなくなっちまった」

「許して下さいお頭…」

「まあいい。連中がもし援軍を呼んだとして、来るならソウィンドンの街からだな…。敵が来るのに8時間くらい、4時間前に逃げ出せばいいか。おいおい、半日もねえじゃねえか!」

グレンは邪神にでも祈るかのように天を仰いだ。



 館の門から一台の馬車が入ってきた。

見張りの一人が馬車を運んできた男に聞く。

「なんだその馬車?」

「町へ来た冒険者が逃げる時においていった馬車だ。大したもんは積んでねえ」

「へえ、邪魔にならないとこに停めとけよ」

「わかってるさ。偉そうに…」

男はブツブツ言いながら馬車を裏へとまわしていった。

馬車の荷台が木陰へ入った時、荷台の下からもう一つの影が姿を現したが、それに気づいたものは誰もいなかった。

木陰から木と塀の間に移動した影は、そのままスルスルと木を登っていく。

館の周りを巡回する傭兵たちの間を縫い、二階のバルコニーへと飛び移り、ボニーは室内へと消えていった。

 無人の室内でボニーは耳を澄ませる。

ほとんどの人間は1階へ集まっているようだ。

気配を窺いながら廊下に出ると向かいの部屋が開け放たれたままだった。

子供部屋のようだ。

おもちゃや絵本が床に散乱して血にまみれていた。

明るい壁紙と絨毯が殺人の凄惨さを際立たせている。

部屋には人が4人倒れていた。

一人だけ息がまだあるようだ。

何かを言っている。

ボニーは耳をそばだてた。

「いき…て…くれ…よ…しんか…んさ」

やがて男の呟きは消え、彼が死んだことがボニーにはわかった。

その横顔を一瞥しボニーは再び影となるのだった。

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