第48話 翼よ、君のもとへ

「行け! バリ、バンペロ!」

俺は今、街道を外れて山の間道かんどうにいる。

人目を避けるためでもあり、ショートカットのコースを選んだためでもあった。

だが、山の中は魔物が多い。

ハチドリ達のお陰で事なきを得ているが、強力な魔物が出てくると今の戦力ではかなり不安だ。

目下、熊型の魔物と交戦中だ。

おお! ハチドリ達の攻撃がヒットしたぞ。

魔物は合計6発のレーザーを体に受け、地面に倒れた。

よくやったぞハチドリ達。

ジョージ君も狩猟用の弓矢でよく頑張ってくれている。

役立たずなのは俺だけだ。

 とれる素材がないかと魔物に近づくと、なんと魔物が魔石をドロップした。

Hランクの魔石だ。

13体目の魔物で魔石をゲットできるなんてかなりついている。

早速これで俺の武器を錬成しよう。


鑑定

【名称】ケロパン

【種類】ハンドガン

【攻撃力】168

【属性】無し

【備考】有効射程50メートル 最大装弾数4 無反動 1発撃つごとに消費MP2

「射撃」の習得が可能になる。


魔石のランクと数の問題で、以前使っていたハンドガンより威力も装弾数も劣っている。

3点バーストなどの連射も使えない。

それでも武器を持っているというだけで安心するものだ。

丸腰は不安になるよね。

魔物がうろつく山だもん。


「ウキャッ!」

先行偵察していたジョージ君から連絡が入った。

何かを見つけたようだ。

ジョージ君の鳴き声からは警戒している様子はうかがえない。

緊張しながら先へ進むと、俺の眼前にスプラッターな光景が広がった。


 目の前に横たわる2体の遺骸は雪と氷で覆われた白銀の世界にそぐわない異物だった。

遺骸の片方は魔物、もう片方はかつて人間だったものだ。

もはや俺の回復魔法も何の役にも立たない。

血にまみれ、硬直し、肉塊になっている。

せめて埋めてやることにしよう。

 死んだ人間の服装や持ち物から判断するに神官のようだ。

おそらくここで魔物と遭遇、戦闘の結果、相打ちで果てたのだろう。

南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

神官さんに念仏もないだろうが、他の祈り方を知らないのだ、許してほしい。

ついでに神官さんの持ち物をチェックする。

身分証明書が出てきたぞ。

この神官さんの名前はロバート・レドブル。

身分は祓魔師ふつましだそうだ。

たしか神官の中でも下級の役職だった気がする。

他には経典、12500リムの現金、Iクラスの魔石が一つ、替えの神官服があるだけだ。

荷物はいただいておこう。

捨てていくのももったいない。

…そうだ、神官に変装して旅をするか。

全身毛皮は目立つもんね。

俺は早速着替えて神官レドブルに成りすました。

これで安心して町を通れるぞ。

Iクラスの魔石は微妙だ。

武器を作るにしろゴーレムを作るにしろ大した性能のモノはできない。

しばらく考えてから俺は小さな文鳥のゴーレムを作った。

なかなか可愛くできた。

これなら女の子が喜んでくれそうだ。

だいぶ時間をとられてしまったな。

最後にもう一度神官さんの墓に手を合わせて、俺は歩き出した。



 チェリコーク子爵は書斎で届いた書面をまえに苦渋の表情をしていた。

コンブウォール鉱山の役人にイッペイ・ミヤタの様子を尋た手紙の返事が返ってきたのだ。


囚人番号683-1222-01 イッペイは684年1月26日に体調を崩し死亡。


短い内容の手紙だった。

パティーに見せるにはあまりに酷な手紙だったが、知らせないわけにもいかなかった。

部屋がノックされてパティーが入ってくる。

イッペイが収監されてからずっと元気がなかったが、ここのところいつもの快活さが戻ってきていた。

「お父様、ついにイッペイの裁判のやり直しが決まりましたわ。もっとも前回は裁判なんてしてないから、やり直しというのはおかしいですよね」

屈託くったくのない娘の笑顔に、いたたまれない気持ちになりながら子爵は無言で手紙をパティーに差し出した。

「これはなんですか?」

短い文章がパティーの目にさらされ意識の中で咀嚼されていく。

「………うそ」

「パティー…」

そのまま膝から崩れ、手紙を握りしめたまま声も上げずに泣く娘に子爵はかける言葉が見つからなかった。



 なれない山道を走る。

しかも雪山だ。

我ながらよく頑張っていると思う。

そういえばずっとステータスを確認していない。

迷宮での冒険。鉱山での労働、そしてこの大脱走のマラソン。少しは体力がついたんじゃないのか? 

俺はワクワクしながらステータスを見た。


【名前】 宮田一平

【年齢】 28歳

【職業】 ポーター

【Lv】 1

【状態】 正常

【HP】 10/10 (2up)

【MP】 978148/999999

【攻撃力】4(+168) ハンドガン (1up)

【防御力】6(+38) 毛革の帽子、革のマント、神官服 (1up)

【体力】 10 (6up)

【知力】 1480

【素早さ】6(-2)(1up)

【魔法】 生活魔法 Lv.max、回復魔法Lv.max

【スキル】料理 Lv.max  素材錬成マテリアル Lv.max  薬物錬成 Lv.max

鍛冶錬成 Lv.max  鑑定Lv.max  ゴーレム作成Lv.max  道具作成Lv.max

射撃Lv.7(命中補正+7%) 詐欺師Lv.4

【次回レベル必要経験値】 1262/100000 


 基礎体力がついたおかげでステータスもボトムアップはされている。

だが強くなったという実感は全然しない。

さいわい体力だけは6upで10になった。

身体強化ポーション(10倍)を飲めば100。

憧れの3桁だ。


 間道を上り詰めると、はるか眼下に集落が見えた。

朝に通った村よりは少し大きい。

ひょっとしたら食事を出す店や宿があるかもしれない。

ゴーレムたちを連れて行くと目立ってしまうな。

ハチドリ達もジョージ君も体は小さいので鞄に入れていくとしよう。

生活魔法で身なりを整え、俺は村へと急いだ。


 そこは長閑のどかな農村だった。

食事ができる場所がないか村人に聞こうとしたら、向こうから声をかけてきた。

「ようこそいらっしゃいました神官様。遠い所をありがとうございます」

「あ、はい。こ、こんにちは」

俺は静かな微笑みをたたえ、優し気な声で挨拶をした。どうだろう、神官ぽい? 

「先ほどシスター・マリア・ミスティアを呼びに行かせました」

誰よそれ?

「それはありがとうございます」

とにかく逃亡囚人とは思われてないようなので一安心だ。

ふふふ、今の俺はどこからどう見ても謹厳実直きんげんじっちょくな神のしもべ

立派な神官にしか見えないはずだ。宮田一平…恐ろしい子!

「神官様~~~」

遠くから綺麗な声で呼ばれた。

道の向こうから小走りで一人のシスターがやって来る。

清らかな瞳をしていた。

優し気な口元が美しい。

鼻筋もすっと通っていて上品だ。

豊穣の大地を思わせるような大きな胸が特徴的でもある。

くびれはあるのにお尻も大きい安産型。

神様ごめんなさい。

俺は真面目な神官にはなれそうもないです。

だってこの人、清純ぽいけどフェロモン出まくりですよ! 

煩悩ぼんのうを表情に出さないように気を付けながら、俺はシスター・マリアの出迎えをうけた。



 朝起きて、この世界にイッペイがいないという事実を思い出すところからパティーの一日は始まる。

イッペイの訃報ふほうをきいて4日経った。

もう朝なんか来なければいいのに、そう願ったところでパティーの想いは届かない。

涙も既に枯れ果てている。

外に出ることもなく一日無気力のまま館で過ごし、時折ぶり返す発作のような悲しみと闘っている。

パティーは強い女だ。

だから悲しみと闘って自分自身を制御しようとしていた。

「コッコッ」

窓の方から音がする。パティーの部屋は2階にあるので、人ではないだろう。

「コッコッ」

窓にはカーテンが掛けられているので何の音かはわからなかった。

「コッコッ」

なんだかわからないが、何かが窓を叩いているようだ。

「コッコッ」

あまりのしつこさにパティーは気だるげに立ち上がりカーテンをめくる。

見ると、そこには小さな鳥がいて、それが窓を叩いていた。

ただの鳥ではない。

銀色に輝く小さな鳥だ。

大慌てでパティーが窓を開けると、小鳥は室内に飛び入り、パティーの広げた掌に静かに飛び降りた。

小さな文鳥のゴーレムだった。

こんなものを作る人間にパティーは一人しか心当たりがなかった。

「いき…てる…イッペイは…きっと…いぎて…るっ…くっ…」

枯れ果てたはずのパティーの涙が、再び両の瞳から溢れ出していた。

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