第42話 ジョージ君、神になる

 鉱山で一週間が過ぎたが俺は元気にやっている。

周りは囚人ばかりだが悪い奴ばかりでもない。

それなりにつるむ相手も出来た。

ドワーフのゴードンという男だ。

元嫁の浮気相手を殴ったら、相手が死んでしまいここに送られたそうだ。

ぶっとい腕と拳を見れば不倫相手が死んでもおかしくないことがよくわかる。

本人は事故とはいえ殺人をとても後悔している。

母親に預けてある娘に再会するために絶対に死ねないそうだ。

ゴードンは腕っぷしが強く、気のいい男なので一緒にいると安心だ。

ここは一人でいると襲われそうで怖い場所だ。

最後の手段は用意してあるが、なるべくなら使いたくない手だった。

さいわい平べったいアジア人の顔は連中の好みじゃないらしく夜のお誘いは今のところない。

本当に助かっている。


 俺が来てからここの囚人たちは連続して不思議なことを経験した。

最初の不思議は収容施設がいつの間にか清潔になっていたことだ。

それまで囚人たちの住む場所は饐すえた様な匂いのたちこめる薄汚い建物の中に、煮しめた様な毛布が並ぶそんな環境だった。

ところがある日、その日の労働から解放されて戻ってくると、どこもかしこも綺麗に清掃が行き届き、ピカピカになっていた。

まさか鉱山を管理する代官が清掃を指示したわけでもあるまい。

あいつは疫病が流行った時でさえ施設の清掃などしなかった。

誰が掃除などしたというのか。

囚人たちは首をかしげながらも住環境の改善に喜んだ。

綺麗になって怒る奴はほとんどいないのだ。

 次の不思議はそれぞれの身に起こった。

囚人の一日は過酷な労働の一日だ。

日が沈むまでそれは続く。

日が沈めば後は泥のように眠るだけ、明かりだってない。

その朝、囚人たちは爽快な気分で目が覚めた。

いつもなら痛むあちらこちらの傷、劣悪環境がもたらす病気、そういった一切の体の異常が囚人たちから消えていた。

それだけではない。

ある男が気付いた、自分の脂ぎっていた頭髪がふわふわになっていることに。

別の男が気付いた、汗と泥にまみれていた自分の腕が綺麗になっていることに。

そしてみんなが気付いた、周りの奴等の服が洗濯をしたように美しくなっていることに。

「妖精じゃ! 鉱山の妖精が現れたのじゃ!」

ドワーフのゴードンが叫ぶ。

そうだよね。

不思議とか恐ろしいことは妖精や妖怪のせいにする文化は、洋の東西を問わないんだよね。

他に説明のしようもなく一連の不思議は妖精さんのせいにされた。

 だが妖精さん(俺)の活動はまだ終わらない。

人間の生活の基本は衣・食・住だ。

住環境と衣料を綺麗にした俺は続いて食事を改善することに決めた。

1週間たち、ジョージ君が山中に張り巡らせた罠にポツポツ獲物がかかっている。

理由は不明だがミスリル製のくくり罠が一番活躍している。

昨晩ジョージ君は鹿のもも肉を持ってきてくれた。

小型の動物を狙う予定でいたが、罠には大物もかかるようで嬉しい誤算だ。

だが俺一人では食べきれるものではないし、囚人たちに分け与えることにした。

みんながガリガリに痩せているのに俺だけ普通だったら目立ってしょうがないしね。

問題はどうやって肉を配るかだ。

また妖精さんのせいにしてこっそりと置いておくのも手だが…。


 銀色に輝くボディーに朝日を浴びて、一匹のサルが宿舎の屋根に駆け上がった。

「おい、なんだあれは?」

「サルか? いやだが、輝いているぞ! 生きているのかあれは?」

朝食をとりに食堂棟へ向かう囚人たちが建物を見上げて騒ぎ始める。

ほとんどの囚人たちが建物を出て、自分を見上げていることを確認したサルは肉の塊を投げ落とした。

大きな鹿の骨付きモモ肉だ。

あっけにとられて声も出ない囚人たちだったが、次第に状況を理解する。

「うおおおおおおおお! 肉だあああああ!」

一斉に囚人が肉に群がろうとするが、それを牢名主が止めた。

「てめえら下がれっ!! こいつは俺が預かる。全員に分けるから安心しろ!」

肉の塊は牢役人たちの預かりとなってしまった。

だがここまでは予想通りだ。

おそらく牢役人たちもすべて自分たちで食べてしまうことはないだろう。

そんなことをしたら暴動が起きる。

この棟には78人の囚人がいるが、牢役人は全部で8人だ。

いくら彼らが強くても、8対70では分が悪すぎるのだ。

「だれか、料理のできるやつはいるか?!」

俺はおずおずと手を上げた。

さあ、少しはましなものを作るとしよう。


 囚人たちの食事は兵士によって運ばれる。

それを囚人である牢役人が受け取り、他の囚人たちに分配する。

どのように分配されようと兵士たちはお構いなしだ。

自分たちが公平によそってやるなどという配慮はない。

兵士にとっても負担は少しでも少ないほうがいいので、牢役人に任せてしまうのだ。

では牢役人はどのように決まるかというと、大抵は戦闘力の高さで決まる。

例外として暗黒街のボスなどが来ると、そういう奴は大抵牢名主になる。

腕っぷしもさることながら、娑婆で絶大なコネクションと資金力をもつ彼らにはなかなか逆らえない。

例えばドワーフのゴードンは戦闘力だけならこの収容棟一番だろう。

だが牢名主には逆らえない。

逆らえば外にいる彼の娘がどうなるかわからないからだ。

本当にひどいところだ。


 俺一人で肉の解体をしてもよかったが、助手にゴードンをつけてもらった。

ゴードンには以前に絡まれていたところを助けてもらった礼がある。

少しだけいい目を見せてやろう。

 牢名主のジグは料理用にナイフを一本渡してきた。

どこから持ち込んだか知らないがさすがは暗黒街のボスだ。

外から品を取り寄せる調達ルートを持っているようだ。

「まず俺たちのところに焼いて持ってこい。この塩を使え」

塩の小瓶も渡される。

俺とゴードンは肉を解体して焼肉をつくっていった。

素材錬成で肉の熟成も忘れない。

もちろん味見は必要だろう? 

二人できちんと味見をして最高の焼肉を出してやったぜ。

「肉なんて久しぶりじゃぁ。恩に着るぞいイッペイ」

ゴードンが嬉しそうに笑う。

「いいから髭の肉汁を拭けよ。拭いたら追加の肉を持って行ってくれ。俺は出汁だし灰汁あくをすくうから」

俺は骨を焼き、それを茹でてスープをとっている最中だ。

これは夕飯に使う予定だ。

肉は筋もいれれば4キロ近くあったが、78人で分けるとなると一人数十グラムになってしまう。

肉を細かく切って炒めた後、朝食用のスープにいれて配ることにした。

「うめぇ…うめぇよ…」

一口食べるごとに歓声があがり、涙ぐむものまでいた。

朝食は瞬く間になくなっていった。

俺とゴードンもいつもより若干多めにスープをよそられた。

働いた分のご褒美というわけだろう。

偉そうに! と腹が立たないわけでもないが、相手とことを構えるほど追い詰められているわけでもない。

せいぜいいつもより飯が食えたことに満足して、今日の労働を始めるだけだ。


 その日はおおむね俺の計画通りになった。

生活環境を整え、いつもより食事を良くした結果、ギスギスした収容棟の雰囲気が少し改善された気がする。

日常茶飯事である喧嘩がほとんど起きなかったのがいい証拠だ。

暴力やいじめは相変わらず横行していたが多少はましになっていた。

社会は生活が豊かになれば犯罪率も下がると聞いた。

これはその縮小版みたいなものだろう。


 夕方、朝よりも多い肉をもって、ジョージ君が屋根の上にあらわれる。

「おお! ほれエテ公、肉を寄こせ!」

ジグが叫ぶがジョージ君は無視だ。

誰かが叫ぶ。

「お願いです。肉を下さい!」

お、リスの肉が降ってきた。

「おサル様、俺にも肉を!」

こっちの囚人は跪いてるよ。

そこでゴードンの野太い声が響き渡った。

「あれにおわすは妖精じゃ、鉱山の猿神様じゃあ。みな頭が高いぞぉ!」

みなが一斉に跪く。

仕方がないので俺もジョージ君に跪いた。

あのサル満足そうな顔をしてやがる。

牢名主のジグも跪いた時、屋根の上から大量の肉が降ってきた。

「ははーーーーっ!!」

皆がひれ伏し、ジョージ君は猿神様になった。

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