第17話 情けは人の為ならず
ED治療薬 バイアッポイ・スペシャルは1本20万円の大儲けになってしまった。
しかも王様が定期購買だ。
いつまで続くかわからないがしばらくは安定収入が見込める。
今は現金で500万リムくらいあるので、当分は気楽なホテル暮らしが出来るぞ。
目立つのは嫌だが、収入を得るためにポーションを卸すのもいいかもしれない。
コンシェルジュのメリッサさんに買取をしてくれるお店を教えてもらおう。
そう思ってメリッサさんのところに来たが、俺は意外な現実を突きつけられてしまった。
「ミヤタ様は薬剤師ギルドに登録されていらっしゃいますか? ボトルズ王国で薬品の売買をするには、薬剤師ギルドに登録する必要がございます」
どうやらギルドに登録してないと、ポーションを卸すことはできないらしい。
「個人売買はうるさく言われませんが、商店を通して薬品を販売される場合はギルドへの登録が必要となります。これは徴税のために法律で定められているのです」
王様に薬を売っちゃったけど、あれは個人売買になるのかな?
「同じように回復魔法は治癒士ギルドの会員か教会の神官でなければ使ってはならないことになっています」
つまりギルドは組合であり、税金のとりっぱぐれをなくすための組織でもあるわけだ。
ギルドに加盟せずに回復魔法を使うと、罰金一千万リム。
払えない時は強制労働を強いられるそうだ。
ギルド加盟料は税金込みで年間325万リムと安くはない。
その代わり回復魔法を使った医療報酬は1回ウン万リムにもなるそうだ。
特に必要を感じているわけでもないので、何かのついでの時にでも登録しに行ってみようと思う。
「それは残念です。メリッサさんは肩こりが辛そうだから俺の魔法で治してあげたかったな」
「えっ? どうしてそれを?」
「前にホテルの外で辛そうにしてたのを見かけたんですよ。機会があったら癒してあげようと思ってたんです」
「それは残念なことをしました。先に癒して頂いてから情報をお伝えするべきでしたね」
そう言ってメリッサさんは微笑んだ。
「ご歓談中にごめんなさいね!」
大きな声がして、振り向くと不機嫌そうなパティーが立っていた。
「よおパティー。今帰りか?」
「ふん。初心者講習会でしくじってないか心配してきてやったのに、コンシェルジュを口説いてるなんて。バカみたい」
いや、口説いてないよ。
マッサージしてあげようとか下心はあったけど……。
「なに言ってるんだよパティー、俺はお前の嫁なんだろ? 浮気なんてしてないぞ」
「ば、ばかっ! あれは言葉のあやみたいなもんよ! ほら、いくわよっ!」
パティーはずんずん行ってしまったので、俺もメリッサさんに手を振ってそのあとを追った。
パティーと一緒にホテルのラウンジに入った。
コーヒーを飲みながら互いの近況について報告し合う。
「そういえば今日パティーの家に行ってきたよ。朝ご飯をご馳走になった」
「なんでうちに?」
「なんか俺のポーションを王様が気に入って買ってくれることになってね。子爵を通じて納品してきた」
「陛下が!?」
「うん。結構いい値段で定期購買してくれるんだよ」
「そ、それはすごいわね。で、どうするの?」
「どうって?」
「冒険者はやめて、薬剤師になるのってこと」
「ないない。おれは冒険者だ」
「でしょうね」
パティーが苦笑する。今日初めての笑顔だな。
「それで、初心者講習会はどうだったのよ?」
「いや~、実力不足、準備不足、経験不足を痛感させられたよ」
「それがわかっただけでも意味があったわね。むしろそれを理解させるための講習会なんですから」
俺はパティーに講習会でのことを詳しく語り、パティーも3階層の情報をいろいろと提供してくれるのだった。
「というわけでゴブのシールドを作ろうと思ってるんだよ」
「ねえ、私にもそのゴーレム見せてよ」
そういえば、パティーはまだゴブを見たことがなかったな。
ゴブと俺は30メートル以内の距離に居れば思念で会話ができる。
もっともゴブからは「うが」としか連絡はこないけど。
脳内でも「うが」は「うが」だった。
意味はさっぱり分からない。
「(ゴブ、部屋を出てラウンジまで来てくれ)」
「(うが)」
やっぱり返事は「うが」だった。
しばらくしてゴブがあらわれた。
「パティー紹介するよ。ゴブ1号だ」
「へー、これがゴブなんだ。よろしくねゴブ」
「うが」
お、ゴブが手を上げて返事をしたぞ。
レベルアップに伴いまた賢くなったのか?
それとも単にパティーが胸の大きい美人だからか喜んでいるのか?
おそらく両方だな。
「それでこれからどうするつもりなの? ゴブにシールドを持たせてもイッペイが戦闘なんて無理でしょ」
酷い言われようだが事実だ。
初心者講習で分かったが、奇襲や先手を取られた場合、俺はまず勝てない。
講習では何体か魔物を倒せたがあれは教官のサポートがあったればこそだ。
例え後衛であったとしても防御力が極端に弱すぎる。
だから俺はクライドの助言に従おうと思っている。
「しばらくはポーターをやって冒険者の基礎を学ぶさ」
「それがいいわね。それにしても…ホテル暮らしのポーターなんて聞いたことがないわよ」
言われてみればその通りだ。
ポーターの収入は1日3000リムからが相場だ。
とてもホテル暮らしはできない。
パティーはしばらく雑談して帰っていった。
帰って寝るそうだ。
疲れているのに気にかけてくれたんだな。
美肌効果のある薬でも作ってやるか。
服用タイプのポーションと肌につける化粧水と乳液…。
洗顔料も用意してやろう。
なんか面白そうなので午後は美容品の錬成に充てることにした。
薬物錬成スキルのおかげで用意すべき素材はわかっている。
街の商店をまわってあらかた購入できたが、箱つる草という草がどうしても見つからなかった。
薬草やハーブを取り扱う店の店員も聞いたことがないそうだ。
レシピの説明書きによるとこの大陸一帯に広く分布している草ということだ。
このネピアにもあるはずだ。
ひょっとすると雑草なのかもしれない。
意外と雑草の名前ってみんな知らないもんね。
俗称がついてる場合もある。
例えば「猫じゃらし」の正式な名前は「エノコログサ(狗尾草)」だったりする。
それと同じで違う名前で親しまれているのかもしれない。
俺は鑑定を使い箱つる草を探しながら街を歩いた。
ずんずんと歩いている内に郊外まで来てしまった。
民家はまばらになり畑が続いている。
畑ではおばあちゃんがカボチャを収穫していた。
その畑の脇に箱つる草はあった。
大量にある。
俺はおばあちゃんに声をかけた。
「すみません。この箱つる草を少し採ってもいいですか?」
「箱つる草? ああ、フクロ草かね。そんなもんは雑草だ。好きなだけ取っていきな」
どうやら一般的にはフクロ草と呼ばれているようだ。
長いルツの先に袋のような葉がついている。
確かに箱というよりは袋と形容した方が正しく思える。
俺はおばあちゃんに礼をいってナイフでフクロ草を刈り取った。
慣れない作業に悪戦苦闘しているとおばあちゃんが鎌を持ってきて手伝ってくれた。
「こんな雑草なんにするんだね?」
「これで薬が作れないかなって、研究してるんですよ」
「こんなもん畑の隅ならどこでも生えてるよ。薬草なんかじゃないんだから」
おばあちゃんのおかげで持ってきた麻袋はすぐに一杯になった。
「あいたたた」
おばあちゃんは立ち上がる時に腰と肩を痛そうにしていた。
「どこか悪いんですか?」
「歳だよ歳。老人はどこかしら体が痛むものさね」
回復魔法をかけてあげたいけど、見つかったら罰金だ。
でも、このまま帰るのも忍びない。
そこで俺はいいことを思いついた。
「俺は、冒険者だけどマッサージ師でもあるんだ。フクロ草をとるのを手伝ってくれたお礼に肩を揉んであげるよ」
遠慮するおばあちゃんの肩をつかんで弱めに回復魔法をかけた。
これならマッサージであって回復魔法を使っているとはばれないだろう。
「はぁ……気持ちがいいもんだねぇ」
「だろう。肩が終わったら腰もやってあげるからね」
結局俺はおばあちゃんの肩をほぐし、腰のゆがみも直し、ついでに手と膝の関節痛も治してあげた。
おばあちゃんの体をあれこれ調べていたら、医療スキル:スキャンLv.1がステータスに追加されていた。
情けは人の為ならずだね。
「三十は若返った気分だよ。すっかり痛みが引いちまった」
喜ぶおばあちゃんにカボチャやジャガイモをもらってしまった。
明日は迷宮に潜るので食料として持っていくことにしよう。
いいことをすると気持ちがいい。
その日はパティーのためのスキンケアセットとゴブのタワーシールドを錬成し、明日の探索に備えて早めにベッドに入った。
□□□□□
チェリコーク子爵は屋敷の廊下を歩いていた。
すれ違う使用人たちはみな、子爵が来ると身を引いて道を譲り、頭を下げる。
ふと、何かに違和感をおぼえて子爵は足を止めて振り返った。
特におかしなところはない。
使用人が一人頭を下げているだけだ。
……いやちがう!
この男は確か……!
「おいオンケル。その頭はどうしたのだ?!」
オンケルと呼ばれた男は顔を赤らめながら説明する。
「じ、実はミヤタ様が私に1本のポーションを下されまして」
「その頭の毛は、ミヤタ殿の薬のおかげで生えてきたというのか?」
「さようでございます」
オンケル氏は恐縮したような表情をしていたがあふれ出る喜びを隠しきれはいなかった。
「ふーむ。メッツ伯爵が喜びそうな薬だな……。その薬はまだ残っているのか?」
「いっ! いえ……、もうすべて使ってしまいました……」
その日、オンケル氏は生まれて初めて主人に嘘をついた。
「そうか……。またミヤタ殿に手紙を書かなくてはならんな。使いの者をすぐに私の書斎によこせ!」
書斎へと去って行く主人を見送りながら、オンケル氏は薬の隠し場所を考えるのだった。
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