第11話

「いってぇ……死ぬかと思った」

「あの、額に穴が開いています」

「致命傷だ気にするな」

「そう……」

 ダラダラと頭から血を垂れ流しながら、地下の工房から地上の小屋へと這いだす狼男を見ながら、アリスはあっけにとられていた。

 あの閃光は確かに弾丸となって、あの銀の狼を貫いたはずだった。

 だが、男は顔色一つ立てずに、怒っているアッシュブロンドの少女をしり目に、小屋の片づけを続けていた。

「まったく! どういう了見なの、女の子の、しかも子ども胸を触って平気なの! それでも賢者とうたわれた人なの!?」

「賢者だってチンコついているんだぜ」

「じゃあ今からそのナニを撃ちぬいてあげる」

「ホントにやめていただけますぅ!?」

「顕現しなさい対広域災厄兵装『ランスロット』……!」

「待て待て待てその弾丸誰が作ってると思っている!」

「自分で作った兵器でチンコ撃ちぬかれて死ぬんだから本望でしょ」

「俺の本望そんな風に語ったことありましたぁ!?」

 ―――――さすがに止めないと。

 慌てふためき後ずさる狼男を見上げ、アリスは戸惑いながら、彼の袖を引っ張った。

「あ、あの……」

「あ、アリス助けろ! 俺じゃこいつは無理だ!」

 ―――――まったく遠慮がなかった。

 戸惑いながら叫ぶ狼男、デイズの言葉に、アリスは同じく戸惑いながら、目を僅かに見開いた。

 どうして彼は、自分を殺そうとした相手に普通に接することができるのだろう。

 自分が死なないとわかっているから?

 殺されても死なないとわかっているから?

 わからなかった。

 ただ握った彼の手は、毛深く大きく、温かかった。

「あ、あの……」

 声は自然に出て、目の前で拳銃を引き抜く少女を止めようと、アリスはか細い声を発していた。

「こ、この人には……まだ用があります」

「お、おうそうだ。おれもまだ代金取ってないからな」

「……これ、取るんですか」

 胸元には抱えていた二つの小瓶があり、少女は少し恨めし気に狼顔を横目に覗き込んだ。

 だけど手は強く握ったままで―――――

「随分仲が良いのね……!」

 その点をこれ見よがしに見せつけられ、少女――――ミオナという目の前の女は目を吊り上げ両手に拳銃を握りしめた。

 そして、その銃口がまるで獣のように上下に開いて、牙を剥く。

「さぁ咆哮しなさい、災厄根絶の牙よ」

「待て待て待て! なんでだ、理由は説明した、要件も説明した! 何が不満だ!」

「あんたのその朴念仁なところよこのスカタン!」

「えええ!? わけわかんないんですけど!?」

「―――――代金、いいですよ触っても」

「その触りたくなるオッパイを突き出すな、お前もお前で煽るんじゃぁあない!」

「贖罪しなさい!起動しろ!ランスロット!」

「やめなさいよぉおおおお!」

 閃光がまた虚空を切り裂き、小屋の屋根に穴が開いた。





「……天丼かよ」

 深いため息とともに、デイズは屋根に木の板を杭で固定し張り付けつつ、深いため息をこぼしていた。

 額は先ほどの光弾により焼け焦げ、背中には、びっしりと引っ掻かれた跡。

 本当に殺されるかと思った。

 それはそれで―――――本望なのだろうが。

 天下のアルス・アインの賢者が、年端もいかない少女のおっぱい触りたさに死にました、とあっては、歴史のすべてが焼却されても文句が言えないほどの汚点となりうるのだろう。

 世界のため、歴史のため、デイズは金髪幼女のFクラスの胸を触ることを泣く泣く断念することにした。

「ああああ……昔は触りたい放題だったのになぁ」

「何か不穏な声が聞こえるんですけど」

「だから構えるな!」

 小屋の入り口から見上げるミオナを横目に、デイズは苦々しい面持ちで長い耳をペタリと垂らした。

 シュンッと丸まる尻尾は屋根にくっつき、デイズはため息とともに屋根を修理する。

「ったく……」

「ねぇデイズ」

「んだよ」

「彼女は何者?」

「この小屋は防音性はないんだ、そんな回りくどいことしていないでに本人に聞けよ」

「あなたのほうが、あの子と仲が良いんじゃない?」

 ジトリとこちらを見上げる銀髪の少女の視線に、悪意を感じつつ、狼男は気まずそうに視線を外して首をすぼめる。

「んなことはねぇよ」

「じゃあどういうこと?」

「お前と一緒だよ」

「……」

「俺を殺したい―――――お前もそういって、俺にその二丁を突きつけてきたんだろう?」

「うん。そして私は貴方を赦した」

「何を求めて俺のところに来たのかは知らんさ。ただお前と同じように選択肢は提示している。

 後は、アリスが選ぶだけだよ」

「アリス、あの子そういう名前なんだ」

「だから睨むなよ……」

 じっと見つめるミオナに、狼男は若干うんざりした表情で首をすぼめると、取り付け終わったのか、狼は屋根から手を離した。

 そうして、修復した部分を爪で引っ掻いて円を描き、不思議な木の表面に刻んでいく。

 最後は、デイズがトンッと指で刻んだ文様を指でたたけば―――――まるで時間の逆行のように、吹き飛んだはずの屋根が元に戻っていく。

 円形に抉れた屋根と、取り付けた木の板は、まるで溶け合うように接合していき、屋根の表面はまるで最初から『そうであった』かのような木目を浮かべていた。

 フゥとため息をつくこと、これで何度目だろうか。

 デイズは屋根の修復を終えると、飛び上がって頬を膨らませるミオナのそばへと飛び降りた。

 そうして舞い上がる粉雪を払い、狼はそっと上目遣いに睨む少女の銀髪を撫でる。

「以前は俺のこと、赦してくれたんだろうミオナ」

「……」

「今回は赦せないか?」

「……浮気男」

「―――――そのセリフ、これから幾度となく言うことになるぜ」

「……」

「俺のことなんざ忘れてしまえよ」

「いや」

「ったく……昔から頑固だ」

 

 ―――――それは、いつのころだろうか。


 ふと、遠い昔に出会った少女の膨れ面を思い返し、クシャクシャとデイズは頭をかいて踵を返した。

 そうしてトコトコとついてくる少女を視界の端にとらえつつ、小屋の扉を開ける。

「よう、聞こえていたか?」

「はい」

 そこにはベッドの縁に座る金髪の少女アリスがいた。

 じっと暖炉の炎を見つめるその凛とした横顔を見つめ、狼男はおどけた素振りでわずかに肩をすくめると、入口を締めた。

 そうして、彼女の前に座り、問いかける。

「さて質問はそう多くない。選択は与えた後だからな、ただのアフターケアだと思えばいい。俺の質問の如何に関わらず、君は君の望む行動をすればいい」

「……はい」

「では聞く。君はなぜここに来たんだい?」

 その言葉を発してから、少女はうつむいて、黙った。 


 数分。

 

 とても長い時間だった。

 彼女は沈黙を続け、炎が揺れ、狼は静かにうつむく少女を横顔を、眉一つ動かすことなく見つめていた。

 とても、長い時間だった。

 パチリ

 薪が爆ぜ火の粉が舞い上がるころ。

 少女はギュッと胸元を掻きむしった。

 そうして乾いた唇を開いた。

「―――――母さんが、私にはいました」



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