第8話
空は薄暗く、今日は雲がかかっていた。
そんな薄暗い荒野の下、一人の狼男が空を見上げて立っていた。
背には、箱型の巨大な機械―――――バギーと呼ばれる、大型の移動車両、電力で走る、舗装されていない道を走るために作られた機械兵器である。
もたれかれば、ギシリと車体が横に揺れ、風に全面の窓ガラスがきしんだ。
たなびく銀の体毛。
長い尻尾をなびかせ、口に結わえた葉巻を指でつまむと、そこには銀の体毛の狼人が何かを待っていた。
見上げる曇り空には何かが、円を描いて飛んでいる。
その様を見つめ、数瞬、狼男は深いため息とともに、毛深い手で首筋を気怠そうに撫でると、腰の後ろに手を突っ込んだ。
「ったく……」
腰に引っ提げたガンベルトから取り出したのは、大きな金属の塊。
それは細長い銀色の弾丸、人の親指すらあると思えるほどの巨大な弾丸を握りしめ、狼男はバギーから体を離して、踵を返した。
そうして車両の後部座席、トランクに体を突っ込み、取り出すのは
「よっと……」
―――――それは物干し竿のような巨大な兵器。
バレルだけで約1.5メートル。装弾用のアーモベルトもカートリッジもない、それは一発打ち切りの、巨大なライフル。
対要塞超遠距離魔術兵装。
最大出力では空間を断裂させ、その衝撃波だけで星を砕き、文字通り一光年先の対象物を穿つために作られたソレの名前はType-FXM『アシェス』
「よっと」
固定用の二脚は立てず、狼男はそのバギーの前部、エンジン部分にバレルを乗せると、片膝を立て、腰を落とした。
そうして肩にストックを強く押し当てると、レバーを引き絞り、薬莢の挿入口を展開させる。
其れともに、咆哮とともに砲身を纏う走行の隙間から紅光が走る。
まるで獲物を喰らう獣のように、上下に広がる長大のバレル。挿入口に弾丸が仕込まれると、それはまるで獣のように悲鳴を上げる。
その震える躯体を押さえ、銀の狼はその赤き双眸を細めて天を見上げる。
細く息を吐き、眉間にしわを寄せ、牙を覗かせほくそ笑む。
「ベット、チャージ……ミシェル。吹き飛ばすぜ、巻き込まれるなよ」
遠くから声が聞こえる。
「了解ッ。いつでもいいよ」
その鋭い爪が、トリガーにかかる。
その仕草を見ているのか、上下に展開したバレルが、獲物前に涎を垂らすか牙をむくか、激しい雷光を輝かせ、青い光を口腔にためていく。
その先には、空に浮かぶ三つの影があり―――――雷獣の牙がその『先』を捉える。
そして、狼は囁く。
「目標補足。狙い撃つ」
―――――それは、世界を抉る一槍。
それは衝撃。
支えにしていたバギーのエンジン部分が、得体のしれない超重力に大きくへこみ、バギーの周囲に大きなクレーターが発生した。
そして地面に沈む、狼の躯体。
それが、この弾丸の反動。
すべてを吹き飛ばさんとするその衝撃を背後に伴い、蒼き咆哮が尾を引き、一瞬で線を描き、空めがけて飛び出した。
それは、まさしく閃光。
空は一瞬で白く染まり、一面の雲がまさしく霧散し、弾丸は彼方へと付きさ刺さったのだ。
「すごぉい。これもアニキが作ったの?」
「ナヒの姉貴の見様見真似だよ。それより降りてくるぜ。観測頼む」
「はぁい。二分後、単独飛行機械3機がそこから南に10メートル先に降りてくるよ」
「あいよ」
ガシャンッ
排莢口から飛び出すのは、巨大な銀の空薬莢。
ゆっくりと閉じていく、バレルマウント。
火花を散らすエンジン部分を横目に、狼男はその巨大な凶銃を放り投げると、肩を回しながら、踵を返した。
もうバギーは動かせないだろう。
ポケットに小さな葉巻を取り出し口にくわえると、狼は肩をすぼめ、ため息交じりに声の示す方向へと歩いた。
そうして、トボトボとポケットに手を突っ込みながら歩いていると、やがて空から三つの影が放物線を描いて落ちてきた。
地面に走る衝撃。
土煙が円状に広がり、狼男は目を細めながら、走る土の波紋を潜り、進言へと歩いていく。
そうして、見えるのは二つの人影と、それに追われる一つの人影。
そして、3体の翼竜。
先ほどの弾丸、その衝撃だけで絶命したのか大量の血を流し、地面に大きなくぼみを造り埋もれていた。
そして土煙の中、三つの影が這い出してきた。
二人は、まるで城の衛兵のような兵士であった。全身を金属の鎧で覆い、だがしかし手には細長い銃を携えて、構え始めた。
その向こうには、痛ましく肩を押さえ、頭から血を流す少女。
年端もいかない――――まだ10を過ぎたあたりだろうか、幼い少女は、歳不相応の厳しい表情を滲ませ、体を引きずり二人から逃げようとしていた。
その手には、細長い杖が握りしめられていた。
「く……こんな……こんなところで」
「逃げるな、シオナ・ハークウェル!」
「貴様はアリエス上級特官の慈悲を無駄にするのか、今すぐ帝国に戻れ!これは最後の警告だ!」
叫ぶ兵士に、少女は地面に血を流しながら叫ぶ。
「バカにするな! あの国に何の大義がある! 民を虐げ他国を蹂躙し、何一つとして生み出さない! 滅ぼすだけで何も為さずすべてを無に帰そうとする! あの国になんの意味がある!」
「シオナ特官!」
「魔力の源泉たる星の力を枯渇させようとする、宣言しよう、あの国は必ず世界を滅ぼす!」
「答えよ!」
「既に問いに答えた!私はお前たちの敵だ!」
―――――カチリと撃鉄が起きる音がした。
「よく言った」
弾けるマズルフラッシュ。
薬莢が二つ、高らかに宣言し、虚空へと飛び出し、そして―――――その二つの脳天を文字通り、微塵に弾き飛ばした。
その手には、二つの拳銃。
52.ミリ弾頭搭載大型拳銃『ガウェイン』『ランスロット』
それは、いずれ歴史に残る、二つのシングルアクション・メイルストローム。
―――――人ではなく、災厄クラスの魔物を屠るために、名工ナヒにより鋳造された禁忌の武装の二つ。
その弾丸は、文字通り大地に二つの穴を開け、渦を描いて衝撃波を生んだ。
その力は、弾道だけで、二つの肉塊を文字通りに血煙に変えた。
バシャッと血しぶきが、呆ける少女の頬をよぎる。
そして、ほくそ笑む銀の狼の口の端を掠め、狼はゆっくりと携えた二丁の魔銃の先を下ろして、腰のホルスターに納めた。
スゥと細める赤い方双眸。
風に揺れる銀の体毛。
牙を覗かせ、長い耳を引くつかせ、突き出た口腔から舌を覗かせ、狼男は嗤っていた。
そして、その大きく、毛深い手を伸ばし狼男は、囁いた。
「よぉ」
「……」
「名前は?」
「――――――シオナ・ハークウェル」
「綺麗な名前だ」
「……。貴方は?」
「覚えていないのかい?」
「……?」
狼はニィと牙を剥いて笑った。
「―――――デイズ・オークス」
彼はそう言って、幼い少女の手を握りしめて引っ張り上げた。
今から千年前の話であった。
今日は、特に雲が空にかかっていた。
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