第6話
「すごぉい。これどうやって作ったの?」
「触るな、まだ全部途中だ」
そこは小屋の地下、ミオナは薄暗い部屋の中、所狭しと並ぶ機材に目を輝かせていた。
そこは魔術工房。
魔術師が元来、自然、超自然、魔術について研究する場所であり、その実験場でもある。
魔術師であるデイズも例外ではなく、そこには魔術に用いる様々な触媒が壁の棚に陳列されていた。
ただそれ以上に作業台に多いのは、道具の数である。
様々な武器や防具、それに研磨の機材などが並び、錬鉄用の設備が広い部屋の大部分を占めるなど、そこはまるで鍛冶屋を連想させるものであった。
「この小手は?」
「耐熱用のガントレットだよ。太陽を掴みたいというある禿男に言われてな、ミスリルを精製して作っているところだ」
「なぜに太陽?」
「狂人の考えることだ」
「コレは?」
「昔の悪霊を詰め込んだ瓶だ。触るなよ、頭がおかしくなる」
「コレは?」
「神造の剣の原型だ。まだ触るなって言っているだろ。お前だって神の使徒なんぞになりたくないだろう」
「それはいやね」
クスクスと笑いながら、あたりを見渡すミオナを横目に、狼は作業台に立つと、単眼鏡を眼にかけ、作業台に座り込んだ。
そうして、少し前のめりに作業台で、素材をすりつぶし始める狼男に、ミオナはその横顔を覗き込む。
矛盾だらけだった。
顔はまさしく獣のようだった。
狼で、耳は尖って、目は鋭く、口のは牙を覗かせ、口腔は生き物を食い破るために突き出ているかのようであった。
だけど、その赤い瞳は穏やかで、メガネの奥で佇むその輝き理知的で、真実のその先すら映しているようだった。
息遣いは小さく、時折削り出した鉱石を眺めるその横顔は、研究者のようで、隠者のようで、ミオナは彼の作業をする後ろ姿をただただ、じっと見つめいていた。
「……格好いいよねデイズって」
「……。まだぼったくる気かよ」
「ばぁか」
「うっせ」
「……。ねぇデイズ・オークス」
「あいよ」
「―――――私と一緒に旅しない?」
「口説き文句にしちゃ三流だな」
「……うるさい」
「考えてやるよ」
「それ言ってもう二年だよ」
「お前の辛抱強さに、俺が心折れそうだよ」
「だめ?」
「……。いずれ、だよ」
「いつ?」
「昔教えたろう。俺にはここに留まるべき理由があるってな」
「知ってる」
「だったらもう少し待てよ」
「君の寿命の長さと、私の青春の短さを勘案してよ」
「そう思うんだったら俺以外に色目を使えよ」
「やだ」
「懲りないねぇ」
「いつ?」
「―――――ったく」
深いため息とともに、狼は薬草をすりつぶす手を止めると、立ち上がって部屋の隅から、さらに薬草の束を取り出した。
そうして、じっと見つめる視線を横目に、デイズはすり鉢で乾燥した薬草を細かく擦り始める。
「お前みたいに、昔は世界中を旅出来たんだがな」
「そうなの?」
「ああ。ろくでもない連中と一緒だったよ。浮浪者まがいの剣士に俺を殺したいと公言する殺人鬼に、敵国の幹部二人もつれて世界中を歩いたよ」
「それで、神獣を封印したの?」
「そうだな。無茶苦茶だったが、辛かったが、楽しかったよ」
「……」
「ありがとうなミオナ」
そう言って乳棒を動かす手を止め、目を丸くするミオナの頭をなでると、狼男は小さくため息をついた。
「昔話なんてな、歳食ってしまったな。どいつもこいつも逝ってしまって、俺だけ残ってしまったよ」
「……寂しい?」
「ああ。だからお前がいてくれて嬉しいんだよ。いつかいなくなるとわかってもな」
「……」
「ありがとう」
「デイズ……」
「だからよ、俺みたいな枯れ木に構っていると、婚期逃すぜ」
「私は、デイズの子供産みたいって思っているよ」
「処女が将来の旦那にもらってもらいな」
「私のこと嫌い?」
「だったら工房から真っ先に追い出しているよ、黙ってそこらへんで寝てろ」
「……うんっ」
そう言って、少女は作業台に向き合う狼男の大きな、とても大きな背中に寄りかかって、もう一つ、椅子に座り込んだ。
トン、トン―――――作業をする音と呼応するように、心音が聞こえる。
それは自分の音か、相手の呼吸音か。
彼女は静かに目を閉じながら、作業台に座る狼男に囁きかけた。
「私……ずっと昔にあなたに助けられた」
「おうよ。森に迷うお前を見つけ、もう一年か」
「ううん、そうじゃない」
「そうか?」
「あの日、踏ん切りがついたんだよ。何もないと思っていた自分に少しでも価値ができたと感じた。
あの日、私は君に占星術を学んだ、少しだけ魔術を習った。
どこまでも拙いけど、私、何も知らない私を、何も知らないと教えてくれた。学ぶ機会を私にくれた」
「商人には、星を読む術、風を読む術が必要になる。お前には才があっただけだよ」
「でも、それを私に教えてくれた……私は、君のことが好き」
「ありがとう」
「私……貴方が、大好き……」
「おう」
「いつか―――――」
「……ん」
「……」
「ったく」
スゥと聞こえてくる静かな寝息。
こちらも眠ってしまったのか、狼男は困ったような笑みをこぼすと、ぺたりと耳をたらし、乳棒を擦る手を止めて、背中にもたれかかるミオナへと振り返った。
ゆっくりとしなだれかかる彼女の肢体。
よほど、荷物の運び出しに疲れたのだろう。
呼んでも意識がないほどに、彼女は死すかに眠っていた。
狼はその小さな躯体を受け止めると、抱え上げて工房の隅にあるベッドへと、横たえた。
そうして、毛布を敷き、部屋の隅の暖炉に火をつけると、狼男はベッドの脇に椅子を持ち込む。
目の前には、幼い銀色の髪の少女。
その穏やかに眠る仕草に、デイズは、懐かしさを覚えていた。
そして、胸の奥には、郷愁が走った。
いつか、あの日に戻れたら。
微睡みがやってくる。
眠りの中へと落ちながら、狼男は、いつかの日々を思い出し、静かな、だが決して穏やかではない、闘いの日々を思い出していた。
それは、遠い昔の日々であった。
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