第200話 交差

 バルムクーヘン王国では、敵味方双方が入り乱れた総力戦となっていた。

 その中心にある王城で、魔王を名乗る男と戦っているのは、盗賊団アンチェインのトップであるエクレトと、その従者マイ。

 エクレトは、ライトフェザーという名の国の、王子でもある。 


「貧弱な種族が……魔法一つでここまで」


 焦げた肩を庇いつつ、魔王を名乗る男は歯ぎしりをする。エクレトが使用する魔法に、手も足も出ない。

 単純な身体能力や魔力量では他の追随を許さない男だが、速度、とりわけ瞬発力には大きな差があった。


 ――身体強化? 違う。そんな程度か、これが。

 ――限界を、一時的にでも超えている? いや、それも違うのだろう。


 男は考えるのをやめる。おそらく自分の理解が及ばないところに、答えはある。

 目ではとても追えない速度。そして、体が痺れるほどの――いや、実際に痺れる――鋭い一撃。

 あとに残るのは、バチっという音と影のようなものだけ。反撃は難しい。


 数度、男は身を切らせて強引に反撃に出ようとしたのだが、それはマイが止めていた。

 エクレトの魔法が目立っていて分かりにくいが、彼女もすでに、男の右腕であるクリムという魔族を退けている。

 攻守ともに高みにいる男であっても、合間に放たれるマイの魔法は到底無視できるようなものではない。

 状況は、エクレトたちの優勢。本人たちでさえも、そう思っていた。この時までは。


「……くく」


 男は笑う。無理をする必要はない。今は耐えるだけでいいのだ。耐えしのげば、きっと。

 男は、感謝する。自身の幸運に。自身に相対するふざけた格好の男は予想外に強く、今回の戦場で、おそらく自身が最も苦戦したであろう男。

 敗北する可能性だってあったのだ。この場所で、なければ――


「やっぱり、なにかおかしいわね」


 最初に気づいたのは、マイだった。

 魔王を名乗る男との戦闘が始まり、意識外に出てしまっていたもの。違和感は随分と前からあった。


「くっ。申し訳ございません、お館様。気づくのが、少々遅かったみたいです」

「なるほど。そういう……がはぁ!」


 エクレトが苦しそうに膝をつき、マイが胸をおさえる。

 対して、緊張状態を解いた男は深く息を吐き、にやりと笑った。


「はあ! はあ! 軽率だった。まずいね、これ……げほ! ごほ!」

「毒、ですかね。だから王女たちも……というより、なんで私より後に来たお館様の方が、苦しそうにしているのですか」

「知っているくせに。僕、体力ないんだ。うえぇ!」


 室内には、毒が充満していた。魔王を名乗る男には効かない。

 通常の戦闘であっても高みにいるであろう男だが、これこそが男の持つ最大の武器にして、能力ともいえるものだった。

 毒が回り始め、急激に弱りつつあった二人を見下し、男は口を開く。


「魔導兵器のある場所と、使い方を教えろ」

「君は、何も知らないんだね」


 エクレトが発した挑発のような言葉にも、男は動じない。


「ならば、そのまま死んでゆけ。他の者に聞くだけだ」


 そうは言った男だが、それを定めたのは今。次の目的。

 男は兵器に興味もなければ、これといって人と争う理由もない。ただ、目的があれば動きやすいというだけの話。

 目的を遂行するにあたって、難しければ難しいほど、邪魔をする者が多ければ多いほど良い。

 男にとっての生とは、自身が唯一誇れる強さという単位、その頂を見たいがためだけのものだった。

 本人以外、知る者はいない。


「無駄だよ」

「無駄かどうかは、私が判断する」


 背を向け、歩き出していた男にエクレトは言う。


「違う。聞いたところで、意味なんてないのさ」

「どういうことだ?」


 意味深な言葉。男はエクレトの方に振り向き、問いかける。


「あれらはもうとっくに破壊されているはずさ。僕の、部下によってね」

「そう、なのか。良い火種になるかと思ったが、残念だ」


 あっけらかんと首を横に振った男に対して、エクレトは少し考え、どうするのかと聞く。

 まだ息のある自分たちを、この城を、この国を、人を。そういった質問であった。

 男が言ったのは、エクレトの予想していたどの答えとも違った。


「まずは、外にいるお前の部下と戦おう。お遊びではあったが、代表戦とはなかなか良い趣であった。そして、ここ数日の負け続き……そいつらも、結構やるのだろう?」

「負けちゃうかもね、君」


 苦しみつつも、エクレトは声を出す。この男を外に出せば、混乱することが目に見えているからだ。それに何より、彼らの命が。

 信用はしている。簡単にやられるような奴らではないことも知っている。だがこいつは――


「ここで、ゆっくり待ってなよ。今にも、君の後ろにある扉を開けて、助けに来てくれるからさ。こう見えて慕われているんだ。僕」

「ほう。それは、楽しみ――」


 楽しみだ。そう言おうとした男の声は、大きな物音で掻き消える。音は、背後の扉ではなく、側面からだった。

 突き破られた壁。視線だけを向けていた男は、体の向きも変えると、鼻で笑った。





 =====





「あいつが、負けるなんてな……」


 マッドの撃破後。結局、逃げずに遠くの方で様子を伺っていたらしいアストレア達が合流し、一にも二にもなく傷の手当を受けていた。

 同じタイミングで、アンチェインの伝令を名乗る男が到着し、一報が届く。

 人質解放は順調。残りは数名。魔族側に奇妙な動きあり。ルーツの敗北。


 端的に伝えられた情報の中で、気になった点は一つ。

 ルーツの敗北。あらゆる可能性を考えてはいたが、何があってもそれだけはあり得ないと思っていた。

 去っていく伝令の後ろ姿を見つつ、俺は呟く。


「ここからなら、走ってどのくらいだ?」

「エンジ君、駄目だからね」

 

 先程から、俺が何を言おうとも駄目としか言わないアストレア。付け加えると、ネコも同調するように頷くばかり。


「いい考えを思いついた」

「エンジ君、駄目だからね」

「クレイト、魔導兵器って壊したのか?」

「エンジ君、駄目だからね」

「へ? あ、いやぁ。もちろん。それはね。……壊したよ?」

「止めただけなんだな。よしよし」

「エンジ君、駄目だからね」


 崩れた遺跡。その遺跡から、ニョキっと突き出ていた魔導兵器を見ながら、俺は考えを巡らせる。頑丈な素材でできているのか、崩れた建物の中でも一際健在さをアピールしていた。

 そして、問題は外部ではなく内部。言い淀んだところをみるに、クレイトはまず破壊してはいない。機能を止めただけだろう。


「あれを少し書き換えれば――」

「エンジ君、駄目だからね」

「お前、さっきから同じことしか言わねえな」

「駄目だからね、エンジ君」


 前後、逆に言い換えただけじゃねえか。

 傷の治療をしてくれるのはありがたいが、壊れたロボットのようなアストレアが、いい加減煩わしくなってくる。


「あ」

「駄目だからね」

「い」

「駄目だから」

「し」

「駄目だって」

「て」

「駄目」

「る」

「駄目って言ってるの! エンジ君の体は……って、あああ! うえあ!?」

「お前の気持ちは分かった。残念だ。これ以上は一緒にいられない。じゃあな」


 応急処置だけを済ませた俺は、のそりと立ち上がる。

 不安気な表情で近づいてきたネコの頭に手をのせると、体が動くことを確認した。

 まだまだ満足するには程遠いが、これ以上休憩を挟むと、ここから動けない気がしたのだ。


「エンジ君、今のなし! もう一回、もう一回言って! ちゃんと答えるから!」


 フェニクスに肩を借り兵器の元まで運んでもらうと、俺は兵器の仕様を書き換え始める。

 魔力弾を打ち出すだけの、単純な兵器。俺にとっては、簡単なプログラムだ。


「あ、その……へへ。ありがとう。私もエンジ君のことが、好き。愛してる」


 何も言っていないのに、いつの間にか側にいて、勝手に受け答えを始めた妄想世界の住人は放っておき、作業を進める。

 クレイトが興味深そうに見てくるが、俺が弄っているのは兵器そのものではなく、魔力の流れ。

 理解を諦め、残念そうな顔をしたクレイトは、また教えてくださいとだけ言うと、崩れた遺跡を物色し始めた。


「あーん! エンジ君違うの! さっきのは間違ったの! だから」

「よし、完成だ」


 俺の声に反応し、ネコとクレイトが側に寄ってくる。

 最初から近くにいた一人は、とても話を聞いてくれそうにないので、ネコとクレイトの方を向き、簡単な説明をする。


「魔力障壁で包んだ俺とフェニクスを、王城へ向けて射出する」

「にゃあ……」

「面白い試みですね」


 呆れた様子のネコと、いいから早く発射しようぜ、と心を踊らせ始めるクレイト。口を半開きにしたアストレアは、アホ面を晒していた。


 簡単な作戦だ。バルムクーヘン王城まで飛ばされた俺たちが、誰も見ていないであろう高い屋根へ優雅に降り立ち、忍者のごとく城内へ侵入する。

 その後は、返ってくるかも分からない人質を助け出し、逃げるだけ。

 単純明快。移動も楽々。途中で失速したとしても、フェニクスにつかまれば地上へ降りられるという安全快適プランなのだ。


「やるしか、ないだろ!」

「そうですね!」

「にゃあ……」

「ネコとやら、俺様とエンジの死体は、捨てずにとっといてくれな。もしかしたら将来、生を取り戻す魔法が作られるかもしれん」

「え? なんでやるような雰囲気になってるの? 駄目だよエンジ君。駄目!」


 諦めた様子のネコと、素晴らしいとしか言わなくなったクレイトに手を振り、俺とフェニクスは発射口へ移動する。気分はまるで、宇宙飛行士だ。

 発射されたあとは、兵器の機能を再びとめることをクレイトと約束し、最後に、目に涙を浮かべていたアストレアを見る。


「また、泣いてんのかよ。大丈夫だって。多分」

「だって……やめてよ! エンジ君はもう十分頑張ったじゃない。なんで」


 俺は少し考えたあと、口を開く。


「お前を、助けた理由と同じだよ」


 そう答えた。それだけが理由ではないが、口に出して言うことでもない。

 無理はしないと、今度こそ誓う。でも俺は、やれることはやっておきたいんだ。

 言葉に詰まったアストレアは、何かを言いかけて俯いてしまう。


「ずるいよ……」


 小さく言ったアストレアに、心配するなと笑いかけると、俺とフェニクスは射出された。


 ……。


 思い描いていたのは、もっと快適でスマートな移動だった。


 勢いを殺すどころか、ほとんど勢いを落とすことなく、王城に突入してしまった俺たち。

 壁を豪快に破壊して飛び込む様は、隠密というより強襲。忍者の面影など一つもなかった。


「お~い、フェニクス。生きてるかぁ?」


 代表戦という手前、本来ならやらかしてしまったと言えるのだが、飛んでくる時に見た街の様子は、すでにその段階を越えていた。

 瓦礫の下敷きになっていたフェニクスを俺は引っ張り出す。


「俺様は、思うんだ。やっぱり自分の翼が一番だと。……エンジ。額に破片が刺さってんぞ?」

「失敬」


 破片を抜いた俺は、流れ落ちてくる血を、服の袖で拭い取る。

 傷はそれだけではない。全身、所々が痛いような気がする。しかし。


「幸い、急所は外れたようだ」

「ああ。中々の攻撃だった。褒めてやる」


 俺たちの作戦に落ち度はない。

 絶対に失敗を認めようとしない俺とフェニクスが、すでに敵と一戦かましてきたかのように振る舞いつつ、首を振り状況確認をする。

 見覚えのある荘厳な一室。玉座。見知った顔ぶれと知らない男女。

 知らない男は、俺たちを見て鼻で笑う。


「あん!? 何笑ってんだてめえ! 俺様を誰だと思ってやがる」

「待て、フェニクス。あまり、興奮するな……RUN」


 魔法の目が捉えていたのは、部屋中に広がる今までに見たこともないような色をする粒子。

 良いか悪いかで言えば、よくないものだろう。エクレト達が苦しむ姿を見ても、それは明らか。

 部屋中に舞っていたそれを、たった今開けた大穴から、風の魔法で外に飛ばす。


「ほう。まさか気づいたのか」

「そのための穴だ」

「順番は、逆だったように思うが」


 鼻で笑った男は、そこで初めて戦闘態勢をとる。何が悪かったのか、俺たちはやっと敵として認められたらしい。


「この男が、お前を慕うという者か」

「そうだよ」


 男の言葉にエクレトが答える。身に覚えのない台詞と共に視線が飛んできたので、俺は自分の立っていた背後を見る。

 誰もいない。そこには、大きな穴だけがあった。


「違うようだが?」

「そんなことない。ね? エンジ君」

「それなりに……いやでも、う~ん。悪い」

「傷ついたよ、僕の心」


 今度は名指しで呼ばれたが、一欠片も思ってなかった俺は、悩んだふりをしたあと否定する。

 俺は、嘘をつくのが苦手なのだ。


「この状況、もしかして俺が一番乗りかよ」

「そうだね。……エンジ君、やれそうかい? 君の前に立っている男が、敵方の大将だ」


 余裕のある態度に、見えている魔力量。そうではないかと疑ってはいたが、こいつが。


「給料、上げろよ? あとボーナス」


 こくりと頷き、笑顔を見せるエクレト。

 目の前で話を聞いていた男は、三日月型に口を歪める。


「くはは。大きく出たな小僧。私も、なめられたものだ」

「嬉しそうだな」

「嬉しいさ。存分に、楽しませてもらおう」


 敵の大将だと言われて、少し戸惑いはした。だが、今の俺とフェニクスならやれる。そう思った。


「やり合う前に、もう一つ聞きたい。下にいるのは誰だ?」

「ルーツとジョーカー。私の見立てでは、実力は拮抗している。さて、どうなるか」

「そうか……」


 これが、あいつらの。いや、あいつの。

 直接見ずとも、魔法の目が感じる膨大な魔力は、確かに、あいつの魔力と似ている。しかしこれは。


「お前に、構っている暇はなさそうだ」

「そっちがその気でも、私は違う」


 フェニクスと視線を合わせた俺は、準備を整える。


「では、参る!」

「はは。もう終わりだよ、お疲れ」


 俺のねぎらいの言葉と共に、デジタル空間が出現した。


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