第194話 合流

 俺様の名前はフェニクス。魔物界一の甘いマスクに、魔物界一の強さ。そして、将来は伝説の鳥である不死鳥をも凌駕することが内定している、スーパーバードだ。

 こんな何もかもを併せ持ち、生を受けた俺様は、魔物界だけでは飽き足らず、最近では世界の王になるだろうとも、目されている。

 当然だな。なんたって俺様だし。


「あれが、私達の目的地。魔導兵器を置かせてもらっている遺跡なのですが。いやはや」

「魔物、すごい数」

「ふふん。君たち、誰かを忘れてないかね」


 そんな俺様に今、愚かな人間共が視線を向けてくる。

 ハンサムで頼りがいのある俺様に見とれているのだろうか、しばらく二人はじっと見てきたかと思うと、互いの顔を見て、一つ頷いていた。

 分かった、分かった。全く、世話のやける奴ら――


「仕方ない。エンジが追い付くのを、待ちましょうか」

「うん。エンジ、待つ」

「……あっはっは」


 乾いた笑いを見せ、やれやれと首を横に振る俺様。

 エンジ、エンジとうるさい奴らだ。あいつの何がそんなにいいというのか。期待のしすぎだ。

 今、お前たちの目の前にいるのは世界の王。あんな男よりも、遥かに頼りになる存在がいるというのに。


「ふん、愚か」

「何、この鳥? なんかむかつく」


 物分りの悪い人間共には、やはり直接見せてやらねばなるまい。


「キングマジック、ファイアバードフェニクス」


 ぼぼぼぼ、と音を立て、火で形作られた俺様が数体現れる。進行方向、遺跡周辺を徘徊する魔物の群れに向け、俺様は片翼を前に突き出した。

 勢い良く飛んで行く、俺様の魔法。羽ばたき、通り過ぎた地面に火の粉が落ちる。

 数匹、いや数十体はいっただろう。俺様の魔法が通った道には、焦げ跡だけが残されていた。


「え、普通に凄い」


 普通にってなんだ? 馬鹿にしてんのか。


「おおう。さすがは、エンジのペットですね!」


 違う。あいつが、俺様のペットなのだ。

 いちいち説明するのも面倒なので、大人の余裕をこれでもかと醸し出す俺様はニヤリとだけ笑うと、早く行けと促した。


 色白メガネ君と生意気猫が迂回し、遺跡とやらに入っていくのと同時に、俺様は魔力を高める。

 先程の強襲で右往左往していた魔物共が俺様の姿を認め、注目した。


「貴様らぁ! 俺様の名はフェニクス。まさか、知らぬ存ぜぬでは通らんぞ!」

「グルラァ!」

「む!? それは、俺様を俺様と知っての狼藉か!」

「グルラァ!」


 話が通じない。どこの田舎者だ、全く。

 飛びかかってきた四足歩行の魔物を数匹蹴飛ばしたあと、遺跡を背にして構える。


「死にたい奴からかかってこい」


 何を言っても、怖気づく気配はない。俺様は心の中で舌打ちをし、向かってくる魔物共を見据える。

 いいだろう。こんな奴ら、エンジの野郎がいなくとも容易い。あいつが来る頃には、全て終わらせておいてやろうじゃないか。



 ……。



 ああああ! もうだめだ! もう疲れた! 早く来て来て、エンジくん。どこで油を売ってんだ、あいつはよぉ!


「キングマジック、ファイアトルネードフェニクス」


 全身をこんがりと焼かれた魔物が、俺様の周りにぼとぼとと落ちる。さっと、トサカをなで上げると、俺様は地面に尻もちをついた。


「終わったか?」

「やあ、鳥くん。随分と頑張っているじゃないか」

「あん?」


 思っていたより、数が多かった。どこから湧いてくるんだ、こいつら……。

 そうは思いつつ、それでもなんとかあらかたの魔物共を蹴散らしたあと、男が現れる。怪鳥から地面へと降り立ったその男は、マッドという名前の狂った魔族。

 マッドは、薄気味悪い笑顔で俺様に話しかけていた。


「鳥くん、えらく強くなったんだねぇ。前に僕が捕まえた時とは大違いだ」

「よお、ニヤニヤ顔の旦那。今の俺様は敵なしだ。お前ごときにはもう捕まらねえ。おら、捕まえてみろよ」


 俺様は尻を突き出し、屁をこく。


「やはり、君はとんでもなく興味をそそられる魔物だね。人の言葉を話し、魔法を使う。さらには、そんな器用なことまで……」

「屁をこいて褒められたのは始めてだ。ほら、そこに寝転がれ。顔の前でいくらでも噴射してやるよ」

「ふひ。興味深い体験だけど、遠慮させてもらうよ。それとも、受け入れれば僕についてきてくれるかい?」

「はっ! 誰が」


 ふひひ、と笑った男の周りに、新たな魔物が出現する。地面から這い出るもの、魔法陣から出てくるもの、多種多様な奴らがわらわらと。


「俺様に構っていていいのか?」

「ふふ、僕は魔導兵器なんかよりも君にお熱なのさ。……もう一度聞くよ。君の好きな食べ物はなんだって用意するし、雌鳥だってたくさん捕まえてくる。どうかな?」


 俺様は鼻で笑う。食べ物はまだしも、雌鳥を捕まえてくるだって? だめだわ、こいつ。何も分かっていない。

 自分で女を捕まえるからこそ、価値がある。そこに、真実の愛はないのだ。


「エンジ君よりも、僕はいい飼い主になれると思うんだけどな」


 エンジよりお前が、か。

 生活、態度、俺様の扱い。確かにあいつは、駄目なところしか見つからない駄目人間だ。だがな。

 俺様は口角を上げると、マッドに向かって足の中指を立てる。


「ば~かぁ」

「……ならば、強引に連れて行くしかないね」


 マッドが後方に下がると同時に、魔物共が俺様に向かって進み始めた。

 俺様は、足に力を入れ、また構える。


 ――いや、飛べよお前。


 うるせえ。これが俺様の戦闘スタイルだ。文句言うな。

 しなびかけたトサカを、真っ直ぐに整える。


 ――それ、なんか意味あんの?


 うるせえ。気持ちがシャキっとすんだよ。それに、俺様ほどにもなると、戦闘中であろうとおしゃれは欠かせない。

 魔力を練り上げる。


 ――任せたぞ、フェニクス。


 うるせえ。誰に言ってやがる。俺様がこんな奴らに負けるわけねえだろうが。だが……。


「へっ。悪いが、ちょっと急いでくれねえかな」

「グオォ!」


 一匹の大きな声を合図に、魔物共が動き出した。





 =====





 近づくほどに、それははっきりと見えてきた。

 おびただしい数の魔物と戦闘中のフェニクス。少し離れた位置にマッド。マッドのことは気になるが、それよりも、フェニクスの動きがいつもより鈍い気がする。


「まずは、こっちが先か」


 俺は、離れた場所にいるマッドには注意だけを向けておき、フェニクスの周りを囲む魔物共に、魔法を放つ。

 数匹に避けられる。が、空いた隙間を抜け、フェニクスの隣まで駆けた。


「待たせちまったみたいだな。フェニクス」


 どのくらい、ここで戦っていたのだろうか。萎れたトサカ、息を乱すフェニクスに俺は顔を向ける。

 フェニクスは、しばらく俺を横目に見たあと、薄っすらと笑った。


「はっ、待ってねえよ」


 俺も、笑い返す。強がりというわけでもなさそうだ。見る限り、大した傷はないし、それほど強力な奴らと戦闘中というわけでもない。

 負っている怪我も、残っている魔力量も、俺の方が酷いくらいだった。


「エンジよ、お前は応援にきたはずじゃなかったのか?」

「分かるか? 体には穴を空けられ、さらには寝不足な上に走り通し。悪い、ちょっと休憩するわ」

「何しにきたんだよ。それになんだ? その女」


 呆れた顔で問いかけてくるフェニクス。

 腕の中で縮こまっていたアストレアは、俺と視線が合うと、ぱとぱちと瞬きをして微笑む。

 俺は何の反応もすることなく、ふいっと視線を逸らした。


「端的に言うとな、花嫁を拐ってきたんだ」

「あん? お前、人様のものを!」

「えへへ。久しぶりだね、フェニクス君。でも、それは違うよ。私はね、最初からエンジ君のものだったの。だってね――」


 アホ面をするフェニクスに、わけの分からない説明を始めるアストレア。

 内容を理解する気も、話をまともに聞く気もないのだろう。アストレアの話にうんうんと頷きだけを返していたフェニクスは、俺の目を一度見たあと、そっぽを向く。

 体勢を立て直し、再度俺たちの方へ向かって走り出す魔物たちを見て、目を細めたフェニクスは言った。


「腑抜けた面しやがって、足手まといだ。ここは俺様がやっておくから、先にいけ」


 クレイトとネコはすでに魔導兵器へ向かい、後を追えとフェニクスは言う。


「あの狂った科学者は、俺様に興味があるようだ。もてる男はつらいぜ」

「だがお前……いや、分かった」


 問答をしている場合ではない。俺は、フェニクスの言葉に甘えることにする。

 去り際、背中を向けるフェニクスの頭に手を置くと、拙い治療魔法を使用する。


「あん?」

「頼んだぞ。すぐに戻る」


 俺は、フェニクスの頭をぽん、と一度叩いた。

 何も言わず、迫り来る魔物たちを睨むフェニクスをその場に残し、俺は遺跡へと走っていく。

 ふと、遠くにいたマッドと目が合ったが、にやりと笑ったあいつに対して、俺は無視をした。


「いいの? エンジ君」


 背後から聞こえ始めた戦闘音。俺は一度だけ振り向いた後、また正面に顔を戻す。


「ああ」


 あいつなら、大丈夫。アストレアにそう言ったあと、俺はもう振り返らなかった。


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