第193話 ルーツ

 気づけば、僕の目の前には道が出来ていた。一本だけの太い道。

 逸れることは許されなかった。言い換える。逸れたいとも思わなかった。何も知らない僕は、ただその道を歩いていく。


 魔族の父と、人である母の間に生まれたのがルーツ。僕だ。

 それがおかしいことだとは思わなかった。誰にも言われたことがなかったし、そもそも、ほとんど誰とも会わなかったからだ。

 後から分かったことだが、僕の存在は隠されていたのだ。


 力を蓄える日々。この世界で生きていくための、必要最低限な教養以外は、魔法と戦闘技術を学んだ。相手は一人。父であるワストだ。

 目標も、生きる目的も、父ただ一人。それでも、この頃はそれで良かったのだ。それが、僕の世界だったのだから。


 十数年が経ち、僕はついに、城の外に出ることを許される。最初は、好奇心よりも恐怖心の方が勝ったのを覚えている。

 そこで初めて知った。父は魔族のトップだった。そんな父の庇護の元、僕は少しずつ、世界を拡張する。


 一歩踏み出した僕の次のステージは、魔王軍だった。軍と言うからには、敵対する相手がいる。よく分からない。

 生まれてから一度も見たことのない僕の母は、その敵対する人間だと知っていたからだ。


 疑問は持ちつつも、時は進む。その恐ろしい何かは、僕だけを残して進行していく。僕だけが、置き去りにされたような気分だった。

 日に日に、飲み込まれていく。僕だって、多少の影響は受けただろう。話を聞いて、感化されることもあった。だが。――皆は、一体何と戦っているのだろうか。


 僕は、戦いの最前線である人と魔族を分かつ砦の主になっていた。希望したのは僕自身だ。

 そこでなら、僕の求める何かが見つかるかもしれない。そう思った。


「母親は人。いつだったか、俺にそう言ったよなぁ」


 ジョーカー。今、目の前で僕に語りかける彼は、ずっと向き合ってきた。何も知らずに育ってきた僕とは反対に、戦ってきたのだ。自身の生まれ、それを否定する者たちと。

 僕たちは、自然とよく話すようになっていた。息が合ったのではない。互いに、目的が同じだったのか、それとも、似たようなものを持ち合わせていたからだろうか。今でも、それは分からない。


「もう一度聞くぞ。ルーツ、お前は――」



 ジョーカーが僕に問いかける。

 僕は、初めてエンジさんと会った日のことを思い出していた。エンジさんの言葉が蘇る。


「嫌だったら、やめればいいだろ?」

「そんな簡単にできるわけない」


 何の話をしていたんだっけ。内容は、忘れちゃったな。いや、中身なんて、あったようで、なかったのかもしれない。


「常々思っていることがある」

「何、突然」

「俺は本をよく読むんだが、大抵の主人公は、他人の思惑や気持ちで雁字搦めになって動けなくなるんだ。そこで決まって言われるのが、お前なんかに分かるか、そんなことできるわけない、だ」

「ふうん。あ、今僕も言ったね。こんばんは、主人公さん」

「俺をあいつらと一緒にするな。でもまあ、そうだ。お前も今言ったよな。できるわけないって。それはなんでだ?」

「そんなの、少し考えれば分かるでしょう」


 エンジさんは、何を話したかったのだろう。もしかしたら、それはただの雑談だったのかもしれない。僕をどうこうする気はなく、ただ自身の考えを話すだけ。

 でも、その時の僕にとって、彼の言葉は考えさせられるものがあった。体に染み渡るような感覚を覚えた。


「突き詰めれば、誰かに迷惑をかける。誰かに悲しい思いをさせるといったことに収束する。お前の苦しむ理由自体も分かっているつもりだ。でも、違う。そういうことを、聞いているのではない。なんでだ? なんでそう思うのか、だ」


 僕は言葉に詰まった。エンジさんは、そんな僕を見て、続けて言った。

 途中全てを覚えているわけではない。それでも、確かに覚えている言葉はある。


 ――お前の人生に、他人を考えるな。

 ――それがお前の人生だ。他人とは異なる容姿、異なる考えの親を持って、異なる環境で育つ。

 ――お前みたいな考えなしに言うのはどうかと思ったが、極端なことを言うと、自分のことだけを考えていればいい。それは、無秩序に迷惑をかけるのとは違うぞ。

 ――俺は、思う。生まれてからしばらくはどうしようもないが、自我を持った瞬間、それはもうお前だけの世界なんだ。


 めちゃくちゃなことを言う、と僕は口に出していたはずだ。エンジさんも、言った後笑っていた。自分で言ったことを、否定していた。最後には、冗談だとも言った。

 でも、僕の心境は違った。何かが変わった気がしたのだ。それが何かなんてわからないが、彼の世界を見てみたいと、僕は思っていた。


「なあ、教えてくれよ。ルーツ」


 ジョーカーの催促。僕は、揺るがない意思を持って、口に出す。


「僕は、僕だ」


 他人なんて関係ない。そこには両親のことさえも、含まない。僕は、ジョーカーにそう言った。


「そうか」


 一言だけ、ジョーカーは返してきた。その後、僕にまた背を向け、歩きだす。


「止める? 倒す? 挙句の果てには、捕まっている奴らがなんだって? ぬるいんだよ! 何もかも! ……ずっと、戦ってきた。お前が死んだと聞かされたあとも同じ。ずっと、俺は戦ってきたんだ。俺が思うお前と、俺が唯一認めたお前と、ずっとずっと戦ってきた!」


 ジョーカーは歩みを止めない。僕が背後から襲いかかるかもしれないという状況で、奥ヘ奥へと歩いて行く。僕は、何もできなかった。


「俺の中にいたお前は、もっと強かったぜ? 半端じゃない。想像を絶する魔法、何者も寄せ付けない力が、そこにはあった」

「そんなものは、君の……」

「は! 今でも、まだそう思っている。俺が追い続けたお前はどこにいる? 俺が越えたいと願い続けたお前は、どこに行ってしまったんだ?」


 部屋の奥まで歩いたジョーカーは、柱の前で止まった。最奥、入り口からは一番遠い距離、僕からは見えない角度。

 ジョーカーは、何かを片手で持ち上げた。引きずり出す。

 それは、何かなんかじゃなかった。僕のよく知っている男だ。ずっとそこに? 意識はある。一人では、立つこともできないのか?


「父さん」

「うぐ……ルーツ?」


 様々なことを頭の中で巡らす中、父さんの首根っこを掴んでいたジョーカーは、僕の方に向けて、そのまま父さんを押し出した。

 ふらつき、押された勢いで倒れそうになっている父を、僕は迎えに行く。


「これで、教える気になったかよ?」

「あ……え?」


 父の体を抱きとめようと、腕を少し広げ始めた僕の前で、父の体は止まった。

 ジョーカーの声が、父の真後ろから聞こえた。すぐ近く。それは文字通り、人一人分を挟んだ距離だ。


 父の胸からは、ジョーカーの腕が突き出ていた。


「さあ、俺に見せてくれ。お前を」

「あ、あああああああああ!」


 腕を引き抜き、後ろへと下がったジョーカー。僕と奴との間で、横向きに倒れていく父。

 僕の魔力は、僕の意思とは関係なく、膨れ上がる。そのことに気付いた時には、笑みを浮かべたジョーカーが、目の前にいた。





 =====





 床に倒れ、ピクリとも動かない赤髪の女を見て、マイは息を吐いた。


「雑魚だなんて言って悪かったね。案外、手こずったよ」


 息を整えつつも、マイは不思議に思っていた。家臣であるはずのこの女が負けたというのに、玉座からは立ち上がらず、微動だにしない魔王。

 そして、倒れる寸前まで笑みを崩さなかった女。


「約束通り、人質は開放してもらうね」


 その言葉をマイが言うのと同時に、玉座から立ち上がった魔王。

 まずいな、とマイは思う。女との戦闘中に邪魔してこなかったのは助かるけど、このタイミングで? 人質全員を抱えて逃げられるだろうか? いや、厳しい。


「何よ、今になって」

「クリムの死を、無駄にしたくはなくてな。お前は直接殺しておこう」


 マイは舌打ちをし、考える。やるしかない。勝てなくてもいい。この男の足止めくらいならできるだろうと。


「メルトちゃん! レティちゃん! 私が時間を稼ぐから、今のうちに王様を連れて逃げて!」


 足は縛られていなかったはず。逃げるだけなら。

 返答はない。でも、かすかに視界の端で、彼女たちの動く気配がした。少し疑問に思ったマイだが、そちらに気をとられている余裕はなかった。

 マイの眼前には、魔王が迫っていた。


「うわっ」

「はは。やるではないか」


 一手、二手、魔王の攻撃を受け止めるマイ。想像していたよりも遥かに強力。自身の疲れもあるだろうが、長くは時間を稼げない。

 疲れ? ふと、マイは思う。


 息が、整わない。戦闘中だってことは分かっているが、それでも何かおかしい。そして、殺すとは言い放ってはいたが、どこか遊んでいるようにも見える魔王。――って、まずい!


「ぬ? きたか」


 考えにふけり、魔王の一撃をもらってしまいそうになっていたマイ。しかし、寸前で魔王が何かに気付き、勢い良く距離を取る。

 マイと魔王の間に、床と平行の雷が通り過ぎていた。


「お館様!」

「あはは。ぎりぎり間に合ったようだね」


 エクレトの乱入。不敵に笑う魔王に対して、同じように笑うエクレトは言う。


「どうせ最後の戦いだ。今来なくてどうする? ま、予想した通りの展開だったよ」


 不意に、王城の外からも戦闘音が聞こえ始める。ギアラ達が、バルムクーヘンに残る魔族たちと交戦し始めたのだと、エクレトは説明する。

 そして、さらに続けて言った。


「ジョーカーとやらは、ああ言っていたが、彼が直接解放してくれるわけではない。家臣を失ったお前が、人質をどうするかなんて分からなかったからね」

「あいつは、負けたのか?」

「いや、まだ交戦中だったよ。部屋中が凍りつくところだった」

「違うな、言い直そう。あいつが、あんな小僧に負けると思っているのか?」


 少しの沈黙の後、エクレトは真剣な表情になり、口を開く。


「負けるよ。相手はなにせ、魔王だからね」


 男の口角が、一度下がる。薄っすらと笑い直した男は言う。


「私が、魔王だ」

「違う。君は魔王じゃない。そして、ワストでさえも、そう呼ばれていたに過ぎない」


 よく考えてみろよと、エクレトは種明かしをするように話し始める。

 魔族と人の争い。それはずっと前からあった。だが、魔王と呼ばれる男が出てきたのは、つい最近のこと。

 それを裏付けるように、魔王へと対抗するための、勇者と呼ばれる者達の出現。彼女たちがそう呼ばれる前には、そのような言葉も、そのような扱いを受ける者達もいなかった。


「ワストは、自分を魔王と呼ばせることで隠していたのさ。本当の魔王。息子である、ルーツ君をね」


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